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2009.07.31

テレビを見つつ、検索すると…

 以下、「何を今更」の話かもしれないが。

 仕事をする机には、小さな液晶テレビが置いてある。つけっぱなしにして仕事をすることもある。通常はニュースチャンネルかディスカバリー、ヒストリー、アニマルプラネットのドキュメンタリーチャンネルつけっぱなしなのだが、たまに地上波を流しっぱなしにすることもある。そんな環境で気が付いた。

 かけっぱなしにしているテレビから、何か気になるキーワードが聞こえて来た時、それで検索するとテレビ番組の進行よりも早く情報が手に入るのである。

 私の場合、仕事をしているパソコンは当然ネットにつないであるから、ちょっと原稿を書く手を休めて検索をかけると、テレビ番組の側が「さあ、いったんこの謎は何なんでしょーか?」とかなんとか言ってCMに入っている間に、もうCM後になにが写るかが分かってしまうのだ。

 具体例で行くと、例えばTBSの「世界ふしぎ発見」、「黒柳さんの答えは…」と番組がやっているうちに、答えが分かってしまう。それどころか、時折やらかす「未確定の学説をさも確定したことのように説明する」というのも、その場でばれてしまう。

 あるいは、テレビ東京の「出没!アド街ック天国」。「どこそこの名店です」とか紹介しているうちに、その店の住所から定休日、メニューやら名物の値段。それどころか、Google Mapで店の地図まで分かってしまう。

 考えてみれば当たり前の話だ。バラエティ情報番組は、多くの場合下請けプロダクションの製作で、毎回のネタだしといえばプロダクション社員や、バイト、外部ライターといった面子が、それこそネットを検索して調べている。ネタ元がネットであり、検索エンジンもGoogleであったり、Yahoo!であったりと共通なのだから、検索をかければ先回りして情報が分かるに決まっている。

 この傾向は、どうも「安易な番組作り」と無関係の、もっと本質的なことのように思われる。

 NHKの「ためしてガッテン」は、バックの調査チームがしっかりしているらしく、検索してもそうそう簡単には出てこないネタを扱っている。ところが、番組の再放送が終わると、過去の放送のページに要約が掲載される。これを読むと、5〜10分で番組の内容が分かってしまうのだ。もちろん、本番の番組は映像の力で分かりやすく見せてくれるというのはあるのだけれど、立川志の輔/山瀬まみの掛け合いに興味がなければ、テレビを見るよりずっと簡単、かつ素早く知識を得ることができる。

 そしてバラエティ情報番組でなくとも、例えばドキュメンタリーでも、登場した名前を検索すると、番組冒頭を見ただけで、本人のblogが読めてしまったりもする。それがまた、本人blogと番組のトーンが微妙にずれていたりして、「おうおう、演出しとるわい」ということが見えてしまう。

 テレビをつけて仕事をしているという環境は、そうはないだろうが、家庭に無線LANを導入し、ノートパソコンを使っている人はそれなりの数はいるだろう。ノーパソを膝に乗せてテレビに向かえば、これと同じ事ができる。
 最近ならば、ノートパソコンすらいらないかもしれない。iPhoneのような、ネットアクセス可能な携帯電話でも同じ事ができるはずだ(文字入力の速度が問題になるだろうが)。
 今はさほど使い勝手が良くはないようだが、ネット機能を持たせ、ブラウザーを搭載したテレビもある。とすると、テレビそのもので視聴中の検索ができるようになるかも知れない。それどころか、ネットで配信される番組表からキーワードを抽出し、事前に検索をかけてテレビ番組と同時に表示する機能なども考え得る。もっと進めば番組音声の解析で、検索キーワードを抽出することだってあり得るだろう。

 動画像コンテンツは、視聴者が一定時間ディスプレイの前に座ってもらい、見て貰わなければ成立しないものだが、今後は、「ちょいと膝の上で検索」「ちょこっと携帯で検索」を意識した上で、番組を作らねばならないことになる。

 そういえば「ニコ生」では、すでにそんな感じでつっこみの字幕が入るようになっている。

 それが、「いい」とか「悪い」とかは別にして、私たちがよく知っている「テレビ」という情報配信形態が終わりつつあるのは、間違いないと思う。

2009.07.30

夏コミ、風虎通信の新刊は「スカッドミサイル」本

 知る人ぞ知る、少部数個人出版で、コアな宇宙関係の本を出している風虎通信だが、この夏のコミックマーケット76の新刊情報が出た。
 版元の高橋さんが、文林堂(「世界の傑作機」の出版元)の許可までとって続けている宇宙機の詳細分析シリーズ「宇宙の傑作機」、この夏は「スカッド」である。宇宙開発関連情報は、なかなか商業出版には乗りにくい。風虎の高橋さんは、個人出版とコミケという場を活かして、「みんなが知っているべきだが、なかなか商業出版では流通しにくい情報」を、世に問うてきた。


 風虎通信は、3日目日曜日に出展。ブースは西館の「へ01b」。初めての方はコミケットカタログを事前購入し、ブースの位置を確認すること。

日曜(16日)西へ01b「風虎通信」
「宇宙の傑作機別冊 スカッドミサイル」
著者:水城徹(宇宙機エンジニア)

 著者の水城さんのコメントは以下の通り。

 弾道ミサイルの代表格となったスカッドことR-11/R-17ミサイルと、その派生型を一挙取り上げます。勿論北朝鮮のアレコレもガッチリやります。もうスカッドの推進剤について思い悩むのはお終いです。……そんなこと思い悩んでいたのは私だけですか?

 宇宙機でも宇宙用打ち上げ機でもないミサイルの筈ですが、これが思いの他宇宙開発に接近します。イラン(ガチで宇宙開発しています)、イラク(実は衛星打ち上げ機を開発していました)、そして話題の北朝鮮のアレもきっちり考察します。その来歴、派生型も過剰なくらい網羅しました。兵器としての側面もしっかり抑えます。そして、政治的側面も……

 ミサイルとロケットの区別がつかない人、民生機と兵器の区別がつかない人、根拠無しに区別している人、弾道ミサイル技術の基礎が知りたい人、第三世界の液体ロケット技術の拡散を概観したい人、確かな情報から自分で計算、考察してみたい人、そういう人に一読をお勧めします。

 今回、この場で。コミケ初心者向けの簡単なガイドまでして、風虎の新刊を案内する理由は、このソビエトのミサイルに始まる宇宙開発の系譜を知ることが、今後の日本宇宙開発を考えるにあたって大変重要だと考えるからだ。

 最近になって、よく「日本は中国に追い抜かれた、インドに追い抜かれる」という議論を聞くようになったが、インドに抜かれたところで日本の地位低下がお終いと思ったら間違いだ。その後にはイランがいるし、パキスタンがいるし、インドネシアがいるし、韓国がいる。もちろん北朝鮮だっている。かつてはイラクもいた。つまり、21世紀に入ってから、宇宙開発の多極化が急速に進行しつつある。うかうかしていると、日本はこれらの国々にも抜かれることになりかねない。

 そんな宇宙開発でキャッチアップを望む国のいくつかで、結果として技術の基盤となったのが、このソ連に起源を持つ「スカッドミサイル」なのである。21世紀の日本の宇宙開発戦略を考える上で、「スカッド」に関する知識は避けて通れない。

 それと、この4月の北朝鮮のロケット発射で、大騒ぎをしたマスコミ各社、特にニュースやバラエティで情報収集を担当している者は、ぜひともこの本を入手して、事前に読んでおくべきだと思う。

 どうせ北朝鮮はまた大型ロケットの発射実験を行うだろう。

 この本を読んでおけば、その都度「よくわからないんですが…」とあちこちに電話をかけずに済むし、専門家により的確な質問をぶつけられるようになるはずだ。

 なお、風虎通信では、この夏、もう一冊の新刊を用意しているそうだ。こちらも、入稿を確認でき次第、こちらで紹介することにする。

 マスメディアは、コミケをただのオタクの祭典と思ってなめていると痛い目に合うだろう。確かにその性格は非常に強いが、コミケの恐ろしさは「なんでもある」というところにある。私はあの会場で、たとえ情報収集衛星関連本が売っていたとしても驚かないだろう。
 ただし、擬人化されている可能性はあると思うが。

