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2009.04.25

宣伝:明日4月26日日曜日、東京・阿佐ヶ谷のロフトAに出演します

 またも前日告知になってしまいましたが、明日日曜日にロフトAに出演します。

宇宙作家クラブpresents 「ロケットまつり31」

【出演】松浦晋也(ノンフィクション・ライター)、笹本祐一(予定)、浅利義遠(予定)

今回のロケットまつりは阿佐ヶ谷へ遠征して、お馴染みのロケット三人衆/松浦、笹本、浅利が秘蔵映像を交えつつ縦横無尽にロケットトークを展開します!

Open18:30/Start19:30
¥1000(飲食別)当日のみ
場所:阿佐ヶ谷ロフトA

東京都杉並区阿佐谷南1−36−16ーB1
JR中央線阿佐谷駅パールセンター街徒歩2分
電話:03-5929-3445
FAX:03-5929-3446
地図

…ということなのですが、笹本さんが早々に欠席決定。あさりさんも危ない!ということで、ピンチヒッターも頼んでいるところです。

 私が色々話すことになりそうです。ネタはあります。オフレコも含めていやになるぐらいあります。月曜日に出る宇宙基本計画の話、アメリカの有人月探査の話、はやぶさ2の話、JAXAの現状、Mロケットと次期固体ロケット、GXなどなど——豚インフルエンザが出てしまいましたから、その話もできるかもです。
 

 資料も持っていきます。

 よろしくお願いいたします。

2009.04.15

宇宙基本計画パブコメにむけて:笹本祐一さんの意見(3) 最悪の選択

 日本の有人月計画について、SF作家の笹本祐一さんが、3月に宇宙作家クラブニュース掲示板に投稿した記事の3回目である。 今月末に始まる宇宙基本計画に対するパブリックコメントの募集に向けて、笹本さんの意見を日本の宇宙開発の将来を考える上での参考にしてもらえればと考え、本人承諾の上で転載する。


No.1324 :最悪の選択
投稿日 2009年3月13日(金)12時57分 投稿者 笹本祐一

 では、なぜ日本人が独自の技術を使って月に行かなければならないのか。
 実は、今回の提言でもっとも欠けているのがこれに関する説明である。
 時期尚早の一言で片付けてきた有人宇宙飛行がなぜ今になって突然提案されたのか。それも、有人宇宙飛行の提案だけではなく、月探査とセットなのはなぜか。
 この場合の目標は、日本人の有人飛行の実現なのか。
 単に日本人宇宙飛行士の実現というならば、すでに秋山飛行士がソユーズで世界最初の宇宙ジャーナリストとして飛んでおり、スペースシャトルに何人もの日本人宇宙飛行士が乗っている現在、意味はない。
 日本独自の、というからには、国産ロケットで、国産宇宙船で有人飛行を達成する必要がある。
 その先、月面を目指すというならば、戦略本部ははっきりとその意義を説明しなければならない。
 月は、すでに中国が目標であることを公言しており、アメリカも火星行きが月への復帰とトーンダウンして次のレースのゴールであることを明確にしている。同じ土俵に乗って戦うならば、勝てる規模の予算を注ぎ込まなければ勝てないし、負けがわかっている計画ならば予算を組む必要すらない。
 月面探査に科学的意義を見いだすのであれば、有人月探査を行うことによって得られる科学的知見が無人探査のそれをはるかに上回るであろうことを説明しなければならない。
 ASIMOによる月面探査は、毛利衛飛行士によって宇宙開発戦略調査会によって説明され、松本零士をはじめとする委員に好評だったという。しかし、もし人型ロボットによる探査によって得られる知見が有人探査と同様のものなら、その後の有人探査は必要ないことになる。

 日本はこれまで、国威発揚のための有人宇宙開発を行ってこなかった。これは、政治的に日本には有人宇宙開発が必要とされなかったということでもある。
 アメリカが月を目指したのは、冷戦下でソ連との対決という政治的事情があった。
 政治的事情ではじめられたアポロ計画は成功と同時に政治的目標が達成されたため、残りの計画全体に縮小がかけられた。20号まで計画されていたアポロは17号で打ちきりとなり、NASAには激しいリストラの嵐が吹き荒れた。
 多民族国家である中国は、国内外への国家威信のために有人宇宙を宇宙開発の中心に据え、確実に進めている。
 インドの有人宇宙も、国家威信のためという側面が大きい。
 日本は、国家威信のための宇宙開発を行ってこなかった。結果的に宇宙探査において国際的な評価を得る事は多々あり、世界で四番目の衛星打ち上げ国となっても、それは国策で進められたものではない。それは、研究者が厳しい予算獲得競争を勝ち抜き、自らの研究を主眼において「世界で一番以外は評価されない」という条件の下に仕事をして得た結果である。
 国家威信という御旗を今まで必要としてこなかった、のみならず宇宙開発予算に於いては三機関合同以後着々と減少の一途を辿ってきた日本の宇宙機関が、なぜ、今ここに来て有人月探査などという夢のような構想をぶち上げたのか。
 それは、成功すればどのようなメリットがあり、投下された予算に対してどれだけの効果が見込めるものなのか?
 今や予算面に於いても大国となりつつあるインド、中国に伍して日本が独自に行って勝ち目のあるものなのか?
 それとも、宇宙開発の最前線が月面探査に移ることになって、有人探査することによって無人探査よりも大きな結果が期待出来るものなのか?
 月探査だけならば、無人で充分ではないのか。なぜ有人でなければいけないのか。

 もし、この路線を推し進めるのであれば、宇宙機関は国民に対して多大なる説明責任を負うことになる。
 その結果、もし納得出来る説明が聞けるのであれば、笹本は喜んで今回の英断を支持しよう。
 これが、日本人が自らの手で宇宙に乗り出していく第一歩ならば、力一杯応援しよう。
 しかし、有人月宇宙という大計画を選ぶことによる得失の説明が十分に行なわれないのであれば。
 そして、そのために必要な予算の確保をどこから行うのかという納得出来る説明が行なわれないのであれば。

 笹本は日本独自の有人月探査を支持出来ないし、それを進めることにより日本の宇宙探査に於ける世界的な評価を受けている部分まで切り捨てるという路線が既定のものとなるならば反対派の急先鋒にならざるを得ない。
 なぜなら、実現の可能性すら薄い計画に今成功しつつある計画、進められている計画を捨ててまで突っ込んでいくのは、日本の宇宙開発、宇宙探査にとって亡国の計画としか思えないからである。
 日本は、かつて実績あるMVロケットの運用を政治的判断で捨てたという前歴がある。
 今回の有人月探査の提案が、それを上回る日本の宇宙開発の失策とならない保証はどこにもない。
 だからこそ、宇宙機関は有人月探査を進める場合のロードマップ、予算、得失を国民に対してはっきりと説明する必要がある。なにを意図して有人月探査を提案したのか、正直に説明する義務がある。

 なぜ、有人月探査なのか。
 少なくとも、今の笹本には納得出来る理由も理解出来る説明も、そしてそのための莫大な予算と人員をどこから持ってくるのかも思い付かない。
 日本が有人宇宙を開始する。それは素晴らしい提案である。
 しかし、そのために今までに実績を上げてきた宇宙探査を予算獲得の言い訳に潰す可能性がある。この辺りになると言語道断なのだが、実は、日本の宇宙開発が取りうる最悪の選択はもっと他にある。
 日本の宇宙開発が有人月探査に舵取りされた上に、日本になにも残らなくなるような選択がある。

 なんだと思う?

