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2008.07.22

iPhone 3G発売から10日

 iPhone 3Gが発売されてから10日以上が過ぎた。友人の数人は早速入手して色々と遊んでいるが、私自身は未入手。しばらくは様子見の予定。

 一度はソフトバンクから逃げた身というのもあるし、途中で乗り換えると違約金というのもあるが、最大の問題はソフトバンクの通信網がどこまできちんと高速通信を確保してくれるのか、危ういというところにある。私の場合、種子島の路上でも通信が出来ないと困るのだ。

 すでにネットでは賛否両論が渦巻いている。私の意見は「これがきっかけになって、携帯電話各社の囲い込み商売が終わればいい」「だからといってアップルの新しい囲い込みに入るのはかなわんな」というものだ。

 日本の携帯電話キャリアは、様々な囲い込み商売を展開してきた。データ通信でちょっと便利なサービスを受けようとすると、すぐに月100円〜300円の契約を要求される。それらがお金を払わねば入手できないサービスだったときには「仕方ないか」と諦めることもできたが、昨今インターネットの開かれた世界では同等のサービスが、より使いやすいインタフェースで提供されていたりする。しかもそちらのほうが使いやすかったりする。
 だからといって、お仕着せのメニューから外れて携帯電話から自由にネット接続しようとするとパケット単位の法外な料金を取られるという仕組みになっている。最近は若干崩れつつあるようだけれども。

 着うたの一曲315円低ビットレート著作権保護機能付き、というふざけたサービスが代表例だ。iTunes Music Storeでは、一曲150円高ビットレートファイルコピー自由の曲が入手できるのだ。

 iPhone 3GでiTMSからのデータを着うたにする方法も、さっそく見つかっている。

 無線通信のデータ転送速度が高速化した現在、有線のインターネットと無線通信によるネット接続とを区別する理由はない。無線端末からもすべてのネット環境に平等にアクセスできるべきである。

 iPhone 3Gはそちらの方向に一歩を踏み出した端末だと言える。

 携帯電話キャリアにすれば、これまで儲かってきたビジネスモデルが崩壊するのだからたまったものではないだろうが、技術の進歩はこの方向を向いている。
 私としては「技術の進歩に逆らっても無駄だから、キャリアはさっさと便利な土管になってくれ」というしかない。携帯電話キャリアが今後とも儲けるビジネスを継続したければ、既存のビジネスモデルにしがみつくのではなく、「自分たちがデータ通信の土管であることを前提とした新たなビジネスモデル」をいち早く構築するしかないだろう。

 出先でノートパソコンを使うことが多い私としては、ハンディルーターとしても使える携帯電話が、種子島や内之浦でも通信可能なキャリアから出れば、すぐにでも乗り換えるだろう。以前紹介した神環境はかなり理想に近いのだけれど、イーモバイルは残念ながら種子島に基地局を置いていないし、電話番号も持って行けない(端末のOSは是非ともWindows mobile以外でお願いしたいところ)。

 ちなみにJailbreakというアングラ的手法を必要とするものの、すでにiPhone 3Gをハンディルーター化する方法が見つかっている。これは本来、正規の機能として搭載しておいてしかるべきだと思うのだが。

 携帯端末メーカーに関しては、以前書いたことの繰り返しである。

 要は、ムーアの法則をどう考えるかということだったのだろう。ムーアの法則により、プロセッサーは高速化し、メモリーは大容量化していく。いずれ携帯端末で、かなり重いとされたOSも軽々動く時代が来る。すると、パソコン用だろうが携帯端末用だろうが、「筋の良いOS」が一種類あればいいということになる。筋の良いOSとは、優れたメモリー管理とタスク・スレッド管理機能、優れたユーザー・インタフェース、生産性の高い開発環境を兼ね備えたOSだ。OS のサイズや実行速度については、気にする必要はない。いずれムーアの法則が解決してくれる。ただ一つの筋の良いOSをブラッシュアップしていけば、いずれそのOSでパソコンから携帯端末までをカバーできる未来が来る。

 iPhone 3GはMacOSXで動いている。UNIXの堅牢性とNEXT STEPにルーツを持つ使いやすい開発環境、そして初代MacOS以来磨かれてきたユーザー・インタフェースの思想を実装した環境だ。アイデア次第で、この上でいくらでも新しいサービスを展開しうる。
 それに対して、その場しのぎの新サービスを付加することで消費者の目を眩ませてきた日本の携帯電話メーカーが、どこまで対抗できるか、ということである。

