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2007.10.08

「ローバー、火星を駆ける」


 早川書房から「ローバー、火星を駆ける 僕らがスピリットとオポチュニティに託した夢」(スティーブ・スクワイヤーズ著 桃井緑美子訳)が出た。私は、解説を書かせてもらった。



 これはとても面白いノンフィクションだ。



 2004年に火星に着陸した2機のマーズ・エクスポラレーション・ローバー、「スピリット」「オポチュニティ」の開発経緯を当事者自らがまとめた本だ。プロローグに「しかしその前に、2機の探査機がケープカナベラルにあること自体がちょっとした奇跡だった」とある。

 まったくその通りで、著者らが探査機実現のためにくぐらねばならなかった労苦は並大抵ではない。2年ごとにぽんぽん探査機を打ち上げているアメリカだから、研究者達は苦労していないだろう——などと考えたら大間違いで、コンセプトをまとめ、ひたすら提案書類を書き、ワシントンの官僚組織に却下され、またコンセプトを練り直し、膨大な提案書類を書き、また却下、を繰り返す。

 その過程で挫折する者も出るし、載せることが不可能になる観測センサーもある。できると思ったことができなくなることもあるし、楽観視していたところが、容易ならざる困難を秘めていたことが分かることもある。

 アメリカならではの苦労もある。日本だと開発が進んで打ち上げ作業に入った探査機の打ち上げが中止になることはまずない。一方アメリカでは、打ち上げ直前まで中止の可能性が残る。
 2003年の打ち上げではスペースシャトル「コロンビア」空中分解事故の余波を受け、NASAの官僚組織は「失敗の可能性が少しでも確認できるなら、打ち上げない」という態度を取った。そして、最後の最後まで「これって大丈夫なのか」という微妙な未確認部分が残り、著者らは「絶対大丈夫」の証拠を提出するために奔走するのだ。

 それでもアメリカの研究者は恵まれている。提案が却下されれば次のチャンスを目指すことができるから。日本では、次のチャンスを10年以上待たなくてはならない。

 宇宙に興味がある人は必読だ。決してアメリカが、万全の体制で太陽系探査を進めているわけではないことが分かるし、にもかかわらず確かにアメリカの底力というものが存在することも理解できる。

 本当に、科学者にきちんと太陽系全域の探査に必要な資金を回せる体制を作りたいと思う。アメリカは有人月探査を言いだし、日本も尻馬に乗る雰囲気となっているが、「本当に月が行くべき場所か」はまだ分かってはいない。月は単に「距離が一番近い星」というだけだ。

 そして惑星科学者達に聞くと、例外なく「学問的興味はともかく、月って行ってもあまり面白い星じゃないですよ」という。地殻変動も水もないから、元素の濃縮過程が存在せず、鉱床の存在が期待できない。ヘリウム3は、そもそも核融合が重水素よりもずっと難しい。極地の水といっても、本当に氷の形で存在しているか分からない(氷じゃないのではないかという人は多い。これは「かぐや」が確認するだろう)。


 我々がどこに向かうべきかは、月に人が行く前に、無人探査で月を含めた太陽系全域を調べてから決めるべきことなのだ。
 莫大なお金をかけて月に行ったはいいが、「はずれでした」ではお話にならないのだから。



 同時期に早川から出たということで、息抜きにまとめて買うのも一興かと。coco's blogで掲載している、SFやら純文学やらホラーやら、それぞれにビブリオマニアな女の子達の日常を描いた4コママンガだ。SFに耽溺したことのある人なら、「あ〜、あるある」と膝を打つことうけあい。



 私としては、主要なキャラクター5人のうち3人のデザインが「眼鏡につり目で身なりに構わない系」と、かぶっていることに爆笑してしまった。確かに「京都SFフェスティバル」あたりでは、このタイプを見かけるなあ、と。そして彼女たちは話してみると、とてもクレバーでチャーミングなのであった。


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Comments

>地殻変動も水もないから、元素の濃縮過程が存在せず、鉱床の存在が期待できない。

空から降ってきた可能性はあるかも。マスコン地帯を掘り返したら巨大隕鉄とかモノリスとか出てくるかも知れませんよ。

月っていうのは「駅」じゃないかと思うのです。決して永住したい場所じゃないけれどそこから遠くへ出かけていけるというそんな場所です。たしかA・E・ヴァン・ヴォクトの『宇宙船ビーグル号の冒険』登場の猫型エイリアン「クァール」だったと思うのですが高い知能を持ちながら母星の近くに他の星が存在せず段階的に宇宙旅行技術を発展させることができなかったため恒星間飛行を達成できず生まれた星の上でそのまま滅亡するしかなかったという文明の話。

「ロケットガール」シリーズの「私と月につきあって」のなかに「月は神の用意した天界への階梯」といった意味のセリフがありました。神はともかく月は確かにそこにあります。何があるのか行って確かめてみたいものです。


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