かぐやモニターカメラ映像からわかること

「かぐや」取得画像と、「クレメンタイン」のデータによる月面図の比較
図版作成:Naru HIRATA / 平田 成(会津大学コンピュータ理工学部)
http://www.jaxa.jp/press/2007/10/img/20071021_kaguya_08.jpg (Credit: JAXA)
および
http://photojournal.jpl.nasa.gov/catalog/PIA00001 (Credit: NASA/JPL, USGS)
より改変
月探査機「かぐや」のモニターカメラが撮影したのは656×488ドット、32万画素のJPEG画像だ。画像のレベルとしては10年前、発売直後のデジカメ程度である。
それでも、これだけ臨場感溢れる画像が撮影できる(pdfファイル)というのは驚くべきことだ。
が、プロの科学者なら、我々が「きれいだな」「素晴らしい」と思う以上の情報を、同じ画像から読み取れるのではないだろうか。
と、思っていたら、産業技術総合研究所の中村良介さんが、「クレーターの底の永久影の状態が分かりますよ」と、教えてくれた。もっと詳しく知りたいのだが、とお願いすると、「では、平田さんに連絡して図を作ってもらいましょう」ということになり、ご存知、会津大学の平田成さんが、詳細な図を作成してくれることになった。
かくして、平田さんから届いたのが、冒頭に掲載した図だ。かぐやのモニターカメラの画像に写った、シュレーディンガー、アムンゼン、そして、シャックルトンの各クレーターの位置が、1994年にアメリカの月探査機「クレメンタイン」が取得した月表面データと比較してある。
中村さんによると、ここで注目すべきは、クレーターへの日照の入り方なのだという。たとえばアムンゼン・クレーターを比べれば、日照の入り方が異なるのが一目瞭然だ。
極における日照は、月の水の存在と密接に関係している。モニターカメラの画像から、日照の状態を読み取ることができるのである。
クレメンタインは、1994年の2月から4月にかけて月面の観測を行った(写真は打ち上げ前整備中のクレメンタイン Photo by NASA)。これは北極が夏で南極が冬の時期である。月の南極は今年11月が夏至だ。つまりかぐやモニターカメラの画像は、月の南極が夏にどのような日陰を作るかを写し出しているのである。
そう、月にも季節が存在するのだ。
なぜ月に季節が存在するかと言えば、月の自転軸と月の公転面の両方が傾いているからだ。
以下は平田さんによる説明。
「月の赤道面(〜自転軸)が月の公転面に対して6度41分傾いています.で,黄道面(〜地球の公転面)が月の公転面に対してこれとは逆向きに5度9分傾いているので,差し引き1度32分が月の赤道面(〜自転軸)と黄道面の成す角ということになります.この角度が季節を生むことになります.」
月の赤道面と黄道面が1度32分ずれているということは、月面に太陽光が当たる角度は、1地球年の間にその2倍、約3度変化するということだ。
月面から太陽の高さを、地平面からの角度で観測したとすると1地球年の間に約3度だけ変化するわけである。
小さな角度だが、両極地方では、この差によって、日照は当たる、当たらないが大きく変化する。
クレメンタインは、地球の電波望遠鏡との共同観測で、月の極地域に水が存在する可能性を発見した。その後、アメリカの月探査機「ルナ・プロスペクター」が1998年から99年にかけて行った中性子分光観測により、水が存在する可能性はますます高まった(写真は、打ち上げ前のルナ・プロスペクター、Photo by NASA)。
詳細は月探査情報ステーションのFAQ(よくある質問集)にくわしく載っている。
月は重力が小さく、気体を表面につなぎとめておくことができない。水は太陽光で水蒸気になり、どんどん宇宙空間に逃げてしまう。
しかし、月の両極、クレーターの底には永久に太陽光が当たらない影の地域が存在する。
そこに水を含んだ彗星が落下したらどうなるか。大部分の水は気体となって散ってしまうだろうが、一部は永久の影の地域に吸着され、そのまま蓄積されるのではないだろうか。彗星の落下頻度はそんなに多くないが、それでも何億年もの時間があったわけだから、相当量の水が、両極のクレーターの底にあってもおかしくはない——というのが、月の水に対する現在の解釈である。
アメリカが、有人月基地をシャックルトン・クレーターの縁に建設すると言っているのも、クレーターの底に存在するかもしれない水に期待しているわけだ。
もっとも、月の水については、懐疑的な研究者も多い。中性子分光で分かるのは、水素が存在するということだけだ。現状では水素があるなら、それは水ではないかと言っているのであり、確かに水であると判明したわけではない。
水の存在を知るためには、月の両極のどのあたりに1年間を通じて影となっている地域があるかを正確に知る必要がある。
ところが、現状では両極の永久影地域の正確なマップは存在しない。
クレメンタインのデータは、何度にも分けて細い帯状に観測したものを合成して地図としている。このため、1枚の図であっても、太陽光のあたりかたは地域によってばらばらだ。
「この季節、この時刻なら、ここが影でここは日向だ」ということが分からないのである。
しかも、観測は「北極が夏で南極が冬」という時期だけである。南極が夏になり、太陽の高度が上がったら、今まで永久影だと思っていた地域に太陽光が当たっていた、ということもありうるし、その逆で「いつもいつも太陽が当たっている」と思っていた地域が、冬になると影になるというケースも考えられる。
月に水が存在するのか、存在するとしたらどこにあるのか——このことを知るためには、月の両極地方の日照をせめて1年に渡って観測する必要がある。
「かぐや」のモニターカメラは、分解能こそ低いものの、視野の広い広角レンズを装着しているので、月面を広く一度に撮影することができる。
つまり「この時期この時刻に、どこに太陽光があたりどこが影になるか」を一目で見渡すデータが取れるのだ。分解能は300mもあれば十分である。
これはけっこう使えるのではないか、と中村さんや平田さんは考えたわけである。
かぐやのミッション期間は1年だ。その間に南極の夏を狙うとすれば、機器立ち上げ最中の11月しかない。そこまでにメインのセンサーを観測可能にできるかどうか、を考えると、モニターカメラによる撮像は、バックアップ手段としても悪くはない。
もちろん、メインのセンサーを11月の夏至に間に合わせるのが本筋ではあるけれども。
先日の記者会見の時の祖父江さんの話では、今後はメインセンサーに注力するので、モニターカメラによる月面撮影は行えるかどうか分からないということだった。しかし、科学的価値が出てくるとなると、これは撮影してみる価値があるかもしれない。「かぐや」とはハイゲインアンテナを通じた高速通信が確立しているので、32万画素のJPEG画像は、さほど通信系の負担にはならないはずだ。
アメリカのルナ・プロスペクターは、1999年7月31日に月の南極に計画的に墜落した。舞い上がる砂塵の含まれるかも知れない水分を、地上の望遠鏡で観測したが、水は検出されなかった。
中村さんと平田さんの説明を受けて思いついた。ひょっとして、ルナ・プロスペクターは永久影だと思いこんでいたが実際には季節によって日照がある地域に落ちたのかも知れない、と。
物事を成功させるには、基礎的データがとても大切なのだ。
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