2009.07.29

書籍紹介:「軌道エレベーター—宇宙へ架ける橋」


 世界初の一般向け軌道エレベーター解説書でありながら、絶版状態が続いていた「軌道エレベーター—宇宙へ架ける橋」が、ハヤカワ文庫から復刊された。一時は入手困難で、アマゾンの古書でとんでもない高値がついたりしていた(今見たら、5418円などという値段が付いていた)が、今回の復刊で、誰でもすぐに購入できる状態となった。とても喜ばしいことだ。宇宙に興味があり、旧裳華房版を持っていないならば、すぐにでも買うべし。必読の本である。

 軌道エレベーター(または宇宙エレベーター)というのは、静止軌道に置いたアンカーマス(大質量の塊)から、長いロープのような軌条を地表におろし、それを使ってエレベーターによって宇宙へ出て行くという巨大建築物である。最近になって日本宇宙エレベーター協会が設立され、昨年のシンポジウムはマスコミの話題にもなった。確かに未来技術ではあるが、超光速航行や時間旅行のような、遠未来というよりも、早ければ数十年、遅くとも数百年オーダーの技術の進歩で作れるのではないかと期待されている(こう書くと、「超光速が遠未来とは限らない」と突っ込みが来そうだ。そうだ、もちろんこの先の科学の進展如何では、突如超光速航行が可能になることだってあり得るかも知れない。あくまで現在の科学技術の水準から類推して、ということである)。

 宇宙エレベーターの技術の核心は、静止軌道から地上に降ろしてもちぎれない、引っ張り強度が極めて高い材料が実現できるかどうかだ。1991年には、カーボンナノチューブという有力な材料候補が発見された。とはいえ、原子の結合に欠陥のないカーボンナノチューブを何万キロもの長さで生成することはまだ成功していないので、現状は「エレベーターのケーブルに相当する材料が出来たならば、その他にどんな技術が必要か」という技術開発の入り口のところにある。

 まずは、上に昇っていき、降りてくるカゴの技術が必要だろうと言うことで、アメリカではカゴの部分の技術を競う技術競技会が行われている。日本宇宙エレベーター協会も、来る8月8日(土)、9日(日)に第1回宇宙エレベーター技術競技会を、千葉県船橋市の日本大学二和校地で開催する予定だ。

「軌道エレベーター—宇宙へ架ける橋」は、薄い本ながら平易さと、正確さを両立させた良書だ。金子隆一・石原藤夫のお二人が、それぞれの特色を出し合って仕上げた本だけのことはある。内容にも漏れはない。基礎的な数式もきちんと掲載されている。軌道エレベーターという概念の歴史についても、ツィオルコフスキーにまで遡って調べてある。現在の軌道エレーベーターの概念につながるアルツターノフの歴史的アイデアが、どのようにして世に出て、さらにどんな経緯で日本に紹介されたかもまとめてある(なんと、日本初の軌道エレベーターの紹介は、1960年末に発売された、SFマガジン1962年2月号に掲載されたのである)。

 軌道エレベーターから派生したアイデア——オービタルリングシステムやスカイフックなど——についても言及してあり、この一冊を読めば、とりあえず「軌道エレベーターとは何でどんなことができて、どんなものなのか」ということをゼロから理解することができる。

 文庫版オリジナルとして、巻末には著者の一人である金子隆一さんと日本宇宙エレベーター協会の大野修一会長の対談が掲載されている。そこでは緯度35度までの中緯度地方からエレベーターを建設するなどという話も出ていて、今現在の軌道エレベーターを巡る展開を知ることができる。

 最後に——本書は、裳華房の國分利幸さんという編集者の努力で世に出たものだ。そして、絶版になっていた本書を文庫に収録するにあたっては、早川書房の東方綾さんの尽力があった。この2人の編集者なくして、本書はこの世に出ることなく、また文庫となることもなかった。出版の世界では優秀な編集者の重要性は、どれだけ強調してもし過ぎることはない。おふたりとも、ご苦労様でした。

 願わくば、本書がきちんと売り上げという形で結果をだして、次々とこのような本がでるようになる環境ができればいいなと思う。


  この数年、アメリカでの盛り上がりを受けて、宇宙エレベーター関連の本も、このように2冊出版されている。どちらも良く書けた本だが、宇宙エレベーターに集中した内容となっているのはエドワーズ/レーガンの本のほうである。セルカンの本はやや散漫でとっちらかった印象を受ける。


 宇宙エレベーターについて語るには、1979年に出版された、このアーサー・C・クラークの小説は必読だ。「宇宙エレベーターを建設する話」と一言で要約できるあらすじで、これほどの深い物語を紡いで見せたクラークの力量は並大抵ではない。

 実は「楽園の泉」とほとんど同時に、アメリカのSF作家、チャールズ・シェフィールドが「星ぼしに架ける橋」という宇宙エレベーターを建設する小説を出版している。大野万紀さんの解説にあるように、「楽園の泉」と「星ぼしに架ける橋」は、宇宙エレベーターに関する技術的ディティールもそっくりだった。しかし、これは偶然であり、クラークとシェフィールドの間には、なんの関係もなく、お互い独立して宇宙エレベーターを建設するという小説を構想し、執筆したのだった。
 ちなみに、小説としての出来は、明らかにクラークのほうが上である。シェフィールドの本は現在絶版になっており、例によってアマゾンでは高値が付いているが、特に宇宙エレベーターの一般における受容の歴史を研究しようというのでない限り、無理に手に入れて読む必要はないと思う。


2009.07.27

はやぶさリンク:はやぶさ in メイド喫茶@秋葉原

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 秋葉原に、シャッツキステというメイド喫茶がある。“秋葉原カルチャーカフェ”という売り文句にあるように、単にメイドがいる喫茶店ではなく、図書館のような知的雰囲気を目指すというコンセプトなのだそうだが、そこで7/18〜22に「宇宙七衛星物語」パネル展というイベントが開催された。現代萌衛星図鑑関連だ。

 掲載された衛星を解説したパネルを展示、宇宙関連図書が読め、著者であるしきしまさんのこれまでの衛星関連同人誌が購入できる、というもの。私は見ていないが、JAXAから借りてきたビデオの上映もあったとか。

 そこで、初めてメイド喫茶というところに行ってきた。

 なんとも面白い空間だった。小劇場系の演劇で、観客も演劇に参加させてしまうというところがあるが、そんな雰囲気。メイドさんたちが、こちらに語りかけるでもなく、衛星の話題を話し合っており、客はそれを聞くでもなく、見るでもなく、文字通り“経験する”。それはもちろん演出であり演技なのだが、相当練習したらしく、不自然さはない。もちろん彼女らとしても毎日職場で演技しているわけだから、慣れていくに従って演技とも日常ともつかないものとなる。

 メイド喫茶という非日常空間で、演出を仕掛けることにより、逆説的に日々の生活ではありえない日常が現れ出る、というか。

 私の本も展示されていた。なんともくすぐったい。ここはいっちょ「あーチミチミ、わしはそこな本を書いた松浦というもんじゃがー、ちと足元がくらいのお」とかなんとかいって、1万円札に火を付けて足元を照らしてみるか、などとも考えたが、もちろんそんなことをできるはずもなく、おとなしくケーキを食べて退散したのであった。

