月の記念写真だ!
月探査機「かぐや」は極めて順調だ。現在徐々に遠月点高度を下げつつあり、本日9日は、地球のとの通信を中継するリレー衛星の分離に成功した。
・月周回衛星「かぐや(SELENE)」のリレー衛星(Rstar)の分離及び主衛星搭載カメラによる月撮像について
それだけではなく、月の北極地方を見下ろす画像を、搭載カメラで撮影して送ってきた。使用したカメラは、ハイゲインアンテナ(パラボラ形状のアンテナだ。かぐや-地球間の高ビットレート通信に使用する)の展開を確認するためのもので、本格的に月面を観測するものではない。搭載センサーが稼働を開始すれば、これよりもずっと鮮明な月面の映像を送ってくることになる。
それでも、この写真はすばらしい。「かぐや」の一部と共に写った月の北極地方は、私達が宇宙船で月面上を飛んだらこう見える、という、言ってみれば「かぐやの記念写真」なのだ。
皆さん、分かっておられるだろうか。これは北極上空から見た月だ。アポロの乗組員も見たことのない月面なのである。
でも、月面のどのあたりが写っているか知りたいな、と思っていたら、「日本一のクレーターオタク」こと会津大学の平田成さんが、ささっと上記のような対照図を作ってくれた。
平田さん、どうもありがとうございます。
以前から、私は「探査機の記念写真が欲しい」と思っていた。
観光地に行くと、我々は記念写真を撮る。それこそVサインとか出してしまったりして、行った場所が分かるような所で、自分が写っている写真を撮るわけだ。探査機にも、行った場所が分かるような探査機自身が写った画像が欲しいと思っていた。
この欲求に気が付いたのは、1997年にアメリカの火星探査機「マーズ・パスファインダー」が、火星に着陸し、小さなローバー「ソジャーナ」による探査を行った時だった(写真オリジナルはこちら:Photo by NASA)。
ちょこまかと動き回るソジャーナが写る、ランダーのカメラからの画像には、新鮮な感動があった。
それまでの探査機では、探査機の一部分がかろうじて画像に写るだけだった。確かにその場所に行かなければ撮影できない画像ではあったものの、「自分がその場所ならではの風景と共に写る」記念写真にはなっていなかった。
それが、マーズ・パスファインダーの画像には、タイヤの跡を残して走り回るソジャーナ・ローバーがはっきりと写っていた。「確かにそこに、人類の作った機械が行っている」という実感があった。
はやぶさのイトカワ着陸の時、私は「はやぶさリンク」:こんな画像が見たいという記事も書いている。
ちなみに、私が見たかった画像は、衛星擬人化イラストを描いているしきしま・ふげんさんが、後に見事にイラスト化してくれた。イトカワに着地したミネルヴァから、こんな画像が撮影できたら最高だったのだが。なにしろミネルヴァはステレオカメラを搭載していたのだから。
実際には「はやぶさ」は、意表を突いた形で、「記念写真」を撮影してくれた。言わずと知れた、「はやぶさの特徴的な形状がはっきりわかる影を落としたイトカワの画像」である。
この画像に興奮した人は少なくないだろう。「確かにはやぶさは、イトカワの近くにいる」と、これほど強く感じさせてくれた画像はなかった。この、イトカワに落ちる影の画像があってこそ、私達は「遙か彼方に、確かに我々の探査機がいて、かつてない大勝負に挑んでいる」ということを、実感できたのだった。
その後、NASAの火星ローバー「スピリット」と「オポチュニティ」が、自分の走ってきたタイヤの跡や、ロボットアームの一部が写っているという画像を送ってくるようになった(写真は「スピリット」が2004年1月に撮影したもの:Photo by NASA)。これはなかなか素晴らしかった。
2機のローバーは、当初の予定を大幅に超えて、現在も火星表面を走り続けており、当然、様々な「俺はここにいるぞ」的な写真も送ってきている。それらを見るのはとても楽しい。バイクツーリングをしていて、要所要所で自分のバイクの写真を撮るのと似たような気分になれる。北海道最北端の宗谷岬のモニュメントの前に、バイクを止めて、写真を撮るような、といえばいいだろうか。
ただ、なろうことなら「三脚を立ててセルフタイマーを仕掛け、探査機がVサインを出しているような写真」が欲しいと思ったのも事実である。ローバーの全景とはいわないまでも、探査機の形がなんとはなしにで分かるような写真が。
それがとんでもない高望みであるのは重々承知していてはいるのだけれども。

これは本当に素晴らしい写真だ。ロゼッタの架空の乗組員が、火星スイングバイに興奮してカメラのシャッターを押したような臨場感がある。
ロゼッタの旅は2014年に目的地のチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星に到着するまでしばらく続く。その間には小惑星の接近観測も予定されている。まだまだ私達を感動させてくれるような映像が出てくるだろう。
さあ、そして今回の「かぐや」の画像だ。
これもまた素晴らしい臨場感に溢れる「絵」ではないか。
上の画像は高度800kmからのものだ。地球なら、地球観測衛星がよく使用する高度である。この高度なら地球はこれほど丸くは見えない。やはり月は小さいのだな、と実感できる。
いや、本当に宇宙探査というのは面白いものだ。この面白い事業に、もっときちんと予算がつけばいいのに、と強く思う。
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松浦さん。「かぐやの記念写真」早速のブログアップありがとうございます。
なるほど。。月周回軌道上の宇宙船から月面を見下ろした眺めはこんな感じなんですね。将来、実物を見に行きたいものですね~。(ー▽ー)ノノ
#民間人が月旅行に行けるのは、もっと何十年も先の事かな。。(^∞^;)