 それは、有人宇宙船の開発から月探査まで全面的にアメリカに依存し、日本は予算だけを供出するという選択である。
 JAXAの有人宇宙がアメリカ一辺倒なのはご存知の通り。日本人宇宙飛行士がソユーズの訓練を受けたのも、JAXAが独自に判断したのではなく、予定されるスペースシャトルの引退に伴ってISSへの往復がソユーズロケットしかなくなるから、というアメリカの意向を受けたものでしかない。
 日本の有人宇宙は、アメリカのスペースシャトルに相乗りという形で進められてきた。公式には、これによって日本は有人宇宙の経験を積んできた、ということになっている。
 では、日本が獲得した有人宇宙技術には具体的にどのようなものがあり、今までの宇宙飛行士達はどんな技術を獲得し、日本に持ち帰ったのか、他にどんな技術の習得が必要なのか。
 実は、科学探査ならばあって当然のこうした定量的な評価は、少なくとも笹本が知る限りJAXAではまったく行われていない。そこにあるのは、国際協力の美名のもとにスペースシャトルに便乗、国際宇宙ステーションに貸間を建て増しして自分の成果であるかのように宣伝しているJAXAの広報ページだけである。
 そして、新規の有人宇宙の提案は、全て「予算がない」という言い訳で潰されてきた。
 日本が有人宇宙をやる気があるのであれば、今までのスペースシャトルと国際宇宙ステーションの建設協力により、どれくらいの経験が得られたのか、評価の必要がある。
 その結果、得られている技術、得られていない技術を判別し、得られていない技術はアメリカから供与が可能なものなのか、自主開発が可能なものなのか、そしてなによりそれが日本に必要なものなのか、判断しなければならない。
 秋山飛行士のソユーズによる初飛行からもう20年。毛利衛の初飛行からでも17年、すでに6人の日本人宇宙飛行士がスペースシャトルで宇宙に飛び、若田飛行士の国際宇宙ステーション長期滞在も目の前に迫っている。
 これだけ長い年月をかけ、多人数の宇宙飛行士が飛んでいるならば、日本の有人宇宙技術はもう充分な経験を積んでいると見るべきだろう。もしまだ未熟だというのであれば、それはアメリカへの協力の仕方が間違っているとしか思えない。
 しかし、今回提案された有人月探査が、アメリカの月探査計画への盲目的な協力を意図して提案されたものだとしたら?
 ただでさえスペースシャトル、ISSに多大な金額を献上している日本の宇宙開発予算が、この先もアメリカに吸われ、しかもその成果の大部分は日本に還元されず、日本の宇宙開発の技術にもならないという最悪の展開が予想出来る。
 さらに穿った見方をすれば、有人月探査の提案はスペースシャトルの運行停止に伴って日本からの高額な予算協力が見込めなくなるアメリカが、次なる予算献上の名目のために強要してきたものにも見える。
 だとすれば、ほんの一言だけ付け加えられた「独自の」という言葉こそ、JAXA側の抵抗なのかも知れない。

 もう一度まとめよう。
 日本が有人月探査を行う、と決定した場合、最悪の選択は、アメリカの有人月探査に盲目的に付き従い、月面探査有人宇宙船に日本人の席を買うために日本の宇宙開発予算をアメリカに献上することである。
 だとすれば、日本の宇宙機関は巨額の予算と共にアメリカの有人月探査にどこまで協力すべきか、あるいは協力せずに独自の宇宙開発に乗り出すべきなのか。その場合、日本の有人宇宙開発はどうすべきなのか、本気で検討しなければならない。
 現時点で、日本の有人宇宙計画はスペースシャトル及び国際宇宙ステーションしか存在しない。このままアメリカに付き従うなら、自動的に月探査に付き合わされると同時にそのための巨額な予算の負担を求めることも容易に予想出来る。
 引き換えに、日本の宇宙探査が生贄に捧げられるとしたら、これは到底承伏出来るものではない。

 別の途として、アメリカの有人月探査に予算面ではなく技術面で協力する、という道がある。
 予算は出さない。代わりに、提供出来る技術、開発出来る技術を協力する。
 そのアメリカに対する貢献度は、予算を言われるままに献上する場合よりもはるかに下がる。おそらく、アメリカの月探査宇宙船に日本人の席は貰えないかも知れない。
 しかし、日本で技術を開発し、それをアメリカに提供するならば、日本の宇宙開発は「日本人宇宙飛行士がアメリカの宇宙船で月面に到達しました」などというなんの役にも立たない実績よりはるかに大きな果実を手にすることが出来る。
 宇宙開発予算をアメリカではなく日本国内に廻すことも出来るから、国内企業に予算を付けることにもなる。その結果得られる技術は、いずれ日本が宇宙に乗り出していくのに役に立つだろう。

 今回の提案に於いて、戦略会議は「莫大な予算が必要とされる」「国際的な協力の検討が必要」ときわめてあいまいな形でしか将来の有人宇宙に関する記述をしていない。

 本当のところはどうなんだ?
 今回の突然とも思える有人月探査の提案は、アメリカの尻馬に乗り続けるための足場造りでしかないんじゃないのか?
 それとも他に何か考えてるのか?
 宇宙開発戦略調査会がいやしくも「戦略」という言葉を冠しているのなら、では日本の宇宙開発が乏しい予算と限られた人員をどのような目標に投入すべきか、戦略的な話を聞かせて貰おうじゃないか。

宇宙基本計画パブコメにむけて:笹本祐一さんの意見(2) 月への遠い道

 前の記事に引き続き、日本の有人月計画について、SF作家の笹本祐一さんが、3月に宇宙作家クラブニュース掲示板に投稿した意見の2回目を、以下に転載する。

 今月末に始まる宇宙基本計画に対するパブリックコメントの募集に向けて、笹本さんの意見を日本の宇宙開発の将来を考える上での参考にしてもらえればと思う。

No.1323 :月への遠い道 投稿日 2009年3月13日(金)12時51分 投稿者 笹本祐一

 日本は月探査を目標とした有人探査を提案した。
 では、これから先どんな展開、開発が予想されるか。
 これから日本の宇宙開発が取るべき道、取りうる可能性について考察してみよう。
 前提条件として、日本単独で有人月探査を行う。国際技術協力については、自前の技術がない場合には便利なお財布にしか使われないことはスペースシャトル、国際宇宙ステーション関連で日本の関係者には身に染みているだろうから、全ての技術は自前で賄うこととする。

 現在の日本には、独自の有人宇宙技術はない。
 現状で使えるロケットはH2A、H2Bのみ。これで、低軌道に最大20トン弱の構造物は投入出来る。
 しかし、有人宇宙船の技術はない。
 HTVは宇宙ステーションにドッキングすれば与圧して人がはいる。また、JEMも軌道上で与圧されて活動しているので、構造体を作る技術はあると判断出来る。
 もちろん、有人宇宙船は構造体だけでは出来ない。生命維持のためには酸素を供給し、二酸化炭素を回収する技術が必要である。基礎技術は自衛隊や深海探査用の潜水艦で確立されているので、その宇宙方面への転用はそう難しくないはずである。
 軌道に上げた宇宙船は、再突入させて回収しなければならない。
 日本に於いて、再突入回収の技術は少ないながらも実績がある。まだ有人での回収はないし、HOPEで耐熱タイルの開発にも失敗してるが、昔ながらの溶融剤を分厚く塗り込めてその蒸発により再突入時の熱衝撃を緩和するという技術は完成されているのでそれほど難しいものではない。もちろん数度の実証実験は必要だろうが、新規開発は必要ではない。
 有人宇宙船の開発に於いて一番大事なのは、飛行の全行程に於ける安全で確実な脱出手段を確保することである。
 打ち上げから軌道投入までのもっともクリティカルな段階に於いて、多重の脱出手段を確保することは有人飛行実現の初期段階に於いてもっとも重要な開発になるだろう。
 カウントゼロから軌道投入までの全ての段階で安全に有人カプセルを脱出させ、地球に帰還させるためには、現状のH2Aロケットの飛行径路の多少の変更も必要になる。
 現在のH2Aの飛行径路は衛星の軌道投入に最適化されている。しかし、それをそのまま有人飛行に当てはめると、飛行の途中の段階で緊急脱出した場合に想定される脱出経路で宇宙船にかかるGが8Gを越え、乗員に多大な負担がかかってしまう。
 対策のためにはH2Aの飛行径路を有人向けに脱出は確実に出来るけれども飛行効率は多少悪化するものに変更しなければならない。そして、飛行の全領域で確実に作動する信頼性の高い脱出ロケットさえ開発出来れば、H2Aでの有人カプセルの打ち上げは夢物語ではない。

 つまり、今の日本に於いて低軌道地球周回のための有人カプセルの開発及び運用はそれほどハードルの高いものではない。困難な新規開発が予想されるものもないし、莫大な予算も必要とはされない。
 莫大な予算を必要とされないというこの一点が、組織としてのJAXAにとっても協同開発するメーカーにとってもうまみのない計画であることが予測されるが、それは本稿の本筋ではないので指摘するに留めておく。

 では、HTVをベースとするか、あるいはかつて検討した有人宇宙船ふじくらいの3人乗りのベーゴマ型カプセルを開発するか。順当に考えれば、最初は三人乗り小型カプセルで有人宇宙飛行技術の実証を進め、並行してHTVベースの大型船、あるいは長期滞在のための拡張モジュールを開発するのが常道だろう。すでにいくつかの国で実績があるとはいえ、有人宇宙技術は日本にとって未知の新天地である。ひとつひとつ足元を固めて登って行くに勝る途はない。
 日本が、安心して運用出来る有人宇宙船を開発するのに必要な年月はおそらく5年程度。困難を予想される新規開発がなく、また現在持っている宇宙技術から転用出来るものがいっぱいあるから、ここまでは平坦な道と予測される。並行して、軌道上にある宇宙船から24時間通信体制を確保するために高軌道に通信衛星をカバーのために上げるか、はたまた世界各国にお願いして地上、あるいは洋上にも通信ステーションを確保するか、インフラの建設も開始しなければならない。

