7月16日木曜日、表題のコンサートに行ってきた。去年のコンサート「101年目からの松平頼則 I」に続くもの。いやもうなんというか、とにかく面白かった。
松平頼則(まつだいら・よりつね、1907-2001)については、去年の演奏会についての記事で書いた通り。20世紀初頭に生まれ、文字通り“松平的”としか形容のしようのないオンリーワンの音楽を精力的に書き続け、94歳の天寿を全うした作曲家だ。私の尊敬する作曲家の一人である。
昨年から音楽評論家の石塚潤一氏が、この「101年目からの松平頼則」という音楽会のシリーズを立ち上げた。今回はその第2回目。松平の作風は1951〜52年前後を境に、フランス風の和声を駆使した新古典的なものから、雅楽と12音技法を結合した前衛的なものに2分することができる。今回のコンサートは前期からの室内楽3曲、後期から独奏曲と大規模室内楽を各1曲というもの。
101年目からの松平頼則 II
日本音楽史上の奇蹟・松平頼則再び 〜大編成室内楽作品を交えて〜
2009年7月16日(木) 19:15 開演 (18:45 開場)
杉並公会堂 小ホール (荻窪駅北口徒歩7分)
全席自由:前売り3000円、当日3500円
主催:<101年目からの松平頼則>実行委員会
後援:上野学園大学
協賛:<東京の夏>音楽祭 SONIC ARTS
助成:財団法人 野村国際文化財団 財団法人 ローム ミュージック ファンデーション
プログラム
- 「セロ(チェロ)・ソナタ」(1942/47)
多井智紀(vc)、萩森英明(pf)
- 「フルート・バスーン・ピアノのためのトリオ」(1950)
木ノ脇道元(fl)、塚原里江(fg)、井上郷子(pf)
- 「弦楽4重奏曲第1番」(1949)
甲斐史子(vn)、亀井庸州(vn)、生野正樹(va)、多井智紀(vc)
- 「3つの律旋法によるピアノのための即興曲」(「律旋法によるピアノのための3つの調子」)(1987/91)
井上郷子(pf)
- 「雅楽の主題による10楽器のためのラプソディ」(1982)
木ノ脇道元(fl)、宮村和宏(ob)、中秀仁(cl)、塚原里江(fg)、川崎翔子(pf)、甲斐史子(vn)、亀井庸州(vn)、生野正樹(va)、多井智紀(vc)、溝入敬三(cb)、石川星太郎(cond)
今回のコンサートの曲目解説はこちらで読むことができる。
松平は、戦後すぐから清瀬保二などの仲間と共に新作曲派協会という作曲家の団体を組織し、その演奏会で、次々に室内楽を発表していく。
新作曲派協会というのは、清瀬保二、伊福部昭、松平頼則、渡辺浦人、塚谷晃弘、荻原利次といった、音楽学校(現在の東響芸大)とは無関係に自学自習で作曲家になったメンバーが集まって結成した作曲家グループ。後に若き日の武満徹も親友の鈴木博義と共に加入している。武満のデビュー作「2つのレント」は新作曲派協会第7回作品発表会(1950年12月)で、初演されている。
今回のコンサートで演奏された、「チェロソナタ」「トリオ」「弦楽四重奏曲1番」という新古典的な作風の3曲は、すべて新作曲派協会演奏会で初演されたもの。
チェロソナタは(新作曲派協会第1回作品展で初演)は、昨年の第1回で演奏された「フリュートとピアノのためのソナチネ」と同様の、瑞々しさを感じさせる曲。とはいえ、初演時に作曲者は40歳になっている。松平特有の増4度音程で調性をあいまいにされた和音の使用が目立ち始めている。
フルート・バスーン・ピアノのためのトリオ(新作曲派協会第6回作品展で初演)は、フランス流の流麗な和声と自己主張とを完璧に折り合いを付けて作品に仕上げている。大変に洒脱な曲で、あえて影響というならばフランシス・プーランクに似ていると言えないでもない。
そして、この日一番面白かったのが、弦楽四重奏曲1番(新作曲派協会第4回発表会で初演)。曲目解説では「ラヴェルの弦楽4重奏曲という鋳型の中に自分の表現を流し込もうとした」と書いているが、まさにその通り。モーリス・ラヴェルの弦楽四重奏曲と同じ4楽章構成というのみならず、音楽のかなり細かいところまでがラヴェルに対する換骨奪胎になっている。特に第1楽章と第4楽章は、細かいフレーズの繰り返しや、緩急の付け方とか、主和音への持って行き方とかで、ふわっとラヴェルの曲そっくりの雰囲気が流れたりするのだ。ビートルズに対するラトルズというか、マイケル・ジャクソンに対するアル・ヤンコビックというか。
それは、一面では単なる真似やパロディになってしまう危険性もある行き方だが、結果としてこの時期の松平の個性が、ラヴェルの陰影を伴って現れるというか、なんとも形容のし難い絶妙のハイブリッドとして立ち現れる曲となっている。
