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2007.09.17

DTM熱再燃か

 「初音ミク」ショック以来、DTM熱が戻ってきてしたようで、DTMマガジンを買ってきて読んでいる。DTM——デスクトップ・ミュージックの略で、要はパソコンで音楽を作り、鳴らすことだ。

 使用機材が15年前とはずいぶん様変わりしている。音源をハードウエアとして持つ時代はとっくに過ぎ、今や音源はソフトウエアとなってパソコンで動かすようになっているのだな。データの持ち方もMIDIだけではなく、生音の録音やサンプリングを組み合わせるのが当たり前になった。

 かつてせっせとDTMをしていた頃は、パソコンにMIDIインタフェースを付けて、モジュール音源につないで鳴らしていた。モジュール音源というのは、鍵盤のないシンセサイザーのようなものだ。
 特に1987年にローランドが出した「MT-32」というモジュール音源は、6万9800円という低価格でDTMの普及に一役買った。それまで、シンセサイザーは20万円以上したのである。私もMT-32のユーザーだった。

 DTMマガジン附属のDVDディスクで、読者投稿を聴いてみる。…どうも音楽としての質は、かつてとあまり変わっていないようだ。
 それどころか生音が使えるようになったことで、ボーカル付きが当たり前になり、逆に発想を狭くしているように思う。かつてのように、不自由かつぎくしゃくした音源で、ビッグバンドやオーケストラを再現してやろうという発想はマイナーになってしまったらしい。

 かつての名作はまだどこかにあるかな、と検索してみたらあった。「大星夜92」(子龍作)。1992年にパソコン通信のNifty-Serveで発表され、FMIDI(MIDIフォーラム)に大反響を引き起こした曲である。なにしろ自分の結婚式にこの曲を流した人がいたぐらいだ。
 今聴くと、もう少し自然な表情がつけられるはずと思うが、当時この曲のインパクトはとても大きかった。曲としては今聴いてもなかなかいいな。

 あの当時のDTMの精神は、ローランドの力作コンテスト入賞作品に残っているという印象だ。今の機材で作り込むと、アマチュアでもここまでできるという実例が集まっている。

 私は、実のところかなり変格的な態度でDTMに入っていった。「シンセサイザーで自然な音楽を創る」のではなく「自分が作曲するためのシミュレーター」としてDTMを利用しようと思ったのだ。
 作曲するには、頭の中で音が鳴らせなくてはダメ、とか、ピアノが弾けることが最低条件とか、絶対音感がなければダメというような様々な伝説が存在する。しかし当時の私は、「それらすべて、コンピューターで代用できるのではないか」と考えたのだった。
 シミュレーターが目的だから、私は音のアウトプットに無頓着だった。自分の頭の中で鳴っている音の確認ができればそれで十分なのだ。楽譜に出力して、後はそれを誰かに演奏してもらえればいい。

 とはいえ、MT-32の音はあまりに貧弱であり、それで再現したオーケストラサウンドは悲しいぐらいにオーケストラとは似ていなかった。特に弦楽器は涙が出るぐらい、本物の弦楽器とはほど遠かった。

 私はオーケストラ曲を書くのを諦め——まあ、そもそもそんなもんを書くだけの実力があったのか、という問題はあったわけだが——ぼそぼそと管楽器を中心にした室内楽やら歌曲やらをいくつか書いた。

 もちろんそれを演奏する人が現れるはずもなく、データは15年以上死蔵されたのである。つまらない音楽が世に出なかったのは、世のため人のため自分のため、という見方もできるだろう(誰だってジャイアンになるのはゴメンだ)。
 そうこうしているうちに、仕事が半端ではなく忙しくなり、私はDTMから離れた。

 今からDTMを再度始めるならば、おそらく今までとは違う知見をどこかから引っ張ってくるべきなのだろうな。既存のDTMユーザーの基本教養となっている昨今のJPOPやハウスミュージック、ハリウッドのサントラに代表される良く鳴るオーケストラサウンドとは別のところから。

 例えば、今やこれだけ機材が進歩しているのだから、1950年代から70年代にかけて、NHK電子音楽スタジオで作られた電子音楽など、個人レベルで同じことができるようになっているわけだ。このあたりに再注目すると、斬新な音楽を机の上から作り出せそうな気がしないでもない。

 NHK電子音楽スタジオで生み出された音楽は、21世紀に入ってから「音の始源を求めて」という5枚のCDになって発売された。企画は、大阪芸術大学音楽工学OB有志の会。ロームミュージックファンデーションからの助成を受けての発売である。