 有人宇宙船、及びその乗員を日本が確保したとして、それだけでは月には行けない。
 なにせ月は遠い。平均で38万キロ彼方、そこに至るのに必要な推進剤は、ざっくり考えて低軌道に投入する場合の2倍となる。
 H2Aロケットの場合、低軌道に投入可能なペイロードは約10トン。有人打ち上げのための飛行最適化及び脱出ロケットの追加により、これは減ることはあっても増えることはない。
 そして、月飛行と条件が似ている静止軌道投入の場合、H2Aロケットの静止軌道への遷移軌道投入可能重量は4・5トン。
 増加型のH2Bロケットでも、低軌道への投入重量は19トン。遷移軌道で8トン。
 つまり、有人カプセルを月軌道に乗せて地球に返すというアポロ8号同様のミッションでも、推進剤まで含めた有人カプセルの全重量を8トン以下にしなければならない。
 最低でも一週間、非常時の余裕を見込めば二週間は乗員の軌道上滞在を必要とする有人宇宙船を、全てのシステムに月にまで届く推進剤まで入れて8トンで作らなければならないというのは、実はかなりシビアである。
 参考までに、アポロは脱出システムが3・6トン、司令船6トン、機械船25トンで推進剤込みの重量は合わせて35トン近い。脱出システムは第一段燃焼終了と共に切り離せるし、司令船、機械船ともに現代の技術で作ればかなりの軽量化が期待出来るが、推進剤の化学効率は変更出来ない以上、それにも限界がある。
 現実的な解としては、有人カプセル本体と別に地球周回軌道脱出のための推進剤、あるいはブースターを本体と別に打上げるという技術が必要になる。
 現在の種子島では、ロケット一基の打上げに必要なタイムスケジュールは最短一ヶ月といわれている。軌道上での貯蔵に耐える極低温でない燃料を使うブースターを最初に打上げ、一ヶ月後に有人カプセルを打上げ、軌道上でドッキングすれば有人カプセルを月周回軌道まで押し上げる事が出来るだろう。
 そのためには、宇宙空間で長期保存に耐え、複数回の点火に使えるブースターを別に開発しなければならない。燃料タンクと高効率のロケットエンジンを装備したそれは、無人であることを除けば間違いなく宇宙船である。そして、有人宇宙船とブースターを軌道上でランデブー、ドッキングさせ、確実に作動する技術も開発しなければならない。
 さーて技術水準が上がってきたぞ。
 まともに考えれば、軌道上で常温保持が可能でしかも動作も保証されて実績がある推進剤、ヒドラジン系を使うというのが通常の選択肢である。しかし、ヒドラジン系推進剤には猛毒というデメリットがあり、種子島からそんな猛毒のブースタータンクを打ち上げられるのに周囲の同意が得られるか、という政治的な問題が出てくる。
 では、液酸液水系の無毒な推進剤を使うのならどうか。これなら、H2Aロケットで上段をもうひとつ上げる、みたいな設計思想で開発も可能であり、エンジンのLE5も作動実績がある。
 しかしその場合、日照側はプラス200度、日陰はマイナス100度になる宇宙空間で、極低温燃料を長期に渡って保存しなければならない。液体酸素、液体水素ともに地上でタンクに注入すると入れる端から沸騰して蒸発していくので、H2Aでもスペースシャトルでも打上げ寸前まで液体燃料の注入を続けるくらいのものである。
 また、水素燃料は分子が小さいので、どれだけ念入りにパッキングしても隙間から洩れていく。
 現在では、極低温燃料を軌道上で安定して貯蔵する技術はない。この技術レベルは高い。
 解決のためには、種子島から打上げるロケットのタイムスケジュールを詰めるか、軌道上に上げるペイロードの重量を一気に上げるしかない。
 たとえば、ほんの数時間のタイムラグで二基のロケットを上げられるのであれば、液酸液水系のブースターを使って地球周回軌道上から月軌道に有人カプセルを上げることが出来る。
 種子島の設備は現状でも二基同時のロケットの準備が可能なVABがあり、また射点もふたつある。
 同時に射点に二つのロケットを並べるのは、射点間の距離が短いから現実的ではないが、一基目を打上げてから24時間後に2基目を打上げ、というのであれば不可能なスケジュールではない。
 その場合、種子島宇宙基地に二基分以上の液体燃料を貯蔵する設備を作るなどの増強は必要だが、ペイロードが倍の新規ロケットの開発は不要である。
 ここまでやって、やっと月軌道周回飛行が可能になる。
 しかし、ここまでやっても月軌道に送り込めるのは月着陸設備を持たない有人カプセルだけである。
 地球周回低軌道に宇宙船と、そこからもう一段分の推進剤を搭載した月軌道に宇宙船を届かせるためのブースターを送り込まなくては月面探査は実現出来ない。
 サターンV型がかくも巨大になったのは、軌道上にもう一段分の燃料もろとも着陸船、司令船を一度に送り込もうとしたからである。それが証拠に、月面探査という目標がなければ、サターンVはスカイラブという巨大な宇宙ステーションをわずか二段で地球低軌道に投入することが出来る。
 さて、前項で考察した日本独自の月宇宙船には着陸船はない。
 着陸船は、完全な新規開発が必要になる。
 この着陸船に要求される性能は、月面への安全な着陸と、月面から再び月周回軌道に飛び上がるだけの推進剤とエンジンを併せ持つエンジンの搭載である。
 もしこれを単段で済まそうと思うと、着陸船は減速、着陸、離陸のためのエンジンと推進剤をひとつの機体の中に内包しなければならない。
 先例として、アポロ月着陸船がどのような構造だったか見てみよう。
 月着陸船の中で、月周回軌道に復帰するのは上昇段と呼ばれる上部の部分だけである。
 減速、着陸に必要な逆噴射エンジンと推進剤タンク、着陸脚はすべて下降段と呼ばれる下の部分に取り付けられ、月面周回軌道に復帰する時には発射台として使用され、月面に置いて行かれる。すなわち、月着陸船は極限の重量軽減のために二段化されたロケットであると言える。
 一段目の下降段は、月面周回軌道からの減速、着陸に使われる。
 月面から再び周回軌道に復帰するため、上昇段は下降段を切り離して単体で上昇する。下降段を切り離していくから、再び軌道に復帰するのに着陸時ほど大きなエンジンは必要ない。
 現代の技術で、月面に着陸し、再び軌道に復帰する宇宙船にどんな構成が最適なのか、もちろん研究開発の余地は大きいだろう。同じエンジンを使うのであれば、着陸脚及び着陸用推進剤タンクは月面で切り離していく、ただしエンジンは減速、着陸と離陸、軌道復帰に同じものを使うという選択肢もあり得る。
 1969年にアポロ着陸船が成功しているものを現代の技術で作り直すのだから、その開発は平易ではないだろうが困難でもないだろう。きわめて厳しい重量制限とコンセプトさえ見失わなければ、その開発は不可能ではない。
 しかし、月着陸船を月に着陸させるためには、あたりまえの事ながら月着陸船を月周回軌道に持っていく、という手間が必要になる。
 月着陸船の重量をどの程度に見積るかによっても数字は違ってくるが、アポロを例に取れば司令船、機械船の合計が約30トンに対し、着陸船は約16トン。この差は、司令船は三人が往復7日間合わせて21人日暮さなければならないのに対して、着陸船は長くても二人が二日合わせて4人日で済むという生命維持システムのキャパシティによるところも大きい。
 では、H2Bの静止トランスファー軌道に8トンという制限の中に着陸船を収めることは可能だろうか。
 可能ならば、月着陸船は一度の打ち上げで月周回軌道に投入出来る。
 不可能ならば、月着陸船は有人カプセル同様に軌道上でブースターとドッキング、月軌道に向かうという有人カプセル同様の手間を踏まなければならない。ただし、こちらは完全に無人化出来ることが期待出来るから、先に月着陸船を地球周回軌道に投入、あとからブースターを打上げて、ドッキング、月に向かい、月周回軌道に安定させたのを確認してから有人宇宙船を打上げるという手順を踏むことが可能になる。

