「はやぶさ2」その7:意志決定の中にある「常識」の断裂
約束通り、「はやぶさ2」を巡る問題。最終回はJAXAの経営について。
と、いうよりも宇宙機関の意志を決定するトップや文部科学省や内閣府、さらには政治家、すべてに関係する問題かも知れない。
昨年の後半から、ある組織の悪口を頻繁と聞くようになった。
JAXAの経営企画部だ。
まず、最初に書いておくが悪口が出るということは、本当に悪いことをしていることを意味しない。そこが、なんらかの形で精力的に動いていること、そして動いていることがあちこちで軋轢を生んでいることを意味する。
JAXAの経営企画が動く理由は一つ。JAXAのような独立行政法人は、5年の中期計画を立案し、それに従って予算要求を行う。2003年設立のJAXAは、2008年度から次の中期計画に入る。
中期計画の策定が本格化し、経営企画部がその中核となって動いているということなのだ。
ここで問題になるのは、「中期計画策定は経営企画の仕事か」ということだ。経営企画部の仕事は経営の補佐であり、経営の主体はJAXAの場合、理事長から理事までで構成される理事会にある。
理事の悪口が出てくるなら分かるが、経営企画部の悪口が出てくるのはなぜなのか。
昨年、私は「エルピーダは蘇った」(日経BP社)という本を上梓した。赤字垂れ流し状態だったエルピーダ・メモリーという会社の社長に就任し、わずか1年で黒字転換した坂本幸雄社長に長時間インタビューを行って、その言葉をまとめた本だ。
坂本社長は、実にはっきりと物事を語る人だった。中でも、私の印象に強く残ったのは、日本企業において経営企画部がどのようにして問題を起こしているかということだった。この問題を、坂本社長は繰り返し語った。
――経営判断の速度が市場に追いついていなかったということですが、その理由はどこにあったんでしょう。
「日本のメーカーでは経営企画部、つまり技術者じゃない人達がひっかきまわしたのが大きいでしょう」
坂本は、少なくとも速度を生かした経営をするためには、社長自らが勉強し、考え、決断する必要があるとする。経営企画部が資料をまとめて、それをを見て判断するというのでは遅すぎるのだ。短時間で大きく変動する市場に対応するためには、「どうしようか」と顔を見合わせ、合議をしてコンセンサスを得てから動き出すという日本的なやり方ではダメだ。
「何しろ日本メーカーには、半導体が分かる社長なんてほとんどいないんだから。それは企画部の人が悪いということじゃないですよ。社長が悪い。だって自分がなにも知らないのに1000億円の投資を決断できるのはどうかしているよね。社長がものを知らなければ、経営企画部の人がなんとかするしかないわけでしょう」
:同書p.18
――社長就任時に、社内の事情を知らなかったということですが、事前に調べなかったのですか。
「財務関係の書類は見ていたけれども、残りは社長になってからです」
――おそらくレクチャーがあったと思うのですが。
「確かに経営企画から、色々と分析の書類は来ましたが、あまり見ませんでした。だって当時のエルピーダは市場シェアは2%を割り込んでいたんです。当時の経営企画が提出した分析や見通しというのは、それほどまでに失敗したやり方だったわけで、そんなものを見ても仕方がないです。信用できないですよ。むしろ自分がどうしたいかのほうが重要だと考えました」
:同書p.30
坂本は「経営企画部には不信感を持っている」とはっきり言う。「悪気はないかもしれないけれども、日本の企業で悪さをしているセクションだね」とまで主張する。
(中略)
――しかし、経営企画部のような情報整理のセクションは必要だと思うのですけれども。
「それは本来、事業部長の仕事でしょう。事業部長が、自分の管轄である事業を把握せずしてどうするんですか。でも、多くの日本企業では、経営企画部がしゃしゃり出て事業部長の仕事を奪ってしまう」
(中略)
「中には、企業に経営企画部は必須だという経営者もいますけれどもね。百歩譲ったとしても、必要になるのは技術系の社員を集めた場合だと思います。大体、私が在籍したTIにもUMCにも経営企画部なんてなかったんだから」