 リンクは張らないが、2ちゃんねるのプログラマー板にはかつて「もういや 携帯電話開発 お前ら元気ですか」というスレッドがあって、携帯電話のソフト開発に従事するプログラマーがそのデタラメな開発状況を告白していた。おそらく今頃、あちこちで「iPhoneのあの機能を実装しろ、なぜできない」という叱責が飛んでいるのだろう。

 できるわけがない。時間をかけて開発に必要な基礎から作っていかなければiPhoneのレベルには到達できない。MacOSXは、ジョブズがアップルに戻ってから考えても10年以上の開発期間をかけている。一貫した思想の元に10年をかけたソフトウエアに、仕様変更でプログラマーを振りまわしつつ半年で作り上げたソフトで対抗できるかといえば、かなり難しいだろう。

 ネット上でiPhoneの欠点として言われるものが、すべてCPUや電池などの要素技術の発達とソフトウエアのアップデートで対応可能であることは、皆気が付いていると思う。

 そして「日本の携帯電話のきめ細かいサービス」とされるものの、おおかたが1)実は大して必要ない(ワンセグ受信機能のように)、2)ユーザー側で簡単に置き換え可能(お財布携帯のように、Suicaカード1枚を別途持って、チャージに気をつけていれば済む話)、3)iPhoneのほうが安くて便利(着うたのように。中高生からぼったくるのはいい加減にやめにすればいいのに)、4)そのうちiPhone用サービスが出てくる(例えば、「常識的に考えればそのうちにモバゲータウンがiPhone用インタフェースを用意するであろう」、とか)——のどれかに該当する。

 今のiPhone 3Gのみでその成否を判断してはいけない。iPhoneを評価するには今後の発展性をも視野に入れておかなくてはならないはずだ。

 我々としては、アップルやソフトバンクがなんらかの囲い込みを行わないよう監視しつつ、どのサービスが便利かをみきわめて、ちゃっと乗り換えればいいのだろう。

 イヤな客かな?でも、これが当たり前だよね。

2008.07.21

コンサート:「101年目からの松平頼則」

 先週の水曜日に行ってきた。

101年目からの松平頼則
2008年07月16日(19:15 開演) 杉並公会堂小ホール

第24回<東京の夏>音楽祭2008 関連公演
後援:上野学園大学
協賛:SONIC ARTS
助成:財団法人 アサヒビール芸術文化財団 財団法人 ローム・ミュージック・ファンデーション 

演奏曲目(全曲松平頼則作品):

「フリュートとピアノのためのソナチネ」(1936)
木ノ脇道元(fl)、井上郷子(pf)

「ピアノ・トリオ」(1948)
阪中美幸(vn)、 多井智紀(vc)、 萩森英明(pf)

「蘇莫者」(1961) 木ノ脇道元(fl)

「呂旋法によるピアノのための3つの調子」(1987/91 第2.3曲は独奏版世界初演)
井上郷子(pf)

「音取、品玄、入調」(1987)
木ノ脇道元(fl)、神田佳子(perc)

 素晴らしいコンサートだった。

 松平頼則(まつだいら・よりつね 1907〜2001 Wikipedia)は、特異かつオンリーワンの作曲家だった。松平の殿様の家に生まれ音楽を志す。ところが実家の破産により一転。戦中戦後と極限の貧乏生活を強いられ、その中で独自の音楽語法を磨いていく。

 初期はドビュッシーからフランス6人組、特にプーランクを思わせる美しい和声と日本民謡が融合した音楽を書いていたが、1952年の「ピアノとオーケストラのための主題と変奏」が海外で演奏されたあたりから、作風が先鋭化していく。素材は日本民謡から雅楽へと移り変わり、作風もフランス風な優美な和声から12音技法に代表される前衛的なものへと急速に変貌していった。

 ちなみに「ピアノとオーケストラのための主題と変奏」は、よく知られた雅楽「越天楽」のメロディを変奏曲に仕立てたもの。ヘルベルト・フォン・カラヤンがその生涯で演奏した唯一の邦人作品となった。

 その後最晩年に至るまで、一貫して第二次世界大戦後の前衛音楽の技術と、雅楽とを結合した、他に類のない、「これは松平の曲だ!」としか形容のしようのない作品を次々に生み出していったのである。

