Web検索


Twitter

ネットで読める松浦の記事

My Photo

« 気象衛星の危機的状況 | Main | 気象衛星について補足 »

2008.07.07

地球環境問題と気象衛星の価値

 気象衛星について書いたならば、アクセスが集まったので、この件を別の視点から見てみることにする。

 地球温暖化だ。

 ここに来て、「地球温暖化は本当に起きているのか否か」という議論が急速に高まっている。何をいまさらと思う人もいるだろうが、この問題はそう簡単ではない。

 本当に地球は温暖化しているのか、しているなら今後どうなるのかは、専門家の間でも意見が分かれている。確かな見通しが欲しければ基礎データの観測を積み上げなくてはならない。

 気象衛星はそんな基礎データを取得している衛星なのである。

 ところが次の気象衛星がどうなるかすら不明確なまま、今現在、洞爺湖ではサミットが開催されている。

 今の地球温暖化の議論は、そういった科学に必要な基礎データの積み上げが不十分なまま、排出権取引というビジネス、つまりはカネが動く話になってしまっているところが、どうにもうさんくさく思えるのである。

 以下、ここ数ヶ月の個人的な体験の話。

 3月に宇宙作家クラブの例会にて、東京工業大学の丸山茂徳教授の講演を聴いた。丸山教授は、地球物理学者。地殻のプレートの動きを考えるプレート・テクトニクスという考え方に対して、マントル層の対流まで考えるプルーム・テクトニクスという新しい概念を提唱した碩学だ。地球環境問題に関しては、地球は温暖化などしていない、むしろ今後寒冷化へと進む可能性が高いと主張している。

 丸山教授の主張は以下の通り。

・地質学的な長周期の気候変動要素はすべて今後寒冷化に向かうことを示している。
・温室効果ガスとして環境にもっとも大きな影響を与えるのは水蒸気であり、二酸化炭素の影響は水蒸気にくらべればずっと小さい。
・地球の平均気温には、地球の何%を雲が覆っているかが大きな影響を与える。

 ここで丸山教授は雲の成因が宇宙線にあるという説を採用する。雲がなぜできるのか——銀河系空間からの高エネルギー宇宙線が地球大気に当たることで、ちょうど霧箱と同じ原理で雲の核が発生して成長するというのだ。
 これが真実ならば、地球の気温ははるか銀河系空間から飛来する高エネルギー宇宙線の量によって変化することになる。人間が、二酸化炭素をだしたからどのこうのということではなくなるわけだ。

 丸山教授は、数億年オーダーの地球環境の変動を調べることが専門なので、ここ数十年の気温の上昇などは、「過去にもよくあったこと」と判断しているようだった。実際縄文海進の頃は、三内丸山遺跡のある青森付近が住みやすい温暖な気候だったわけだし、その時期に西日本がどんな気候だったかといえば、今よりもずっと暑かったのだろう。

 6月には、「次世代安心・安全ICTフォーラム」というイベントで、東京大学の住明正教授の講演を聴いた。住教授は、気象予報を専門としており、東大の地球維持戦略研究イニシアティブという計画の統括ディレクターを務めている。

 住教授は、今現在実際に地球は温暖化しているという立場で、そのための対策などを語ったのだが、その中で印象的だった温暖化の根拠は、コンピューター・シミュレーションによるものだった。

 現在の知見で地球の数理モデルを構築し、過去の地球の平均気温のデータの変動をシミュレートすると、だいたい良く合うというところまで来る。人為的な二酸化炭素の増加を抜きで計算すると、20世紀以前の部分の気温変動を良く説明できる。そこで、人為的二酸化炭素の増加を考慮して計算すると、これまた実際の気温変化と合致する。
 つまり、それなりに未来を予測可能なシミュレーション・モデルが確立しつつある。そのモデルで今後を予測すると、21世紀末には今以上に地球全体が暑くなるという計算結果がでる。

 地球温暖化に関して、これだけ対立する意見が、専門家の間でも存在し、お互いに批判し合っている(お二人が直接対立しているわけではない。たまたま私が短い間隔でお二人の講演を聴いただけであることに注意されたし)。

 例えば、丸山教授にすれば、現在のコンピューター・シミュレーションは地質的年代に比べれば大して長期間というわけでもない過去の気温データに合致するように、数理モデルの中の調整可能な各種パラメーターを人為的に調整しているだけだということになる。