(中略)
「社長というと、経済雑誌でゴルフの話をしてみたり、経済状況全般の話をしてみたり――社内では経営企画部が作った文章を読み上げるだけ…それが社長の仕事だと思ったらいけないんです。」
――坂本さんはどうしておられるのですか。
「僕は、プレゼンテーションの資料は全部自分で作ります。自分でやれば訴えかける言葉の強さが違うよね」
――自分の言葉で語る、と。
「うん、そうです」
:同書p.124〜126
経営企画部の仕事は数字や資料をまとめ、取締役の判断材料を提供することだ。しかし坂本社長によると、日本企業では、経営企画部は経営陣がさぼるための組織となっていることが多々あるという。
JAXAにおいて中期計画策定の責を担うのは理事会だろう。しかし理事会や、理事長、個々の理事ではなく、なぜ経営企画部の悪口が聞こえてくるのか。
その原因は、私思うに縦割り組織による知識の断絶だ。
宇宙は地上とは異なる世界だ。地上の常識が当てはまらないことが多々ある。将来計画決定には、宇宙という場所の特殊性を、幅広く自らの血肉としておく必要がある。宇宙には宇宙の常識がある、といえばいいか。
が、それら「宇宙の常識」が細分化されてしまっているのではないだろうか。その結果、「全部を知っていなければならない部署」の経営企画部が中期計画を作らねばならなくなり、結果として表に出てきているのではないだろうか。
例えば——
金星探査機PLANET-Cは、M-Vロケットで打ち上げる予定で開発が始まったが、M-V運用終了に伴ってH-IIAに打ち上げ機が変更となった。
ところが、静止軌道用に設計されたH-IIAは惑星間軌道打ち上げでは非常に効率が悪くなる。140t、全段固体のM-Vが500kg強を惑星間軌道に投入できたが、280tで高比推力の水素燃料を使ったH-IIAは1tしか投入できない。
PLANET-Cは、500kgしかないので能力としては十分ではある。ところが、H-IIAの第2段の自重は約3tある(注:ロケットまつりで、私は2.3tと話しましたが記憶違いでした。お詫びして訂正します)。
そしてロケット打ち上げでは最終段はペイロードと同じ軌道に入る。
つまりPLANET-C打ち上げでは、500kgの探査機を打ち上げるために3tの第2段も金星に向かう軌道にはいるという、思い切り効率の悪いことになってしまうわけだ。いくらM-Vが高いから止めたといっても、これはあまりにひどい。
これを避けるにはH-IIA用のキックモーターを開発する必要がある。しかしキックモーターはスピン安定をかけて使用するので分離の前に回転を与える必要がある。H-IIA第2段はスピンができる設計になっていない。
-
1/26追記:H-IIA第2段は5rpmまでのスピンが可能という指摘を受けました。手元のシステム解説書によると「スピン分離衛星(5rpm以下)」(同書p.21)という記述があります。M-Vは第4段キックモーターの点火時に約60rpmまでスピンアップしますので、スピンテーブルが必要なのは、固体のキックモーターを使用した場合のようです。静止衛星用アポジエンジン(例えば「きく6号」で使用した2000Nエンジン)を流用して液体キックモーターを開発した場合は、あるいはスピンテーブルが不要になるのかも知れません。その利害得失はきちんと検討すべきことでしょう。
従ってキックモーターだけではなく、第2段と独立してキックモーター+探査機に回転を与えるためのスピンテーブルも開発しなくてはならない。
その開発コストはいくらぐらいかかるのか。それはM-Vを延命するのに必要とされた70億円とどの程度差があるのか?スピンテーブル+キックモーターで、H-IIAのコストはいかほど上昇するのか。
ところで、最終段がペイロードと同じ軌道に入るというのは、ロケットの常識だ。
さて、この常識は、M-Vを運用終了するという意志決定の過程で、いったいどこまで関係者の間で共有されていたのだろうか。
当然ロケット担当理事は知っていたろう。衛星担当理事も知っていたはずだ。
では、通信会社出身の立川現理事長は?文部科学省からの天下りである間宮現副理事長は?その他の理事は?
