この、バカ共がっ その2(今度は相手が違いますけれども)
楽しく初音ミク関連の記事で飛ばしていたら、また、「この、バカ共がっ」と言わねばならない事態が起きているようだ。
・“iPod課金”見送り ダウンロード違法化へ(Itmedia)
ダウンロードによる音楽流通は、技術の進歩がもたらした手段だ。そして、基本的に技術の進歩に法などの社会制度で抵抗したところで、最終的にはその分だけ進歩に乗り遅れる結果となる。
もちろん生命倫理に関わる問題などは、慎重に考えねばならない。が、この問題は、音楽についてである。
以前書いたが、人間は知っていることしか知りたがらない傾向がある。ヒット曲を作りたければ、その曲がいやでも大勢の人の耳に入る状況を作り、「知らない曲」から「知っている曲」へと変える必要がある。
これまでラジオやテレビでのヘヴィ・ローテーション、特にラジオでの露出が有効だったが、現在ラジオはメディアとして著しく地盤沈下しており、テレビも相当危うくなっている。
となると、ネットでヘヴィ・ローテーションを狙わねばならないはずだが、ダウンロード違法化などを実施すれば逆効果でしかないだろう。
かつてならば、ヘヴィ・ローテーションの過程で流す音楽情報が、そのままのクオリティで記録され、無料消費されることはなかったが、デジタルデータが流通する現在、流通経路での情報品質の劣化はない。だから、ヘヴィ・ローテーションですぐに需要が充足されてしまって購買行動に結びつかない…と、音楽業界は考えているのかもしれない。
しかし、ネットでのダウンロードを違法化すれば、CDやDVDがその分売れるようになるかといえば、そうではないのだ。繰り返すが、技術の進歩を社会制度で抑圧しても、結果はろくなことにはならない。
だから、音楽業界が本当に行うべきは、「ネットでの音楽ダウンロードが当たり前になった世界で、どのように音楽制作に対するフェアな対価をユーザーから徴収するか」を模索することなのだ。新技術に対する法的な抑圧では決してない。
ひとつ、今世界的に見えてきているのは、コピー制限などのDRMなしの音楽データのオンライン販売だろう。iTunes Music Storeが日本でも開始しているし、アメリカではアマゾンのMP3データ販売が好調である。リスナーを信頼する態度が大切なのだ。
重要なのは、ネットにつながる人々にとって「フェアである」という印象を与えることだろう。ネチズンは全体として見ると、フェアな態度にはフェアな結果を返してくる傾向がある。
このことを念頭に置くと、今の音楽業界は決して良い状態ではない。彼らは携帯電話での「着うた」事業がCD販売の落ち込みを支えていると言うけれど、「着うた」事業とはつまるところ、iTunes Music StoreでDRMなしで256Mbps、価格150~200円で買える曲を、主にパソコンを持たずに携帯電話に依存している中学生や高校生へ、より低ビットレートでDRM付きにも関わらず315円で売るビジネスである。
大人が150円で買える水あめを、子どもに向けて315円で売る紙芝居屋みたいなもので、決してほめられた商売ではない。
私の意見は、コデラノブログ:ダウンロード違法化はついに何かの引き金を引いたと大体同じだ。
音楽業界に、ネット社会全体の進展に水をさすようなことはしてもらいたくないなと思う次第だ。
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「棹さす」は勢いに乗ることですので、適切ではないと思います。
Posted by: Ignis Fatuus | 2008.10.22 10:43 PM
そうでした。ご指摘ありがとうございます。
直しておきました。
Posted by: 松浦晋也 | 2008.10.23 07:42 AM
時期的にインドの打ち上げについて
ごたごたがあったのかと思ってしまいました。
Posted by: mo | 2008.10.23 12:09 PM
音楽業界の商売について言いたいことはもう山ほどありますが、簡単に言ってしまえば、一過性の流行に左右されずに音楽を愛し続ける熱心な音楽ファンを育て増やすことを怠ってきたツケと、音楽ファンが本当に聴きたいものを、企業(特にメジャー・レーベル)側が聴き手が求めやすい(利用しやすい)形で提供しているわけでは決してないということ、それがCDの売り上げの停滞の主な原因となっていると思います。相変わらずブートレッグ(正式商品の違法コピー品であるパイレート・レコード=海賊盤を指すのではなく、言わば「非公式盤」のようなもの)が売れる理由はここにあるのでしょうね。