 写真は、会期中の特別メニュー「はやぶさ」ケーキ。他に「さきがけ」ケーキもあった。

 数々の世界初を達成した「はやぶさ」だが、ここでもう一つタイトルが加わった。「メイド喫茶でメニューに掲載された史上初の小惑星探査機」である。

 はやぶさケーキは、オレンジ風味のしっかりしたスポンジと甘すぎないクリームが大変おいしかった。

2009.07.26

モデルグラフィックス誌9月号に、しきしまさんと共に出ています


 現在発売中の模型雑誌「モデルグラフィックス」9月号に、現代萌衛星図鑑のしきしま・ふげんさんと共に登場した。同誌には宇宙機プラモを扱うKSC(KANDA SPACE CENTER)という連載ページがあるが、そこでしきしまさんと私がインタビューを受けたのだ。同誌編集部で2時間も話した内容を2ページにまとめてあるので、若干「俺、そういう意味で言ったんじゃないんだがなあ」的なところもあるが、ともあれ模型の話なので大した問題ではない。それよりも「自分がモデグラ登場か」と感慨深い。

 何を隠そう、私は大学時代「模型クラブ」という学生サークルに所属して、飛行機のプラモデルを作っていた。モデグラが創刊したのはちょうどその頃で、創刊号は確か今も押し入れの隅にしまってあるはずだ。一時期愛読していた雑誌に登場するというのは、なんとも面映ゆいものである。

 しかに同じ雑誌には、宮崎駿監督が、絵物語を連載しているではないか。すでに連載6回だが、気が付いていなかった。これまたなんともくすぐったい(いや、自分が偉くなったわけでは全然ないのだけれど)。

 宮崎監督の連載は、なぜか零戦の主任設計者の堀越二郎若き日の話。堀越が、軽井沢で「風立ちぬ」してる!

 堀越二郎(1903〜1982)ご本人に会った事はないが、堀越を知る人から堀越のエピソードはいくぶん聞いたことがある。 日本大学の教授時代に、試験には、正解が「零戦」となる問題を出していただとか。確か設問は「主翼の構造に超々ジュラルミンを採用した最初の日本の戦闘機は何か」だったかな。
 あるいは、敗戦後、三菱を離れた堀越は「もう日本はダメだ、日本の航空はダメだ」とすっかり鬱屈しており、航空関係の知人の伝手を頼って、米軍立川基地の修理部門で製図担当をしていたとか(ちなみに、木村秀政も同時期「もうダメだ」とすっかり弱気になっていたとか)。
 私が聞いた話によれば、実物の堀越は有能だけれどもスネやすくて、周囲からすればけっこう「困った人」だったように思える。YS-11の開発で「5人のサムライ」と言われつつ、失敗して沈没しつつある計画からいち早く逃げた、なんてことを知っていると…
 「5人のサムライ」はメディアに作られた虚像であって、当人達には迷惑だったわけだけれども、土井武夫(「飛燕」の設計者)は初号機飛行以降の設計変更まで計画に付き合っているので、どうしても堀越に対しては評価が辛くなる。師事するならば、堀越より土井だなあ、というのが私の感想だ。

 ともあれ、よろしければ店頭でモデグラを手にとって、気に入ったなら買ってもらえれば、と思います。


2009.07.25

はやぶさリンク:JAXA相模原一般公開での「はやぶさ2」展示

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一般公開のポスターに掲載された、着陸帰還機と衝突機

 昨日のはやぶさ2はサンプルリターン機・インパクターの2機構成にについての補足だ。本日25日、JAXA相模原キャンパスの一般公開に行って、少し話を聞いてきた。以下、訂正と補足である。サンプルリターン機と書いていたものは、日本語正式名称は「着陸帰還機」、インパクターは「衝突機」という名称だった。

 以下箇条書きにする。

  • 衝突機は、イオンエンジンも観測機器も持たない。
  • 衝突機はやや小さい。着陸帰還機が500kg程度なのに対して、衝突機は300kg程度。推進系はイオンエンジンを搭載せずに化学推進系のみを使用。
  • 衝突機は、通信系は最低限のもの、センサーは衝突時の誘導用のもののみ。いかに安く作るかが勝負。
  • 打ち上げはH-IIAを予定。H-IIAを使えるだけの予算を確保するのが目標。
  • 着陸帰還機はイオン推進、地球スイングバイ。衝突機は地球スイングバイのみ。それぞれ別の軌道に投入する。
  • 着陸帰還機は、目標天体の1999JU3に到達後、1年間に渡って表面の観測を行い、またサンプル採取を実施する。
  • 衝突機は、1年遅れて1999JU3に到達。相対速度3〜4km/sで衝突。直径15m前後のクレーターができることを期待。
  • 衝突時、着陸帰還機は安全な距離まで待避し、光学センサーで衝突を観測。
  • 衝突後に再度表面を観測。個別の岩石の移動状況を調査することで、内部構造を推定する。
  • 可能と判断できれば、衝突で生成したクレーター内部からのサンプル採取も実施する。
  • 衝突は、小惑星帯形成における重要な要素であり、人工衝突実験は学問的価値が高い。
  • 地球に小天体が衝突するのを防止する、スペースガード構想の初期実験としても意味がある。
  • 2014年打ち上げ、2020年帰還を目指す。

 ポスター展示を撮影したので、そのまま掲載する。これを読めば、現状がほぼ分かるだろう。



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 関係学会からの支援文書も公表されていた。文書を出したのは、日本鉱物科学会、日本地球化学学会、日本スペースガード協会。



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 すべて2008年10〜11月にかけての日付であり、この時期に「ほんとうにはやぶさ2ミッションは、サイエンス的な意義があるのか」を巡って、JAXA内部で激論があったらしいことが推察される。すべて、文書が読める解像度で、掲載する。

Mine
日本鉱物科学会

Earthchem
日本地球化学学会

Spaceguard
日本スペースガード協会

 ひとつ大きな疑問がある。惑星科学を専門とする日本惑星科学会は、「はやぶさ2」支持声明を出さなかったのだろうか。科学者にすれば、「はやぶさ2」は、JAXAの予算で論文を書くチャンスのはずなのだ。

 日本惑星科学会 学会概要には以下のようにある。

日本での惑星科学研究

結構大変な状況ではありますが, 国産のロケットもあり, 月, 火星, 金星への探査, 惑星間物質のサンプル取得計画も進行中で, 鋭意奮闘努力中です.

 ここに、声明文がないということは、「鋭意奮闘努力していない」ということになるのだが、はて?

 この件に関して、説明者から納得のいく説明は得られなかった。

2009.07.24

はやぶさリンク:はやぶさ2はサンプルリターン機・インパクターの2機構成に

 はやぶさ2の現状について。前回書いた時点から、はやぶさ2計画そのものも、周辺状況も大きく変化している。

 まずはやぶさ2計画本体。

 探査機が同サイズの探査機を2機同時に打ち上げる形式となった。これまでの「はやぶさ2」、すなわち「はやぶさ」とほぼ同型の探査機「サンプルリターン機」に加えて、NASAのディープインパクトのような小惑星に突入するインパクター(突入機)との2機構成である。2機のサイズはほぼ同じぐらい。ただし、はやぶさのやり方だと、どうしてもイオンエンジンと太陽電池パドルがインパクターにも必要となる。2機は同時に同じロケットで打ち上げる。ロケットは、H-IIAを想定している模様。目標は従来と同じ、C型小惑星「1999JU3」である。

 同時打ち上げだが、サンプルリターン機とインパクターは違う軌道で1999JU3に向かう。共にイオン推進と、地球スイングバイを使うので、その両方で違う軌道に投入するのだろう。まず、サンプルリターン機が1999JU3に到達して表面を十分に観測。ついでインパクターが到着し、そのまま1999 JU3に対する相対速度を保ったまま突入し、小惑星に人工クレーターを形成して内部の地層を露出させる。
 サンプルリターン機は、人工クレーター内部を含む小惑星表面でサンプル採取を行い、地球に帰還する。

 すでに、JAXA内の技術審査は終わり、技術的には実行OKということになったとのこと。ただし、技術的にOKということは、JAXAの経営的にOKということを意味しない。

 このような計画になった背景に、ESAのサイエンス部門が前回書いた理由から予算不足になったことが大きく影響しているようだ。JAXAとESAは「はやぶさ2」後継の「マルコ・ポーロ(はやぶさMark2)」で協力体制を構築していたが、予算不足によりESA側がかなり弱気になっているようなのだ。マルコ・ポーロはより遠くにある枯渇彗星核を探査することを目指していたが、ESAは「マルコ・ポーロを計画縮小して2010年代後半にC型小惑星を探査できるだけでもいい」という態度になりつつあるらしい——と、ここまでが私が、あちこちで聞いた状況をまとめたものである。