2002年にM-Vが完成したことにして開発を終了すると、文書に記載した総合科学技術会議、その文章を起草した内閣府の職員は知っていたのか?
あるいはこんな話もある。
M-Vロケット中止の一因は、あまりに厳しい打ち上げ時の振動が、衛星開発につらかったからだという話がある。PLANET-Cは、M-V打ち上げを前提として設計されている。普通に考えれば、より振動条件が緩いH-IIAなら無試験で打ち上げられるはずだ。
ところが、振動試験の条件が異なるために、実際には振動試験のやり直しとなってしまっている(M-Vはランダム加振、H-IIAは振動の周波数成分を与えての加振)。二度手間になったわけだが、それをPLANET-C開発側は事前に知っていたのだろうか。知っていたら、打ち上げ機のH-IIAへの変更を受け入れただろうか。
実のところ、話を聞いていくとこんな話があちこちに転がっている。単にJAXA上層部や文部科学省が、あるいは政治家がというだけでなく、例えばISAS内部ですら、理学系研究者は工学の基本を知らないことがあるし、逆も当たり前のようにある。工学の間でも電子工学者が軌道工学の基本を知らなかったり、その逆だったりというようなことがある。
アメリカ中心で有人月・火星探査という話が進んでいるが、ではそれを議論しているJAXA理事会メンバーは月や火星がどんなところか、最新の知見を押さえているのか。
なぜ月の極に水があると言われているのか、その根拠を知っているのか。どんなセンサーで何を観測して水があると言っているのか。それは研究者の間でどう評価されているか押さえた上で、月探査への参加を検討しているのか。
月の極に降りる軌道と赤道に降りる軌道との違いを分かった上で議論しているのか。そこまで行かなくとも、例えば月の軌道面が地球の公転面に対して約5度傾いているということを、それが月への打ち上げウインドウに与える影響について知っているのか——「細かい事はプロに任せる」といっても、そのプロが隣接分野について素人では、狭間でこぼれ落ちるものが多々出てくるはずである。
例えば内閣府の総合科学技術会議や、文科省・宇宙開発委員会の事務方が、こういうことを知らずに文章を起草しているとしたら、これはかなり怖い事態だ。
お互いにお互いの「常識」を知らずに、中期計画に盛り込む内容についてああだこうだ言い合っている可能性はないだろうか。それをまとめるとなると、経営企画部が出てくることになり、その経営企画部もまた「常識」を押さえていないとしたら——宇宙は、沢山の「宇宙の常識」を一般教養として身につけておかないと判断を誤る場所だ。そして、「宇宙の教養」の欠如で、戦略的な判断を誤ると、取り返しのつかない損失を被る可能性がある。
これで、「はやぶさ2」に関係する、記事は一応終わることにする。色々気が付いてはいるものの、nikkeibp.netなどで記事にできるほどにはまとまっていないものをまとめて書いてみた。
拙著の宣伝になってしまうが、実際坂本社長は、ユニークな方だった。これまでの取材で、これだけストレートかつ率直に語る経営者に会ったのは初めてだった。
ひどい官僚的な硬直に陥っていたIBMを立て直した経営者ガースナーによる、IBM改革の記録。IBMにおいて経営企画セクションが肥大化して取締役会すら支配していた様子が出てくる。経営企画部を使いこなすというのは、あるいはNTT出身の立川理事長の手法なのかな、という気もするのだが、それでも坂本社長の話を長時間聞いた身としては、経営企画部以前にもっと理事が頑張るべきと思える。
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組織のトップに対する不満は誰しも持っている。
徹夜でまとめた企画書をあっさりボツにされ、こう言われる。
「最近のはやりはこれだよ、君ぃ!」
そしてヒット作のサルマネをやれと命じられる。
なんだってあんな連中のいうことを聞かねばならんのか。
答えは簡単だ。
彼らが財布のヒモを握っているからだ。
映画制作を例に挙げる。
役者を思いのままに動かすのは監督だ。
その監督を誰にするかはプロデューサーが決める。
企画を立てスポンサーから制作費を引き出してくる人物。
その人が頂点に君臨するのはものの道理というものだ。
霊長類学者の伊澤紘生氏の話。
野生の猿の群れを観察していたのだが、なぜかボスザルらしいのが見当たらない。
動物園の猿山や幸島のイモを洗って食べる猿の観察から猿の社会構造は研究が進んでいた。
猿の群れにボスザルがいないはずがない。
見つからないのは自分の観察力が未熟なせいだろう。
さらに何年も観察を続けた。
しかしそれでもボスザルは見つからない。
ひょっとして餌付けされていない、野性の猿には明確なボスが存在しないのか?
