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2009.03.07

タチの悪い冗談、ないしは本当の悪夢

 不況の直撃を受け、針仕事と傘張りに精を出していた私だが、それどころではない状況となった。

宇宙開発:独自で有人月面探査…政府、戦略転換(毎日新聞 2009年3月6日 19時39分(最終更新 3月6日 21時30分))

 政府の宇宙開発戦略本部は6日、ロボットと有人を組み合わせた月面探査を25~30年に行う構想を、宇宙基本計画の策定を進めている同本部の専門調査会に提示した。技術課題として、有人宇宙船の開発なども掲げている。「当面独自の有人宇宙計画は持たない」とする従来の基本戦略を転換する内容だ。

月面有人探査、25−30年に 政府構想「基地を建設」(日本経済新聞 2009年3月6日)

 政府の宇宙開発戦略本部は6日、今後の宇宙政策を検討する専門家会合で、将来の有人宇宙開発計画の素案を示した。当面は月に重点を置き、2020 年ごろにロボット探査を実施したうえで、25—30年ごろに本格的な有人月面探査に移行するとしている。有人月面探査は研究機関が検討しているが、政府レベルでの構想は初めて。
 

 当方も、情報収集を続けていている最中なのだが、これらの記事に見られる明るいムードは、完全なミスリードである。

 すでに昨日となったが、3月6日、宇宙開発戦略本部の宇宙開発戦略専門調査会で、独自有人計画の書類が宇宙開発本部事務局の名義で出た。その中に、独自有人計画が言及されている。

 これまで日本政府は、公文書で、「有人宇宙活動について、我が国は、今後10年程度を見通して独自の計画を持たない」(リンク先pdfファイル。内閣府・総合科学技術会議「今後の宇宙開発利用に関する取組みの基本について」2002年6月19日)とまで書いて、日本独自の有人宇宙計画を忌避してきた。それが、今になって出てきた理由はなにか?


 今回の記事の本当の意味は、どうやら「文部科学省と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、以前から“最後の金づる”と言われていた有人のカードを切った」ということらしい。

 宇宙開発は巨大官需であり、担当する官庁もメーカーも、一つの計画が達成された後にはより巨大な官需を求める。

 1980年代の一大プロジェクトであったH-Iロケットの開発は1000億円規模だった。続く純国産を目指したH-IIロケットは2000億円の予定でプロジェクトが始まり、最終的に2700億円がかかった。

 1990年代、続くミニシャトル計画HOPEは4000〜5000億円かかると言われていた。その頃にSF作家の笹本祐一曰く、「次は5000億円の倍の1兆円かい!」

 現在、国際宇宙ステーション(ISS)は2015年の運用終了までにトータルで1兆円がかかるとされている(笹本鋭い!)。

 私が聞いて回った範囲で、3月6日の午後現在、すでに有人月計画に対して2兆円(つまり1兆円の2倍)という数字がささやかれ始めている。

 以前から、「独自有人計画は、JAXAが国から予算を取ることができる最後のカードだ。だから、JAXAの経営面からはいかにして高く国に対して有人を売りつけるかという話になる」という意見は、あちこちで聞いていた。


 今回、どうやら文科省・JAXAが最後の金づるカードを切ったらしい。その背景には、現在宇宙開発戦略本部では、宇宙開発を文部科学省から引きはがして内閣府に移管し、内閣府直下に「宇宙庁」を作るという議論が進んでいることもあるようだ。

 文科省の前身の科学技術庁は「原子力と宇宙」の官庁だった。宇宙開発を内閣府に持って行かれるということは、旧科技庁にすれば半身をもぎ取られるということである。このあたり、今回の独自有人計画の背景には何かありそうである。

 目的が「誰もが宇宙に行ける環境を整備すること」ではなく、組織の維持と発展のためだとするなら、予算は大きければ大きいほど良い。

 2003年にJAXA経営企画部は独自有人計画に1兆5000億円が必要であるという試算を出していた。そこにインフレ率を掛けて、ややふっかけ気味膨らませるとしよう。
 すると2兆円という数字は文科省・JAXAが独自有人計画に必要だと主張する額としては、非常に妥当である。