 この日の演目は、やわらかな和声が美しい「フリュートとピアノのためのソナチネ」から始まって、フランス風語法の集大成である「ピアノ・トリオ」、そして前衛と雅楽を結合した晩年にかけての3作品というもの。

 どの演奏も素晴らしかったが、びっくりしたのは「ピアノ・トリオ」。
 美しく、洒脱で、なおかつ風格を感じさせる大変な傑作だった。この一曲を聴けただけでも行った価値があった。雅楽と前衛に近づく以前の段階で、これだけの傑作をものにしていたのか。

 後半は、フルーティストのセヴィリーノ・ガッゼローニが世界中で演奏しまくって有名になった「蘇莫者」から。前衛の極北のような厳しい音が連続する「呂旋法によるピアノのための3つの調子」が続き、締めが一番雅楽風の音がする「音取、品玄、入調」。

 「音取、品玄、入調」が面白かった。ピッコロが雅楽の龍笛、打楽器が鞨鼓を模していくのだけれど、もちろんピッコロは雅楽の旋律を解析した12音の音列だし、打楽器は、鞨鼓のアチェレランドの連打を思わせつつも柔軟に伸び縮みするリズムをたたき出す。前衛か否かとは全く別の観点から、「とても面白い音楽」だった。

 松平は、94歳でこの世を去る直前まで日々作曲を続けた。委嘱があるわけではなく、誰かが演奏してくれるあてがあるわけでもない。それでも喜々として作曲にいそしんだという。作曲は彼にとって仕事ではなく、生きることそのものだったのだろう。

 誰に頼まれるわけでもなく、オンリーワンの超絶的な音楽をエネルギッシュに生産し続ける作曲家というプロフィールは、どこか中井紀夫「山の上の交響楽」を思わせる。

 結果として、今なお演奏されたことのない曲がかなりの数残っているのだそうで、これは是非とも今後徐々にコンサートにかけ、録音を発売してもらいたいところ。かくも特異、かつ優れた作曲家の仕事が埋もれていていいはずがない。

 松平頼則については、今回のコンサートを企画した音楽評論家の石塚潤一氏が、精力的に紹介を続けている。

松平頼則を聴いてみませんか?:松平本人とその音楽の簡単な紹介
松平頼則が残したもの同pdfファイル:2002年度 <柴田南雄音楽評論賞>奨励賞。本格的な評論。
松平頼則と総音列技法(pdfファイル):松平が使用した音楽的な技法の一端を分析している。

 作曲家、特に真に新しい音楽を書く作曲家には、理解者、紹介者が不可欠なのだろう。バッハにメンデルスゾーンがいたように。マーラーにワルターやスプリングハイムがいたように。
 石塚氏の活動から始まって、もっと松平音楽が演奏されるようになるのを心から願う。

ピアニストの野平一郎氏による追悼文:死の直前まで旺盛な意欲で作曲をしていたというエピソードが披露されている。
 94歳でピアノ協奏曲を書き上げるというのは、信じがたいバイタリティだ。だって、89歳まで生きたストラヴィンスキーでも85歳以降はほとんど仕事をしていないし、“グランド・オールドマン”と尊敬されたヴォーン・ウィリアムズの最後の交響曲9番にしても死の前年、85歳の作なんだよ!
 ちなみにこの曲(ピアノ協奏曲3番)はいまだに演奏されていない。


 かつてのように「松平の音楽聴きたしと思へども音盤なし」という状況ではないが、それでも録音で聴くことができる作品は決して多くはない。



 松平入門の一枚としては、ナクソスの「日本作曲家選輯」に収録されたこの1枚ということになる。松平にとって音楽作法の転回点になった「ピアノとオーケストラのための主題と変奏」、そして雅楽と十二音技法を結びつけた代表作の「右舞」「左舞」が収録されている。

 「主題と変奏」はフランス風の和声を駆使した美しい音楽から、尖った前衛的音楽へと傾斜していく過程の曲で、作曲者としても色々と試行錯誤している最中だったのだろう。第5変奏ではなんと「越天楽」のメロディがブギウギのリズムで演奏される。松平がポピュラー・ミュージックのイディオムを採用したのは長い生涯でこれ一度きりだったが、今となっては越天楽からフランス風の優美な和声、ブギウギから十二音技法までというごちゃごちゃさ加減がなんとも面白い。