ためしに餌台を設置してみた。
するとたちまち餌台を占領して群れを仕切るボスザルが誕生した。
なるほどこういう仕組みなのかと納得した。
自然の中で暮らし餌にも逃げ場所にも困らない連中にはボスは必要ない。
同人誌即売会のコミックマーケット。
晴海でやってた頃から通い始めてもう何年経つだろう。
あの雰囲気が好きだ。
いろんな本がある。
マンガに詩集に紀行文、絵本にポルノに学術論文。
函入りの豪華装丁本もあればコピー用紙をホッチキスで止めただけのやつもある。
いろんなやつがいる。
みんな楽しそうだ。
誰に命令されたわけでもない。
どんな苦労も自分で望んで取り組んだ。
誰におもねることもなく情熱の限りをつぎ込んだ作品。
見てくれ、これが俺の作った作品だぜ。
誰も皆、目が輝いているように見える。
長年主催者を務めた米沢嘉博氏が昨年亡くなった。
彼はよく言っていたそうだ。
祭りは楽しくやらなきゃ。
ロケットだってこうしてつくればいいじゃないか。
同人誌ならぬ同人機を打ち上げてやればいい。
日本独自による小惑星探査の継続。
これには大賛成だ。
だが、はやぶさ2号機計画はちょっと待ってほしい。
その前になすべきことがあるのではないだろうか。
はやぶさ2への否定論とは、はっきり言えばこういうことだ。
「サンプルリターンという一番重要な目的に失敗したくせにでかいツラをするな。
その上に再挑戦したいから100億円出してくれとは一体何様のつもりだ」
これに対する反応は2つに分かれる。
もっともだとうなづく者。
唇を噛んで悔しがる者。
自分は悔しい方の人間だ。
ちくしょうめ。
しかし吼えたところで腹の虫はおさまらない。
肝心なのは何を成し遂げるか、だ。
何か打つ手はないのか。
具体的で実現可能な方法は。
それにしてもみんなは忘れてしまったのか。
はやぶさ1号機のことを。
『どうやったらあんなやつを忘れることができるんだ』
はやぶさはまだ生きている。
はやぶさ計画への批判論は以下の一点に集約される。
「サンプルリターンが未達成である」
これに尽きる。
逆に考えれば今後あらゆる困難を乗り越えてサンプルリターンに成功すれば全ての批判を帳消しにして余りある。
小惑星探査事業の継続には同型機による再挑戦より、はやぶさ1号機によるサンプルリターンの完遂こそが最善であると確信する。
確かにこのままでは状況は厳しい。
これから半分壊れかかった機体で地球までの長い旅をして、首尾よく回収カプセルを投下し、さらにそれを無事に回収できたとしてもその中にサンプルが入っているかどうかは未知数だ。
プロジェクタイル発射に失敗したことでカプセル内へのサンプル回収も失敗に終わったと世間では思われている。
小惑星降下に大いに沸いただけに皆の失望と批判も大きかった。
サンプルリターン成功を心底から信じている者はもうほとんどいない。
しかし、はやぶさはまだ生きている。
はやぶさが2度のタッチダウンに成功したことは間違いない。
地面に落としたコインでさえ拾い上げて顕微鏡で調べれば様々な物質の付着を確認できるだろう。