 もし、これらの打ち上げを一度で済ませようとしたら、静止トランスファー軌道に約30トンの投入を可能とする大型ロケットの開発が必要になる。低軌道換算で約70トン。失敗に終わったソ連月ロケット、N1ブースターと同じような性能か。
 低軌道でH2Aロケットの7倍、H2Bと比べても4倍近いペイロードのロケットの打ち上げ重量はいくらくらいになるか。
 そのまま巨大化すれば、約2000トン。
 あくまでも机上の計算でしかないが、低軌道に70トンを投入出来る大型ブースターなら一度の打ち上げで全システムを月周回軌道に投入出来る。それが出来ない場合、最低三回、ひょっとしたら四回のロケットの打ち上げが必要になる。
 一度で済まそうと思ったら、構成はともかく推定重量2000トン、ペイロード70トンの大型ロケットの開発が必要になる。そして、種子島の現状の射点ではさすがにそんな大型ロケットの打ち上げは爆発物取り扱い法の関係上、安全距離が獲れないので不可能である。となれば、それだけの大きなロケットを運用するVABごと新規の建設が必要になる。
 種子島で現状の吉信岬のさらに先を埋め立てて新たな射点を作るというのも解のひとつになるだろう。
 その場合でも、新型ロケットのためには新たなVABの建設が必要になるし、埋め立てて空港ひとつ作るくらいの予算が必要になる。
 さあて、有人月探査二兆円じゃ足りなくなってきたぞー。

 他に必要な要素技術として、宇宙服の開発及び宇宙遊泳、月面歩行の技術習得も必要である。
 しかし、これも新規開発が必要な技術ではない。技術習得のためのハードルは高いが、すべて海外で実現可能なことが実証され、なによりも40年前の技術でアポロが達成している技術である。確固たる意思とゴールさえ明確なら、それは開発可能だろう。

宇宙基本計画パブコメにむけて:笹本祐一さんの意見(1) 日本独自の有人月探査計画に見えた月の裏側

 もう読んでいる方もおられるだろうが、日本の有人月計画について、SF作家の笹本祐一さんが、3月に宇宙作家クラブニュース掲示板に投稿している。

 宇宙作家クラブニュース掲示板は、かなり設計が古くて(もう10年経ってしまった)、トラックバックもコメントもRSSフィードもないし、そもそも個別記事へのリンクもない。これでは不便なので、ご本人の了解を得て、全3回を、ここに転載することにした。

 今月末にも宇宙基本計画に対するパブリックコメントの募集が始まる。この件に関しては一人でも多くの人が情報を収集し、自分で考え、パブリックコメントを投稿することが重要だと考えている。笹本さんの意見を、自分が日本の宇宙開発の将来を考える上での参考にしてもらえればと思う。

No.1322 :日本独自の有人月探査計画に見えた月の裏側 投稿日 2009年3月7日(土)02時09分 投稿者 笹本祐一

 宇宙開発戦略調査会という会合が、これからの日本の国家としての宇宙戦略を決定するために首相官邸で開かれている。
 これは、2009年5月に宇宙開発基本法の策定などへの提言を行う有識者による専門会議で、日本経団連会長御手洗富士夫、宇宙飛行士毛利衛、まんが家松本零士もメンバーである。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080912/acd0809121218007-n1.htm

 3月6日に行なわれた第5回会合において、これから日本が目指すべき宇宙開発の方針として、有人による月探査、その前段階としての二足歩行ロボットによる月探査が毛利衛氏によって提案された。これは委員によって好評のうちに受け入れられ、報道もされたので御存知の方も多いと思う。
 今、笹本の手許にこの時に使われた資料の一部がある。
 今まで、独自の有人宇宙飛行に対して背を向け続けてきた日本が、文科省主導のこの会議においてなぜ突然有人探査と言いだしたのか。
 2003年初頭に笹本が聞いた「なぜ日本独自の有人宇宙飛行をやらないのか」という質問に対し、宇宙開発委員会のお歴々はこう答えた。
「もし有人宇宙飛行やって誰か死んだらいい訳が出来ない」
 それがなぜ今になって、莫大な予算を必要とするはずの独自の有人飛行、のみならずその先の月探査などという野心的な提案が行なわれたのか。
 この席上で配られ、近日中にはネット上で公開もされるはずの資料3、「戦端的な宇宙開発の推進について」を注意深く読み解いていくと、そこには日本の宇宙開発に於ける宇宙科学と政治の奇妙な混在に気付く。

 宇宙科学については我が国が独自に探求し、成果を上げてきたという意義を認め、さらなる研究の必要を説いている。
 しかしながら、有人宇宙については、「将来に亘って有人宇宙活動を自在に行う能力を、現在のISSでの活動を基盤として更に高めていくことは、宇宙先進国としての我が国の地位を確固たるものとするために極めて重要である」
 との文言がある。これは、スペースシャトル、国際宇宙ステーションにのみ頼ってNASAを追従する形で有人宇宙を続けてきた日本の宇宙開発に於ける政治的立場の確認であり、日本の有人宇宙に関する成果も意義の確認もそこにはない。
 では、日本の宇宙開発の戦略のためになぜ政治的な思考が必要になるのか。
 宇宙開発には莫大な予算が必要となる。
 笹本は、日本独自の有人宇宙開発に関わった際、もし当時のNASDAが有人宇宙飛行に乗り出すとしたらいくらくらいの予算を要求するか考えたことがある。
 H-IIロケットは、2000億の予算で開発された。最終的に2700億の巨費がかけられたが、これは世界的には「クレイジー」といわれるほどの低予算である。
 その次のビッグプロジェクトであるHOPEは、中止されたとはいえ5000億の開発予算を見込まれていた。
 だとすれば、宇宙開発の究極目標といえる有人宇宙飛行のためにNASDAが要求する予算はおそらく一兆。逆に言えば、それだけの予算が獲れなければ、NASDAにとって巨大プロジェクトとしての有人宇宙計画の意味はない。
 一兆円の予算があれば、組織もメーカーもしばらくは潤沢な予算のもとに安心して計画を進めることが出来る。
 しかしながら、現在の技術を持ってすれば有人宇宙システムの開発にはそれほどの巨費は必要ない。半世紀近くも前の技術で成し遂げられた有人飛行は、今ならばはるかに安上がりに行うことが出来る。
 つまり、当時のNASDAにとって有人宇宙飛行はネームバリューの割に予算が獲れない、しかも失敗すれば日本の宇宙開発すら止められかねない火中の栗だったのである。
 今回提案された有人月探査のための予算規模は、二兆円という数字を漏れ聞いている。年間2000億円を切れるような日本の宇宙開発予算から見れば夢のような巨費であり、それは宇宙基本法によって宇宙開発の主導権を首相官邸に持って行かれそうな文科省にとってはたとえようもなく魅力的な題目だろう。
 月探査、しかも有人。アポロを子供のころに体験している世代なら、それは再現すべき夢であり、実現すべきミッションである。
 しかし、宇宙開発が国家事業として予算の枠に縛られている限り、払われる金額は有限である。巨額の予算を持ってくるなら、どこか別の計画を止めなければならない。
 資料3、先端的な宇宙開発利用の推進についてというPDFを注意深く読んでいくと、1.2 太陽系探査の中に以下のような文言があることに気付く。

    ○ 特に大規模な探査プロジェクトに関する今後の計画立案にあたっては、研究者からのボトムアップによる科学目的を保持しつつ、トップダウンによる国家戦略としての政策的な観点とのすり合わせも踏まえ、決定する必要がある。


 関係者によれば、これは日本が今世界のトップを走り、今も成果を上げつつある地球外小惑星探査計画を、まず有人月探査の生贄に捧げるための第一歩だそうである。
 リソースの集中的運用でも、予算の効果的投入でも、美名はなんでもよろしい。
 これは、有人月探査の実現のためにはやぶさ2以降の計画をすべて中止するということであり、じっさい現在も地球に帰還するためのはやぶさを運用しているスタッフにもそのような話が回っているらしい。
 わかりやすく言い換えれば、有人月探査というトップダウンのために、研究者のボトムアップを捨てる必要がある、という宣言である。
 そして、おそらく話はそこに留まらない。莫大な予算を必要とする有人月探査があるのに、日本の宇宙村の中でわずかな人数しか占めない宇宙科学関係の計画がこれから先も今のように続けられる保証はない。次の言い訳が必要となれば、即座に「政治的判断」による切り捨てが行なわれるようになるかもしれない。先例があれば、それは簡単である。

 有人月探査は、「日本独自」と冠詞を付けようが付けまいが現時点でさえアメリカ、中国が進めつつある計画である。ここにいまさら日本が潤沢でもない予算を付けて参加したところで月レースで実績のあるアメリカ、すでに有人宇宙飛行を実現している中国に対して単独でいい勝負が出来るとは思えない。それは、月面有人探査計画においてかつてソ連が犯したような科学的判断を必要とする宇宙開発に政治的判断を持ち込むという典型的な失敗の第一歩である。
 今、日本は小惑星探査に於いて世界トップレベルの技術と実績を上げている。また、他の宇宙科学、天文学に於いても恵まれていない環境で費用対効果の高い成果を上げてきた。
 日本独自の有人月探査は、宇宙開発のための資源集中と称して、ペンシルロケット以来MVロケットまで積み上げられてきた全ての成果をまるごと葬る毒性を秘めた、きわめて刺激の強い新提案である。
 宇宙科学は、世界で一番であることがなによりも重要視される。二番手以降の成果は、そこでは意味を持たない。
 しかし、政治は一番であることを重要視しない。そこで重要なのは、潤沢な予算を取り、多人数に充分な報酬を出して組織を維持することであり、宇宙開発の成果も有人宇宙の意義も単なる言い訳として扱われる。

 日本の宇宙開発が目指すべき方向はどこなのか。
 それを決定する権利は、我々日本国民にある。
 同時に、どこを目指すべきか、それは日本人として考えなければならない義務でもある。

 あなたは、日本の宇宙開発になにを求めますか?
 それは、自分で納めた税金の納得がいく使い途ですか?
 それは、日本でなければ出来ないことですか?