 一転して「右舞」「左舞」「ダンス・サクレとダンス・フィナル」は十二音技法の厳しい音が続く曲だが、音楽の基本形状が雅楽なので、前衛音楽という意識を持たずにするりと聴くことができる。



 ナクソスは、音楽のネット販売にも積極的であり、このアルバムもiTunes Music Storeで購入することができる。

Matsudaira Bugaku Dance Suite:iTMSへのリンク

 こちらは900円とCDよりも安いし、試聴することもできる。


 松平は最晩年、ソプラノ歌手の奈良ゆみのために多数の声の作品を作曲した。奈良は、ポルタメントを多用する特異な唱法の歌い手で、その歌声に惚れ込んだ松平はモノオペラ「源氏物語」、オペラ「宇治十帖」といった平安時代を題材にした大作を世に送り出していく(しかしながら「宇治十帖」は今なお上演されてはいない)。

 奈良は、松平作品のみを収録した2枚のCDを出しているが、ここではその「源氏物語」からの抜粋と、初期の日本民謡を素材とした歌曲を収めた盤を推薦する。特に南部民謡を素材とした「南部民謡集 第1集」は、松平二十代前半の若き日の作品でありながら、彼が人並み外れた鋭い和声感覚の持ち主であったことが分かる貴重な録音だ。

 「源氏物語」から抜粋したアリアをまとめた「朧月夜」では、奈良のポルタメント唱法を生かした、日本的でありながら“松平的”としか形容のしようがない、未知の音空間が現出する。

2008.07.19

宣伝:7月20日(日曜日)、阿佐ヶ谷ロフトAに出演します

開場18:00/開演19:00でした!訂正し、お詫びいたします(7/20 16:36)

 自分がメインの出演ではないので、うっかり前日告知になってしまいました。

 「社会科見学に行こう」シリーズの、独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の回に出演します。「日本列島は沈没するか?」を共同執筆した西村一さんに引っ張り出されました。聞き役に回るつもりだったのですが、色々話すことになりそうです。


7.20(Sun) 見学ナイトvol.13
<深海の夜〜地球シミュレータは電気プランクトンの夢を見るか?>

松浦晋也(ノンフィクション・ライター)
西村 一(JAMSTEC)
開田裕治(特殊イラストレーター)
開田あや(官能小説家)
【司会】
小島健一(社会科見学に行こう!主宰)、
柴尾英令(ゲームクリエーター)

 海洋を研究している研究所がなんでスパコンが必要なんだろう?地球シミュレーターで何を研究しているの?そもそもスパコンって何よ?そんな疑問を抱いた方は是非会場にお越し下さい。ドキっ、スパコンだらけの3時間です。
 簡単な話から入りますので、初めての方もお気軽にお越し下さい。

主催:社会科見学に行こう!
http://kengaku.org/

7月20日(日曜日)開場18:00/開演19:00

場所:阿佐ヶ谷ロフトA(Asagaya/Loft A)
杉並区阿佐谷南1−36−16−B1(地図)
TEL:03-5929-3445

前売 ¥1000 / 当日 ¥1500(ともに飲食代別)
事前予約はイベント前日の7月19日いっぱいまで受け付けます。
※ご予約希望の方は
メールタイトルを「7/20深海の夜予約」とし、
本文にお名前(ハンドルネーム可)と、参加人数を書き込み
ivnt@kengaku.org までメールをください。

Asagaya/Loft Aでも電話予約受付中! 03-5929-3445

2008.07.13

新型インフルエンザ、7月中旬のまとめ:与党提言出る、感染中断免疫のすすめ

 新型インフルエンザについてのまとめ。6月はサボってしまったが、もちろん脅威が消え去ったわけではない。時間が経った分だけ、新型インフルエンザ発生の確率は上がっている。

 夏の間に、我々ひとりひとりも可能な限りの準備を進め、冬のシーズンに備えなくてはならないと思うのだ。


  いつも通りだが、情報源は以下の通り。
・小樽市保健所の外岡所長による鳥インフルエンザ直近情報
・インドネシア現地情報をまとめたBerita Flu Burung
・笹山登生氏のSasayama’s Weblog
GooglenNewsだ。