それにしても、「かぐや」は今のところ故障ひとつ無しで健在ですね。。打ち上げの直後からあちこち故障を起こしていたかつての国産衛星と比べたら、運用開始以降の品質が非常に良いです。
これもロケット打ち上げ&運用で、民間企業と本格的に業務提携した成果かしら・・。
Posted by: てらぽん@藤沢 | 2007.10.10 12:34 AM
ご紹介していただきありがとうございます。teardropのしきしまと申します。今回の「かぐや」の写真は、松浦様の仰るとおり「ロゼッタ」に並ぶ美しいモノだと思います。願わくば今回の探査では下手な出し惜しみをせずに高解像度な画像を出していただきたいとJAXAに願っているところです。
はやぶさのイラスト、折角ですので文字抜きのバージョンをご用意させていただきました。自分が見てみたかった光景とその高揚感を、(つたないイラストを使ってではありますが)みなさんと共有することができるのなら、こんなに嬉しいことはありません。
http://www.d1.dion.ne.jp/~hugen/dairy070123.jpg
Posted by: しきしま | 2007.10.10 02:37 AM
しきしまさん、どうもです。本文のリンク先を文字抜きバージョンに変更しておきますね。
Posted by: 松浦晋也 | 2007.10.10 09:45 AM
かぐやの順調な成果にわくわくしてあちこち巡回しておりますが、こちらで平田さんの対照図を拝見し、月面図の極地が空白なことに驚きました。
60年代の月面着陸を前提とした探査は極軌道ではなかったようですから、考えてみれば極地データの欠落はありうる事ですね。
クレメンタインやルナ・プロスペクターのデータを反映した月面図があると、かぐやの情報を見るときに楽しさ倍増だと思うのですが寡聞にして……どなたかご存知ないでしょうか?
ところで、話は変わりますが、
>>いや、本当に宇宙探査というのは面白いものだ。この面白い事業に、もっときちんと予算がつけばいいのに、と強く思う。
・・・・・・との事で思い出したのですが、先日ロケット祭りの際に松浦さんがおっしゃった
◆『はやぶさ2』実現が予算審査の上で危機的状況にある!◆
◆応援の為のパブリックコメントを再度投書しよう!◆
と呼び掛けられた件、いまだにどなたも当Blogのコメントで触れていないため、非常に僭越ながら小生が書き込ませていただきます。
以前の記事『はやぶさ2実現へ向けて』https://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2006/12/2_85f1.html
においても、『はやぶさ2』に関する投書をすべき相手先をいろいろお調べになって掲載されています。その後内閣も替わって顔ぶれも変わっておりますが、基本的には同様な役職の方々へ 同様な投書をすれば良い、ということなるでしょう。
以下、関連官庁の現職大臣名などについてURLを列記します。
(1)内閣府 http://www.cao.go.jp/index.html
(2)内閣府 大臣・副大臣等 http://www.cao.go.jp/minister/index.html (岸田文雄氏が科学技術政策担当の特命大臣です)
(3)内閣府 総合科学技術会議 http://www8.cao.go.jp/cstp/
(4) 同、メールフォーム http://www.iijnet.or.jp/cao/cstp/opinion-cstp.html
上記のメールフォームで送信の場合、宛名は議長である内閣総理大臣 福田康夫殿とすべきかと思いますが、総合科学技術会議議員各位でもよろしかろうと思います。メンバー表は以下のURLをご参照ください。 http://www8.cao.go.jp/cstp/yushikisyahoka.html
(5)財務省 大臣・副大臣等 http://www.mof.go.jp/profile.htm
(6)文部科学省 大臣・副大臣等 http://www.mext.go.jp/b_menu/soshiki/main_b3.htm
以下、JAXAについては、金木犀さんの『文系宇宙工学研究所』からの情報を元に書かせていただきます。(あの日の録音が手元に無いので…金木犀さんすいません)
(7)JAXA 経営企画部 http://www.jaxa.jp/
JAXA、お問合せメールフォーム http://www.jaxa.jp/pr/inquiries/index_j.html
JAXA全体へのメールフォームですので、宛先として 「経営企画部 秋山部長殿」 と明記すべきと思われます。
最後に、当初の内容ですが、細かい理由も理論も、そして長々とした文章も不要。とにかく 「応援している!」 「《はやぶさ》の先が見たい!」 「耐えてよく頑張った。感動した!! 」 という事を、失礼にならないよう、丁寧な文章で書くこと。……といった感じの事を松浦さんが当日おっしゃっていたとおもいます。(酒が回ってましたのでウロ覚え。かなり違うかも?)
では、長々と失礼いたしました。
Posted by: うーぱー | 2007.10.10 11:49 PM
どうも,平田です.
>うーぱーさん
クレメンタインはしっかり月の極を撮っています.
http://photojournal.jpl.nasa.gov/catalog/PIA00001
http://photojournal.jpl.nasa.gov/catalog/PIA00002
あの図はNASA WorldWindというソフトのスナップショットなのですが,このソフトではなぜか極表示をしてくれないので,抜けてしまっているのです.紛らわしい画ですいません.
Posted by: 平田成 | 2007.10.11 09:37 PM