2009.04.10

はやぶさリンク:はやぶさ2の現状

 宇宙基本計画と共に、ここで報告しておかねばならないこと。「はやぶさ2」の現状だ。

 海外から打ち上げ手段を調達することを計画実施の条件とすることとされてしまった「はやぶさ2」は、イタリアが主導して開発している「ヴェガ」ロケットによる打ち上げを模索していた。

 が、この話は完全に潰れた。

 理由は、欧州宇宙機関(ESA)の宇宙科学部門で深刻な予算超過が2つも発生したためだ。結果として、欧州の宇宙科学予算から打ち上げ手段の調達を行うことが不可能になった。

 予算超過を起こしたのは、日欧共同の水星探査機「ベピ・コロンボ」と、火星無人探査車「エクソマーズ」だ。ベピ・コロンボは、水星に到達するためにイオンエンジンを使う設計だが、欧州が担当しているイオンエンジンの開発が難航、大幅な重量超過を起こすことが判明した。結果としてソユーズロケットによる打ち上げが不可能になり、昨年夏以降大騒ぎをして、結局打ち上げロケットをより大型のアリアン5に変更することとなった。当然アリアン5はソユーズより高価であり、その分多額の予算を必要とするし、イオンエンジンの開発にも余計な経費がかかることになる。

 エクソマーズも開発がトラブル続きで、当初2011年打ち上げだったものが、2013年に、さらに昨年10月には2016年まで延期された。その結果、超過した開発経費が、2010年代半ばのESAの宇宙科学予算に食い込むこととなってしまった。

 私見だが、日本はベピ・コロンボでの欧州との協力体制構築に失敗したように見える。

 国際協力はお互い相手を骨の髄まで利用し合う過酷なものだ。どちらかがバカを見ないためには、それこそ「キンタマを握り合う」ぐらいに相互の弱みを実効的に捕まえる必要がある。しかし、日本の開発する水星磁気圏探査衛星は、完全に「欧州のロケットと欧州のイオンエンジンで、水星まで連れて行ってもらう」設計だ。欧州側でトラブルが発生すると、日本はなすすべもなく、欧州の意向に従わなくてはならない。国際宇宙ステーション(ISS)と全く同じ構図である。

 せめて、イオンエンジンを日本が提供する形に持ち込んでいれば「バカなこといっていると、イオンエンジンを引き揚げるぞ。水星に行けなくなるがそれでもいいのか」と欧州に言えたのだが。なにしろ日本のイオンエンジンは「はやぶさ」で惑星間航行の実績がある。一方欧州のエンジンは、新規開発なのだ。

 探査機を欧州に運んでもらうという選択には、「国際協力で浮いた経費をセンサーに突っ込めば、より多くの科学的成果が期待できて、インパクトのある論文を多数生産できる」という思惑があったのかも知れない。が、それは相手の言うなりになるということに、どうして気が付かなかったのだろうか。ベピ・コロンボに関しては、今後「宇宙科学におけるISS」になりはしないか、非常に心配である。

 ヴェガロケット利用の話は潰れたが、「はやぶさ2」は生きている。皮肉な話だが、打ち上げが2014年以降になった結果だ。

 そもそも、「海外から打ち上げ手段を取ってくる」という条件の背景には「JAXAの中期計画(2009年2013年)の予算では、はやぶさ2にロケットを付けるだけの金がない」という、JAXAの経営上の理由から出てきたものだった。打ち上げが2014年になると、資金は次の中期計画で賄うことができるというわけだ。H-IIAが使えるんじゃないか、ということである。

 打ち上げが遅れ、そして後述する「はやぶさMark2」の先行きが不透明であることもあって、はやぶさ2の設計は徐々に変化して、「はやぶさの同型機」というコンセプトから離れつつあるようだ。若干Mark2の要素を取り入れつつあるらしい。

 「はやぶさMark2(欧州名マルコ・ポーロ)」は、まったく先が読めない情勢になっている。ベピ・コロンボとエクソマーズの予算超過と計画遅延によって、2010年代のESAの科学探査の予算見積もりがガタガタになった結果、そもそも「次にどんな計画を実施するか」のセレクションが二転三転しているためである。
 一応、今年9月に行われる予定のESAの次期探査計画セレクションには応募する方向で日欧における検討は進んでいる。が、私のところには「マルコポーロは八方ふさがりですよ」という話も聞こえてきており、先行きどうなるのかは分からない。

 そうこうしているうちに、アメリカでは、昨年、小型探査機シリーズ「ディスカバリー」のコンペで落選した小惑星探査機構想「オシリス」のチームが、またNASAの予算獲得を目指して動き出したそうだ。日欧とアメリカの2つの計画は、どちらかが実施されれば、どちらかは科学的価値を失って消える運命にある。どちらが、予算を獲得して先に進めるかは、なんとも予断を許さない。

 私の知る限りの現状は、こんなところだ。であるからして、宇宙基本計画では、ぜひとも太陽系探査をきちんと日本の長期計画の中に位置付けてほしいのだが、どうも文章を読んでいくと…。

 宇宙基本計画の件については、改めて別の記事で書くことにする。

2009.04.09

宣伝:4月12日(日曜日)、Yuri's Night 2009 Japanの東京会場「アポロ40周年記念講演会」で話をします

 「Yuri's Night」というのは1962年4月12日のユーリ・ガガーリンの世界初の宇宙飛行を記念する、宇宙を目指す学生達のイベントです。毎年4月12日に世界中で開催されており、日本でも全国各地、運営有志の集まる大学キャンパスでそれぞれに趣向を凝らしたイベントを展開しています。

 今年はアポロ11号月着陸40周年を記念して、東京会場で「アポロ40周年記念講演会」が開催されます。そこで講演を行うことになりました。
 参加には事前申し込みが必要です。

アポロ計画40周年記念講演会 2009年4月12日(日) 13時30分~18時00分 (開場は13時00分)
  • 開催場所 東京大学 本郷キャンパス(浅野地区) 武田先端知ビル5階 武田ホール
  • 交通情報  こちらをご参照下さい。  Google Map
  • 対象 中学生以上
  • 参加費 500円
  • 懇親会 講演会終了後、武田先端知ビル内「ホワイエ」にて 参加費:学生2000円、社会人3000円
  • 申し込み:こちらから
  • プログラム
    • 13:00 開場
    • 13:30 ~ 13:45 開会の挨拶  山下 浩史(挨拶)、鳥嶋 真也(Yuri's Nightの御紹介)
    • 13:45 ~ 14:30 講演1:「アポロ計画とその現代的意味」  的川 泰宣…(JAXA技術参与、日本惑星協会理事)
    • 14:30 ~ 14:40 10分休憩
    • 14:40 ~ 15:25 講演2:「宇宙の公共事業化を超えて」  松浦 晋也…(科学ジャーナリスト)
    • 15:25 ~ 15:35 10分休憩
    • 15:35 ~ 16:20 講演3:「月の科学 ~アポロから40年、人類はどれだけ月を知ったのか?~」  寺薗 淳也…(会津大学情報センター、月探査ステーション編集長)
    • 16:20 ~ 16:50 30分休憩  パルスジェット機の展示、宇宙関連企業、大学、団体によるブース展示、紹介
    • 16:50 ~ 17:50 パネルディスカッション 「人類は再び月に帰るのか? そして日本は?(仮)」 司会 秋山 演亮 登壇者 的川 泰宣 松浦 晋也 寺薗 淳也

    • 17:50 ~ 18:00 閉会の挨拶
       鳥嶋 真也
    • 18:15 ~ 20:00 懇親会


 我ながら、「松浦、またそのネタか」な演題です。今回の宇宙基本計画のことなども話そうかと思っています。懇親会にも出席しますので、よろしくお願いいたします。

2009.04.08

【重要】4月3日の宇宙開発戦略本部会合の資料をアップしました

 2009年4月3日に開催された宇宙開発戦略本部・宇宙開発戦略専門調査会第6回会合に提出された資料を、handsout.jpにアップした。

 これらの資料は、まだ宇宙開発戦略本部のホームページで公開されていない。これまで会議開催から2週間後にアップされていたので、おそらく4月20日前後には掲載されるのだろう。

