宇宙開発戦略本部から、3月17日に開催された宇宙開発利用体制検討ワーキンググループの第6回会合の資料が公開された。
相変わらず二週間遅れのノロノロ公開だが、公開されないよりはましだ。
・宇宙開発戦略本部 宇宙開発戦略専門調査会 宇宙開発利用体制検討ワーキンググループ 第6回 議事次第
これは宇宙開発の今後に興味のある人は必読である。読むべし。
宇宙開発の担当官庁を文部科学省から内閣府へ移管する動きがはっきりと出てきている。
宇宙開発の内閣府への移管は、川村建夫官房長官の強い意向によるものとのことだ。それが実地では、内閣府への移行に賛成する経済産業省と、自分の管轄を奪われたくない文部科学省との戦いになっている。公表された資料の資料1の3つは、宇宙開発戦略本部に経済産業省から出向した官僚が起草しているらしい。
そして、この権限争いで、明らかに経産省優勢、文科省劣勢になっている。
例えば資料1-1の 我が国の宇宙開発利用体制の在り方について<中間報告>(案)〜主な論点〜(pdfファイル)には以下のようなことが書いてある。
○ JAXAの所管の在り方に関しては、例えば、以下のような案が考えられるが、内閣府の役割も含め、引続き検討を続けることが必要である。
(案1) 内閣府は、総合調整により、宇宙基本計画等のJAXAの業務運営への 反映を担保、JAXAの所管関係は現行を維持
(案2) JAXAに新たな業務を実施させるため、当該業務に係る府省を共管府省に追加
(案3) 宇宙開発利用に係る政府全体の共通事務を一元的に実施するため、 基盤的技術開発等の重要な事業を内閣府が自ら実施、JAXAの主務省 は内閣府、(案1)又は(案2)の所管府省は共管府省とする
(案4) 内閣府は、現在、関係府省が行っている宇宙開発利用に関する事務を 一元的に実施することとし、JAXAは、内閣府の専管とする
「なるほど、JAXAをどうするかはまだまだ議論するのか」などと読んでしまうと、この文章の意図を読み間違える。現状維持は案1だけ、これは「理論的にはあり得るよね」ということで数え上げているだけである。そして現状で文部科学省に加えて国土交通省と総務省がJAXAの所管官庁に入っているので、さらに所管官庁を増やす案2は非現実的である。
つまり、選択肢は実際には案3と4しかない。どちらも「JAXAは内閣府へ」ということだ。
その意図は続きを読むとさらにはっきりする。
○ 文部科学省宇宙開発委員会について、JAXAに関して行っている宇宙開発に関する長期的な計画の議決などの機能については、宇宙基本計画と役割が重複するため廃止し、技術的専門的事項に係る機能については、内閣府に移管することが適当と考えられる。また、事故調査については、臨時に、中立的な観点か ら調査を行う体制を構築することが必要である。
「この文章にはどこにも『宇宙開発委員会を廃止する』とは書いてないぞ」などと読んではいけない。「宇宙開発に関する長期的な計画の議決などの機能」というのは宇宙開発委員会の権力の源泉であり、それを廃止するということは、つまり宇宙開発委員会の廃止と同じことなのである。
宇宙開発委員会が廃止になるのに、JAXAが文部科学省に残る案1が通るはずもない。つまり「引続き検討を続ける」という表現はは、「文部科学省に引導を渡し、あきらめさせるのに時間をかける」ということなのである。
資料2の宇宙開発利用体制の在り方についての意見(pdfファイル)は、文部科学省から出ている。文部科学省から宇宙開発戦略本部に出向している官僚が文章を起こして、宇宙開発戦略本部事務局の名義で出すのではなく、文部科学省名義でこの文書が出ているという時点で、すでに文部科学省は劣勢である。
JAXAの所管については以下のように書いている。
所管府省について
中核的な研究開発法人たるためには、大学や他の研究機関との連携や産学官連携、人材育成等を宇宙分野を越えて横断的に所管する文科省が主管することが最適。
従って、JAXAの所管については、現行の体制を基本としつつ、新たに担うことになる業務については研究開発プログラムの性格に応じて関係府省が共管等の形で関与する体制が適切。
もしも文部科学省が優勢ならば「新たに担うことになる業務については研究開発プログラムの性格に応じて関係府省が共管等の形で関与する体制が適切」などということは絶対に書かない。これらについても「文部科学省の所管とすることが適切」と書くだろう。つまり、この部分は「新しい部分は渡すから、JAXAだけは残して下さい」という哀願に近い。
