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2007.09.18

初音ミクからボイセスカミングへ、その1

 もののついでだから、「初音ミク」からこのまま暴走して希代の怪作「ボイセスカミング」のことを書いてしまおう。

 といっても、なんで1969年という時期に、前衛的な作品を次々に発表していた湯浅譲二が、かくも奇怪にして愉快な作品を発表したかを理解するには、20世紀の音楽史をちょっとばかり理解する必要がある。

 トーマス・アルバ・エジソンが蓄音機を実用化したのは1877年。ここに人類は初めて、音声を記録再生する手段を得た。それまで音楽は、演奏家が楽器を演奏したり歌ったりするその場にいなければ聴くことができなかった。

 蓄音機は2つの可能性を人類に示した。ひとつは音楽を記録し、いつでも聴けるようにすること。こちらはエミール・ベルリナーによるレコードとレコードプレイヤーの元祖「グラモフォン」の発明で、現在のiPodにまで至るオーディオ機器の流れを形成することになる。

 もう一つは、蓄音機を楽器として扱う、という可能性だった。

 世紀が変わると、イタリアで未来派という芸術運動が起こり、ルイージ・ルッソロが1913年に「騒音も芸術だ」と宣言する「騒音芸術宣言」を出した。要は、音楽は楽器の出す楽音のみではなく、都市の機械類が発する音からも作りうるという主張だ。

 楽音は楽器によってコンサートホールの聴衆に届けられる。では騒音は?
 もちろん蓄音機によって届けられるのだ。

 ルッソロの騒音音楽は単発的な宣言に終わったが、それは録音技術が未熟だったからだった。技術の発達により第二次世界大戦後の1948年、フランスの電気技師ピエール・シェフェールにより、録音した音を加工することによって音楽を創るという新たな方向性が示された。

 これがミュージック・コンクレートだ。「具体音楽」などと訳される。当初はレコード盤への記録をあれこれいじっていたが、テープレコーダーの出現によりテープに録音した音に加工を加えるという方向で進化していくことになった。なにしろテープは切ったり貼ったり、レコーダーの回転数を変えることで音の高低を変えたり、逆回して音を後ろから再生することができる。色々と音を加工するのに好適だったのだ。

 さて、この一方、第二次大戦後、全ての音を正弦波から合成できないかという研究も進みはじめた。
 フーリエ級数が示すとおりすべての波は正弦波の合成で再現することができる。となれば、オーケストラのすべての音色を電子的に再現することだっで可能ではないだろうか。

 電子楽器は、20世紀初頭のテルミン、オンド・マルトノといった楽器が作られていたが、これらはそれぞれ独自の音色を持つ「楽器」であった。

 そうではない、音色を自由自在に操る電子楽器が可能なのではないか。

 この流れはやがてムーグのシンセサイザーへとつながっていくわけだ。

 ミュージック・コンクレートにせよ、後のシンセサイザーにつながる音色合成の研究にせよ、電子回路で音をいじくっていくというところは共通だ。そして、1950年代初頭、まだ大規模な電子回路を個人が開発、所有、維持できる状況ではなかった。テープレコーダーもテープも高価だった。発振回路や変調器、バンドパスフィルターなどを作るには電気工学のスペシャリストの手を借りる必要があった。

 しかし、これらの困難さ以上に、過去の音楽にない、新たな表現形態が可能になるのではないかという予感が、芸術家と技術者の両方を熱くさせた。

 というわけで、1950年頃から世界のあちこちで、主に金を持っている放送局がパトロンになって「電子音楽スタジオ」というものが立ち上がった。その実態は、基本的に技術者一人に、テープレコーダーと各種電気回路を詰め込んだ狭いスタジオ、そして芸術家という構成だったが、そこから色々な音楽が生み出されていったのである。
 日本でもNHKがNHK電子音楽スタジオを、1955年に立ち上げる。その最初の作品が「音の始源を探る1」に収録された黛敏郎「素数の比系列による正弦波の音楽」というわけだ。

 この辺りの歴史はなかなか面白くて、例えば初期の電子音楽をリードした3つのスタジオというのが、一番早く活動を開始した西ドイツ放送局電子音楽スタジオ、次いでイタリアのミラノ放送局内電子音楽スタジオ。そして日本のNHK電子音楽スタジオなのだ…なにか戦争に負けたことが影響しているのだろうか。戦争に負けると電子音楽をやりたくなるとか??

