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2008.04.08

書籍紹介:「日本の『食』は安すぎる」(山本謙治著)

 やまけんの新著が出た。本人blogによれば売り上げ好調のようで、すでに再重版までかかったという。私のとやまけんの関係は、以前書いた通り

 本書の主張は単純だ。「安全で、おいしい食にはそれ相応の生産コストがかかる」——これだけである。やまけんはこの事実を消費者に突きつける。「安くて安全でうまい食を求めるなんて、それは虫がよいというものだ」。そう、安い食事には、かならず安さを実現するための裏があるのである。

 彼は、自ら農業を実践し、社会に出てからは日本全国の食料生産の現場を巡り、その上でこう考えるようになったのだろう。本書の大部分が、彼が巡った生産現場のレポートであり、どの現場の状況からも、安さを求める消費者からの圧力に応じようとして応じかねている苦悩が見えてくる。

 私も以前こんなことを書いているし、この主張には完全に同意する。

 これは想像力の問題だろう。

 地場のナマのほうれん草よりも安い冷凍ほうれん草には、それなりの裏があるに決まっている。ほうれん草を茹で、切りそろえ、冷凍し、パックするコストはどこに行っているのか——素材のほうれん草へとしわ寄せされているわけだ。

 かつて400円以上した牛丼を200円台で提供しようとすれば、それなりのコストダウンがあると想像するのは難しくない。

 ファストフードのハンバーガーのパティに、どれだけのコストがかけられているのか。自分で牛肉を買って作るハンバーグと比べれば、いくら、大量仕入れによるスケールメリットがあるとしても何かの仕掛けがあると思わざるを得ない。

 彼は問いかける。「おいしさも安全もタダではありえないのですよ」と。

 私には、その深層にはもっと大きな構図があるような気もする。

 牛丼が値下げ競争を始めたたしか1999年頃だったか、大学時代との友人と飲んでいた時のことだ。飲み屋のテレビでは、値下げした牛丼のニュースが流れていた。街頭インタビューを受けたサラリーマンが「やっぱり安いのはいいですね」などと答えている。

「こいつはバカか!」不意に友人が毒づいた。
「物価が下がるということは、次に賃金引き下げが起きるということだ。これは経済学の常識だよ。この男…」と、画面を指さし「自分の給料が下がることを喜んでいるんだ。バカだ、こいつ」

 彼は続けた。「これから、こういう連中の給料がどんどん下がっていく時代が来るんだ」

 経済学部出身の友人の毒舌を、私は「そんなもんか」と聞き流してしまったのだけれども、その後友人が予言した通りの時代となった。正規雇用は臨時雇用へと崩壊し、さらには法の網をかいくぐる偽装雇用まで発生、賃金は低下した。

 賃金が低下しても人は食べて行かなくてはならない。低賃金に陥った人々の食生活を、やまけんが憤る「生産者にしわ寄せを持っていく」格安の食品が支えていたのではないだろうか。

 一昨年から昨年にかけてキヤノンやら松下やらの偽装雇用が発覚した(この件に関して、私はこんな書評を書いている)。つまるところこれらの企業は、第一次産業からの収奪の上に収益を上げたということになるのではないだろうか。

 ここしばらくやまけんは、「食い倒ラー」として名前を売っていたけれど、この本でやっと本来の——私にはこっちが本来の顔だと思える——真摯に日本の食を考え、現状を訴える行動者としての側面をあらわにした。

 そうだ、やまけん、語れ。本当は僕らはどんなものを食べるべきなのか、どんな食生活が豊かな食生活なのか、未来に向けてどんな食文化を保持していくべきなのかを。


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Comments

建築偽装も同じ様な原因で起っています。
エディターで図面を直した建築士を問題にする以前に
「安くしろ!」「他所の会社は2割は安いぞ!」など
価格破壊を推進する動きがあったことは間違いありません。

どこぞのホテルオーナーは
「私は耐震偽装をしろとは一言も言っておりません!」
と言っていましたが、業界では「安くしろ!」「高い!」と出入業者にキツイ有名な経営者です。
値引くために鉄筋減らせ、工期短縮しろ・・・
まあこうなればマトモなものができる方が不思議です。

はじめまして.まずはご挨拶から.
"物には適正な価格がある."と言う言葉を知ってから,金は天下の回り物という言葉の深さを知ることが出来た事が私にとって経済学の基本になっています.しみじみと経済活動はどのようにお金を回させるかだと,お金を産み所有する事ではないのだと感じています.
残念なのは,今の日本は取り返しのつかないところに進んでしまった気がしてならないのです.どう金を所有するかに経済活動の主流があることに懸念を感じます."物には適正な価格がある"と言った人は誰かと考えると一抹の不安をぬぐいきれません.

生の食い物にスケールメリットはありません。
スケールメリットというのは、長期限界費用が逓減する産業のことをさしますが、そんな産業は存在しない事になっています。強いて言えば半導体産業くらいでしょうか。ちなみにスケールメリットがある産業では、複数の企業が存在する間は、一番高収益企業の利益が0に貼りつき、赤字に耐えられない企業から破綻していき、最後に独占が成立したところで公取のお世話になる事が予想されています。

難しい話はさておいて。農産物も水産物も生産量は伸縮的ではありません。農産物は生産計画から収穫までに1年のタイムラグがありますし、水産物なんて、気象天候で生産量(漁獲高)が激変します。

ちなみに、完全競争市場の典型として取り上げられるのが魚市場です。こういうところでは、大量に調達する企業が市場に足を踏み入れた瞬間に、その市場の価格が高騰します。実際に起きています。でかいファンドがどこかの企業を買いたいらしいという噂が出たら、株価がストップ高になるのと一緒ですね。

これを避けるために、一船買い・契約栽培などの、庭先取引ルートを開拓して、買い手独占を成立させようというのが、流通大手の戦術であります。あんまりやりすぎて、仕入先を潰しまくってしまいましたが。

ここ20年ほど横行してきた「消費者の権利」を「いかがわしい」と感じ、最近の物価の上昇を内心喜んできました。通貨の融通性でもって「消費者」は強い立場に立っているだけで、本来、欲しいものと不要なものを交換しているだけだというのは、大学初年級のわきまえだったはずです。
病院でも学校でも「消費者=通貨」が暴れているようですが、そろそろ生産者が毅然とした態度をとれる常態に復すべきでしょう。
たとえば、全テレビニュースで毎日株価を速報するという馬鹿げた状況の改善からでいかがでしょうか?(代わりに、いろんな学会の学会賞を速報するとかW)

飼料米は10アール当たり5万円の助成が受けられる
http://www.nougyou-shimbun.ne.jp/modules/bulletin7/article.php?storyid=759
結局食べ過ぎをやめる事が必要で、安かろうを腹一杯は体を壊すもと。安かろうで腹一杯を税金で補填するのは国家を壊すもと。

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