イトカワに直接衝突したサンプラーホーン先端部分には間違いなく岩石片がめり込んでいるはずだ。
その機体が地球近くまで帰ってくる。
これを見逃す手はない。
はやぶさは獲物をつかみ損ねたがその鋭い爪には獲物の血と肉が食い込んでいる。
何とかしてそれを回収できないか。
つまり「はやぶさ救出ミッション」の実行だ。
方法はこうだ。
サンプル回収用小型衛星を打ち上げ地球近傍まで帰還したはやぶさにドッキングさせる。
粘着シートをサンプラーホーン先端部に押し当ててから引き剥がしサンプルを回収、カプセルで地上へ投下。
さらにパイプ清掃用のスポンジボールをサンプラーホーンの開口部から回収カプセル内部まで押し込み内壁に付着したサンプルを拭い取る。
はやぶさが機能不全に陥っていた場合には姿勢制御とカプセル投下をサポートする。
そして2機は合体して「はやぶさ2」となり再び小惑星に旅立つ・・・これは空想が過ぎるか。
この計画にはいくつもの利点が考えられる。
1・サンプルリターン成功の可能性の高さ。
今後はやぶさ2号機やNASAの小惑星探査機計画が実行されたとしても小惑星へのタッチダウンに成功することは保証の限りではない。
この点をはやぶさ1号機は既に達成済みである。
機体の小惑星と接触した部分への岩石片付着はまず間違いない。
(検証のため、まず地球上でサンプラーホーンを岩石に押し当て付着物を確認する実験を提案する)
2・時間的利点
NASAの計画が順調にいってもサンプルリターンは10年ほども後になる。
はやぶさの帰還は3年後。
サンプルリターン世界初成功のチャンスはまだ十分あり、その意義は大きい。
帰還したはやぶさを地球公転軌道や衛星軌道にのせることができれば回収機の打ち上げを待つ時間的余裕も生まれる。
そしてそれでもなお世界に先んじることは可能だ。
3・技術的利点
回収機によるドッキングとサンプル回収は既存の技術で十分に可能である。
これはすなわち、はやぶさの機体へのタッチダウン計画であり機体の設計と運用ははやぶさで積んだイトカワ降下の実績を生かすことにもなる。
難易度は重力のあるイトカワへのタッチダウンよりはるかに低いであろう。
はやぶさは小惑星に舞い降りたが回収機はツバメのように空中で獲物を捕らえるのだ。
はやぶさが地球まで帰還できれば回収機はごく短い旅をすればすむ。
機能も観測任務を省いてサンプル回収に絞り込めるから機体も簡素化小型化し価格も抑えられる。
距離が近ければ無線交信も容易になり遠隔操作の精度も格段に上がる。
はやぶさが電波を発信できればそれを目標に精密誘導もできる。
また軌道上の衛星へのロボット衛星のドッキングによるメンテナンスの実施は将来的にきわめて有用な技術となりうる。
さらに最悪の場合としてドッキングに失敗し衝突大破したとしてもはやぶさは日本の、それも世間からは見捨てられたも同然の探査機である。
税金を当てにせず資金を自前で調達すれば非難の声は小さかろう。
以上のように「はやぶさ救出ミッション」は、はやぶさ2号機による再挑戦よりもあらゆる面で有利な条件がそろっている。
なによりも
『だって、そっちの方が断然面白いじゃないの!』