 しかし、これらの資料は4月3日の会合開催後の記者クラブ向けのレクチャーで主要マスコミ各社に配布されている。つまり機密資料でもなんでもない。
 しかも話を聞いていくと、宇宙開発戦略本部から内閣官房のホームページ担当のほうには、会議当日にファイルが渡っていることも判明した。宇宙開発戦略本部には、関係各方面から「早くアップしてくれ」「なんでそんなに遅いのか」と苦情が集まっているとのこと。要するに内閣官房のホームページ担当の不手際で、掲載が遅れているのである。

 この4月3日の会合では、今後5年間の日本の宇宙開発の進路を規定する「宇宙基本計画」の骨子案が提出された。これはいち早く、なるべく多くの人が読むべき書類である。多くの人が読み、自分の意見を形成していくことで、今月末から予定されているパブリックコメントに多数の意義ある意見を集めることができる。
 公開が遅れるほどに、日本という国の宇宙開発全体の利益が損なわれるであろう重要な書類と言わねばならない。

 そこで、内閣官房Webページ担当が行うべき仕事を、私が代行すべきと判断し、当方が入手できた書類データを、このような形でアップすることにした。

 宇宙開発、科学技術政策、外交・防衛などに興味のある方は、これらの書類をじっくり読み込んで、来るべきパブリックコメントに応募してほしい。これは、私たちの税金で実施される宇宙開発の将来を決める重要な書類である。

 独自有人宇宙活動がどうなるのか、「はやぶさ2」「同Mark2」が実施できるのかどうか、「かぐや」後継月探査はどうなるのか、GXロケットは、次期小型固体ロケットはどうなるのか——すべて、「宇宙基本計画」にどんな文言が盛り込まれるかで決まってくるのである。

 霞が関の書類は、とにかく量が多く、読み込んでいくことが大変だとは思うが、それでもこれらは読む価値がある。

 今回の資料の中で、まず読むべきはこの「【資料2-2】宇宙基本計画骨子案」である。





 合わせて、【資料2-2 別紙2】ニーズに対応した5年間の衛星等の開発利用計画(10年程度を視野)(案)を読むと、今後具体的にどの宇宙計画をどう進めようと考えているかが分かる。





 宇宙開発戦略本部が、現状をどう見ているかは【資料2-2 別紙1】主なニーズと衛星開発利用等の現状 10年程度の目標(案)を読み込めば一目瞭然である。





 今後の日本の宇宙開発体制、特に文部科学省から内閣府へという流れは【資料1-2】宇宙開発利用体制検討WG中間報告に掲載されている。





 宇宙基本法は、理念を定めた基本法であり、実際の宇宙活動に当たっては具体的行動を定めた実施法である「宇宙活動法(仮称)」の制定が必要となる。すでに官庁や産業界、さまざまな関係者は宇宙活動法の内容に自分たちの要求を盛り込もうとして活発に動いているが、宇宙開発戦略本部での議論で浮上した内容は、【資料3】宇宙活動に関する法制検討WG検討状況で読むことができる。





 私の意見については別途まとめることにする。とにかく今は、一人でも多くの人がこれらの書類をじっくり読み込んで、自分なりの意見を固めていくことが大事だと思う。繰り返すが、これらは私たちの税金で実施される、私たちの宇宙計画なのである。


 これらの資料公開の遅さに限らず、内閣官房の情報公開担当者は、ネット時代の情報流通を理解していないとしか思えないふしが見受けられる。

 例えば、先だってのテポドン2発射の時の「北朝鮮による飛翔体事案関連情報 官邸において発表された情報を、順次掲載しています。」というページ。
 一刻も早く国民に伝えなくてはならない情報を、通常のHTMLファイルではなく、1)閲覧にワンステップ必要とするpdfファイル、2)しかもわざわざプリントアウトをスキャンした画像ファイル——で、掲載している。何を考えているのやら。

 某国方面からのクラッキングを警戒したのかもしれないが、ミサイルにせよロケットにせよ、打ち上げは十数分程度で終わるものなのだから、ここはいかに迅速に情報をエンドユーザーが閲覧できるかが勝負の分かれ目だろう。何が大切なのかが判断できていないという印象だ。

2009.04.04

杞憂のような事態に備える

 いよいよ、北朝鮮が、「衛星打ち上げ」を実施するとした4月4日〜8日の期間に入った。時刻は毎日午前11時~午後4時。

 天候に問題がなく、ロケットや射点設備などにトラブルが出なければ、一番早いタイミングである本日午前11時に打ち上げる可能性が高い。条件が揃わなかったり、トラブルが出たりしたら、順延していくわけである。 毎日の打ち上げ時刻に5時間もの幅があるということからして、ペイロードはシビアに太陽光が入射する方向を選ぶ複雑な衛星ではないだろう。

 日本に落下する可能性があるということで、地方自治体などかなり緊張しているようだが、基本的に日本本土に落ちてくる確率はかなり低いと言いうる。さらに、下に人がいる確率となるとさらに下がる。はっきりいえば、杞憂に近い。

 北朝鮮が公開した危険水域から判断する限り、日本領海・領土への落下は、第1段分離、第2段点火直後の、ごくごく限られた時間帯にエンジンが停止するなどの事故が起きない限りありえない。その確率はかなり低い(意図的に日本を狙うなら、小さなノドンのほうが適している)。

 北朝鮮も、失敗の場合に被害を拡大しない最低限の良識はわきまえているようだ。

打ち上げ失敗なら「自爆」=北朝鮮関係筋(時事通信 2009/04/03-20:24)

北朝鮮のミサイル発射問題で、北朝鮮関係筋は3日、発射物を制御できなかった場合、「(北朝鮮は)自爆させる」と語った。
 同筋は、北朝鮮が2006年7月に発射し、直後に空中分解した弾道ミサイル・テポドン2号について、「発射から40数秒後に自爆させた。打ち上げの失敗ではない」と説明。今回の発射でも「失敗したときに自爆させる措置は施してあるはずだ」と強調した。

 最後の「はずだ」というのが、ちょっと不気味ではあるけれども、衛星打ち上げロケットには万一のトラブルに備えて指令破壊の仕組みを組み込んでおくのが普通である。あらかじめ「予定のコースや速度をこれだけはずれたら、地上からのコマンドで破壊する」と決めておくのだ。通常は推進剤タンクを火薬で割る。割れたタンクから推進剤が放出され、燃料と酸化剤jが混合して爆発。ロケットは破片となって落下する。

 しかし、2006年の打ち上げが失敗ではないというのは、強弁し過ぎ。失敗がはっきりしたからこそ、地上から自爆コマンドを送信したのだろう。彼らが主張する前回の動作実績からすると、北朝鮮の指令破壊に関する技術はそれなりに信用できそうだ。

 上空で破壊すれば、毒性を持つ推進剤がそのまま地上に落下するということを防げる。推進剤満載のロケットが落下して爆発、さらには毒性を持つ推進剤が地上で拡散して大被害発生ということにはならないわけだ。
 そもそも、もっとも大量の推進剤を積んでいる第1段は日本に届かないし、第2段もエンジン点火後は刻一刻と推進剤を消費して加速していく。推進剤がかなり残ったまま、第2段が日本に落下するとなると、かなりタイミング良く故障を起こさなくてはならない。

 飛行コースの下に住む者にとって、今回の打ち上げの危険性は落雷と同じだ。心配して身を固くしていたら当たらないというものではないのだから、自分のできる範囲で確率を下げるしかない。

 北朝鮮が設定した危険水域に近づかないこと。これに尽きる。あとは日常通りに行動していて問題はないだろう。万が一、打ち上げが失敗して破片や残骸が落下してきたのを見つけたら、決して近づかないで、速やかに公的機関に連絡すること。彼らのロケットはUDMH(非対称ジメチルヒドラジン)という毒物を推進剤に使っている。

 ここで、「さすが北朝鮮、毒物を使うのかww」などと考えるのは勘違い。UDMHは、宇宙開発の世界ではごく普通に推進剤として使われている物質である。

 打ち上げは、どんなに余裕を見て長く考えても、せいぜい20分程度で終わる。日本政府は地方自治体に打ち上げ後5〜10分で通達するとしているので、政府から通達があってから、長くても15分もすればすべては終わっている。
 一部の自治体では、「いつ警戒を解除すればいいのか」という戸惑いが出ているが、日本政府から「北朝鮮が打ち上げたぞ」という通達があってから最長で15分は警戒、その後は万一の「落下物が見つかった」というような事態に備えて情報収集という流れで構わないだろう。政府から「警戒解除」の通達があるまで身を固くして緊張している必要はない。おそらくは、お役所仕事の「政府通達」は大分遅れるであろうし。