 極めてプレス枚数が少ないらしく、アマゾンでは扱っていないし、私が入手したタワーレコードのオンラインショップでも売り切れとなっている。ネットで検索するといくつかのショップではまだ在庫が残っているようなので(例えばドッペルゲンガーレコーズ)、まずは「音の始源を求めて」で検索をかけてみてもらいたい。

 このCDは大変ユニークなことに、作曲家別ではなく、作曲家の意図を汲んで実際の音として実現した音響技術者別に組まれている。第1巻が塩谷宏、第2〜第4巻が佐藤茂、第5巻が小島努というそれぞれの技術者別のCDとなっているのだ。

 ライナーノートも、作曲者がどうこうではなく、それぞれの技術者がどのようにして作曲者の望む音を実現したかについて書いてあり、技術と芸術の関わりをのぞき見るという点でも興味深い。

 1枚3000円するCDを5枚そろえるのは結構なコストだが、DTMや電子音響に興味があるならばその価値はある。ただし、冨田勲的な聴きやすいシンセサイザー音楽を求めてはいけない。収録された曲はどれもかなり前衛的かつ刺激的なものだ。

 とりあえず1枚というならば、最初にでた「音の始源を求めて 塩谷宏の仕事」、または2枚目の「音の始源を求めて 2 佐藤茂の仕事」をお薦めする。


Otonosigen1音の始源を求めて 塩谷宏の仕事
収録曲
「テレムジーク」(カールハインツ・シュトックハウゼン)
「素数の比系列による正弦波の音楽」(黛敏郎)
「7のヴァリエーション」(黛敏郎、諸井誠)
「ピタゴラスの星、第一部:沈黙の環」(諸井誠)
「ヴァリエテ」(諸井誠)
「オリンピック・カンパノロジー」(黛敏郎)

 どれも電子音楽関係の本を読むと必ずでてくる曲だ。特に東京オリンピックの開会式で使われた「オリンピック・カンパノロジー」が素晴らしい。

Otonosigen2 音の始源を求めて 2 佐藤茂の仕事
収録曲
「フィノジェーヌ」(高橋悠治)
「トランジェント '64」(松平頼暁)
「電子音のためのインプロヴィゼーション」(柴田南雄)
「マルチピアノのためのカンパノロジー」(黛敏郎)
「プロジェクション・エセムプラスティック」(湯浅譲二)
「ホワイトノイズによるイコン」(湯浅譲二)

 第1集がエポックメイキングな曲を集めたとすると、こちらは「名曲」が集まっている。なかでも一番前衛的でとがっていた頃の湯浅譲二による「ホワイトノイズによるイコン」は、音響系の音楽を志すなら必聴だ。

 ちなみに第3集には、湯浅譲二が大阪万国博エキスポ70のNTTバビリオンのために作った希代の怪作「ボイセスカミング」が収録されている。あまりに面白い曲なので、この曲についてはあらためて書くことにしたい。

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Comments

クラフトワークが偉大だったのは、それまで効果音程度にしか活用されなかった(活用できなかった)、当時のシンセサイザーの機械音を、従来の音楽の形式に適応させていくということをせず、機械に合わせて音楽そのもの(のフォーマット)を作り上げたことにある、という論評を読んだことがあります(それは事実から見て非常に正しい認識です)。

しかし、あらゆる形式が出尽くした感のあるポピュラー音楽界において、全く新しいインスピレーションの源を探すのは本当に困難です。シュトゥックハウゼンやテリー・ライリーやラ・モンテ・ヤングなど、かつて「前衛音楽」と呼ばれた面々の音楽が現在も人気を集めるのは、現在の時点でも何らその鋭さを失わず、聴き手に対して挑戦的に聴こえるからと思っています。電子音楽とは異なりますが、キャプテン・ビーフハートに人気が集まるのも、同じような理由だと思います。

では、現在の音楽の世界において、機材が劇的な進歩を果たしたのに対し、人々の想像力や創造力がどうなっているかと言えば・・・

ご存じのはずですがMIDI(ミディ)はMusical Instrument Digital Interfaceの略です。

>人々の想像力や創造力がどうなっているか
 同じことをするのはずっと楽になった分、安易になっているということも多々あるのでしょうね。

 私自身は、いかに音楽を為すことが簡単になったとしても、きっと安きに流れない人もいるのだと思っています。

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