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2008.06.13

人の世の理とこの世の理

 昨日来、「水からエネルギーを引き出すことを可能にした」という「ウォーターエネルギーシステム」が、話題になっている。
 ジェネパックスという会社が開発したと主張しており、6月12日に大阪府の議員会館2階で説明会を開催した。私は見ていないのだけれども、その日のテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」でも好意的に放送されたそうだ。

 この件についてはGIGAZINEが頑張って記事を出している。3番目の記事で分析を行っているので最後まできちんと読むこと。

水から電流を取り出すことを可能にした新しい発電システム「ウォーターエネルギーシステム」を見に行ってきました(GIGAZINEその1)
水から電流を取り出す「ウォーターエネルギーシステム」デモムービーいろいろ(GIGAZINEその2)
真偽判断に役立つ「ウォーターエネルギーシステム」に対する各報道陣からの質疑応答いろいろ、そして現時点での結論(GIGAZINEその3)

 ウォーターエネルギーシステムの原理は、ジェネパックスのホームページ内こちらに掲載されている。

 要は、“新規開発した”MEA(膜・電極複合体)が触媒となって、水を酸素と水素に分解し、得られた水素をまた酸素と結合されることで電気を取り出すというものだ。

 詐欺か、信じ込んでしまったが故のトンデモかは分からないが、これはガセだ。きちんと勉強している高校生ならば、簡単に見破ることができるはず。むしろ、物理でエネルギー保存則を学んだ高校生に、「このシステムの問題点を指摘してごらん」と問う、練習問題としても適当だといえる。

 以下は私の解答。このシステムが動作すると、水を触媒分解した酸素と水素から電気エネルギーを取り出した後に、水が生成する。その水をまた触媒分解して、エネルギーを取り出せる——つまりこの仕組みはいくらでもエネルギーを取り出すことが可能な永久機関であり、エネルギー保存則に反する。従って動作しない。

 エネルギー保存則は、これが破れれば既存の科学すべてがひっくり返るほどの、この世界の根本的な法則だ。それが破れるとするなら、発見者はノーベル賞どころではない大騒ぎになる。少なくとも、新しいクリーンエネルギーというようなしょぼい小ネタですむ話ではない。

 ネタそのものは、過去から幾度となく繰り返されてきた「私は永久機関を発明した」という勘違い、ないしは詐欺、のバリエーションと言えるだろう。

 問題は、説明会の場所が大阪府の議員会館だったこと。なぜ、そんな場所を使えたのか?

 大阪大学・菊池誠教授のblog「kikulog」でこの件に関する議論が行われており、そこで説明会が民主党の府議会議員2名の主催であることが指摘されている。しかも財政危機のただ中にある大阪府の補助金まで投入されているとのこと。

ジェネパックスの説明会案内

主催:「環境保全と災害対策を考えた新エネルギー」をテーマとした、民主党・無所属ネット議員団のまちづくり部会長 中川 隆弘様、環境農林部会長 森 みどり様

中川 隆弘(なかがわ たかひろ) 大阪府豊中市選出(民主党大阪HPより)
みどりのかぜ(森みどりHP)

 中川議員は、大阪府立豊島高校卒、近畿大学商経学部卒。森議員は大阪教育大学卒で茨木市立小学校教員の経験あり。共に学歴職歴は、高校物理の演習問題程度であるウォーターエネルギーシステムの問題点を見抜けて当然のレベルにある。

 しかし見抜けなかったわけだ。

 仕事柄、政治家が、ごく普通の理科の知識に欠けているために、判断を誤る例をいくつか見てきた。今回もそうなのだろう。

 理系文系をことさらに峻別するのは無意味なことだが、大きく分ければ理系とは「世界の理を知る」知識体系であり、文系は「人の世の理を知る」知識体系だ。人は社会を形成して生きているので、人の世を動かすのは文系の知識である。法学であったり経済学であったり会計学であったり——みな政治に密接に関係している。

 だから、かどうかは断言できないが、どうも政治や行政の関係者は「世界の理」を軽く見ているのではないか、と感じられることがある。実際には、世界の理は、人の世の理より強い。今日中に仕事が片づかないから太陽が沈むのを呼び戻す、平清盛のようなことはまず間違いなくできない。

 ところができる気分になってしまうことがままあるらしい。

 いくら環境にやさしいからといって、水からエネルギーが取り出せるわけではない。

 情報収集衛星の開発が決まった時も、自由民主党関係者の一部は衛星から地上の任意の地点を随時観察し放題と思っていたふしがある。実際には、太陽同期の回帰軌道からは、一日の決まった時刻にしか観察対象の直上を通過しない。これは物理的に決まっているので、政治的なかけひきや妥協でにどうこうできるわけではない。

 GXロケットも、現在似たような状況になっている。本日6月12日付けの朝日新聞の記事によると、自民党は党の方針として「中小型の偵察・監視衛星打ち上げ用ロケットとしての利用を中心に国家戦略上の重要性を担う」とGXロケットを位置付けている。