第2楽章は、4人の奏者が違う調性で多声音楽を展開する、多分にダリウス・ミヨーの影響を感じさせるもの。雅楽の越天楽を主題とし、ポルタメントを多用する第3楽章は、後の彼の雅楽と前衛技法との結合を予告するかのような、非常に面白い音楽に仕上がっている。
ちょっと残念だったのは、演奏の4人が今回のためにアンサンブルを組んだメンバーであったこと。常設でカルテットを組んでいるメンバーだったら、もっと相互に緊密な演奏をしてくれたろう。
ここからは、松平が前衛的技法を採用して、より抽象的な作風へと転じていってからの2曲。
「3つの律旋法によるピアノのための即興曲」は、昨年のコンサートで演奏された「呂旋法によるピアノのための3つの調子」と対になる作品とのこと。「呂旋法によるピアノのための3つの調子」が、前衛の極北のような厳しい響きだったのに対して、こちらは、アクセントや長音で強調される音を追っていくと、無調的な十二音の響きの中から雅楽の旋律が立ち上ってくる。
最後の「雅楽の主題による10楽器のためのラプソディ」は、私としては始めて聴く松平の大規模室内楽。舞台中央にピアノ、右側に弦楽五重奏。左側に左端からフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットと並ぶ。
曲は雅楽「輪鼓褌脱」による。序奏と12の変奏曲、終曲という構成。各セクションごとに編成が変わる。ある部分は右側の弦楽五重奏のみ、ある部分はピアノと左側の木管のみ。フルートとクラリネットのみになったり、オーボエとファゴット、弦楽のみになったりと変化していく。
複雑な連符でぽんぽんと音が大きな音程で跳躍する様は、極めて現代音楽的だが、結果として出てくる音楽は、雅楽的で、かつ松平的としかいいようのない個性的なものになっている。音楽を貫くすべての時間、全ての瞬間に濁りがなく、透明な水晶のような印象を与える。本当に素晴らしい。
作曲者が94歳の長寿を全うしてから8年、生誕から数えれば102年になるにも関わらず、彼の音楽の一般における受容は進んでいるとはいえない。
松平頼則という人は、それこそ歴史が始まって以来誰も思い描かなかったであろう“松平的”としか形容のしようがない音楽をエネルギッシュに量産し、そして天寿を全うした。
こういう人は、もっと評価され、尊敬されてしかるべきだと強く思う。願わくばこの「101年目からの松平頼則」のコンサートが、「III」「IV」「V」と続かんことを。
最後に、前回のコンサートの記事でも掲載した、松平頼則関連の資料を。
まず石塚潤一氏の文章。
残念ながら、この1年間で、松平の作品は1枚もCDが出ていない。今回も松平の音楽の入門用の紹介するのは、ナクソスの「日本作曲家選輯」に収録されたこの1枚ということになる。
松平にとって音楽作法の転回点になった「ピアノとオーケストラのための主題と変奏」、そして雅楽と十二音技法を結びつけた代表作の「右舞」「左舞」が収録されている。
「主題と変奏」はフランス風の和声を駆使した美しい音楽から、尖った前衛的音楽へと傾斜していく過程の曲。第5変奏では「越天楽」のメロディがブギウギのリズムで演奏される。越天楽からフランス風の優美な和声、ブギウギから十二音技法までというごちゃごちゃさ加減がなんとも面白い曲。実は指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンが演奏した、唯一の邦人作曲家の作品でもある。
「右舞」「左舞」「ダンス・サクレとダンス・フィナル」は十二音技法の厳しい音が続く曲だが、音楽の基本形状が雅楽なので、前衛音楽という意識を持たずに気楽に聴くことができる。
ナクソスは、音楽のネット販売にも積極的であり、このアルバムもiTunes Music Storeで購入することができる。
・Matsudaira Bugaku Dance Suite:iTMSへのリンク
こちらは900円とCDよりも安いし、試聴することもできる。
今回、帰宅後に手元の蔵書「日本の作曲家たち」(秋山邦晴著・音楽之友社1978年)の松平頼則の章を読み直した。すると、秋山が「今の自分には、新古典期の松平の曲に触れようもないが」としつつ、「ピアノとオルケストルの為の変奏曲」(1939年)に対する早坂文雄の批評を引用していた。
30年前の作曲者70歳の時点では、武満・湯浅譲二などの盟友だった秋山にして、松平の前半生の作品を聴くことすら敵わなかったのだ。
私は昨年4月、オーケストラ・ニッポニカの演奏会で、この曲の実演を聴くことができた(ちなみにCDは、かつてフォンテックから芥川也寸志指揮、新交響楽団の演奏が出ていた。現在は残念ながら入手できない)。
そして、去年と今年の石塚氏によるコンサート!
ほんの少しずつではあるけれども、松平頼則と彼の音楽を巡る状況は良くなって来つつあるのかも知れない。