 しかし、北朝鮮は国際的に不快なプレッシャーを振りまくことにかけては達者なものである。世界中のどこであれ、宇宙への進出の試みには賛成する私だが、今回ばかりは「射点で爆発して設備ごと崩壊してくれるとうれしい」と思わずにはいられない。

 宇宙開発がしたいなら、核の保有も含めて、もっと行儀良く振る舞ってもらわないと、ね。

2009.04.03

イモリとカエルと宇宙生物実験

 3月7日付けの「タチの悪い冗談、ないしは本当の悪夢」で「そもそも、今までイモリの受精卵以上の生命を打ち上げたことのない日本(1995年に実験衛星SFUでイモリの受精卵を打ち上げ、スペースシャトルで回収している)が、有人軌道周回を抜かして突如として有人月探査を言い始めるあたり、どうにもこうにも怪しい。」と書いたが、この件で宇宙科学研究本部の山下雅道教授から、「ちょっと違いますよ」という連絡が来た。

 正確には、受精卵を打ち上げたのではなく、軌道上で受精したらしいのであった。

 以下、山下教授からのメッセージと、送られてきた画像である。共に許可をもらって以下に転載する。


Jointsfua 打ち上げたのはイモリの雌の成体2個体でし た。軌道上(推定)でメスの総排泄孔内にたくわえられていた精子により受精した卵がえられ発生が進みました。日本から日本のロケットで宇宙に送られた生物としてはじめてでありました。ただしイモリを SFUに載せたのは打ち上げのおよ そ1ヶ月前で、打ち上げ時に内部電源にきりかわるまで実験固有のライフラインをつなぎ、生命維持のための給電・モニターを連続して実施していました。

 写真は SFUをフェアリング組み立てにのせるところで、左で片膝ついてイモリ・ケーブルをガイドしているのは代表研究者です。

 実はこのメッセージ、当該記事の掲載直後にもらっていたのだけれども、忙しさのためにここまで掲載を遅らせてしまったのだった。山下先生、申し訳ありませんでした。

 メッセージは、日本初の宇宙生物実験である、1990年の秋山豊寛さんが宇宙ステーション「ミール」に行った際のカエルを使った研究にも触れていた。

 秋山さんの飛行は、色々と刺激的だったな、と思い出す。「政府関係でアメリカに頼むよりも、ソ連に金で頼んだほうが早い」というのも驚きだった(今となっては常識だ)し、初めて西側のカメラが入ったミールの船内も見るもの聞くもの全て初物尽くしで面白かった。

 確かカエルを詰めた実験装置はISAS手作りで、その辺で買ってきた食品容器の流用だったはずだ。当時、私の同僚が宇宙研の黒谷明美さんに取材に行って、「NASAだと、嫌になるぐらい大量の“安全です”という書類を書いて積み上げないとOKが出ないものが、ソ連だと、その道の権威というか責任者がいて、その人が実験装置の実物を見て『OKだよ』と一言いえばOKなんだそうな」などという話を聞いてきて、米ソの方法論の違いにのけぞったのもなつかしい。

 日本初の宇宙飛行士が、ソユーズ宇宙船でミールに行ったジャーナリストであるということも、そして日本初の宇宙生物実験が、スペースシャトルでも国際宇宙ステーションでもなく、ミールで実施されたといういうことも、今後を考えていく上で、絶対に忘れてはならないだろう。
 歴史的事実を、無視したり忘れたりするとたいていろくな事にはならない。「日本最初の宇宙飛行士は毛利衛さんで、最初の宇宙実験は1992年にスペースシャトルで実施したFMPT、愛称“ふわっと'92”だ」などと思い込んでいたら、今後もとんでもない判断ミスを犯すことになるだろう(宇宙開発戦略本部長である麻生首相は大丈夫だろうか)。

 そうだった、“ふわっと'92”が、最初は“ふわっと'91”だったことも忘れてはいけないな。そして、そもそも毛利さんらの飛行は、3人が選抜された1985年末の段階では1988年の予定だったということも。

 “ふわっと'92”の時は、「毛利さんも7年も待って大変だな」と思ったが、今や角野直子、古川聡両飛行士は選抜から飛行までが10年超になっているのに、誰も「随分とひどいものだ」とは思わない(そうだ、土井隆雄飛行士は、選抜から飛行まで12年かかったのだったな)。

…これで、物事が前に進んでいると言えるのかどうか…ねえ。

2009.04.02

ロケットはどこまでも上へ、上へと宇宙の彼方に突き進んでいく…わけではない

 北朝鮮が数日中に打ち上げをするということで、記事を書いたり問い合わせに出来る範囲で答えたりといったことをしている。

 その合間にネットをさ迷っていると、イラストレーターの速水螺旋人さんが、3月29日付けの日記で以下のようなことを書いていた。

北朝鮮の銀河2号打ち上げ関連についてmixiを眺めていると、ロケットやミサイルについて相当初歩的な情報も知られていないのだな、と痛感しました。「人工衛星なら真上に打ち上げればいいのに、東へ発射するのはおかしい」とか……いやその……。

 「ああ、そうだわなあ」とうなずいて読み進むと、コメント欄にローランさんということがこんなことを。

……すいません(汗)あたくしも「え?真上に打ち上げるんじゃないの?」とおもってました。書き込みをみても「なるほど、原理はわからないが、東にうちあげなければならないのか」としか考えれませんし。 (中略) さほどニュースを知らなくても明日は来ますし、人工衛星のことを知らなくても拙いことはおこりませんでしたし、だからじゃないでしょうか、知らない人が幾人も居たのは。

 もっと頑張って記事を書かねば、と思ってしまった。

 多分にローランさんのような方は非常に多いのだと思う。「普通の人にとって地球は平らで、地球が回るのではなく太陽が東から昇って西に沈むのだ」とは笹本祐一さんの名言だが、実際そんなもんだと思う。なによりも、それで日常生活には支障ない。それは責められるようなことではない。日常生活の範囲内ならば。

 しかし逆にいうならば、日常生活の常識で宇宙の事を考えてしまうととんでもない間違いをしでかしてしまうことになる。せいぜい200km、東京-浜松間にも届かないような距離に垂直に登り、地球を周回する軌道に入るだけで、地上に生きる我々の生活感覚は通用しなくなる。

 もしも地球が完全に均一な球で空気もなかったら、ロケットは真横に向けて打つのがもっとも効率的なのだ——知ってましたか?

 この件に関しては日経PCOnline連載に書いたので、興味のある方は読んでほしい。

 普通の人が宇宙の事を知らなくとも、別にどうということはない。しかし宇宙基本法成立以降、宇宙の事を政治家が知らないとなると、それは罪であり怠慢であると思う。彼らの意志決定が、私たちの宇宙開発の未来を決めるのだから。

追記その1:この記事を書くにあたって、速水さんの日記を再訪してみたら、コメント欄で私の記事を紹介してくれている方がおられた。ありがとうございます。

追記その2:同じく速水さんの日記に書き込まれたコメント。

……まあアレですよね、アレが西へ飛ぶものだろうが東へ飛ぶものだろうがウチら帰化人にとって「アレが物凄い迷惑の元」って事には何の変わりもないんですよねー。 こっちらはただでさえ色々と肩身が狭いっていうのに(つか、帰化したんだからあっちとはもう何の関係もないっつーのに!)拉致やらミサイルやら核やら何やら、マトモな元同胞が「チョーセンジン」って指をさされるようなネタを振り込むのはいい加減やめてくださいよ将軍様と思ってしまうこの頃……

 いや、本当にそうだろうなあ。

追記その3(4月3日17:45):私は見ていなかったのだけれども、今日になって読売テレビの「情報ライブ ミヤネ屋」で、森永卓郎氏が「人工衛星は上へ飛んでいくのに、なんで日本の上を通っていかなきゃならないんだ」と発言したとのこと。メディアに出るということは、世間に影響力を持つということだから、せめて知らないことは話さないようにしないと…。他人事ではないなあ。