宇宙の安全保障については、資料1-2の(案)我が国の宇宙開発利用体制の在り方について<中間報告>(pdfファイル)が言及している。
(民生分野と防衛分野との協力)
3 防衛省は、防衛分野の研究開発に当たっては、その他関係府省、宇宙機関等の民生部門の研究開発との連携による協力関係を構築することが必要である。ただし、民生部門との協力関係の構築に当たっては、安全保障等の特殊性を踏まえた適切な役割分担が必要であるとともに、成果の公開を原則とする研究開発が阻害されないよう十分な配慮が必要である。
これだ。
特に後半の「、民生部門との協力関係の構築に当たっては、安全保障等の特殊性を踏まえた適切な役割分担が必要であるとともに、成果の公開を原則とする研究開発が阻害されないよう十分な配慮が必要である。」が、理念だけではなく拘束力を持つ組織の構造として実現できるかどうかが、日本の今後の宇宙開発にとって決定的な分岐点になると私は考えている。
航空宇宙工業会は数年来、「防衛分野に予算を傾斜配分しろ」と主張している。その意味は「防衛予算から宇宙分野への支出を行うことで、宇宙産業を支える官需を増やしたい」ということだ。が、私はこの方法は今後の日本が取りうる方策の中で、もっとも愚かな方法だと思う。
早い話、内閣府なりその下に新設する宇宙庁なりが、防衛分野も含めて宇宙関連を仕切るとして、そこに既存の宇宙予算枠プラス防衛予算枠の予算が付くはずがない。財務省がそんなことを認めるはずもない。
予算が増やしたいなら、別枠から持ってくるしかないのだ。航空宇宙工業会が望むような宇宙関連予算の増額を望むなら、防衛省の防衛予算の中から宇宙への支出を獲得するしかないのである。ところが、現状では防衛省は「正面装備と人件費で手一杯で、宇宙に回す予算などない」という態度を取っている。当然だろう。
その状況下で、うっかり「安全保障も含めて内閣府(宇宙庁)が仕切る」などということになれば、予算は増えない、やるべき事は増える、機密事項は増える、何をしゃべることもできなくなる、ということになり、日本の宇宙開発は壊滅するだろう。
政府の組織としては、安全保障とそれ以外は峻別すべきなのだ。その上で、どちらにしろ官需の仕事を受けるのは各メーカーなのだから、メーカーの社内では人事交流や情報交換ができるようにしておけばいい。宇宙研のMロケットを作っていた日産自動車の航空宇宙事業部が、同時に防衛庁向けミサイルを作っていたのと同じことをすればいいのである。
当然、情報収集衛星も、現在の内閣官房から防衛省に移管すべきだろう。その上で、アメリカがGPSを民間開放しているのと同様に、情報収集衛星の取得データも一般に公開すべきだろうと考える。「情報は公開、しかし流通の範囲についてはコントロール」というのが、過去10年で7000億円近く突っ込んだ計画を、国民生活のために活かす正しいやりかたではないだろうか。
ちなみに、この文書にも将来の有人計画についての一言が入っている。
内閣府は、外務省等と協力して、国際社会への貢献、途上国支援等の宇宙を活用した外交、及び我が国の宇宙産業を支援するトップセールス等の宇宙のための外交を政府一体となって推進することが重要である。また、将来の有人宇宙活動等先端的な宇宙開発利用分野における国際協力に係る検討を行い、我が国主導の国際協力を推進することが必要である。
どこからの出向してきた官僚がこの文章を起草したかは分からないが、これはちょっと面白い。「我が国主導の国際協力を推進することが必要」と書いているのだが、「日本独自の有人宇宙計画なしに『将来の有人宇宙活動等先端的な宇宙開発利用分野における国際協力』を主導できるか」と言えば、誰が考えても「できない」ことは明白だ(もっとも少しで能力のある官僚なら、無理を承知で「ロボット技術で主導権を握る」という作文ぐらいはするだろうけれども)。
従ってこの文面に従えば「将来の有人宇宙活動等先端的な宇宙開発利用分野における国際協力に係る検討」を行うにあたっては、嫌でも日本独自の有人宇宙計画を検討せざるを得なくなる。少なくとも検討もせずに却下するということはできなくなる。
「アメリカがやると言ってますから」といって予算を取り、アメリカに連れて行ってもらうような有人宇宙計画の実現を封じる布石にはなっているようだ。
とにかく、一人でも多くの人が、これらの文章を読んで、「何がどう変わるのか」「どうすればよりよく変化するのか」と考え、行動してもらえればと願う。
今年、日本の宇宙開発は根底から変わるだろう。それが破滅の一歩になるのか、飛躍の一歩になるのかは、私たち次第なのである。