 ここからは、私の推測となる。

 これではESAに付き合っていると、2010年代後半に「はやぶさ2」をESAとの協力で実施するのと変わりない。探査実施時期は遅れるし、計画は縮小する。しかも、計画には国際協力という不確定要素が入り込む。ということは、2010年代後半に確実に実施できるとは限らないわけだ。

 さらには国内的に「予算もないことだし、ESAもそういっているならば、いっそ時期を遅らせてESAと一緒にはやぶさ2をやればいい」などということになったら目も当てられない。現状の日本の宇宙開発には、残念ながら「それでもいいじゃないか」と言ってしまいそうな雰囲気が存在する。
 それでなくとも「はやぶさ2」は2010年打ち上げの予定がすでに4年も引っ張られて、2014年になっている。これが2010年代後半になると、「はやぶさ」から15年も間が空くことになる。「はやぶさ」で育った技術者も研究者も散逸するし、後継者も育たない。「はやぶさ」の成果も経験もすべて無駄になることになる。

 そこで限られた状況の中で、マルコ・ポーロでもやらない特色、しかも工学的にも理学的にもインパクトのある結果を出すには、ということで、この「サンプルリターン機・インパクター」の2機体制が出てきた——私は現状をそのように理解している。

 「はやぶさ2」の目標天体である1999JU3への打ち上げウインドウは2014年だ。探査機の開発には5年かかる。ということは、来年度予算で開発に移行しなければ、もう「はやぶさ2」実現の目はない。そのためには、今夏に行われるJAXAの来年度予算概算要求の中で、可能な限り高い優先順位に「はやぶさ2」を押し込まねばならない。

 そして、どうやらJAXA経営側が今年のJAXA概算要求優先順位のトップに据えようとしているのは「はやぶさ2」ではなく、地球観測衛星「だいち」後継の合成開口レーダー衛星「ALOS-2」であるらしい。
 さらにGXロケット開発経費も重くJAXAの財政にのしかかっている。IHIが開発費の官による負担を要望し、河村建夫内閣官房長官がGX開発継続を指示しているためだ。「GXがなくなれば、あの計画だってこの計画だってやれる」という声も聞こえてくる。
 JAXA-ESAの思惑、JAXA内のポリティクスの双方が「はやぶさ2」を揺さぶっている。

 とにかく、あと数ヶ月で結果はでる。

 待つしかない。

2009.07.23

書籍紹介:「ロケットと宇宙開発」(大人の科学マガジン別冊)


 学研からムック「ロケットと宇宙開発」(大人の科学マガジン別冊)が出た。私は4ヵ所のコラムなどを寄稿した。

 学研ならではの手堅い作りで、スプートニクからアポロを振り返り、スペースシャトルを総括し、今後の有人探査、無人科学探査、さらには宇宙観光や軌道エレベーターまでをまとめている。ツィオルコフスキー、ゴダード、オーベルト、フォン・ブラウン、コロリョフといった先達の業績もきちんとまとめて掲載してあり、これ一冊で世界の宇宙開発を概観できるように編集してある。

 この仕事の打ち合わせでびっくりしたのだが、記事のかなりの部分を外部ライターではなく、学研の社員が自ら調べ、執筆している。学研の雑誌やムックに感じる一定の安定感と安心感は編集者自らが記事を書くスタッフライター制にあったか、と得心した。

 カムイスペースワークスブログで、植松電機の植松努専務も40周年と題して、このムックを「とても良い本だと思います。」と評している。

 ちゃんとこのムックにはCAMUIロケットが、永田晴紀北海道大学教授と、植松専務とをフィーチャーし、6ページを使って紹介してある。永田教授は、年間わずか10億年の投資で日本版GPSを構築する構想を語っている。植松専務は「数十年前のゴダードにできたことが、最新材料や工作機械を自由に使える僕らにできないのはおかしい!」という。

 その通りだ。すでに「できる」と分かっているのだから、あとは「やろう」という意志だけなのだ。意志の後にすべてはついてくる。

 イーロン・マスクのスペースXが、プライベートな投資で、ファルコン1の打ち上げに成功し、H-IIAロケットと同クラスのファルコン9を開発しつつある一方で、NASAの新ロケットアレスIが、巨額の国家予算を使いつつ、弾道飛行試験機アレスI-Xの打ち上げすら、ずるずると遅れているのはなぜか——。

 色々理由は付くだろう。「アレスは有人仕様で安全性を重視する」とか、「打ち上げ能力がずっと大きい」とか…「そもそも比較することが間違っている」と言う人もいるかもしれない。が、多分最大の差は熱意と意志だ。「自分のロケットを作る」という熱意と意志。

 一冊本棚に置いておき、折に触れて読み返すと、色々と鼓舞されるムックだと思う。


「いぶき」の撮影した日食の影

 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)が軌道上から撮影した日食の影も公開された。

「いぶき」が宇宙から日食を撮影

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いぶきのモニタカメラが撮影した日食の影(Photo by JAXA)
   これは驚きだ。

 「いぶき」のミッションは、二酸化炭素をはじめとした温室効果ガスの全世界的な分布の計測だが、打ち上げから運用初期にかけての一番トラブルが起こりやすい段階(クリティカルフェーズ)での動作確認用に8台のモニタカメラを搭載している。

いぶき搭載カメラ/運用管制室の画像・映像




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 この素晴らしい写真もモニタカメラで撮影されたもの。分離したいぶきから撮影したH-IIAロケットの第2段。同時打ち上げの小型衛星7機が写っている(Photo by JAXA)。


 動画像を見ると、「いぶき」は日食の影の中を通過している。運用者はかなり気をつけて衛星を監視していたのではないだろうか。

 モニタカメラ担当者は、いぶきに8台ものカメラを搭載するために大変な苦労をしたと聞いているが、日食の影まで撮影できたのだから、苦労のかいはあったと言えるだろう。ご苦労様でした。

 私の記憶ではこの手のモニタカメラを搭載した最初は、1996年8月に打ち上げたH-IIロケット4号機。4号機は、開発時に地上設備との整合性を試験するための地上試験機(GTV)を改修したものだったが、当時の五代富文NASDA副理事長の発案で、第1段の上部に固体ロケットブースター(SRB)を見下ろす形でモニタカメラが搭載された。
 動画像は通信容量を圧迫するし、すでに完成した機体に新たな配線をはわせるのは断熱材を剥がす面倒な作業となるので、三菱重工業は難色を示したそうだが、「美しい画像が得られれば、広報的価値は大きい」と副理事長が押し切ったと聞いている。結果、4号機打ち上げでは、ロケットが上昇し、途中でSRBが分離し、落ちていくという迫力のある画像が撮影できた。その映像はJAXAビデオアーカイブズのこちらで見ることができる(JAXA広報は、ビデオアーカイブズの画像もそろそろ、マスターテープからエンコードしなおして、YouTubeのJAXAチャンネルからより美しい画像で提供することを考えてもいいのではないだろうか。マスタテープはきちんと保存しているだろうか。少し心配…)。

 その後、まさに4号機で打ち上げた地球観測プラットフォーム技術衛星(ADEOS)「みどり」が、軌道上で太陽電池パドル破断を起こすという事故が発生した。設計ミスが原因だった。急遽同じフレキシブル太陽電池パドルを搭載した通信放送技術衛星「かけはし」(COMETS)に、パドル監視用のモニタカメラが取り付けられた(なお、パドルの製造元は「みどり」が東芝、「かけはし」が日本電気、このため同じフレキシブル・パドルであっても設計はかなり異なる)。
 「かけはし」は1998年2月H-IIロケット5号機で打ち上げられたが、第2段エンジンの破損で予定軌道に入ることができなかった。「かけはし」は、搭載アポジエンジンで7回の軌道変更を行い、とりあえず最小限の通信実験が実施できる軌道に投入されたが、その際にモニタカメラが活躍し、運用者側がその利便性が認識した。「かけはし」はアポジエンジン噴射時にフレキシブル太陽電池パドルを半分畳んで振動や加速度の影響を軽減する設計だったが、通常の手順では3回しか畳まない予定で、「軌道上で3回の折り畳みを保障する」という設計だったのだ。それを急遽7回畳むことになり、モニタカメラからの画像がパドルの動作確認に役立ったのだった。