●国内の政治、行政はやっとそれなりの動きが出てきた。新型インフルエンザ対策を検討してきた与党プロジェクトチーム6月20日に、パンデミック対策の提言を発表した。

  • パンデミック発生から半年以内に全国民分のワクチンを供給する
  • 鶏卵によるワクチン製造だけではなく、細胞培養法によるワクチン製造能力を国内に導入して製造期間を短縮する
  • ワクチン接種は重症化の恐れの大きい子供を優先する
  • タミフルなど抗ウイルス薬の備蓄を倍増する
  • パンデミック時の医療と物流の両面で自衛隊を活用する

 プレパンデミックワクチンだけではなく、パンデミックワクチンについても言及している。

 とはいえ、これを予算化し、動き出すのは来年度以降ということになる。もちろん今年の補正予算を使って今年度から動くことは可能だが、果たしてそこまで福田政権が踏み込むことができるかどうか。問題の重要性を理解しているかどうか。

 細胞培養法によるワクチン製造も、「海外からの技術導入で、これまで安全保障のために国内で保護されていたワクチン産業が壊滅する」という意見もあるそうで、一筋縄ではいかない。国民が多数死亡する状況になれば、ワクチン産業の生き残りもなにもあったものではないと思うのだが。

●7月10日、厚生労働省の調査委員会は十代のタミフル服用時の異常行動に対して、タミフル服用と異常行動発現の間には因果関係がないとの結論を出した。今後、十代へのタミフル処方原則的禁止が見直される可能性が出てきた。

●横浜市の中田宏市長は、6月28日放送のテレビ番組「WAKE UP・ぷらす」(読売テレビ系)で、「東京で一人でも新型インフルエンザにかかったら、横浜市内でパニックを起こさないように、市営地下鉄を止め、学校は休校にする覚悟でいる」と発言した。

 発言内容は対策を考える上で当然の事だ。感染拡大を防ぐには、人と人とが接触する機会を極力減らさなくてはならない。

 しかし、地方自治体の長で、ここまで踏み込んだ発言をしたのは中田市長が初めてではないだろうか。スペイン・インフルエンザの時のアメリカ・セントルイス市の事例を取り上げたということなので、少なくとも中田市長は、「史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック」(アルフレッド・W・クロスビー著 みすず書房)を読んでいるのだろう。

 パンデミックが起きれば、最低でも地方自治体の長は、中田市長が語るレベルのことを覚悟しなければならない。最低でも、だ。どれだけの長がこのことを理解しているだろう。

●インドネシアの情報隠蔽は続いているようだ。鳥インフルエンザのヒトヘの感染が続いているインドネシアであるが、情報が先進国に利するだけであるとして情報公表を渋ってきた。6月6日、インドネシアの保健相は、鳥インフルエンザによる人の死亡事例が発生しても、即時発表はせず、2〜3ヶ月ごとにまとめて発表すると発言した。すぐに公表してもインドネシアには何のメリットもないというのがその理由。
 6月中旬になって、インドネシアは世界保健機構(WHO)に対しては、素早い情報提供を行うと約束した。ところが、直後にAP通信が、インドネシアが公表していない死亡ケースが存在することをスクープした。

●4月から5月にかけて韓国内で大量発生した鳥インフルエンザは5月末には終息した。ただし、状況を見るに、防疫が効果を発揮して根絶したというよりも、季節が移り変わり湿度が上がったことで感染拡大の確率が下がり、自然終息したという雰囲気だ。だとしたら、カモなど不顕感染を起こす鳥の間で、ウイルスは潜伏しているだけということになる。

 6月に入ってからは香港、バングラディシュで家禽における強毒性鳥インフルエンザの発生が確認された。北朝鮮で発生か、と言う報道もあったが、北朝鮮政府は否定している。いずれにせよ、鳥の世界ではH5N1型のウイルスは完全にパンデミック状態になっており、どこで大規模感染が発生してもおかしくない状況にある。

 6月にはH7亜型の強毒型ウイルスの感染がイングランドで発生した。H7亜型は、過去にH7N7が強毒型鳥インフルエンザウイルスとして確認されている。H7N7はヒトヘの感染の可能性はごく低いそうだが、弱毒型のH7N2、H7N3の一部は、ヒトの気管に感染する形質を示しているとのこと。