 逆に住教授の立場からすると、雲の成因が銀河系空間から来る高エネルギー放射線だなどと、どこに根拠があるのか、ということになる。

 なぜ、専門家の間でも、これほどの意見の相違が存在するのか——個人的に色々と調べてみると、見えてくるのは圧倒的な基礎データの不足だ。地球全体の環境を把握し、将来を予測するためには膨大な基礎データが必要だが、まだ人類はそんなデータを持っていないのだ。

 例えば丸山教授は、月面をボーリングしてみたいと語っていた。月面の土壌には過去数十億年分の銀河宇宙線の履歴が残っているはずなので、それを調べて地質的な地球環境変動の証拠と付き合わせれば、宇宙放射線が地球環境に与える影響が見えてくるはずだというのだ。

 さて、そこで衛星である。地球環境、さらには地球環境に影響する宇宙空間の環境を調べるのには、衛星が最適の道具なのだ。

 宇宙環境を調べるのに衛星が最適というのは言うまでもないだろう。
 そして、地球を周回する衛星が、地球全体の環境の情報を一気に取得するのに最適な道具であることは言うまでもない。

 そのような地球環境の継続的なデータ取得を行っている衛星のひとつが、気象衛星なのである。

 人類が今後とも継続的に地球に住み続けるには、地球環境を確実に把握することが必須だろう。そのためには、衛星による継続観測が絶対に必要である。要するに我々は、まだまだ地球環境について分かっちゃいないのだ。謙虚に基礎科学に投資し、基礎的なデータを延々と蓄積し、分析し続ける必要がある。

 そのことを、政府は理解しているだろうか。結論が出た、とばかりに排出権取引のようなカネの動くビジネススキームに飛び込んでいってしまっていいのだろうか。

 私は疑問を感じている。


 基礎科学への投資は、長期的には巨大な見返りを生み出す。決して「役に立たない」などと短期的視点で言ってはいけない。今、未来のために行うべきは、がんがん観測衛星を企画してどんどん基礎データを蓄積していくことではないだろうか。蓄積されるデータを解析する設備への投資と、人材の育成ではないだろうか。

追記:「そんなことを言っていて、地球温暖化の傾向が手遅れになったらどうする」という意見はあるのだよな。確かにそのあたりは悩ましい。結局、走りながら修正しつつやっていくしかないのだろう。

 それにしても、地球温暖化という科学のマターを、一気に排出権取引という経済のマターに持っていくことには違和感を感じるのだった。「すでに経済が動いているから、科学が出したデータを抑圧しろ」などということにならなければいいのだけれど。

« 気象衛星の危機的状況 | Main | 気象衛星について補足 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

宇宙開発」カテゴリの記事

サイエンス」カテゴリの記事

Comments

気候変動を研究している方の名誉のために言っておくと、丸山先生の仰られている3点は、その通りですが、それを考慮に入れても温暖化すると言っているのです。
・地球は超長期的には寒冷化する傾向にあるが、そのような長期的な寒冷化を打ち消すほど、地球は温暖化している
・水蒸気に比べれば小さいが、それでも今後100年で2-4度くらい上昇する
・雲の影響は大きいし、モデルでは十分に雲を再現できていないが、大まかには温度が上昇する
ということだと思います。

ニコニコ動画に上がっている「地球温暖化詐欺」という動画を見ていて
果たして動画の通り二酸化炭素原因論否定論を信じていいものか
それともこれはアポロ月着陸陰謀論のようなものであって自分でよく調べなければならないのかと悩む日々です
予防原則はもちろん大事だけれども
もし排出規制をしても気温上昇が止まらなかった場合のことを考えて
どうライフタイルを温暖な地球に合わせていくかという議論も平行してなければいけないのに
なぜ出来そうもない削減目標を闇雲に達成することに重点が置かれているのだろうと疑問に思います

炭酸ガスをはじめとする「温室効果ガス」が地球温暖化を促進し、対策が必要である。ということに関しては、私も懐疑的です。そして、地球は松浦さんが例に述べた縄文のように暖かくなったり、天保の頃・産業革命の頃のように寒冷化したりを繰り返していて、地球の温度に対して何らかの手を打つことは、不必要だと思われます。
予防原則は、他のすべてにわたって有害です。
その折々の撹乱因子に対して如何に適応して拡散するか?人間も人間以外の生物も、そこに対応を求めるべきであり、保護・保全を一義にするのはよくないと思います。