 その後、モニタカメラの搭載はロケット、衛星共に一般化し、また撮像素子や通信方式などの進歩と共により鮮明で高精細な画像を取得できるようになった。いぶきのカメラでは、それこそ「宇宙に行った観光客がデジカメで撮った」と言えるぐらいのきれいな画像が取得できている。

 なお、いぶきの特設ページには、 アメリカの地球観測衛星「Terra」の撮影した日食の影も掲載されている。

 以下に、衛星から撮影された日食の映像へのリンクを整理しておく。

 こんなに多くの衛星から影が撮影された日食は、今回が初めてではないだろうか

2009.07.22

日食、太陽活動、木星への衝突

 今日の日食は今年の天文現象のハイライトだったが、宇宙では日食だけではなく、非常に興味深い現象が起きている。以下、日食も含めて三題噺。

噺その一
 NHKが今回の日食の映像をYouTubeにアップしている。

46年ぶりの皆既日食 中継ダイジェスト (NHK)


46年ぶりの皆既日食・硫黄島

46年ぶりの皆既日食・太平洋上


 これでこそ公共放送。NHKエライ!
 まったくもってNHKオンデマンドはふざけていて頂けないが。受信料を払っている者に対しては無料にするのが筋だろう。

 それとスタジオの「うわー」というだけの芸能人は不要。日食自体が「うわー」な現象なのだから、視聴者がそれぞれ心の中で「うわー」と思えばいい(なんでこんな簡単なことが、テレビ局のプロデューサーには理解できないのだろう??)。

 ちなみに、HDTV画像の伝送に用いたのは超高速インターネット衛星「きずな」である。

超高速インターネット衛星「きずな」による皆既日食の映像伝送について(平成21年6月12日 宇宙航空研究開発機構 情報通信研究機構)

 日本の太陽観測衛星「ひので」も日食を撮影し、画像を公開した。

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 「ひので」が撮影した日食

7月22日皆既日食 ~「ひので」衛星から見た日食を即時公開~
ひので観測チーム

 高解像度MPEGムービー(約6MB)もある。

噺その二
 日食報道では私の見る限りでは一切触れられていなかったが、今、太陽では奇妙な現象が起きている。
 そろそろ次の極大期に向かわねばならない時期にも関わらず、太陽活動が一向に活発にならないのだ。

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 SOHOが撮影した7月22日の太陽表面。黒点が存在しない(ESA/NASA)。

 現在、地球から太陽方向に150万kmの距離にあるラグランジェ1点(地球と太陽の重力が釣り合う点)に、アメリカ・欧州共同の太陽観測衛星「SOHO」があり、太陽表面の観測を続けている。1995年12月の打ち上げ以来すでに14年にもなるが、観測は継続しており、着々と太陽活動に関する継続した観測データを蓄積している。
 SOHOの観測データはホームページで公開されており、太陽活動のバロメーターである黒点の状況はこちらから見ることができる。太陽活動の分析はNASAマーシャル宇宙飛行センターがThe Sunspot Cycle において公開されている。

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 観測が始まって以来の、黒点数の推移(Credit:HATHAWAY.Y/NASA/MSFC 200907)


 太陽活動は11年周期で活発になったり不活発になったりを繰り返している。太陽活動が活発になると黒点は増え、逆に不活発になると消失する。
 前回、太陽は2001年〜2002年にかけて極大期を迎えている。従って、いつもの11年周期ならば2012年〜2013年の極大期に向けて黒点が増えていなければならないのだが、昨年以来、増えるどころか黒点がほとんど消えてしまっているのだ。これは19世紀半ばに継続的な太陽観測が始まって以来の異常事態である。

 このあたりの事情は去年PC Onlineの記事に書いた。


(全文を読むためには無料登録が必要)

 太陽活動が低下すると、地球は寒冷化する傾向がある。太陽活動は地球大気中に炭素の放射性同位元素である炭素14を作り出す。このため植物などに蓄積された炭素14を測定すると、継続した太陽観測が始まる以前の、過去何千年にも渡る太陽活動の状況を知ることができる。この方法で、ジュペングラー極小期、マウンダー極小期といった太陽活動が何十年も不活発になった時期が存在したことが判明し、同時にその時期に地球が寒冷化していたことが明らかになった。

マウンダー極小期〜太陽サイクルと地球文明(情報通信研究機構・平磯太陽観測センター)

 これから地球は温暖化するどころか、寒冷化するのか? 地球温暖化という話は本当なのか、それとも太陽活動の低下が温室効果ガスによる温度上昇を圧倒するのか? 我々は観測データを積みかさねていくしかないのである。


噺その3
Jupiter ちょっと目を木星に向けると、7月20日、オーストラリアのアマチュア天文家が、木星に何か——おそらく未発見の彗星か小惑星——が衝突した跡が発生していることを発見した。木星への他の星の衝突は1994年7月のシューメーカー・レヴィ第9彗星以来15年振り。

New NASA Images Indicate Object Hits Jupiter(NASA/JPL Release)


 写真は、ハワイ・マウナケア山頂の赤外望遠鏡で7月20日に撮影した木星の衝突痕(Image credit: NASA/JPL/Infrared Telescope Facility)

 これはかなりショッキングな出来事だ。なぜなら、1)15年という宇宙スケールではごく短い期間の間に次々と衝突が起こりうるものだということが事実で実証された、2)衝突した天体が、どうやらそれなりの大きさのものであったにも関わらず、未発見のものだった——から。

 1)は、太陽系における衝突現象が、我々が今思っている以上に頻繁に起こっている可能性を示唆する。2)は、その衝突を、現在の観測網では、我々は直前まで気が付かない、ないしは衝突が起きるまで気が付かないかもしれないことを意味する。

 木星に星がぶつかったからといって、地球にもぶつかるのではないかと危惧する必要はない。しかし、今回の木星への衝突で、太陽系内の天体の運行について、我々はまだまだ無知でありすべてを知っているわけではないということが、よりいっそうはっきりしたと言わねばならない。

 以上、日食、太陽活動、木星への衝突、と天体現象三題噺。日食に引っかけて、なぜこんな話をまとめて書いたかと言えば——

 つまりは、私たちは宇宙に生きており、日々の生活の安心も安全も(そういえば麻生内閣のキャッチフレーズは「安心・安全」だった)も、宇宙の状況と密接に結びついているということだ。宇宙のことは一朝一夕に知ることはできない。地道に投資し、観測を積みかさねていくしかない。

 それこそは、民間ではできない国が行うべき施策だろう。私は宇宙科学への投資をもっともっと進めるべきという意見を持っている。
 その理由の一つは、このような事実にある(国民の一人として言わせて貰えば、ISASだろうがJSPECだろうがどうでもいいから、もっとガンガン科学探査を進めて欲しいのである)。


 太陽をテーマにした音楽ですぐに思い出すのがピンクフロイドの「太陽讃歌」。1968年のアルバム「神秘」に収録された。一つのモチーフを偏執的に繰り返して熱狂的なクライマックスに至り、やがて静かに消えていく楽曲構成は演奏効果抜群。初期ピンクフロイドの名曲だと思う。

 同じ「太陽讃歌」という題名では、佐藤聡明のピアノ曲も私にとっては思い出深い。ピアノのトレモロ奏法を多重録音して圧倒的な音響を作り出し、なおかつその中からかすかな倍音が浮かび上がるという、佐藤聡明20代の傑作だ。かつてはコジマ録音からレコードが出ていたのだけれど、現在はCDでもカタログ落ちしている模様。