●小樽保健所の外岡所長は、パンデミック時の対策として、タミフルを予防的に服用するのではなく、感染10時間以内にタミフル服用を開始する「感染中断免疫」という手法が、最善策だという意見を公表した(最善のパンデミック対策(pdfファイル))。
 感染直後に抗ウイルス剤で治療を開始することで、重症化を防ぐと同時に免疫を獲得するというもの。

 確かにプレパンデミックワクチンの備蓄と即応接種体制が不十分な現状ではセカンド・ベストに思える。が、そのためには感染初期に抗ウイルス剤投与を開始する必要がある。家庭や職場などに抗ウイルス剤を備蓄する必要がある。

2008.07.09

気象衛星について補足

 昨日と一昨日の記事に、短く補足を。

 8月には宇宙基本法が施行され、内閣直属の宇宙開発戦略本部が動き出す。宇宙開発戦略本部は、少なくとも来年度予算の査定がある12月までに2つの問題を解決しなくてはならない。

 GXロケットと気象衛星だ。

 どちらも早急に解決しなくてはいけない問題だが、特に気象衛星に関しては「1年先延ばしにて関係者の頭が冷えるのを待つ」という、政治家が時折使う手段が使えない可能性が高い。

 気象衛星のセンサーはアメリカ製だ。日本メーカーは作った経験がない。そんなに需要があるものではないので、手作業で製造され、注文から納品まで相当な時間がかかる。しかもメーカーの製造能力も限られている。注文したからすぐできるわけではないし、場合によっては「今、別件の発注で手一杯だから」と断られる可能性すらある。

 ある程度の融通は利くだろう。それでも、2015年に次世代の仮称「ひまわり8号」「ひまわり9号」を打ち上げたいのならば、来年度には発注をかけなくてはならない可能性が非常に高い。

 気象衛星の必要性を否定する者はいない。問題は、予算の縦割り構造の中で、気象庁のマターである気象衛星の予算が付かないということだ。新たに発足する宇宙開発戦略本部、そして初代の宇宙開発担当大臣となった岸田文雄議員は、この問題をどう決着させることができるだろうか。


 そうだな、私が手の早い衛星メーカーの営業担当者なら、先回りしてセンサーを仮発注ぐらいのことはするかも。

2008.07.07

地球環境問題と気象衛星の価値

 気象衛星について書いたならば、アクセスが集まったので、この件を別の視点から見てみることにする。

 地球温暖化だ。

 ここに来て、「地球温暖化は本当に起きているのか否か」という議論が急速に高まっている。何をいまさらと思う人もいるだろうが、この問題はそう簡単ではない。

 本当に地球は温暖化しているのか、しているなら今後どうなるのかは、専門家の間でも意見が分かれている。確かな見通しが欲しければ基礎データの観測を積み上げなくてはならない。

 気象衛星はそんな基礎データを取得している衛星なのである。

 ところが次の気象衛星がどうなるかすら不明確なまま、今現在、洞爺湖ではサミットが開催されている。

 今の地球温暖化の議論は、そういった科学に必要な基礎データの積み上げが不十分なまま、排出権取引というビジネス、つまりはカネが動く話になってしまっているところが、どうにもうさんくさく思えるのである。

 以下、ここ数ヶ月の個人的な体験の話。

 3月に宇宙作家クラブの例会にて、東京工業大学の丸山茂徳教授の講演を聴いた。丸山教授は、地球物理学者。地殻のプレートの動きを考えるプレート・テクトニクスという考え方に対して、マントル層の対流まで考えるプルーム・テクトニクスという新しい概念を提唱した碩学だ。地球環境問題に関しては、地球は温暖化などしていない、むしろ今後寒冷化へと進む可能性が高いと主張している。

 丸山教授の主張は以下の通り。

・地質学的な長周期の気候変動要素はすべて今後寒冷化に向かうことを示している。
・温室効果ガスとして環境にもっとも大きな影響を与えるのは水蒸気であり、二酸化炭素の影響は水蒸気にくらべればずっと小さい。
・地球の平均気温には、地球の何%を雲が覆っているかが大きな影響を与える。

 ここで丸山教授は雲の成因が宇宙線にあるという説を採用する。雲がなぜできるのか——銀河系空間からの高エネルギー宇宙線が地球大気に当たることで、ちょうど霧箱と同じ原理で雲の核が発生して成長するというのだ。
 これが真実ならば、地球の気温ははるか銀河系空間から飛来する高エネルギー宇宙線の量によって変化することになる。人間が、二酸化炭素をだしたからどのこうのということではなくなるわけだ。