技術上の実現性は高い。
勝利の鍵は世論の支持と資金を集められるかどうかだ。
はやぶさ救出ミッションが判官びいきの世論の支持を得られる可能性は高い。
ただしそのためには税金の投入をあてにせず必要な資金は可能な限り自分たちで調達するという姿勢を最後まで貫き通すことが重要になる。
批判が絶えないのは国民の血税を投入するからであって有志で集めた資金なら何も問題はない。
勝算はある。
マスコミ関係者ははやぶさのイトカワ降下を通じて比較的低予算の宇宙事業でも企画次第でエンターテイメントとして十分成り立つという確かな感触を得たはずだ。
TV局や広告代理店などと組んでドキュメンタリー製作を並行すれば大作映画製作時のようにスポンサーを募ることも可能だろう。
大きなセールスポイントをつくるために回収機への動画撮影用ビデオカメラ搭載を提案したい。
宇宙からの実況生中継が出来れば最高だがあまりにも高くつき過ぎるだろう。
映像は機体側で録画して時間をかけて地上にダウンロードすればいい。
回収カプセル内に録画装置を搭載して地上に投下するという手もある。
昔のスパイ衛星の方法だ。
これならデータ転送を気にせず高画質長時間の映像を入手できる。
複数のカプセルを搭載すれば成功の確率も高まる。
被写体は決まっているのだから衛星の座標と姿勢さえ分かればカメラに映る映像はCGでシミュレート可能。
遠隔操作により望み通りのアングルで撮影できる。
はやぶさが地球に向けてカプセルを投下するシーンを見られたら。
すばらしいとは思わないか。
「はやぶさ救出ミッション」はイベントとして成功する。
サンプルリターンの結果の如何にかかわらず収益をあげられる。
そう確信させることができれば企業を味方にできる。
この計画が視聴率や世論の支持や得票に結びつくと確信させれば有力者の椅子を揺さぶることにもつながる。
一般市民による草の根レベルの支持を集めるには「自分も参加している」という手応えが重要だ。
専従の広報チームを組織し機体製作から会計にいたるまで前例のないほどの情報公開の下に計画を進める。
資金集めの方法はいくらでも考えられる。
小惑星のサンプル売却はさすがに無理だろうが回収カプセルを1ミリ角に解体し出資者の名前と通し番号を印字して配布するというのはどうか。
実際に小惑星まで往復し宇宙を旅した機体の一部である。
物好きな個人にとどまらず教育文化機関も手を上げるだろう。
カプセルの破片は記念プレートに埋め込まれ、それには大口スポンサーのロゴマークも刻み込む。
これに人気歌手によるはやぶさ応援歌のCDをつけて売り出したとしたら。
価格1万円で100万枚の売り上げか。
楽勝である。
企業の協賛を得て商品に応募券を付け10枚一口で応募してもらうという手もある。
カプセル回収にも失敗した場合には隕鉄でキーホルダーでも作って残念賞とする。
アイディアは無尽蔵だ。
私はこの場を借りて有志による「はやぶさ救出ミッション」民間支援組織の結成を呼びかけたい。
スローガンを兼ねたその名称は
『Save Our STAR FALCON!』
(われらの宇宙のはやぶさを救え!)