ひまわりが見せる、地球に落ちる月の影

 日食当日となったが、私のいる茅ヶ崎は、曇り。あちこちに遠征した知人たちも次々に観測場所の様子をネットで報告しているが、どうも曇りのところが多いようだ。これから雲が切れるかどうかが勝負となる。

 日食観測に遠征できなかった人向け…というわけではないが、気象庁が運輸多目的衛星「ひまわり7号」の観測画像で特設ページを開設している。午前10時以降、画像がアップされていくとのこと。

宇宙から見る月の影 − H21/7/22日食時の「ひまわり」画像

 日食は月が太陽の前を通過して太陽光を遮る現象。その時に宇宙から地球を観ると、月の影が地表に落ちることになる道理だ。気象衛星からならば、地上に落ちる月の影を観測することができる。

 宇宙に天候は関係ない。どんなに天気が悪くとも、雲の上を移動していく月の影を、準リアルタイムで見ていくことができる。

 「今日も仕事だ、日食なんか関係ない」というような方は、是非どうぞ。

2009.07.21

投票しよう

 本日、衆議院が解散した。

 今夜、東京でタクシーに乗り、永田町周辺を通った。運転手さんから「ほら、民主党の本部は、まだ全館電灯がついていますよ」と信号待ちで指さした。「今回ばかりはね、私も自民党への投票をやめようと思ってるんですよ。一度連中は国民が何を考えているのか身にしみないとダメだと思うから」という。

 民主党優位に思えるが、これから選挙までの間になんでも起こりうる。かつては大平正芳首相が急死し、負けムードだった自民党が大勝した、などということもあった。だから予断は禁物だ。

 ただし、ひとつはっきりしていることがある。

 「投票しよう」

 これだけだ。

 当日の天気によっては棄権してきた人は、事前投票の制度を活用し、天気のいい休日にでもさっさと投票してこよう。「誰に投票していいのかわからない」という人は、消去法でも、さいころを転がしてもいいから投票しよう。とにかく投票しよう。

 なぜならば、投票率が上がれば、それだけ組織票の影響を軽減できるからだ。どんないい加減な投票であっても、それは組織票に対するアンチテーゼとなる。

 組織票とは、つまり既存の利害勢力に他ならない。労組票であれ、宗教票であれ、それは既存勢力を代表するものである。

 今や、日本はこれまでのやり方が通じない世界へと踏み込みつつある。そんな未来に適応するためには、私は選挙結果に対する組織票の影響を軽減していかねばならないと考えている。

 私の思惑云々を離れても、宇宙基本法の結果、宇宙開発への政治の発言力は極めて強くなっている。棄権した者が宇宙開発について語れない状況になっているといって良い。日本の未来に興味がなくとも、日本の宇宙開発に一言言いたいならば、棄権という選択肢はあり得ない。

 もう一度繰り返す。「投票しよう」

 よりよい未来を選ぶために。

2009.07.20

コンサート:101年目からの松平頼則 II

 7月16日木曜日、表題のコンサートに行ってきた。去年のコンサート「101年目からの松平頼則 I」に続くもの。いやもうなんというか、とにかく面白かった。

 松平頼則(まつだいら・よりつね、1907-2001)については、去年の演奏会についての記事で書いた通り。20世紀初頭に生まれ、文字通り“松平的”としか形容のしようのないオンリーワンの音楽を精力的に書き続け、94歳の天寿を全うした作曲家だ。私の尊敬する作曲家の一人である。

 昨年から音楽評論家の石塚潤一氏が、この「101年目からの松平頼則」という音楽会のシリーズを立ち上げた。今回はその第2回目。松平の作風は1951〜52年前後を境に、フランス風の和声を駆使した新古典的なものから、雅楽と12音技法を結合した前衛的なものに2分することができる。今回のコンサートは前期からの室内楽3曲、後期から独奏曲と大規模室内楽を各1曲というもの。



101年目からの松平頼則 II
日本音楽史上の奇蹟・松平頼則再び 〜大編成室内楽作品を交えて〜

2009年7月16日(木) 19:15 開演 (18:45 開場)
杉並公会堂 小ホール (荻窪駅北口徒歩7分)
全席自由:前売り3000円、当日3500円

主催:<101年目からの松平頼則>実行委員会
後援:上野学園大学
協賛:<東京の夏>音楽祭 SONIC ARTS
助成:財団法人 野村国際文化財団 財団法人 ローム ミュージック ファンデーション

プログラム


  • 「セロ(チェロ)・ソナタ」(1942/47)
    多井智紀(vc)、萩森英明(pf)

  • 「フルート・バスーン・ピアノのためのトリオ」(1950)
    木ノ脇道元(fl)、塚原里江(fg)、井上郷子(pf)

  • 「弦楽4重奏曲第1番」(1949)
    甲斐史子(vn)、亀井庸州(vn)、生野正樹(va)、多井智紀(vc)

  • 「3つの律旋法によるピアノのための即興曲」(「律旋法によるピアノのための3つの調子」)(1987/91)
    井上郷子(pf)

  • 「雅楽の主題による10楽器のためのラプソディ」(1982)
    木ノ脇道元(fl)、宮村和宏(ob)、中秀仁(cl)、塚原里江(fg)、川崎翔子(pf)、甲斐史子(vn)、亀井庸州(vn)、生野正樹(va)、多井智紀(vc)、溝入敬三(cb)、石川星太郎(cond)

 今回のコンサートの曲目解説はこちらで読むことができる

 松平は、戦後すぐから清瀬保二などの仲間と共に新作曲派協会という作曲家の団体を組織し、その演奏会で、次々に室内楽を発表していく。
 新作曲派協会というのは、清瀬保二、伊福部昭、松平頼則、渡辺浦人、塚谷晃弘、荻原利次といった、音楽学校(現在の東響芸大)とは無関係に自学自習で作曲家になったメンバーが集まって結成した作曲家グループ。後に若き日の武満徹も親友の鈴木博義と共に加入している。武満のデビュー作「2つのレント」は新作曲派協会第7回作品発表会(1950年12月)で、初演されている。

 今回のコンサートで演奏された、「チェロソナタ」「トリオ」「弦楽四重奏曲1番」という新古典的な作風の3曲は、すべて新作曲派協会演奏会で初演されたもの。

 チェロソナタは(新作曲派協会第1回作品展で初演)は、昨年の第1回で演奏された「フリュートとピアノのためのソナチネ」と同様の、瑞々しさを感じさせる曲。とはいえ、初演時に作曲者は40歳になっている。松平特有の増4度音程で調性をあいまいにされた和音の使用が目立ち始めている。

 フルート・バスーン・ピアノのためのトリオ(新作曲派協会第6回作品展で初演)は、フランス流の流麗な和声と自己主張とを完璧に折り合いを付けて作品に仕上げている。大変に洒脱な曲で、あえて影響というならばフランシス・プーランクに似ていると言えないでもない。

 そして、この日一番面白かったのが、弦楽四重奏曲1番(新作曲派協会第4回発表会で初演)。曲目解説では「ラヴェルの弦楽4重奏曲という鋳型の中に自分の表現を流し込もうとした」と書いているが、まさにその通り。モーリス・ラヴェルの弦楽四重奏曲と同じ4楽章構成というのみならず、音楽のかなり細かいところまでがラヴェルに対する換骨奪胎になっている。特に第1楽章と第4楽章は、細かいフレーズの繰り返しや、緩急の付け方とか、主和音への持って行き方とかで、ふわっとラヴェルの曲そっくりの雰囲気が流れたりするのだ。ビートルズに対するラトルズというか、マイケル・ジャクソンに対するアル・ヤンコビックというか。

 それは、一面では単なる真似やパロディになってしまう危険性もある行き方だが、結果としてこの時期の松平の個性が、ラヴェルの陰影を伴って現れるというか、なんとも形容のし難い絶妙のハイブリッドとして立ち現れる曲となっている。
 第2楽章は、4人の奏者が違う調性で多声音楽を展開する、多分にダリウス・ミヨーの影響を感じさせるもの。雅楽の越天楽を主題とし、ポルタメントを多用する第3楽章は、後の彼の雅楽と前衛技法との結合を予告するかのような、非常に面白い音楽に仕上がっている。