 朝日新聞は、4月に以下のようなことがあったと伝えている(以下引用)。

「宇宙開発委は技術面を審議するのが本来の役割。国策としての位置付けまで踏み込むのは僭越ではないか」
 4月初めの自民党宇宙開発特別委員会。河合克行衆院議員が、文科省や宇宙気候の幹部を前に、繰り返した。
 H2Aの代替ロケットとしての役割や、米国との協力関係維持をなどを重視する一部政治家は、政府の責任でGX開発を続けるよう求めている。

 いずれまとめて書くつもりだが、GXロケットの開発費用や1機あたりのコストが無茶苦茶に膨れあがっている根本には、GXの機体構成がロケットとして最適なものから、大幅にずれていったということがある。

 一番おおもとの設計は第1段エンジンが推力150tf級の「NK-33」だったものが、いきなり400tf級の「RD-180」になってバランスが悪くなり、さらには第1段として流用するはずだったアトラス3が運用終了となり、より大量の推進剤を積むアトラスVの第1段を使わざるを得なくなった。
 GXは、今や構想段階と比べると、物理学的にアンバランスなロケットとなってしまっているのだ。

 物理的にアンバランスで最適設計からはずれているのだから、政治家がいくら「国策だ」と強く主張して開発続行を指示したとしても、完成するのは出来の悪いアンバランスなロケットでしかない。最適設計からずれて無駄な部分を抱えているから、商業市場で競争力を持つ価格にもならない。

 今後の開発過程で、例えば第2段のさらなる重量増加というようなバランスを崩すような問題が発生すると、ますます悲惨なことになる。もとのバランスが悪いので、開発過程でのリカバリーが効かないのだ。それは、JAXAやメーカーが努力するとかしないとか以前の問題である。

 国策といえども人の世の理であり、物理的なこの世の理には勝てない。それを無視すれば、待っているのは悲惨な結果だけだ。

 政治家は、人の世の理のプロであることはもちろんのこと、物理学や化学や地学といった、世界の理も、せめて高校から大学教養課程程度ぐらいまでの基礎的な常識をきちんと使えるようにして欲しいと思うのだ。

 あ、ワールドビジネスサテライトもひっかかったわけだから、マスコミも、だな(もちろん自分も含めてだ)。

 永久機関に引っかかるのは、理工系ならばかなり恥ずかしい失敗なのだけれどもなあ。


追記
 日経BPにも記事が出ていた。(グリーン・カー
「水と空気だけで発電し続けます」,ジェネパックスが新型燃料電池システムを披露
)

 「金属水素化物と水を反応させた際に水素が取り出せる仕組みと近い方式」というのならエネルギーの発生も理解できるが、その場合MEAは触媒ではなく反応してかなりの速度で損耗していくはず。当然「水と空気だけで発電」とは言えない。

さらに追記
 日経BPの続報が出た。【続報】ジェネパックスが水素生成のメカニズムを明らかに。ポイントは金属または金属化合物の反応制御

 タイトルの通り、水と反応する金属で水を酸素と水素に分解するとのこと。以下記事より。


「今回発表したシステムの特徴はこの金属または金属化合物の反応性を制御して長時間に使うことを可能にした点にあるという。

 今回披露したシステムはMEA(膜/電極接合体)の燃料極内部にこうした金属や金属化合物をゼオライトなどの多孔質体に担持しているとする。水素生成反応による生成物は水に溶解し,システム中の水とともに排出される。」

 水と反応する金属というと、リチウム、ナトリウム,カリウムあたりだろうか。マグネシウムも水と反応する。いずれにせよ、生成物が水に溶け、排出するとなると、「水と空気だけ」という表現は当たらないということになる。魚雷ではリチウムと6フッ化硫黄という組み合わせが使われるが、これと類似の反応をより緩やかに起こす仕組みといえるだろうか。

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Comments

やっぱりそうですよねぇ。
私も WBS 見ながら「ありえねぇ〜!」とひとりでツッコミを入れてました。

いちいち、ごもっともなんですが、一言だけ。
政治家が、「世界の理」に通じていないのはいわずもがななんですが、じゃあ、
「人の世の理」に通じているかというと、はなはだ疑わしいです。

どこかの政治家の集まりで、佐藤ゆかり議員(元エコノミスト)が、「彼女は
なにしろバランスシートが読めるんだ。すごい」っって大絶賛されていて
困っている映像をみたことがあります。

