初音ミクからボイセスカミングへ、その2
では「ボイセスカミング」の話を。
「Voices Coming」、「声ぞ来る」とでも訳せばいいのだろうか。この曲は、湯浅譲二により1969年にNHK電子音楽スタジオで制作された。作曲者は当時ちょうど40歳、バリバリに前衛の先頭を走っていた湯浅譲二。湯浅のイメージをテープに定着する仕事をこなした技術者は佐藤茂である。
全体で20分50秒の尺があり、3部構成。うち大阪万国博の電電公社パビリオン「電気通信館」で流れたのは第1部の「テレフォノパシー」である。
全3部とも、電子的に合成した音響と、実際の具体音とを融通無碍に使いこなしており、この時点の湯浅が「これは具体音から作ったからミュージック・コンクレート」「こっちは電子音で作った電子音楽」というような区別をせずに、「電子回路とテープなんだからまとめてもいいじゃないか」という意識であったことがうかがえる。
3部の構成は1)テレフォノパシー、2)インタビュー、3)平和のために戦い殺された二人を記念して。
テレフォノパシーは、当時の国際通話のオペレーターの声を録音し、これをテープを切った貼ったでつないでいったりして構成している。「ハロー、ハロー」さらには基地局名を告げる女声が交錯する、おそらく電電公社は、電話を象徴するオペレーターの声で、当時最新の電子音楽を創るというのが、「人類の進歩と調和」を標榜する万博に相応しいと思ったであろう。
曲としては、当時の前衛系電子音楽の標準のような仕上がりを見せている。
が、次の「インタビュー」はとんでもない問題作だった。
インタビューというタイトル通り、様々な識者にシリアスな問題を投げかけ、その返事の音声をつぎはぎして作られている。…のだが、使われているのは、返事そのものではなく「あのー」「でもね」「それは、」「うーん」といった、返事の中の意味を持たない部分なのだ。
技術者の佐藤によると、最初はインタビューから無意味なところを全て取り除き、意味のある部分だけで構成しようとしていたという。ところそれでは面白くないので、逆に無意味な部分だけを取り出すということになったのだそうだ。
確かに聴いていると、無意味な間投詞にこそ、インタビューされた人の性格が投影されているのがありありと分かる。制作から37年も経った今、聴くと、これはとても面白い試みに思える。
ところが公開当時、この部分はかなり激烈な批判にさらされたのだそうだ。「無意味な部分になんの意味があるのか」とか、変調などの操作をあまりかけない生の音声をつぎはぎした構成のせいだろう、「これは音楽ではない」とか。
音楽かどうかはともかく、音響オブジェと考えれば、これもありかと思うのだが、当時はそうではなかったようだ。
いやあ、本当にこれは面白いです。時間が経ったので、「ここで『うーん』と言っているのは誰それに違いない」というようなクイズ的要素も加わっているし。
「平和のために戦い殺された二人を記念して」は、全曲で一番音楽っぽい、というと妙な言い方だが、音楽のように聞こえる音楽。
「平和のために戦い殺された二人」とは、ジョン・F・ケネディと浅沼稲次郎。演説が、そもそも音楽的要素を含むものなのだから、音楽的に響くのは当然なのかも知れない。
前の2部では殆ど使われなかった電子変調が派手に使われ、ディストーションされたケネディと浅沼の声が、ステレオ音声で左右に行ったり来たりするところに、湯浅お得意の変調されたホワイトノイズが、がーっとかぶさる。ケネディの発する「As a result,」という言葉でクライマックスが来る。
この曲の奇妙さ、怪作っぷりは、湯浅の問題意識の鋭さと、佐藤の技術の確かさががっちり組み合ったところにあるのだろう。音楽として聴こうと思えば聴けるし、音響オブジェと思えば音響オブジェだし、「人の声だ」と思えば人の声に聞こえる。そういう、音楽と言葉と音響の真ん中あたりに宙ぶらりんになっているところが、ものすごく面白い。
こういう面白い曲(と言っていいのだろうか、いいんだろうな)が埋もれているのはとてももったいない。
少しでも興味を持った人は聴いてみてもらいたい。
というわけで、またもアマゾンからは買えないCDだ。検索に「音の始源を求めて3 佐藤茂の仕事」と入れて、オンラインで扱っているCDショップをさがしてみてもらいたい。