 丸山教授は、数億年オーダーの地球環境の変動を調べることが専門なので、ここ数十年の気温の上昇などは、「過去にもよくあったこと」と判断しているようだった。実際縄文海進の頃は、三内丸山遺跡のある青森付近が住みやすい温暖な気候だったわけだし、その時期に西日本がどんな気候だったかといえば、今よりもずっと暑かったのだろう。

 6月には、「次世代安心・安全ICTフォーラム」というイベントで、東京大学の住明正教授の講演を聴いた。住教授は、気象予報を専門としており、東大の地球維持戦略研究イニシアティブという計画の統括ディレクターを務めている。

 住教授は、今現在実際に地球は温暖化しているという立場で、そのための対策などを語ったのだが、その中で印象的だった温暖化の根拠は、コンピューター・シミュレーションによるものだった。

 現在の知見で地球の数理モデルを構築し、過去の地球の平均気温のデータの変動をシミュレートすると、だいたい良く合うというところまで来る。人為的な二酸化炭素の増加を抜きで計算すると、20世紀以前の部分の気温変動を良く説明できる。そこで、人為的二酸化炭素の増加を考慮して計算すると、これまた実際の気温変化と合致する。
 つまり、それなりに未来を予測可能なシミュレーション・モデルが確立しつつある。そのモデルで今後を予測すると、21世紀末には今以上に地球全体が暑くなるという計算結果がでる。

 地球温暖化に関して、これだけ対立する意見が、専門家の間でも存在し、お互いに批判し合っている(お二人が直接対立しているわけではない。たまたま私が短い間隔でお二人の講演を聴いただけであることに注意されたし)。

 例えば、丸山教授にすれば、現在のコンピューター・シミュレーションは地質的年代に比べれば大して長期間というわけでもない過去の気温データに合致するように、数理モデルの中の調整可能な各種パラメーターを人為的に調整しているだけだということになる。

 逆に住教授の立場からすると、雲の成因が銀河系空間から来る高エネルギー放射線だなどと、どこに根拠があるのか、ということになる。

 なぜ、専門家の間でも、これほどの意見の相違が存在するのか——個人的に色々と調べてみると、見えてくるのは圧倒的な基礎データの不足だ。地球全体の環境を把握し、将来を予測するためには膨大な基礎データが必要だが、まだ人類はそんなデータを持っていないのだ。

 例えば丸山教授は、月面をボーリングしてみたいと語っていた。月面の土壌には過去数十億年分の銀河宇宙線の履歴が残っているはずなので、それを調べて地質的な地球環境変動の証拠と付き合わせれば、宇宙放射線が地球環境に与える影響が見えてくるはずだというのだ。

 さて、そこで衛星である。地球環境、さらには地球環境に影響する宇宙空間の環境を調べるのには、衛星が最適の道具なのだ。

 宇宙環境を調べるのに衛星が最適というのは言うまでもないだろう。
 そして、地球を周回する衛星が、地球全体の環境の情報を一気に取得するのに最適な道具であることは言うまでもない。

 そのような地球環境の継続的なデータ取得を行っている衛星のひとつが、気象衛星なのである。

 人類が今後とも継続的に地球に住み続けるには、地球環境を確実に把握することが必須だろう。そのためには、衛星による継続観測が絶対に必要である。要するに我々は、まだまだ地球環境について分かっちゃいないのだ。謙虚に基礎科学に投資し、基礎的なデータを延々と蓄積し、分析し続ける必要がある。

 そのことを、政府は理解しているだろうか。結論が出た、とばかりに排出権取引のようなカネの動くビジネススキームに飛び込んでいってしまっていいのだろうか。

 私は疑問を感じている。


 基礎科学への投資は、長期的には巨大な見返りを生み出す。決して「役に立たない」などと短期的視点で言ってはいけない。今、未来のために行うべきは、がんがん観測衛星を企画してどんどん基礎データを蓄積していくことではないだろうか。蓄積されるデータを解析する設備への投資と、人材の育成ではないだろうか。

追記:「そんなことを言っていて、地球温暖化の傾向が手遅れになったらどうする」という意見はあるのだよな。確かにそのあたりは悩ましい。結局、走りながら修正しつつやっていくしかないのだろう。

 それにしても、地球温暖化という科学のマターを、一気に排出権取引という経済のマターに持っていくことには違和感を感じるのだった。「すでに経済が動いているから、科学が出したデータを抑圧しろ」などということにならなければいいのだけれど。

2008.07.06

気象衛星の危機的状況

Himawari6

Himawari7

ひまわり6号(上)とひまわり7号(下)。共に気象庁ホームページより転載


 とほほ…、と言わせてくれ!