略称、『S.O.S!』団である。
失くしかけた夢を奪い返してみせる。
皆で力を合わせ、この手に星のかけらをつかもうではないか。
とは言ってみたものの、現時点ではこれらはみな取らぬ狸の皮算用に過ぎないとわかっている。
損得勘定をいろいろ並べたが自分の本音を言えばそんなことは重要じゃない。
科学的成果や世界初なんてことも俺にはどうでもいい。
俺はあそこまで頑張ったはやぶさをこのまま見捨てたくない。
なんとかしてあいつの旅を完遂させてやりたいのだ。
満身創痍でイトカワ降下に挑戦する姿には熱いものを感じた。
赤錆の殻を突き破り遊星爆弾迎撃に挑み宇宙へ飛び立つ宇宙戦艦ヤマトを見る思いだった。
日本の宇宙事業にこれほどの熱い手応えを感じたことはかってなかった。
野尻抱介氏の「ロケットガール」シリーズの一冊に「天使は結果オーライ」がある。
初版はもう10年も前だ。
作中、エンジンの暴走により冥王星探査機が危機に瀕する。
そして宇宙飛行士たちは危険を犯して探査機救出に挑むことを決意する。
『やってやる。俺達が手ぶらで帰るものか』
はやぶさは決して手ぶらでは帰ってこない。
今、あいつは星のかけらを握り締め青い星をにらんで飛翔の機会を狙っている。
そのちっぽけな星のかけらには宇宙の秘密が山ほど詰まっているのだ。
そいつを確実に受け取り、さらに俺たちの未来へと手渡してやる。
それが絆というものじゃないのか。
そのために自分に出来ることをなんでもいいからやってみたい。
自分には知識も金も権力も不思議な力も何もない。
できるのはせいぜい『片棒の端っこをちょいとつまんで』やることくらいだ。
だがそんな力も100万人分を束ねればどうなるか。
昨今、人口に膾炙する言葉に『萌え』というのがある。
萌えとは本来、植物の種が芽を出すことをいうらしい。
小さな種の中に渦巻く生命の力。
そしてついには自分を取り巻く殻を突き破り未知の世界へと飛び出していく力のことだ。
はやぶさほど萌えを感じさせてくれた奴はいない。
俺も宇宙のはやぶさになりたい。
はやぶさに伝えたい。
お前の妹が助けに行くと。
とある同人誌にこんな言葉が書かれていた。
『今ある夢は今を生きている者だけのものではなく未来の夢をも担っているということを忘れないでほしい。
そのとき夢は輝きを増し実現への道を照らすだろう』
はやぶさのイトカワ離脱まであと十数日。
>《 HAYABUSA RESCUE MISSION 》
>[ GO / NOGO ]
>Ready?
>■
Posted by: 空天 | 2007.01.26 03:20 AM
「さきがけ」「すいせい」「M-3SII」の開発状況をリアルタイムで
知る事が出来、技術開発の素晴らしさに目覚めて、
メーカーで研究開発の仕事に従事している物です。
もはや、ISAS内部まで縦割りなんですか・・・。酷いですね。
ともあれ、PLANET-Cは、科学教育の意味から、
是正して欲しいと考えます。
同じ重さ500Kgの惑星探査機でも、
・世界最高性能のコンパクトな全段固体ロケットで打ち上げられ、
世界最高性能のイオンエンジンを駆使した新航法で
小惑星に到達したはやぶさ
は、エンジニア志望の少年少女の夢をかき立てると思いますが
・官僚的内紛の末、重さ3トンのウンコ(失礼)をぶら下げて
金星に到達したPLANET-C
では、金銭的な合理性はあっても、
「国家が目先の金勘定を重視してエンジニアリングセンスを理解できない」
典型例として、子供たちの理科系ばなれを招くと思います。
「おおすみ」「はくちょう」「さきがけ」「すいせい」
「ひてん」「はやぶさ」
は、科学好きの少年少女の夢を膨らませるものがありました。
PLANET-C問題には、教育的見地という側面もあると思います。
目先のお金を重視しては、教育問題はおかしくなります
(現におかしくなってますが)
エンジニアが「目先のお金」のために、
「エンジニアの美学」を断念さぜるを得ない事例は、
経営を重視する民間企業なら仕方ないですが、国がこのようでは
科学者・技術者の育成に差し障りが出ると考えます。
国家として、科学技術教育の一環として、
「国がエンジニアを尊重する実例」として、
適切な政治的ロジックを適用してでも、みっともなくない形に