音の始源を求めて3 佐藤茂の仕事
収録曲
「小懺悔」(諸井誠)
「ディスプレイ'70」(柴田南雄):万国博日本政府館の音楽
「電子音と声によるマンダラ」(黛敏郎)
「ボイセスカミング」(湯浅譲二):万国博電気通信館の音楽
「ブロードキャスティング」 (篠原真)
普通の人は海の物とも山の物ともつかないCDに3000円を払うのは冒険かと思う。が、他にも面白い曲が入っているので、私としてはお薦めである。
例えば、篠原真の「ブロードキャスティング」(1973)は、当時のNHK5波(テレビ、教育テレビ、ラジオ第一、ラジオ第二、NHK-FM)を、ある1日すべて録音し、それらをつぎはぎして作った「NHKのある1日」のような作品だ。
作者としては、現代の放送というものを象徴させたかったらしいいのだけれども、今聴くと、ここにあるのは34年前にNHKがどんな放送をしていたかをダイジェストした生々しい記録である。
私と同年代ならば、「ああ、あの頃のNHKってこんな雰囲気だったよなあ」と当時の記憶まで蘇ってきてしまう、ちょっとノスタルジックな曲になっている。
「こんな変なことばっかりやっている湯浅なんて作曲家に興味ないよ」と思ったあなた。いえいえ、多分あなたもまた、知らないうちに湯浅の作品で育てられているのです。 実は湯浅譲二は、童謡の分野でも様々な作品を書いている。「インディアンがとおる」「ピコットさん」「はっぱがわらった」「はしれちょうとっきゅう」——すべて湯浅の作品なのである。
このblogを読みに来る人なら、おおかたは「びゅわーん、びゅわーん、は、し、るー」と超特急の歌を歌って育ったはずだ。。
湯浅の童謡は「美しいこどものうた」という1枚のCDにまとまっている。これまたアマゾンでは買えないが、HMVとタワーレコードは扱っているのでそんなに入手は難しくないはずだ。
・美しいこどものうた(HMV)
・美しいこどものうた(タワーレコード)
収録曲は以下の通り。いくつ歌えるだろうか。
「美しいこどものうた」:平松英子(ソプラノ)、中川賢一(ピアノ)
ほんとだよ ピコットさん あめのひ インディアンがとおる やさいはきらい こおろぎ まど チビのハクボク 大きくなったでしょ ちゃっぷちゃっぷらん それでも あんよ かぜ ふしぎなおかお とけい 僕だけが知ってたうた しゃぼんだま はしれちょうとっきゅう きょうはなにいろ はっぱがわらった 甘い夏みかん ジェット機きゅーん 川 宇宙船ペペペペランと弱虫ロン 冬の思い出 二冊の本 じゃあね
あるいは前衛保守を問わず、メロディストであることが作曲家の条件なのかも知れない。
とりあえずアマゾンは、「美しいこどものうた」の楽譜にリンクしておく。
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こういう作品って、発表当時は確かに間違いなく「怪作」と見なされたのでしょうが、考えると、湯浅譲ニの採った手法は、現在の「ヒップホップ」のそれとほぼ同じですよね(もっとも、1970年当時はサンプラーもシーケンサーもなく、テープの切り貼りだけで作品を制作していたわけですが)。
ヒップホップも出始めのときは「こんなモンは音楽じゃねぇ」という批判を受けていて、そう言われていたものが、その後世界中の音楽シーンを席捲するまでに成長するわけですが、例えば好事家のための「前衛音楽」(あるいは「ノイズ・ミュージック」)と見なされていた音楽が、まさか後に「クラブ・ミュージック」方面から再評価されて多くの人に聴かれるようになろうとは、当の湯浅本人も含め、当時にそのような音楽を作っていた面々も、全く予想だにできなかったことでしょう。そういうところが音楽の面白さですね。
だから現在なら、「ボイセスカミング」も不必要な偏見なしに、その音楽性を自然に評価できる土壌があるのでは、と思います。聴いたことがないので、どのくらいの「怪作」なのか、確かめてみたいですね。スロッビング・グリッスルの作品にも負けないかな?(笑)
Posted by: Almost Prayed | 2007.09.19 10:36 PM