翻訳家/音楽評論家の大島豊氏が、以前こういう文章を書いています。
http://blog.livedoor.jp/yosoys/archives/51035247.html#comments
一見しただけでは乱暴に思えるかもしれませんが、「著作物は利用されてこそ価値を持つ」という大原則から見れば、論旨は明快です。つまり、それだけの魅力や価値のある作品を作ってみろ。これについて決して異論は挟めますまい。
Posted by: Almost Prayed | 2008.10.23 06:40 PM
ダウンロード違法化になっても、音楽業界が
公式にダウンロードさせればいいだけの話。
だからダウンロード違法化は逆効果になるはずがない。
Posted by: あ | 2008.10.24 06:15 PM
ご紹介いただいたような話を聞きますと、
私が必ず思い出す童話があります。
「おじいさんのランプ」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/card635.html
上記作者の新美南吉は、「ごんぎつね」の作者として有名になっているため、
わかり合う事の出来ない関係の悲劇を書く作家だと思っている人も多いようです。
しかし、この作品はそういったイメージを越えた世界を見せてくれていると思う次第です。
是非ご一読を。
Posted by: MUTI | 2008.10.24 11:09 PM
>Almost Prayed
そこのリンク先の話、もし音楽なんてタダでもやれる!なんていう話になるのだったら、市民交響楽団とかへの公共援助は必要ないってことになるよ。
Posted by: でもさ | 2008.10.25 08:02 PM
でもさ さん
>もし音楽なんてタダでもやれる!なんていう話になるのだったら、市民交響楽団とかへの公共援助は必要ないってことになる
リンク先の文章を、もう一度よ~くお読みくださいね。
大島氏は「著作権を守る」ということばかりが強調されるあまり、「著作物を利用する(利用できる)」ことが不自由になってしまうことにより、音楽表現(あるいはそれを生み出す環境)が貧弱化・死滅してしまうことを危惧しているのです。市民交響楽団などへの公共援助などの問題は、文化振興の側面で取り上げられることでしょうが、ここで述べられている著作権の問題とは全く別の問題として扱うべきことでしょう。
念のために書いておきますが、音楽が本来は「タダ」であること、しかし無論それには条件があることを、大島氏は文章の中できちんと述べていますので、そこも含めてもう一度文章をよ~くお読みくださいね。
最後に、いかにハンドル・ネームとは言え、他者の名前に「さん」などといった敬称も付けずに投稿するというのは不快です。まずは文章の批評以前に、投稿上のルールやマナーを身に付けることを強くお薦めいたします。
Posted by: Almost Prayed | 2008.10.26 09:33 AM
>Almost Prayed様
あなたこそよく読んだら如何ですか?
著作権の話とは全然別の文脈で上記の文章ではこう書かれていますよ。
>ミュージシャンはその「対価」で生活しているわけではない。
>かれらは他の手段で生活しながら、音楽を自らの日常の不可欠の一部としている。
>生活を支えるために音楽をするのではない。
ミュージシャンは対価で生活をしているわけではない?
プロの楽団員、作曲家、歌手に対してこれが言えるんですか?
この人の美しい理想論の中で音楽が公共物だったとしても、現実にそれを糧としている人たちがいて、その人たちが届けてくれたものを我々は享受してるんですよ?
>本当に「必要」なものは、タダが基本だ。
>空気も水も、タダだ。
>現代社会で水はタダではない、と見えるかもしれないが、
>それは水道という供給システムへの対価であって、水そのものはタダである。
この伝で言うなら、音楽が我々のところに届くために構築されているシステム、レコード店や流通業やレーベル各社への対価は支払われるべきですね。
>聞いたものが皆、それを生みだした音楽家の生活を、
>すすんで支えたくなるような音楽を聞かせてくれ。
「こんな音楽には金を払う価値はない、金を払いたくなる音楽を聴かせろ」ですか。
価値判断を自分側に据えた勝手な意見ですね。
>音楽は本来、値段などつけようもないほど貴重な贈り物だ。
(略)
>音楽家の生活の手段では断じて無い。
「値段のつけようもない貴重な贈り物」などとおだて上げておいて「音楽家の生活の手段ではない」ですか。
現代日本で、定住生活もせず食うや食わずで音楽活動をしろと?
