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2008.10.24

シャックルトン・クレーターの底

 JAXAから月探査機「かぐや」の重要な成果が発表された。月南極点近くのシャックルトン・クレーターに、水は氷の状態で露出していないことが判明した。

月周回衛星「かぐや(SELENE)」搭載の地形カメラによる南極シャックルトンクレータ内の永久影領域の水氷存在に関する論文のサイエンスへの掲載について

-水氷がクレータ底部の表面に露出した形で多量に存在する可能性がないことを明らかに-



20081024_kaguya_5j
画像は、かぐや搭載の地形カメラによる3次元立体視画像のシャックルトン・クレーター。
底に平坦で反射率の高い地形、すなわち“氷の湖”は存在しない
(2007/11/19撮像、Photo by JAXA/SELENE)

 月の極地域。特に地形の厳しい南極には、クレーターの底に永久影という全く太陽光の当たらない地域が存在する。月には何億年にもわたって水分を含む彗星が衝突し続けている。永久影の中で水は、氷の形で昇華することなく存在し続けることができる。このため月の極地域の永久影に、水が氷の形で存在する可能性が指摘されていた。

 月に水があるとどうなるか?人類の宇宙進出が容易になる可能性がある。月の重力は地球の1/6であり、軌道上に物資を運び上げるのに必要なエネルギーはずっと小さい。そして水は電気分解すれば水素と酸素、つまりロケットエンジンの推進剤となる。もちろん生命維持にも不可欠だ。
 月に利用可能な水が大量に存在すれば、月以遠への人類進出が、地球からの物資ですべてをまかなうよりもずっと簡単になる可能性がある。

 シャックルトン・クレーターの底は水が存在する可能性のある最有力候補だった。アメリカの有人月探査計画では、シャックルトン・クレーターの縁に基地を建設することを検討している。クレーター内の水を当てにしているわけだ。

 ところが、かぐやの観測で、少なくとも水は“凍った湖”形で大量に存在するわけではないことが判明した。もちろん、土砂に覆われた“土中の凍った湖”や、氷と土砂の混合物として存在する可能性はあるものの、その量は期待していたほどではないようだ。

 今回の発表は、有人探査を行う前の広範囲かつ包括的な無人探査の重要性を示していると、私は考える。もしも「水があるかも」という期待だけで有人月探査を実行してしまい、多額の予算と努力を投入して月に行ってみたら水がなかったということになったら目も当てられないわけだから。

 そしてまた、アメリカが国際協力での実施を主張している有人月探査計画に、軽々に同調するべきではないことも示唆していると言えるだろう。今回の発表で分かるように、アメリカの目論見は、今後の無人探査の成果でいくらでも覆る可能性を残しているのだから。

 正直なところ、まとまった量の水が存在しないならば、有人月探査を実施する意味は大きく減じるだろう。少なくとも私はそう考えている。水がなければ、月は「それよりも遠く」へとつながる前進基地とはなり得ない。地球・月系の物理学地質学、そして外宇宙観測用機器を設置するための天然巨大プラットホームというのが、月の利用価値のすべてということになる。

 実のところ、ずいぶん前から惑星科学者たちからは「月?きっと水も鉱物資源もありませんよ」とは聞いていた。

 水の存在を示唆したのはアメリカの「クレメンタイン」「ルナ・プロスペクター」両探査機の観測結果だった。特にルナ・プロスペクターの観測は、水素の存在を直接確認しており、「軽くてすぐに宇宙空間へと飛び出してしまう水素が存在するなら、たぶん水の形ではないか」と言われていた。しかし、水素があるから即水があるということにはならない。またH2Oの存在形態は氷とは限らないし、氷であってもまとまって凍った湖のように存在しているとも限らない。
 実際、シャックルトン・クレーターには凍った湖は存在しなかった。

 そして月は進化史上、そもそも大量の水が存在していた期間がなかったということがほぼ確実視されている。地上の鉱山はその生成に水が大きく関与している。水に溶けた元素が濃縮され、一カ所に集まったのが鉱床なのだ。水がなければ、鉱床は存在しない。月に鉱床が存在するならば、地球とは全く異なる、水以外の濃縮メカニズムを考えねばならない。少なくとも現状では、月に有用元素の鉱床は存在しないと考えるほうが理にかなっている。

 月には太陽起源のヘリウム3が存在する。これはアポロが採取したサンプルから判明している事実だ。ヘリウム3は、中性子を発生しない「きれいな核融合」の燃料となる。しかし、ヘリウム3の核融合は、現在地上で研究中の重水素の核融合よりもはるかに難しい未来技術だ。重水素の核融合によるエネルギー生産すらできていない現状で、ヘリウム3を月にまで求める理由は全くない。

 というわけで、私は現状では有人月探査の実施に懐疑的だ。

 国際宇宙ステーションの例を見ても、ひとたび国際協力の枠組みを作って計画が動き出してしまうと、後で不都合が生じても止めることは非常に困難だ。

 「アメリカがやるなら日本も参加しないと」と、拙速で有人月探査へと動く前に、無人探査でやらねばならないことが山ほど存在するということだ。

 無人探査で十分に調べてから、しかる後に「さあ、本当に人が行くべきか」と考えるべきなのである。

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Comments

アメリカのサイエンス誌のオンライン版でも公表されたそうですが、アメリカ側のどよめきが聞こえるようです。
真空蒸着みたいな鉱床はあるかもしれませんが、軽元素は長い間に飛散するし・・・。
月に溶岩洞窟があれば、水(氷)が保持できるかもしれません。以下、月探査情報ステーションより

http://moon.jaxa.jp/ja/qanda/qanda/qanda055.html

溶岩洞窟を見つけるためにも実際にボーリング探査や長期にわたる広域の地震波観測ネットワークを月に設置するなどの探査が必要です。
(アポロの月震計は最大9年程度は動いていたようです。以下参照)

http://www12.plala.or.jp/m-light/notebook/gessin.htm

シャックルトンって、名前が良くなかったのかも。

※ここの水を当てにして、有人基地なんか作っちゃった日には……

現実的な松浦氏の意見に好感です

 有人月面開発の目的として「高レベル放射性廃棄物の最終貯蔵」は
不純でしょうか?地上のどこに置こうと政治的・地学的なリスクから
解放されることの無い施設ですし、重量としてはサターンVクラスの
ロケットで継続的に送り込めるレベルしか発生しない(保護コンテナ
込みで)ですし、ユッカ・マウンテンを始めとする世界各地の最終
処分場にかけられる予定の費用を全てこれに回せば予算的にも充分な
裏づけが存在します。何よりも月面に処分してしまえば、使用済み核
燃料をテロリストが盗む事は不可能となります。(地上にある間に強
奪することは依然として可能ですが)。

 いかがでしょうか?

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