本日、宇宙開発戦略本部の月探査に関する懇談会の第1回を傍聴してきた。以下そのまとめである。
宇宙開発戦略本部は、ここまで委員会を非公開にしてきたが、なぜかこの懇談会だけは傍聴が可能ということになった。資料も他の委員会に比べて素早くホームページにアップされており、今日の懇談会資料もすでにアップされている。
・宇宙開発戦略本部 月探査に関する懇談会 第1回会合 議事次第
また、この他に、毛利委員から、なぜ二足歩行ロボットによる月探査かを主張した雑誌記事抜粋などが委員限定で配布された。
即日アップがこのように可能ということは、これまで、意図的に資料のアップを遅らせてきたということなのだろうか。だとしたら、宇宙開発戦略本部事務局は、国民に対して不誠実ということになる。
今日は事務局からの進行の確認と、配布資料の読み上げに引き続き、各委員の自己紹介とコメントがあった。
月探査に関する懇談会の構成メンバーは以下の通り。本日は、伊丹、國井、里中、観山の各委員は欠席した。
また、委員の他に、宇宙開発戦略本部事務局から、豊田正和事務局長、丸山剛司事務局長代理、宮本参事官、佐藤企画官が、文部科学省から佐野太・宇宙開発利用課長、松尾参事官が出席した。
- 青木節子(慶應義塾大学総合政策学部教授)
- 伊丹敬之(東京理科大学総合科学技術経営研究科長)
- 井上博允(東京大学名誉教授、日本学術振興会監事 )
- 小久見善八(国立大学法人京都大学産官学連携センター特任教授)
- 折井武(財団法人日本宇宙フォーラム常務理事)
- 國井秀子(リコーITソリューションズ株式会社取締役会長執行役員)
- 久保田弘敏(帝京大学大学院理工学研究科長)
- 古城佳子(国立大学法人東京大学大学院総合文化研究科教授)
- 里中満智子(マンガ家)
- 白井克彦(座長:早稲田大学総長、日本私立大学連盟会長)
- 鈴木章夫(東京海上日動火災保険株式会社技術顧問)
- 鶴田浩一郎(宇宙科学研究所名誉教授、財団法人宇宙科学振興会常務理事)
- 長谷川義幸(独立行政法人宇宙航空研究開発機構執行役
- 月・惑星探査プログラムグループ統括リーダ )
- 葉山稔樹(トヨタ自動車株式会社技監)
- 広瀬茂男(国立大学法人東京工業大学大学院理工学研究科教授)
- 的川泰宣(独立行政法人宇宙航空研究開発機構名誉教授、技術参与、特定非営利活動法人子ども・宇宙・未来の会会長)
- 水嶋繁光(シャープ株式会社常務執行役員研究開発本部長)
- 觀山正見(大学共同利用機関法人自然科学研究機構国立天文台長)
- 毛利衛(日本科学未来館館長、宇宙飛行士)
- 山根一眞(ノンフィクション作家)
今日の懇談会で重要だったのは、各委員のコメントだ。以下に発言要旨を掲載する。あくまでメモから起こした要旨なので文責は松浦にある。
青木:あくまで日本の国益に資する探査ということで考えて行かねばならない。それを議論の出発点としていくべき。
月に関する国際的な制度は未確定な部分が多い。月の所有権、天然資源の開発などを定めた月協定が存在するが、宇宙開発をしていない13カ国しか批准していない。となると、100カ国が批准している宇宙条約が実効的となるが、宇宙条約は月探査について規定していない。
井上;自分は1965年に大学を卒業し、ロボットの研究をしてきた。人型ロボットで月探査というのは、「思い切ったことをするものだ」とわくわくした。
月であれ極地であれ、人が命をかけて探査をする時にはロボットを伴っていくということになるのだと思う。重点は信頼性だ。
ヒューマノイドだからこその、超高信頼性のシステムを作れると考えている。ヒューマノイドロボットには自己修理能力を持たせることができ、また高い多重性を持つので、故障の際に自分自身を部品とすることができる。人間とロボットと共通の道具を使える。あながち有人月探査に同伴させるロボットとして無理ではない。
またロボットのオペレーションシステムを工夫すれば地球上の人があたかも月にいるかのように操縦することもできる。これは日本独自で開発すべき。外国の技術開発に頼るべきではない。その技術は少子高齢社会に役立つ。次の基幹産業になりうる。
ただし、月で実現するよりも茶の間のほうではやく実現するだろう。
小久見:自分は燃料電池の研究をずっとやってきた。燃料電池はアメリカの有人飛行で開発されたもの。月面は120〜マイナス170℃の過酷な状況なので、蓄電池の技術革新が必要になる。新たな技術革新を起こせば、日本が世界をリードすることが可能になる。
折井:自分は元々NECで衛星開発をしていた。現場の立場で衛星開発に関わってきた。人類の活動領域の拡大という意味で、有人宇宙活動に日本がコミットすることは重要。そのためには「20XX年に人を宇宙に送る」という明確な目標を立てて、それから必要となる手段を考えるべきと思う。課題は2つ、具体的な計画のステップの設定と、日本の現状をきちんと把握することだ。