>なぜ、専門家の間でも、これほどの意見の相違が存在するのか

これはおかしい。

>住教授は、気象予報を専門としており、東大の地球維持戦略研究イニシアティブという計画の統括ディレクターを務めている。
>丸山教授は、地球物理学者。

住教授が専門家というのは間違いないが、丸山教授は気候の専門家じゃないでしょう。
気象予報の専門家と地球物理学者を一括りにして専門家とするのは無理がある。

丸山教授は、せいぜい今後百年程度のタイムスパンでの気候変動についてはほぼ素人だと思う。
文系で言えば、シェイクスピアの研究者が『源氏物語』について発言しているくらいに専門外なのでは。

地球温暖化対策とされるものは、大体三つに大別されると思う。
一つは、化石燃料以外のエネルギーの開発。(原発、太陽光、風力、水力など)
二つ目は、化石燃料を節約する技術。いわゆる省エネ。
三つ目は、ライフスタイルを変えてエネルギー消費そのものを減らす。

これらはいずれもエネルギー価格の高騰対策としても有効ですから、やっておいて損はない。
というより、やらざるを得ないでしょう。
たとえ、「地球温暖化なんてなかった」ということになったとしてもそれは同じ事でしょう。

地球温暖化対策の中で、本当に経済的負担になるのは相対的に安価で量も多い石炭の使用に制約がかかることぐらいでは。
バイオ燃料なども、石油代替エネルギーとして経済的理由で開発されたわけで、石油を買うより安かったから作ったのであって、温暖化対策に有効なんて話は完全に後付でしょう。

地球温暖化問題というのは、環境問題ではなく、地球的規模のエアコン計画だと、率直に認めることからはじめるべきだと、僕は考えます。今の発想だと、人間が存在する事そのものを悪と言い出しかねません。

↑の何件かのコメントについて
ここではいわゆる「地球温暖化」が本当か否か?と言うことではなく、本当か否か分からないからもっとたくさんのデータを集めなければならない、そのために効率的にデータを収集することができる気象衛星は必要だ。というのがこのエントリの意図だと思います。
あと地球物理学者っていうのも立派な地球気候の研究かであると思います、書きだけで専門家か否か解釈するのはあまりに短絡的です。

はじめまして。
温暖化についてですが、丸山教授の指摘や説については以下のサイト
http://www-cger.nies.go.jp/qa/qa_index-j.html
を見ればほぼ回答が得られると思います。
ひとことで言えば、「そんな事は考慮した上で、温暖化しているのはほぼ確実といっている」です。
そういった事実があるにもかかわらず、丸山教授のような指摘をするのは温暖化を議論としては少々お粗末なのではと言う印象を受けます。
現状温暖化については、「温暖化はほぼ確実、問題はその程度と影響」と言うのが一般的な見方だと思います。そう言う中で「温暖化が本当かどうか分らないから気象衛星が必要だ」と言うのは説得力を下げるだけではないでしょうか。

「ぬ”」氏が殆ど言い尽くしていると思いますが、私の素人知識で付け加えます。
「温暖化」も含めた地球環境の観測は日本の宇宙開発の端緒となった国際地球観測年(IGY、昭和32~33)の頃から始まり、その後、国連人間環境会議(1972)に向けて10年以上世界中の科学者がデータを集めて、「どうも、大気汚染による寒冷化どころか温暖化している。」と。
その後35年をかけて気が遠くなるような調査と議論を積み上げ、昨年のIPCCの報告も慎重に慎重を期した上で、産業界の抵抗を押し返してのものですから、よくよく調べてからでないと「疑わしい」とはいえないと考えられます。

丸山先生の本、出てます
『「地球温暖化」論に騙されるな!』
http://amazon.jp/dp/4062147211
これから読むところですが、温暖化派と寒冷化派のどちらにも参考になると思います。

松浦晋也様
 専門外に見える学者さんが唱える反地球温暖化説の検証のために気象衛星が必要だと受け取られるような議論の仕方は我田引水でむしろマイナスだと思います。
 拙ブログにてここのお書込みを引用しましたのでコメントさせていただきました。

http://www.cir.tohoku.ac.jp/~asuka/
「地球温暖化問題懐疑論へのコメント」も参考にどうぞ。
ちょっと一般向けではありませんし、全ての論文をフォローするのは大変ですが。

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 地球環境問題と気象衛星の価値:

« 気象衛星の危機的状況 | Main | 気象衛星について補足 »