これならまだ「音楽家が悪いんじゃない!権利団体の中抜きが悪いんだ!」みたいな意見の方が少しは賛同の余地がありますね(これも相当暴論だけど)。
Posted by: NightinGale | 2008.10.26 05:58 PM
NightinGale さん
>ミュージシャンはその「対価」で生活しているわけではない。
かれらは他の手段で生活しながら、音楽を自らの日常の不可欠の一部としている。生活を支えるために音楽をするのではない。
リンク先の文章では、この後にこう続きます。
>音楽をせざるをえないから、しないでいることができないから、音楽をするのだ。生活を支えるためにする音楽は、もはや音楽ではない、とかれらなら言うだろう。
ここで述べられている「かれら」とは、大島氏は直接的にはアイルランド音楽に関わっている人々のことを念頭に置いているのでしょう(リンク先はアイルランド音楽についてのサイトです)が、アイルランドにおける伝承音楽(アイリッシュ・トラッド)には現在でも、他に生業を持ちながら活動している人たちが数多く存在していて、そういう人々によってシーンが支えられていると言っても過言ではありません。どこの国や地域でもそうですが、必ずしも「音楽を演奏する人(バンド)」=「(音楽専門の)プロフェッショナル」とは限らないのです。
>音楽は本来、値段などつけようもないほど貴重な贈り物だ。(略)
音楽家の生活の手段では断じて無い。
確かに音楽活動を行う上で、経済的な問題は常に付きまとうものではありますが、経済的な問題自体を「手段」ではなく音楽活動における「目的」と混同してしまうと、状況が倒錯したものとなってしまいます。個人の差はあると思いますが、ミュージシャンが音楽を演奏するのは何よりも「演奏したいから」という強い動機からでしょう。そして曲がりなりにも表現活動に携わるのならば、「表現として素晴らしい作品(音楽)を生み出す」こと、これこそが何よりの「目的」でしょう(また、是非ともそうあってほしいものです)。表現を換えれば、音楽活動における最も大事なことは「音楽そのもの」であって、経済的な面などそれ以外のことは、音楽活動に付帯する「手段(あるいは条件)」と見なしても良いでしょう。それはプロ/アマチュアの別を問わず、どんな音楽を演奏しているにしても、全てにおいて共通することだと思います。それを抜きにして、音楽活動ではまず始めに経済的な問題の解決ありきとして云々するのは本末転倒ではないでしょうか(経済的に恵まれていたほうが、そうでないよりは活動に余裕は出るでしょうが、だからと言って常に優れた作品が生まれるとは限りません。予算がなくても、アイデアと工夫次第で優れた作品が生まれます)。
無論、音楽によって生活したい(第一の職業としたい)という動機の人もいるでしょうし、中には音楽で大量の金を儲けたいという人間もいることでしょう。そういう動機自体は別に各人の自由だと思いますし、そこにケチを付ける気もありません。ただし、聴き手の立場としては、表現そのものの力で聴き手を圧倒するような心に響く音楽を届けてほしい、自分はそう強く願っています。そういう意味においては、プロだろうが何だろうが、音楽自体の魅力をないがしろにして、音楽の制作側に音楽を生活や金儲けなどの単なる「手段」として扱ってほしくはないのです。だからこそ、大島氏が述べているように、
>聞いたものが皆、それを生みだした音楽家の生活を、すすんで支えたくなるような音楽を聞かせてくれ。
という気持ちにもなるのです。「価値判断を自分側に据えた勝手な意見」とおっしゃいますが、法律などで規定/明文化されているようなことならともかく、これは音楽についてのことです。音楽自体の価値判断を行うのは、他ならぬ聴き手としての自分自身であって、誰に規定してもらうわけでもありません。聴き手としての自分の感性こそが、音楽における価値判断の基準です。
>ミュージシャンは対価で生活をしているわけではない?
プロの楽団員、作曲家、歌手に対してこれが言えるんですか?
前に書いたことと関連しますが、仮にも「プロ」と言うのであれば、「プロ」としての矜持を持って、そう名乗るだけの価値のあるような心に響く魅力のある作品を聴き手に届けてほしいものです。良質の音楽を届けてくれる人(バンド)は、それに見合うだけの評価を受けて報われてほしいと切に願っています。無論、それは経済的な面も含めてあって、そういう人(バンド)に対してならば、CDを買ったりライヴに行ったりなど、ファンとして積極的に活動を応援・支持しようと思いますし、是非とも音楽活動を長く続けてほしいという気にもさせられます。仮に「プロ」のミュージシャンであるという事実があったとしても、その作品に魅力がなければ、間違っても、その活動をサポートする気にはなりません。そういうことです。繰り返しますが、「音楽そのもの」こそが音楽にとって最も大事なことなのです。「(音楽を糧にした)生活」ではありません(それ専業で生活できるなら、ミュージシャンとしてもそれは幸せなことなのでしょうが・・・ 敢えて、本業は別にしてアマチュアで活動する人もいるので、それも一概には言えないでしょう)。
NightinGaleさんの表現を借りれば、「音楽が我々のところに届くために構築されているシステム」には、著作権の問題も含めてやはり非常に問題が多いものだと感じます。システムというものは人間の活動を助けるために構築するものだと思いますが、そのシステムに活動が規制・束縛されるようではそれこそ本末転倒です。大島氏の文章は、音楽を生み出す上で果たして本当にそういう状況になることを望んでいるのか? という問い掛けだと思います。
長くなりました。松浦さん、ご自身のブログ上でご迷惑をお掛けしております。申し訳ございません。
Posted by: Almost Prayed | 2008.10.26 09:56 PM
>Almost Prayed様
あのですね、ブログ主である松浦氏にしてからが、「著作物は利用されてこそ価値を持つ」なんていうことは言おうとしてないと思いますよ。
上のエントリに書かれているのは「ネットでの音楽ダウンロードが当たり前になった世界で、どのように音楽制作に対するフェアな対価をユーザーから徴収するかという話です。
決して「聞いたものが皆、それを生みだした音楽家の生活を、すすんで支えたくなるような音楽を聞かせてくれ」などという、アーティストに責を負わせるような話をしているわけではないです。
ゆえに、あなたの「それだけの魅力や価値のある作品を作ってみろ」という考え方が私には傲慢としか思えない。
> 経済的に恵まれていたほうが、そうでないよりは活動に余裕は出るでしょうが、だからと言って常に優れた作品が生まれるとは限りません。予算がなくても、アイデアと工夫次第で優れた作品が生まれます
うーん、プロ論から始めなければいけないんでしょうか?