落としどころを見つけて頂きたいと思います。
Posted by: ぴょんきち | 2007.01.26 08:51 PM
空天さん
情熱は分かりますが、他人のblogのコメント欄への投稿としては長すぎます。長すぎる文章は誰も読んではくれません。こういう場合は自分のblogを開設し、トラックバックを張るのがスマートな方法です。
今後気をつけて下さい。
ぴょんきちさん
例えばセレーネの願いを月にキャンペーンがなぜ盛り上がらないか、を考えてみるものいいかも知れません。こういう言い方が正しいかどうか分かりませんが、セレーネはキャラが立っていないのです。
キャラが立つということは、そこに「俺がこれをやるんだよ/やりたいんだよ」という人がいるということでしょう。直接表に出ていなくても、そういうことは分かるのですよね。
Posted by: 松浦晋也 | 2007.01.27 11:21 AM
松浦さま。
>そこに「俺がこれをやるんだよ/やりたいんだよ」という人が
>いるということでしょう。
エルピーダの坂本社長には、
「俺はこれをやるんだ」を痛切に感じますね。
彼は経営者/マネージャーで、エンジニアでは無いのですが、
エルピーダには往年の東大航宇研を感じますし
今のJAXAには、国内大手総合電機メーカーと同じ物を感じます。
Posted by: ぴょんきち | 2007.01.27 03:00 PM
>松浦様
場をわきまえぬ駄文を投稿いたしましてご迷惑をおかけしました。
心から深謝いたしますと同時にご忠告に感謝いたします。
組織の横暴といったものへの怒りに共感し熱にうかされたような勢いで書き始めたのですが、ついには夜中の三時を過ぎてしまい完全に頭がハイになっておりました。
政府からのトップダウンではなく民間からのボトムアップによる宇宙への挑戦は不可能ではないと考えます。
自分なりに道を探ってみたいと思います。
Posted by: 空天 | 2007.01.27 08:38 PM
#話題がそれるが、JAXAの経営体質の問題点に関連することなので。。私見ですが。。
折しも、1/31付けの新聞(WEB)に「ルナーA」の計画中止が報道されていました。JAXAのコメントはまだ見ておらず大手新聞社のWEBサイトの掲載記事を読んだだけですが。。
100億(某社の記事では152億との報道もあり)が延々と湯水の如く消費されて挙句の果てに「パー」。。OTL
探査機本体(オービター)はとっくの昔に完成してたが、月へ槍投げみたいに投下して地層深部をセンサーする予定だったプローブ(ベネトレーター)の対衝撃防御技術が確立できなかった。とか。。
で、もたついている内に、オービター本体の老朽化(技術の陳腐化かな?)で打ち上げても満足な成果(採算)が取れない。との最終判断で、計画中止?!?!(@▽@)
はっきり言って呆れ果てた。。
膨大な研究を継続してきたプロジェクトの打ち切り理由としては、おそまつ過ぎると感じた。しかもJAXAが「計画中止は妥当な選択」という様なコメントを出している節もある。
(何処をどう取り繕えば、妥当な選択になるのだろう。(ーωー#)。)
#松浦さんのサイトで発言するには不適切なので書かないが、悪たれ罵倒の一言をJAXAの当事者たちへぶちまけたい位に頭に来ました。。。
#JAXA宛に後で文句のひとつも投書しようかと思ってます。。
百数十億もの研究開発費の大半は、国家予算(国民一人一人からの血税の積み上げ)でしょう。それが、一枚の紙っぺらにすらならず(研究者殿の最終成果報告レポートはあるのだろうが)、蒸発した事になりますよね。。
こんな無駄使いをしているから、「きぼう」は宇宙に飛ばないし、「はやぶさ2」開発が危機状態になるんですよ!!!。。ゝ(=▽=#)ノ
Posted by: てらぽん@藤沢 | 2007.01.31 11:19 PM
LUNAR-Aについては、以下の記事を書きました。読んでみて下さい。これはISASのマネジメントの欠点が出たケースだと思っています。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/matsuura/space/070119_tyushi/
Posted by: 松浦晋也 | 2007.02.01 12:28 AM