松浦晋也様
 面白いトンデモ話のご紹介ありがとうございます。
 ところで、ここが気になります。
>エネルギー保存則に反する。
 エネルギー保存則は水が外界からエネルギーを自発的に吸収して水素と酸素に分解することを禁止していません。
 ***
 水+エネルギー→(触媒)→水素+酸素[エントロピーが増大するなら可]
 ***
 この反応系では熱エネルギー等の質の低いエネルギーはエントロピーが減少することになるのでどんな触媒でも反応は起こりません。
 反応を進めるためには、電気エネルギーや質の高い化学エネルギーをもつアルカリ金属等が必要になります。
 これはむしろ熱力学第二法則に違反した装置と言えます。
 勿論ですが、この似非科学のシステムから生じる電気エネルギーは反応に投入した電気エネルギーか金属製造に使用した電気エネルギーの量を越えることは決してありませんね。
 ですからこのシステムの誤謬を指摘し説明するのは少々難しいのかも。
 うちのブログにもう少し詳しい説明を掲載しておきました。
 化学熱力学は噛っただけですので考え違いがあるかも知れません。
 その際はご指摘いただければ幸いです。

http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080613/153278/
に一応の説明がありますね。
>燃料極側で金属または金属化合物と水を化学反応させて水素を取り出している
らしいです。

それだけでは以前も出ている
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20060424/116499/
これなんかと変わりは無いのですが、

>回発表したシステムの特徴はこの金属または金属化合物の反応性を制御して長時間に使うことを可能にした点にあるという。
が今回の技術の目玉だそうで。

でも結局触媒の金属が全部反応してしまえば使えなくなりますよね。
触媒を使い切るまでの期間が公称寿命の5年程度なんでしょうかね。

ズバリ同じ例ではないですが、過去にもこう言う話があります。
http://chaos.tokuyama-u.ac.jp/souken/mizu.pdf
このサイトで述べている「心理的分析」には全面的には同意しかねますが、
現象としては、60年前とまったく同じである事が、とても情けないです。

と、言うか、上のサイトで紹介した事例。他にも色々な分析があって
(中谷宇吉郎の随筆にもあります)。一概には言いずらいのですが、
戦前の日本は、今日の「理系短大」に相当する「海軍兵学校」出身者が
政治のかなりの部分を占めていた事(今日の中国とやや同様です)。
それでも、このような事例にコロリと騙されている例が何例もあることです。

また、エルピーダの坂本社長は、文系出身ですよね。

この問題は、文系理系で片付けられるようなレベルの話だとは思いません。

「水からエネルギー」、「GXでGO!」は、中学生レベルで理不尽だと解る話で、
(現に宇宙開発委員会では、一番文系よりの人が一番適切な指摘をしています)
こういった事は、理系文系以前の、
もっと奥深い問題だと考えます。

この件の本質は、文系理系ではなく
http://chaos.tokuyama-u.ac.jp/souken/mizu.pdf
ここにある通り、

>まず詐欺師の口車に乗ぜられた面々は高等教育を受け、
>判断力にも優れた指導層で、
>平常時なら化学地質学の専門家の言を判断するだけの見識を持っている筈である

にあると思います。

「化学地質学の専門家の言を判断するだけの見識を持っている」

この言葉、非常に重要だと思います。

>「化学地質学の専門家の言を判断するだけの見識を持っている」

この「見識」とは
「科学者は、議員会館で説明するより先に、特許を取得して学会で発表する。政治家に説明するのはその後。」
と言う常識を指すと思います。
これは「人を使う」文系の人間なら充分に理解可能なロジックです。

情報収集衛星に関して言うと、僕の個人的な感触では、
「太陽同期軌道では地球を随時観測出来る」との説明は行って
しかし「太陽同期軌道で、地球を随時観察するには衛星を何個必要か」
との説明をネグレクトしていた節があります。

ロイター通信が映像配信しています。あちゃー

http://www.reuters.com/news/video?videoId=84561

こういった面白グッズを見ていて思うのですが、
http://www.kenis.co.jp/onlineshop/cat1/

なにも水だけで無くてはならないということもないんではないかなあ、と思ったりします。なにか原理主義に凝り固まった人が発表会や学会などでは声が大きかったりする事も有りまして。たとえば、効率はあまりよくないのかもしれませんし,子供達に燃料電池のあらましを勉強させる為に安全な倍率でメタノールを混ぜた物で燃料電池を模型として作っているのかもしれませんが、これらも、作り方によっては単なる内燃機関よりも有効且つ安全な機関として成り立つのかもしれません。数字に強い人なら3%のメチルアルコールを混ぜた蒸留水を直接燃料電池としたものと、3%のメチルアルコールを混ぜたハイオクガソリンで動く発電機を考えてそれに発電させ,取り出した動力としてどちらが有効に機能するのか,燃料代、CO2発生量、整備コスト、騒音など、脳内シミュレーションをしてみるのもこれはこれでなかなか楽しかったりするものです。実際に比較するモデルのバランスシートを作るには専門家でなければ難しいでしょうが。

それと,「触媒」、と言う言い方の場合,反応材料とは別で、必ずしも全て消え去るまで反応する物とは限りません。この記事のものが本当かどうかは別として発表者、発言者、報道者ともに厳密な意味での言語の使用に留意してもらいたいなあと言う事をいつも感じます。

久々に、電気分解だの 融合だのと考えました。当時はもっと頭に入ってきたのですが、今はさっぱり・・・。

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