 1988年以来20年以上も宇宙開発をウォッチングしてきた印象としては、実に怪しい。あまりに怪しすぎる。とてもではないが歓迎できない。

 かつて私は「ふじ」構想で、日本の有人宇宙開発を進めるべきという論陣を張った。
 だからこそ、今度の動きには懐疑的である。「こんなやりかたで本当に誰もが宇宙に行けるようになるはずがない」という気がする。

 なにか、まだまだ裏がありそうな雰囲気を感じる。

 そもそも、今までイモリの受精卵以上の生命を打ち上げたことのない日本(1995年に実験衛星SFUでイモリの受精卵を打ち上げ、スペースシャトルで回収している)が、有人軌道周回を抜かして突如として有人月探査を言い始めるあたり、どうにもこうにも怪しい(どうも今回の話は、年明けになって急速に浮上してきたもののようだ)。

 アメリカは、アポロ計画を実施するにあたって、マーキュリー、ジェミニの有人計画を実施し、レンジャー、サーベイヤー、ルナ・オービターの無人計画を実施した。その後の40年で技術は進歩したが、このようなステップを省いて一気に到達できるほど有人月探査は甘いものではない。

 そして、私の見る限りJAXA、あるいは文部科学省に、手間と予算をかけてそれだけのステップを踏む覚悟があるとは思えない。本気なら、まずマーキュリーやジェミニ相当の計画、さらには「かぐや2」を初めとした無人探査計画を同時に提出するはずなのである。

 一番簡単な中抜きは、「カンニング」だ。他国を頼るということである。

 組織と産業の維持が目的だとすると、今回の報道のように独自の有人宇宙開発が本当にできるかどうかわかったものではない。

 ISSの日本モジュール「きぼう」で今現在、どんな目にあっているかも忘れて(「きぼう」を日本人宇宙飛行士が使ったとしても、日本の管制センターとの間で日本語の会話すらできない。許されていないのだ)、「アメリカにお金を払って、誰か一人、月に連れて行ってもらいます」ということになったら、それこそ目も当てられない。

 この件に関しては引き続き情報を収集していくことにする。

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Comments

「誰か一人、月に連れて行ってもらいます」以上でも以下でもないと思いますが。
本当ならブッシュ政権の月行きバスの切符の発売がこの辺であるはずだった。
けど、盛んに松浦さんらが懸念していたようにアレスの出来が今一なところに不況と、無愛想なオバマ政権の誕生で月行きがこけそうになっている昨今、慣性に支配され予定通り審議会をひらいてしまったところに、政治センスが欠けているというのに、眼も当てられないのはたしかでしょう。
でも、セクションを作り人も予算もすでに長いこと与えて育ててきた苗木ですから、
http://www.jspec.jaxa.jp/enterprise/moon.html
http://www.jaxa.jp/about/2025/pdf/2025_02.pdf

私は、この種の議論が行えるようになったことをまず評価しています。
これら記事を見る限り、今後1・2年をかけて大学・企業・JAXAなどが話を進めていくとあります。
私は、その会議の中でいくつかの案が提出され、その中でコストや技術課題が吟味されると
思います。そうしたところであまりにも高額な案は了承されないのではないでしょうか?
そうした会議をオープンにすればこういった疑念はもたれないと思います。

また、私が一番恐れているのはコストを意識するあまり海外に技術を頼る事態が起きかねないかということです。
いくらコストを下げたからといって海外依存度が高いと国全体で見ればマイナスになります。
そうしたことが起きないようまず、国産比率というものを定めておく必要があると思います。

知識足らずの若輩者ですが一企業の宇宙好きの技術者として意見させていただきます。
この種のコメントは組織の自己保存のため大なり小なりあることでアメリカでもぶち上げては潰れているのでは思います。
それを可能な範囲で修正しながら持続されていくということが日本の組織は出来ていないと思います。(そのようなリーダーがいない、いたとしてもすぐに挿げ替えられる。)
宇宙好きの技術屋が強いリーダーシップを持って、最初は大きな風呂敷を広げておいて、現実的、持続的な方向に持っていくある意味での腹黒さが欲しいなと思います。

某社の中の人です。
今回の問題は、経済産業省に対する当て馬以外の何者でもありません。ご存知だとは思いますが、経済産業省はJAXAを商売の出来ない連中と見なしており、経済産業省主導の衛星打ち上げ計画を進めようとしています。それに対抗してJAXAもALOS2,ALOS3で採算性を考えていこうという形になってきています。

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