 あるいは東京が電子音楽スタジオを立ち上げたことで、「JOAKに負けるな」とばかりにBKこと大阪のNHKも電子音楽に進出し、松下真一をひっぱってきて「黒い僧院」を作らせたり、とか(このあたり、大阪における電子音楽の歴史は未だにまとまっていない。関係者もあらかたこの世を去っており、このまま埋もれてしまう可能性もある)。

 さらには黛が、内幸町にあったNHKで電気回路と格闘しながら「素数の比系列による正弦波の音楽」を作っていたのと同時期、25歳の武満徹が、日本初のミュージック・コンクレート「ルリエフ・スタティク」を作成している。こちらは新日本放送、現在の毎日放送がスタジオと技術者を提供した。
 物量主義のNHKに対して、ちゃんと民放が同じ時期に対抗して似たようなことをしていたのである。

 「ルリエフ・スタティク」は最初、芸術祭参加ラジオドラマ「炎」の劇伴音楽だった。
 できたばかりの民放ラジオ局が劇伴にミュージック・コンクレートなどという新しい手法を使おうとした背景には、当時の民放はどこも最新鋭のテープレコーダーを導入していたという事情があったらしい。つまりスタジオをたくさんもつNHKは生放送で放送を続けることができたが、後発で規模が小さな民放局はすべての放送を生でまかなうことができなかったのである。

 そこで民放各社は、出始めたばかりのテープレコーダーを導入して対処しようとした。テープレコーダーがあるならいっちょ最先端のミュージック・コンクレートをやるかとなって、無名ではあるが実験工房で注目を集め始めていた武満に声がかかることになったようだ。

 ちなみに、NHK電子音楽スタジオは1993年にその幕を閉じている。スタジオの主的存在だった技術者の佐藤茂が1992年に定年退職となったのをきっかけに、「あんな儲からないセクションは閉じてしまえ」ということになったらしい。

 佐藤の証言:「ああいう電子音楽をNHKの中で残そうとするには、相当努力しないと残らんでしょう。3ヶ月も使って売れない曲を作ってたら、商売にならんからいらないって言われるでしょうね。佐藤がいるんだから歴史があるからって、いる間は残しとけってことだったけど、いなくなったらあっというまに潰しちゃった。」(「電子音楽 in JAPAN」田中雄二著 p.100)

 ありゃ、随分長くなってしまった。

 肝心の「ボイセスカミング」については、次の回にということで。


 今回の記事の元ネタ本。

 日本の電子音楽の歴史は、田中雄二氏の手によるこの大部の著作で見事にまとめられている。黛敏郎や武満徹による初期の試みから説き起こし、ムーグ・シンセサイザーの衝撃とそれまで劇伴作曲家だった富田勲の華麗な転身と成功、さらにはYMOのデビューとテクノポップ全盛にいたるまでを、あますところなく描ききっている(残念ながらJOBKと松下真一の協力のような大阪における活動は抜けているのだけれど。それでも大阪芸術大学における塩谷宏の業績にはきちんと触れている)。

 なによりも芸術家の側からだけではなく、技術者やメーカーの側からも取材を進め、両面から電子音楽というテクノロジーアートの歴史を描いているところを高く評価したい。例えば秋山邦晴による武満初期作品の評価は、テクノロジーの部分に関する分析が希薄だったから。

 電子音楽、さらにはテクノ系ミュージックに興味があるなら是非とも読んでおくべき、聖書のような本だ。確かに高い本だが、CDによるサンプルも付いていて、お買い得だと思う。

 余談だが、今見たら、アマゾンに掲載されている日経パソコン掲載のブックレビューは、かつて私が書いたものだった。

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Comments

>それまで音楽は、演奏家が楽器を演奏したり歌ったりするその場にいなければ

 オルゴール、あるいは自動演奏楽器なんてものはその前から存在します。手回しオルガンとかね。

 確かに自動演奏機械というのはありましたね。

 でもまあ、オルゴールという単語が、同時にオルゴールの鳴らす音楽と同義につかわれていることから分かるように、それらはいわゆる音楽とはちょっと違うものとして意識されていたんじゃないかなと思います。

 基本的に録音技術以前は、歌がair(空気)というように、その場で生成し、消えていくものだったんだんでしょうね。

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