マクロスFとハイパーインフレ
放映から随分遅れたが、アニメ「マクロスF」を全話見終わった。
私の立場からすると、まずは「アレを本物の宇宙と思ってはいけない。あれは“マクロス宇宙”である」と言わねばならない(あんな宇宙があるわけない)。
それはさておき、面白かった。きちんとキャラクターは生きているし、ラストは盛り上がって終わってくれた。三角関係の決着がラストでついていない、との批判もあったようだが、決着は映画版に持ち越されるのがマクロスというものだ。
最初の「超時空要塞マクロス」の放映(1982〜1983)から、もう四半世紀経った。当時私は大学生。「スタジオぬえの絵が動く」という事前情報に私たちは期待したものだが、家庭用ビデオもろくに普及していなかった当時、日曜昼2時という放送時間は、まったくもって「ご無体な!」であった。
とはいえ、貴重な毎日曜日の午後をテレビの前に座るのは、確か5話ぐらいで終わった。作り手の側も若かったし経験不足だったのだろう。そこにあったのは、意欲の空回りの典型例だった。
第1話(2話をまとめて1時間枠で放送した)を見て、「はて?」となり、さらに数週間見続けて疑惑は確信に変わり、「これは観る価値はない」と切ったものである。
その後、アニメ雑誌が「27話(愛は流れる)はすげえ」という話を掲載し、「なにっ、実はすごかったのか」と、再度見始めたらば、そこは作画崩壊の嵐であった。ええそうです、私は壮絶作画で伝説と化した最終回「やさしさサヨナラ」をリアルタイムで見ておりますよ。ちなみに今、レンタルショップなどで見ることが出来る最終回は、全面的に作り直してあるので、あのものすごい最終回は、個人のビデオアーカイブにしかないはずだ。
その後ずっと続いたマクロスシリーズは、作る側からすれば最初のマクロスに対するリベンジの繰り返しだったのだろう。今回、「マクロスF」は、かなり高いレベルでリベンジを果たしたと思う。
さて、ここからが本題。ネットで誰かが言及しているだろうと思ったのだが、検索をかけても見つからなかったので以下、書き留めておく。
Fの何話目だったか、マクロス・フロンティア内が統制経済モードに入るので商店街が一斉売り尽くしセールをやるという話があった。そこにオペレーター3人娘が買い物に行くと、あの人もこの人もというお笑いになっていたのだが。
これは明らかに設定ミスだろう。
1000万人が居住する巨大移民船の内部経済は閉鎖系と考えて良いだろう。とすると通貨は移民船の政府が信用を保証し、艦内に蓄積、生産される富に応じた通貨の量を供給、コントロールして通貨の価値を維持しているはずである。
統制経済モードに入るということは、物資イコール艦内の富が減少している状態だから、物資の価値は上がり、通貨価値は下がる。となると物価は上昇し、通貨を持っているよりも現物を持っているほうが得になる。
マクロス艦内では起きるのは売り尽くしバーゲンではなく、物資を求める人々のパニックでなくてはならないはずだ。このあたりは高校の社会で習う経済学の初歩の初歩である。
これをやると話が暗く陰惨になるのは分かるのだけれど、長距離大規模移民船で経済の話をやるなら逃げられないところだと思う。
以下、中年の思い出話。
特撮・アニメなどに登場する経済ネタというと思い出すのは「レインボーマン」のお多福会だ。日本人殲滅を目指す「死ね死ね団」(すごいネーミングだ)が現世利益新興宗教の「お多福会」を通じて社会に偽札をばらまき、結果ハイパーインフレが起きて日本経済大混乱という話である。
これをちゃんと子供にも分かるようにストーリーを展開していたのが、当時の製作スタッフの偉いところ。物価が上昇して食べ物が買えなくなってしまった子供が、ひもじさと出来心でインスタントラーメンを万引して食料品店主らから袋だたきにあう、ど真っ暗な描写をきちんとやっていた。
主人公のヤマトタケシが子供を救うのだが、そこに食料品店の店主が怒りの形相もすさまじく「お前が金を払ってくれるのかよ」と詰め寄るのだ。ヤマトタケシ「いくらだ?」、店主「千円だ!」。で、ヒーローは財布から千円札を出すのである。
(注:このあたり、記憶が偽造されている可能性もある。子供を救ったのはヤマトタケシではなく、彼の周囲の人々だったかも知れない)
「レインボーマン」放映当時の1972年、袋ラーメンはスーパーの特売ならば30円ほどだった。はっきり覚えている。覚えているのも当然で、テレビで「ラーメン一袋千円だ!!」を見た翌日だったか翌々日だったか、新聞折り込み広告のチラシでラーメンの価格を調べたのだった。
子供心には、それほどまでに「ラーメンひとつ千円!」は強烈だったのである。しかし…
昨年来、ジンバブエが超絶的なハイパーインフレ状態に陥っている。そのインフレ率たるや年間10万%だそうで、30円のラーメンが1000円になる、レインボーマン世界のインフレ率3300%というのは、実はそれでも生ぬるいものではあったのだった。
なぜ、「レインボーマン」では、あれほど冷酷なインフレ描写ができたのかを考えるに、当時の製作スタップは皆、敗戦後、占領下の日本でインフレやら預金封鎖やら闇市やらを体験してきた人々だったからなのだろう。彼らにとって、物がない、つらい、くやしい、さびしい、もの悲しい、ひもじい、という感覚は実体験に基づくものだったことは間違いない。
「それに比べてマクロスFのスタッフは…」などということは書かない(なにしろ河森総監督以下、私と同世代だ)。ただ、ちょっとしたことではあるけれども、艦内統制経済モードという用語を使うからには、そのつらくて悲しい部分を描写しても良かったのではないか、とは思うのであった。
さんざん楽しませて貰っておいて、何をいうやら、なのだけれど。
「マクロスF」はDVDとBlu-rayで同時に発売されている。「Blu-ray出し惜しみなしだ」と称賛したいところだが、私の聞く範囲では、 ビデオコンテンツ業界においてはBlu-rayのメディアとしての寿命を5年と踏んでいるとのこと。つまり5年間で可能な限りの売り上げを立てなくてはならない状況らしい。
というのも、Blu-rayの次にネット経由のHDTV配信が来るということがあまりにはっきりと見えてしまっているからである。
こうなると、DVDのようにすでに普及している物理フォーマットのほうが強いかも知れない。どちらを買うかは、かなり悩むところだろう。
私はといえば、どちらも買うつもりはない。「マクロスF」に関しては見損ねた回をすべてバンダイチャンネルで視聴した。画質を云々せず。「これはテレビアニメである」と思って見るなら、私にはそれで十分である。今後も、見たくなったならばバンダイチャンネルに1回105円を支払うだろう。オンデマンドTVの便利さには105円の価値は十分にあると思う。
アニメ本体の映像ディスクよりも、買うならこちらかも。実際、マクロスFでは歌手の選択から曲の構成に至るまで、高品位の音楽を理想的なプロモーションで売っているという印象。管野よう子絶好調だ。
私がびっくりしたのは、「星間飛行」の「キラッ☆」…ではなくて、松本隆のあまりに若々しくも瑞々しい歌詞だった。この歌詞は素晴らしい。なかなか素人には書けない、真のプロの仕事だと思う。