 ちょっと残念だったのは、演奏の4人が今回のためにアンサンブルを組んだメンバーであったこと。常設でカルテットを組んでいるメンバーだったら、もっと相互に緊密な演奏をしてくれたろう。

 ここからは、松平が前衛的技法を採用して、より抽象的な作風へと転じていってからの2曲。

 「3つの律旋法によるピアノのための即興曲」は、昨年のコンサートで演奏された「呂旋法によるピアノのための3つの調子」と対になる作品とのこと。「呂旋法によるピアノのための3つの調子」が、前衛の極北のような厳しい響きだったのに対して、こちらは、アクセントや長音で強調される音を追っていくと、無調的な十二音の響きの中から雅楽の旋律が立ち上ってくる。

 最後の「雅楽の主題による10楽器のためのラプソディ」は、私としては始めて聴く松平の大規模室内楽。舞台中央にピアノ、右側に弦楽五重奏。左側に左端からフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットと並ぶ。
 曲は雅楽「輪鼓褌脱」による。序奏と12の変奏曲、終曲という構成。各セクションごとに編成が変わる。ある部分は右側の弦楽五重奏のみ、ある部分はピアノと左側の木管のみ。フルートとクラリネットのみになったり、オーボエとファゴット、弦楽のみになったりと変化していく。

 複雑な連符でぽんぽんと音が大きな音程で跳躍する様は、極めて現代音楽的だが、結果として出てくる音楽は、雅楽的で、かつ松平的としかいいようのない個性的なものになっている。音楽を貫くすべての時間、全ての瞬間に濁りがなく、透明な水晶のような印象を与える。本当に素晴らしい。

 作曲者が94歳の長寿を全うしてから8年、生誕から数えれば102年になるにも関わらず、彼の音楽の一般における受容は進んでいるとはいえない。

 松平頼則という人は、それこそ歴史が始まって以来誰も思い描かなかったであろう“松平的”としか形容のしようがない音楽をエネルギッシュに量産し、そして天寿を全うした。

 こういう人は、もっと評価され、尊敬されてしかるべきだと強く思う。願わくばこの「101年目からの松平頼則」のコンサートが、「III」「IV」「V」と続かんことを。


 最後に、前回のコンサートの記事でも掲載した、松平頼則関連の資料を。

 まず石塚潤一氏の文章。


 残念ながら、この1年間で、松平の作品は1枚もCDが出ていない。今回も松平の音楽の入門用の紹介するのは、ナクソスの「日本作曲家選輯」に収録されたこの1枚ということになる。

 松平にとって音楽作法の転回点になった「ピアノとオーケストラのための主題と変奏」、そして雅楽と十二音技法を結びつけた代表作の「右舞」「左舞」が収録されている。

 「主題と変奏」はフランス風の和声を駆使した美しい音楽から、尖った前衛的音楽へと傾斜していく過程の曲。第5変奏では「越天楽」のメロディがブギウギのリズムで演奏される。越天楽からフランス風の優美な和声、ブギウギから十二音技法までというごちゃごちゃさ加減がなんとも面白い曲。実は指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンが演奏した、唯一の邦人作曲家の作品でもある。

 「右舞」「左舞」「ダンス・サクレとダンス・フィナル」は十二音技法の厳しい音が続く曲だが、音楽の基本形状が雅楽なので、前衛音楽という意識を持たずに気楽に聴くことができる。



 ナクソスは、音楽のネット販売にも積極的であり、このアルバムもiTunes Music Storeで購入することができる。



Matsudaira Bugaku Dance Suite:iTMSへのリンク


 こちらは900円とCDよりも安いし、試聴することもできる。

 今回、帰宅後に手元の蔵書「日本の作曲家たち」(秋山邦晴著・音楽之友社1978年)の松平頼則の章を読み直した。すると、秋山が「今の自分には、新古典期の松平の曲に触れようもないが」としつつ、「ピアノとオルケストルの為の変奏曲」(1939年)に対する早坂文雄の批評を引用していた。

 30年前の作曲者70歳の時点では、武満・湯浅譲二などの盟友だった秋山にして、松平の前半生の作品を聴くことすら敵わなかったのだ。

 私は昨年4月、オーケストラ・ニッポニカの演奏会で、この曲の実演を聴くことができた(ちなみにCDは、かつてフォンテックから芥川也寸志指揮、新交響楽団の演奏が出ていた。現在は残念ながら入手できない)。

 そして、去年と今年の石塚氏によるコンサート!

 ほんの少しずつではあるけれども、松平頼則と彼の音楽を巡る状況は良くなって来つつあるのかも知れない。

2009.07.19

書籍紹介:「宇宙暮らしのススメ——小惑星移住計画」 野田 篤司 (著), あさり よしとお (イラスト)



壮大な夢は、受け入れられて、共感されることで、初めて実現への道を歩み始める。それが第一歩だ。——あとがきより

 当blogの常連さんには“野田司令”の通り名でおなじみの宇宙機エンジニア・野田篤司さんの著書が出た。それも、みごとなタイミングで。昨日読了したので紹介する。

 サブタイトルの通り、人類の宇宙進出を考察し、「これから有人宇宙開発を進めるとして、人類はいったいどこに向かって何をすべきなのか」に回答を出そうとした本だ。そしてなぜ“見事なタイミング”かといえば、内閣・宇宙開発戦略本部が、まさにそのことを話し合う会合を設立したばかりなのである。


 ●政府、有人月探査で懇談会発足 産業波及効果など検討へ(日経新聞 2009年7月18日)

 政府の宇宙開発戦略本部(本部長・麻生太郎首相)は有人月探査の実現性を検討する懇談会を発足する。2020年の無人探査計画や、その後の有人計画の具体策を詰める。

 (中略)

 今年まとまった政府の宇宙基本計画では、有人月探査に向けて20年には2足歩行ロボットで月面探査をする計画を決定。その後の宇宙飛行士の活動については、今後1年かけて検討するとしていた。日本単独で月探査を実施するには、コストや技術面の課題があるため、国際協力の道も探る方向だ。


 実は、この懇談会は設置時点ですでに、2つの点において失敗が宿命付けられている。

  1. 「月に行く」と最初から決めつけてしまっていること
  2. 「コストや技術面の課題がある」から「国際協力」だと最初から決めつけてしまっていること

 先入観ありきで話を進めると、たいていろくなことにはならない。

 野田さんの本が関わってくるのは1.のほうである。人類は宇宙に出て行くとして、いったいどこに行くとどんな展望が開けるのか——これは重大な問題だ。間違った場所に行けば、行ったはいいがその後の展開ができずにそこでおしまい、自動的に有人宇宙開発も終了ということになりかねない。
 そして、少し考えると「まず月に行く」というのが、夜空に隣の星として月が輝くのをずっと眺めてきた、地上に住む私たちの先入観であることに気が付く。

 “人類は、宇宙に出るにあたって、どこに行くべきか”は、先入観を排除して根本から徹底的に考えねばならない問題なのだ。

 本書は、その難問にベテラン宇宙機エンジニアが挑んだ結果だといえる。そして、きちんと結論を出している。

 サブタイトルにあるとおり「目指すは小惑星だ」と。

 月でも火星でもなく、小惑星なのだ。

 小惑星という答えに、納得できる人も納得できない人も、まずはこの本を読まねばならないだろう。

 野田さんは、「宇宙は広大だ」そして「宇宙では地上の常識と反する現象が色々起きる」ということの説明から始める。目次は以下の通り。眼目となるのは第三章なので、第三章のみ小見出しまで掲載する。