アマチュアがたまたま良い音楽を作り出すのと違って、プロは常に高いクオリティのものを提供することを義務づけられているんですよ?
それが「仕事」というものであり、だからこそ彼らは「対価」を要求する権利を持つんです。
> 前に書いたことと関連しますが、仮にも「プロ」と言うのであれば、「プロ」としての矜持を持って、そう名乗るだけの価値のあるような心に響く魅力のある作品を聴き手に届けてほしいものです。
プロが矜持を持って作品を作ることと、それをタダでばら撒く人たちがいることは全然無関係でしょう。
> 良質の音楽を届けてくれる人(バンド)は、それに見合うだけの評価を受けて報われてほしいと切に願っています。
そもそも「良質の音楽に対してなら見合うだけの評価を受けてほしい」というのであれば、違法ダウンロードは必要ないではないですか。
違法ダウンロードをする人たちは、「あの音楽は良質だ、だが(金銭的に)評価はしない」という人たちですよ?
> その作品に魅力がなければ、間違っても、その活動をサポートする気にはなりません。そういうことです。
サポートしないのは結構ですが、利用するのも勘弁して頂きたいものですね。
魅力はないが利用されてこそ価値のあるものなんだから利用する。対価が欲しければ魅力ある作品を作れ。それまではタダで利用する。
こんな身勝手な理屈はいくら美しい理想論で糊塗したところで成り立つはずがないですよ。
Posted by: NightinGale | 2008.10.27 03:32 AM
NightinGale さん
自分の考えや意見については、前回の投稿にて必要なことはだいたい述べさせていただきました。補足するとしたら、音楽は決して音楽業界の「システム」や「ビジネス」を維持するためだけの「手段」や「道具」でもない、ということくらいです。あとは、文章の細部をどう解釈されようと、理想論と批判されようと、それはそれで全く構いません。
ただ、投稿では基本的に全て聴き手としての立場から、自分の感じるところを述べさせていただきました。それは、自分は演奏者でも音楽業界の関係者でもありませんし、ひとりの音楽の聴き手として感じている自分の意見を述べることが肝要だと思ったからです。それについてはご留意いただければ幸いです。その上で、聴き手としての自分の率直な気持ちを「傲慢」だと評せられても、それはそれで全く構いません。
松浦さんの著作権などに関するご意見は、これらの過去の記事をご参照いただければ、おそらくご理解いただけるのでは、と思います(松浦さん、申し訳ございません)。
https://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2007/12/post_5d3e.html
https://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2007/12/jasrac_555c.html
https://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2007/12/miau_f7fd.html
https://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2007/12/jasrac_bba1.html
https://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2008/01/post_212f.html
NightinGaleさんは、音楽をあくまでも「製品」や「商品」として捉えていらっしゃるのでしょうか? 「ビジネス」や「商業主義」といった軛を外して見てみれば、音楽は「商品」である以前にやはり「音楽」である、と自分は思っています。
蛇足になりますが、もしNightinGaleさんが私との目先の論争に単に勝つことを目的としていらっしゃるのだとしたら、そういうことには私は全く興味はありません。あとはご自由にお願いいたします。
Posted by: Almost Prayed | 2008.10.27 07:16 PM
松浦さんの意見に賛成です。
ここを御覧の皆様は、ご存知とは思いましたが、下記のNAVERまとめを思い出しました。まだ未読であれば、かなり参考になると思います。
http://matome.naver.jp/odai/2136238967221021301
「音楽を楽しむのにJASRACなんていらない。CDは無料で配ってしまおう」とおっしゃっています。
また、BandCampのこともご存知のかたが多いでしょうが、そこのFAQにこうあります。
"人は音楽を最初に聞いて、運が良ければ気に入って、そしてさらに運がよければお金を払って買います。リスナーは必ずこの順序で音楽を手にいれます。この順序が逆になることはあり得ません。"ソースは下記URLです。ご参考になれば。
http://bandcampjapan.com/what-is-bc/faq/20130209/1027.html
Posted by: 峰丸 | 2013.05.28 01:23 AM