2009.04.01

今後の宇宙開発体制を決める基礎となる文書が公表された

 宇宙開発戦略本部から、3月17日に開催された宇宙開発利用体制検討ワーキンググループの第6回会合の資料が公開された。

 相変わらず二週間遅れのノロノロ公開だが、公開されないよりはましだ。

宇宙開発戦略本部 宇宙開発戦略専門調査会 宇宙開発利用体制検討ワーキンググループ 第6回 議事次第

 これは宇宙開発の今後に興味のある人は必読である。読むべし。

 宇宙開発の担当官庁を文部科学省から内閣府へ移管する動きがはっきりと出てきている。

 宇宙開発の内閣府への移管は、川村建夫官房長官の強い意向によるものとのことだ。それが実地では、内閣府への移行に賛成する経済産業省と、自分の管轄を奪われたくない文部科学省との戦いになっている。公表された資料の資料1の3つは、宇宙開発戦略本部に経済産業省から出向した官僚が起草しているらしい。
 そして、この権限争いで、明らかに経産省優勢、文科省劣勢になっている。

 例えば資料1-1の 我が国の宇宙開発利用体制の在り方について<中間報告>(案)〜主な論点〜(pdfファイル)には以下のようなことが書いてある。

○ JAXAの所管の在り方に関しては、例えば、以下のような案が考えられるが、内閣府の役割も含め、引続き検討を続けることが必要である。

(案1) 内閣府は、総合調整により、宇宙基本計画等のJAXAの業務運営への 反映を担保、JAXAの所管関係は現行を維持
(案2) JAXAに新たな業務を実施させるため、当該業務に係る府省を共管府省に追加
(案3) 宇宙開発利用に係る政府全体の共通事務を一元的に実施するため、 基盤的技術開発等の重要な事業を内閣府が自ら実施、JAXAの主務省 は内閣府、(案1)又は(案2)の所管府省は共管府省とする
(案4) 内閣府は、現在、関係府省が行っている宇宙開発利用に関する事務を 一元的に実施することとし、JAXAは、内閣府の専管とする

 「なるほど、JAXAをどうするかはまだまだ議論するのか」などと読んでしまうと、この文章の意図を読み間違える。現状維持は案1だけ、これは「理論的にはあり得るよね」ということで数え上げているだけである。そして現状で文部科学省に加えて国土交通省と総務省がJAXAの所管官庁に入っているので、さらに所管官庁を増やす案2は非現実的である。
 つまり、選択肢は実際には案3と4しかない。どちらも「JAXAは内閣府へ」ということだ。

 その意図は続きを読むとさらにはっきりする。

○ 文部科学省宇宙開発委員会について、JAXAに関して行っている宇宙開発に関する長期的な計画の議決などの機能については、宇宙基本計画と役割が重複するため廃止し、技術的専門的事項に係る機能については、内閣府に移管することが適当と考えられる。また、事故調査については、臨時に、中立的な観点か ら調査を行う体制を構築することが必要である。

「この文章にはどこにも『宇宙開発委員会を廃止する』とは書いてないぞ」などと読んではいけない。「宇宙開発に関する長期的な計画の議決などの機能」というのは宇宙開発委員会の権力の源泉であり、それを廃止するということは、つまり宇宙開発委員会の廃止と同じことなのである。

 宇宙開発委員会が廃止になるのに、JAXAが文部科学省に残る案1が通るはずもない。つまり「引続き検討を続ける」という表現はは、「文部科学省に引導を渡し、あきらめさせるのに時間をかける」ということなのである。

 資料2の宇宙開発利用体制の在り方についての意見(pdfファイル)は、文部科学省から出ている。文部科学省から宇宙開発戦略本部に出向している官僚が文章を起こして、宇宙開発戦略本部事務局の名義で出すのではなく、文部科学省名義でこの文書が出ているという時点で、すでに文部科学省は劣勢である。

 JAXAの所管については以下のように書いている。

所管府省について
中核的な研究開発法人たるためには、大学や他の研究機関との連携や産学官連携、人材育成等を宇宙分野を越えて横断的に所管する文科省が主管することが最適。
従って、JAXAの所管については、現行の体制を基本としつつ、新たに担うことになる業務については研究開発プログラムの性格に応じて関係府省が共管等の形で関与する体制が適切。

 もしも文部科学省が優勢ならば「新たに担うことになる業務については研究開発プログラムの性格に応じて関係府省が共管等の形で関与する体制が適切」などということは絶対に書かない。これらについても「文部科学省の所管とすることが適切」と書くだろう。つまり、この部分は「新しい部分は渡すから、JAXAだけは残して下さい」という哀願に近い。

 宇宙の安全保障については、資料1-2の(案)我が国の宇宙開発利用体制の在り方について<中間報告>(pdfファイル)が言及している。

(民生分野と防衛分野との協力) 3 防衛省は、防衛分野の研究開発に当たっては、その他関係府省、宇宙機関等の民生部門の研究開発との連携による協力関係を構築することが必要である。ただし、民生部門との協力関係の構築に当たっては、安全保障等の特殊性を踏まえた適切な役割分担が必要であるとともに、成果の公開を原則とする研究開発が阻害されないよう十分な配慮が必要である。

 これだ。

 特に後半の「、民生部門との協力関係の構築に当たっては、安全保障等の特殊性を踏まえた適切な役割分担が必要であるとともに、成果の公開を原則とする研究開発が阻害されないよう十分な配慮が必要である。」が、理念だけではなく拘束力を持つ組織の構造として実現できるかどうかが、日本の今後の宇宙開発にとって決定的な分岐点になると私は考えている。

 航空宇宙工業会は数年来、「防衛分野に予算を傾斜配分しろ」と主張している。その意味は「防衛予算から宇宙分野への支出を行うことで、宇宙産業を支える官需を増やしたい」ということだ。が、私はこの方法は今後の日本が取りうる方策の中で、もっとも愚かな方法だと思う。

 早い話、内閣府なりその下に新設する宇宙庁なりが、防衛分野も含めて宇宙関連を仕切るとして、そこに既存の宇宙予算枠プラス防衛予算枠の予算が付くはずがない。財務省がそんなことを認めるはずもない。

 予算が増やしたいなら、別枠から持ってくるしかないのだ。航空宇宙工業会が望むような宇宙関連予算の増額を望むなら、防衛省の防衛予算の中から宇宙への支出を獲得するしかないのである。ところが、現状では防衛省は「正面装備と人件費で手一杯で、宇宙に回す予算などない」という態度を取っている。当然だろう。

 その状況下で、うっかり「安全保障も含めて内閣府(宇宙庁)が仕切る」などということになれば、予算は増えない、やるべき事は増える、機密事項は増える、何をしゃべることもできなくなる、ということになり、日本の宇宙開発は壊滅するだろう。

 政府の組織としては、安全保障とそれ以外は峻別すべきなのだ。その上で、どちらにしろ官需の仕事を受けるのは各メーカーなのだから、メーカーの社内では人事交流や情報交換ができるようにしておけばいい。宇宙研のMロケットを作っていた日産自動車の航空宇宙事業部が、同時に防衛庁向けミサイルを作っていたのと同じことをすればいいのである。

 当然、情報収集衛星も、現在の内閣官房から防衛省に移管すべきだろう。その上で、アメリカがGPSを民間開放しているのと同様に、情報収集衛星の取得データも一般に公開すべきだろうと考える。「情報は公開、しかし流通の範囲についてはコントロール」というのが、過去10年で7000億円近く突っ込んだ計画を、国民生活のために活かす正しいやりかたではないだろうか。

 ちなみに、この文書にも将来の有人計画についての一言が入っている。

内閣府は、外務省等と協力して、国際社会への貢献、途上国支援等の宇宙を活用した外交、及び我が国の宇宙産業を支援するトップセールス等の宇宙のための外交を政府一体となって推進することが重要である。また、将来の有人宇宙活動等先端的な宇宙開発利用分野における国際協力に係る検討を行い、我が国主導の国際協力を推進することが必要である。

 どこからの出向してきた官僚がこの文章を起草したかは分からないが、これはちょっと面白い。「我が国主導の国際協力を推進することが必要」と書いているのだが、「日本独自の有人宇宙計画なしに『将来の有人宇宙活動等先端的な宇宙開発利用分野における国際協力』を主導できるか」と言えば、誰が考えても「できない」ことは明白だ(もっとも少しで能力のある官僚なら、無理を承知で「ロボット技術で主導権を握る」という作文ぐらいはするだろうけれども)。

 従ってこの文面に従えば「将来の有人宇宙活動等先端的な宇宙開発利用分野における国際協力に係る検討」を行うにあたっては、嫌でも日本独自の有人宇宙計画を検討せざるを得なくなる。少なくとも検討もせずに却下するということはできなくなる。
 「アメリカがやると言ってますから」といって予算を取り、アメリカに連れて行ってもらうような有人宇宙計画の実現を封じる布石にはなっているようだ。


 とにかく、一人でも多くの人が、これらの文章を読んで、「何がどう変わるのか」「どうすればよりよく変化するのか」と考え、行動してもらえればと願う。
 今年、日本の宇宙開発は根底から変わるだろう。それが破滅の一歩になるのか、飛躍の一歩になるのかは、私たち次第なのである。


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