 ロフトプラスワンへの一週間間隔の出演を終えて、帰ってきてみたら、このニュースだ。

気象衛星が消滅の危機、「ひまわり」後継機に予算集まらず(読売新聞)

 気象庁が6〜8年後に打ち上げを予定している気象衛星「ひまわり」後継機2基の調達の見通しが立たず、30年以上も日本の空を宇宙から見守ってきた気象衛星が消えてしまうかもしれない事態に直面している。

 現行2基の予算の7割を分担した国土交通省航空局が計画から外れることになったため、管理運用を含め1基400億円とされる予算の確保が気象庁だけでは難しいためだ。

 ひまわりを失えば、国内の天気予報の精度が落ちるだけでなく、観測網に空白が生じ、アジア・太平洋地域の台風や豪雨の監視に支障を来す恐れがある。

 気象庁は今年に入ってから静止気象衛星に関する懇談会(さまざまな資料あり)という会合で、今後の気象衛星をどうするかを検討していた。

 その中で、民間からの出資で衛星を作るという話が出ていて、「民間が資金を出すはずがない。気象衛星こそ正当な公共投資として政府が出資すべきはずが、一体何を考えているのか」と思っていたら、この報道だ。

 公式にはまだ結論は出ていないが、少なくとも記者がこのような記事を書く程度には状況が悪いのであろう。

 気象衛星がいかに重要な役割を果たしているかは言うまでもないだろう。天気予報を初めとした気象予測に止まらず、地球の半球を一気に観測するという衛星だけにしかできない方法で、地球環境のデータを毎日蓄積している。地球環境変動を定量的に把握するためにも、継続した観測は必須だ。

 宇宙基本法成立で、安全保障用途に衛星が使えるようになるというが、実際問題として気象情報なしに軍事作戦行動もあり得ない。とやかく言われる早期警戒衛星や情報収集衛星よりも、気象衛星ははるかに重要であり、貴重なのである。

 この問題は、日本の政治家が宇宙開発をどの程度理解し、どのように行動するかを知る試金石となるだろう。

 宇宙基本法の成立により、政治が宇宙開発に深く関与することになった。

 予算がないなら予算を取ってくるしかない。多額の負債を抱えた国家財政の状況下で、予算総額が増えないならば、どこかを削ることによって気象衛星の予算を捻出するしかない。

 政策的見地から不要不急の予算を削り、必要な部分の予算を手当てするのは政治家の仕事である。

 政治家がこの問題をどう考え、どう解決するか。それにより、日本の宇宙開発の今後が見えてくるはずである。


 実は1年前に日本経済団体連合会・宇宙開発利用推進委員会の小冊子「宇宙外交」に、まさにこの問題を取り上げた文章を書いた。

 原稿料を頂いた仕事ではあるが、一般の目には触れにくかったであろうし、すでに1年が経過している。

 以下に全文を掲載する。よろしければ読んでみて、気象衛星の重要性を再認識していただきたい。

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2008.07.04

宣伝:7月5日(土曜日)、ロフトプラスワンに出演します

 もう明日になってしまいましたが、告知です。実は一週間間隔での出演なのでした。

 林さん垣見さんのゴールデンコンビが、今回はどうやら時事放談を狙っているようです。

宇宙作家クラブpresents
「ロケットまつり27」
かつての宇宙開発の話と、元ロケット班長が考える現在の宇宙開発について

【Guest】林紀幸(元ロケット班長)、垣見恒男(日本で初めてジェットエンジンを創った男)
【出演】松浦晋也(ノンフィクション・ライター)、笹本祐一(作家/予定)、他
場所:ロフトプラスワン(新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2 03-3205-6864、地図)

7月5日土曜日 Open 18:00 / Start 19:00
¥1000(飲食別)
当日券のみ

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