    はじめに
  • 第一章 宇宙は広大である
  • 第二章 宇宙の常識・非常識

  • 第三章 人類は宇宙に飛び出そう

    • 人類は宇宙に飛び出そう
    • 月に行っても資源がない!?
    • 火星に行くメリットはあるのか
    • 宇宙開発の狙い目は小惑星帯
    • 小惑星ってどんなところ?
    • 世界のトップを走る日本の小惑星探査
    • 星一つを独り占め! 小惑星をくりぬいて住もう
    • 小惑星開発の要は蒸気ロケットだ
    • 小惑星人の一日
    • 宇宙に出て、何が良いのか

  • おわりに

 内容の一部は、著者のblog「マツドサイエンティスト・研究日誌」にも掲載されている(【人類は宇宙へ飛び出そう まずは小惑星から】 目次からたどることができる)。が、一冊の本にまとまったことで見通しよく、理解しやすく整理され一貫したものとなっている。記述も平易で、多分理科に興味がある中学生なら読み通すことができるだろう。しかも内容面で手を抜いているわけではなく、きっちりと中身が詰まっている。

 野田解説を補足するあさりよしとおさんのマンガは、1ページものが全20ページ、「まんがサイエンス」の面々が登場して、野田さんの記述をさらにかみ砕いて(時にはブラックに)教えてくれる。

 最後の「宇宙に出て、何が良いのか」まで読んだ人は、著者が「なぜ人類が宇宙に出て行くのか」にまで答えを出していることに気が付くだろう。
 本人は「長いこと、30年ぐらいの間、考え続けているが、誰でも納得できる答えは未だ得ていない」とし、あるいは「それは論理的ではないのかもしれないし、むしろ直感的なのかも知れない」(共に本書p.138)と書いているけれども、私にはこのラストの答えは十分だという気がする。それは感動的な答えだ。

 さあ「人類ははどこに向かうべきなのか」、本書を読んだら自分で考えてみよう。疑問があったら検索してみよう。議論する相手がいるなら議論してみよう。

 月?、火星?、そうかも知れない。
 野田さんは、小惑星を推している。
 私は、火星の衛星フォボスはどうだろうとも考えている(何事も徹底して考え抜く習性のあるロシア人が、フォボスに執着しているしね)。
 あるいは、ガニメデ、カリスト、タイタンといった外惑星の衛星?
 内惑星は何か使い道はないだろうか、あるとしたらどんなものだろうか?
 それともいっそ宇宙空間を漂うことにする??


 さあ、あなたはどこに行きたい?
 そこにいって何がしたい?

 そこからさらに先に、どこを目指したい?


2009.07.18

ウォルター・クロンカイト、旅立つ

 アポロ11号の月着陸40周年というタイミングで、ウォルター・クロンカイトが旅立った。93歳。

米TVキャスター草分け クロンカイトさん死去(assahi.com)

 米ミズーリ州生まれ。(中略)62年に「イブニング・ニュース」のキャスターに就任した。

 63年のケネディ大統領暗殺事件を涙を浮かべながら伝えたり、番組でベトナム戦争に反対だと述べて当時の政権に影響を与えたりと数多くの伝説が残る。

Walter Cronkite(Wikipedia{en})

 テレビのニュースキャスターという職業を作り上げた人だが、宇宙関連ではなによりもアポロ計画の報道で知られる。熱心な有人宇宙飛行支持者であり、アメリカにおけるアポロ報道の顔ともなった。

 トム・ハンクスが製作したテレビシリーズ「フロム・ジ・アース/人類、月に立つ From the Earth to the Moon(1998年)」には、ほとんど唯一の架空の主要人物としてエメット・シーボーンというニュースキャスターが登場する。シーボーンのモデルとなったのが、クロンカイトである。

 アポロ11号の月着陸の際のクロンカイトの様子は、Youtubeで見ることができる。

Walter Cronkite And The Lunar Landing (CBS News)


 彼は“…boy”とつぶやき、眼鏡を外したのだった。

 なんというか…20世紀が歴史になっていく。合掌。

LROもアポロ着陸場所を見た!

Apollo14
 LROが撮影したアポロ14号着陸地点の映像を拡大したもの。月着陸船「アンタレス」の基部とその影、さらには科学観測機器や宇宙飛行士の歩行した跡まで写っている(Photo by NASA)。


 アポロ月着陸捏造論者、終了のお知らせ…というよりも、アポロ月着陸捏造論者にとっての終わりの始まりというべきか。

 アメリカの月探査機ルナ・リコナイサンス・オービター(LRO)が、アポロ計画の月着陸地点を撮影してきた画像を送ってきた。

LRO Sees Apollo Landing Sites

 撮影したのは12号を除く、11号、14号〜17号の着陸地点。どの映像にも、月着陸船の基部(月着陸段)がはっきりと写っている。14号の着陸地点には、月着陸船基部のみならず、置いてきた科学観測機器や、宇宙飛行士が歩いた跡まで写っている。

 LROは、2004年のブッシュ有人月探査構想に沿って企画された無人月探査機。月表面の詳細観測を行い、有人月基地建設地点候補を調べることを目的としている。そのためにLROにはLROC(Lunar Reconnaissance Orbiter Camera)というカメラが搭載されている。

 LROは、最終的に月面上50kmを回る軌道に入る。その軌道からLROCは、最大50cmの分解能で月面を撮影することができる。1ピクセルが50cm×50cmに相当する画像が得られるわけだ。現在、LROは月周回軌道の高度を下げている途中で、今回の画像は高度100kmから撮影している。現状の画像の分解能は約1mだ。アポロ月着陸船の基部は差し渡し3.7mあるので、十分LROCで写すことができる。

 日本の月探査機「かぐや」地形カメラは、分解能10mだったので、月着陸船基部を直接撮影することはできなかった。
 それでもアポロ15号の噴射跡を撮影し、ステレオ画像で観測した地形が、15号宇宙飛行士が撮影した写真と合致することを示している。

 今回は、ついに月着陸船が直接写り、それどころか宇宙飛行士の歩行跡まで見つかったわけだ(さすがにひとつひとつの足跡までは無理だが)。

 月着陸ねつ造論については、当blogの以下の記事でも扱った。

ディスカバリーチャンネル「怪しい伝説」で月着陸捏造説が論破されている
かぐやは見た!

 さあ、副島隆彦氏やエム・ハーガこと芳賀正光氏やらは、どんな弁明をするのだろうか…多分弁明も反論もないだろうとは思う。黙って、過去のことは忘れて知らんぷりをするのだろう。

 捏造論の番組を喜んでテレビ放送したテレビ局も、知らんぷりをするのだろう。あるいは突っ込まれたら、「あれはバラエティですから」と言って逃げるのだろう(バラエティなら何をやってもいい、とでも思っているのだろうか)。

 正直、月着陸捏造論を言い立てて、メディアに広め、いくばくかの収入を得た人たちについて、私としてはもはやどうでもいいと思っている。彼らが社会的な信頼を失うということで、もういいか、と。もう、これらの人々の言うことを信用する人はいないよね…そう思いたい(ついでに、報道の振りをしたテレビのバラエティ番組も…もう信じて観ている人なんていないよね!超能力も幽霊もUFOも占いも前世も、つまりはそのレベルの話だからね!!)

 それよりも、身の回りの多くの人たちに、LROの撮影した画像を見せようと思う。月着陸捏造論が出た時、「ああ、そうなのか」となんとはなしに思い込んでしまった人たちに。
 そんな人たちが、「なぜ、自分は“アポロの月着陸がニセモノだ”などと信じてしまったのか」と自分で考えるようになってくれれば、月着陸偽造論からも、よりよい結果を引き出せるだろう。そう思うのだ。

 LROは、現在月周回軌道の高度を下げつつあり、最終的には高度50kmの円軌道に入る。今後、さらに分解能の高いアポロ着陸地点の画像が送られてくるわけだ。

 というわけで、今後ともアポロが月に降りた証拠は、今後も出てくるのである。


 あらためてこの本を紹介する。アポロ計画という人類の叡智を結集した大計画で、かえって人間の愚劣さが露わになるという皮肉な現象に対して、健全な科学の常識をもって真っ向から答えた一冊である。

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