二足歩行ロボットについては、一つの手法ではあるが、これまで検討してきた月着陸機セレーネ2,サンプルリターン機セレーネXというステップも、きちんと考えて欲しい。
久保田:私は1970年に東大で博士号を取得した。その後NALと東大で極超音速の宇宙輸送系の研究をしてきた。2002年の総合科学技術会議の宇宙専門調査会では、山根一眞委員と「日本も有人宇宙活動を実施すべし」と主張したのだけれど、その時は容れられなかった。今回「有人」という言葉が宇宙基本計画に入ったのはうれしい。そのためには「なぜ有人活動をやるか」をきちんと議論しなくてはならない。
きちんとした有人活動には宇宙輸送系の確立が重要である。
古城:自分の専門は国際政治学。月の開発は冷戦と密接に関連していた。現在、新興経済国が国威発揚を目指して宇宙開発に参入している。日本が民生に役立つ宇宙開発をどう進められるかに興味がある。日本は、これまで限られた予算で宇宙開発をやってきた。今後の経済状況でどうやって予算を得るか。宇宙活動の意義をきちんと国民に説明することが必要。
日本の宇宙開発はアメリカとの協力のもとに行ってきている。現在、月探査の国際協力の枠組みが、オバマ政権による見直しにより不透明になっている。国際協力と独自計画をどう切り分けるかが重要になっている。
鈴木:自分は東京海上火災で宇宙保険の仕事をしている。その前はH-IIまで三菱重工でロケットの開発をやってきた。実用ロケットの開発は、アメリカからの技術導入で開発したN-I/N-IIの前に、LS-Cという独自ロケットを開発しており、それが技術の基礎となっている。その後、技術導入だけでは駄目だ、日本独自のロケットを、ということで液体酸素・液体水素推進剤の技術開発をやった。当時アメリカが日本に、液酸・液水の技術を渡せないということだったので、ゼロからの技術開発となった。
宇宙開発は国力とのバランスの上でやるべきことである。H-IIロケットの開発の時、政治的絡みで純国産となったが、その時に、我が国には素晴らしい技術基盤があると感じた。どんなものを作りたいと思っても、日本にはそれに対応できる設計と製造の技術が存在する。世界を見てもそんな国はあまりない。
技術基盤とは人そのものである。これをつないでいくことは非常に重要。そのためには若者に「良い仕事」を与えていくことが必要である。
我が国の技術基盤を強化するという観点で議論してもらいたい。
鶴田:元宇宙研です。「あけぼの」「のぞみ」のマネジメントを担当した。
月探査も本物志向でなければダメ。世の中の受けがいいというのではダメ。「かぐや」ではアポロのやらなかった月の全球探査を行った。次のステップは月に着陸して表面を詳細に観察すること、その次は土壌をもって帰ってくるサンプルリターンだ。この流れできちっとした探査を進めていくべきと考える。
ここで白井座長からまくりがはいる。「時間もないのでもっと短くお願いします」
長谷川:JAXAでISS計画に15年担当し、4月にJSPECのリーダーとなった。ISSの経験を生かしていきたい。
葉山:中国もインドも月を目指す中で、日本独自の方針を世界に発信して実行していくことが必要。日本だからこそできる月探査が重要。
産業界にいる者として言えるのは、月探査はすごくお金がかかるのだから、いかに圧倒的に安く実現できるかということが、日本に期待されるところではないか。科学技術立国とは、素晴らしい成果をいかに安く実現するかというプロセスであった。
有人探査について。宇宙飛行士と共存するパートナーとなるロボットとして、二足歩行で考えていきたい。
広瀬:これまで蛇型をはじめ様々なロボットなどを研究してきた。地雷除去ロボットも研究したし、宇宙関係ではローバー試験機をたくさん作ってきた。その経験から言うと、ロボット工学の分野では、本当に役立つ物を作るのはとても難しい。予算と目的とで、常にぎりぎりとなるのがロボット。目的に対する合理性が重要だ。
日本の技術はすごいとは言うが、こと宇宙ロボットに関しては大したことはない。
的川:今回のキーワードが、月と有人。ロボットも大きなキーワードになっている。ロボットは別に二足歩行というわけではなく、宇宙分野では有人でないものは軒並みロボットに分類されてきた。はやぶさもかぐやもロボットだ。しかし、いわゆるロボット研究者が宇宙開発に本格参入というのはこれが初めてとなる。
二足歩行は、月探査と限定するならば、他のロボット技術と比較してどちらがいいかをきちんと検討しなくてはならない。
来年は金星探査機PLANET-Cが打ち上げられる。同時に木星探査を睨んだソーラーセイルの技術試験機IKAROSも打ち上げられる。月探査も独立して考えるのではなく、太陽系探査の大きな視野の中に位置づけねばならない。
宇宙基本計画へのパブコメに、二足歩行に議論が集中することを危惧する意見が非常に多かった。
有人宇宙活動と月探査は本当にリンクしていいのだろうか。有人で別途懇談会を立ち上げてもらえればと思う。
水嶋:自分の専門は光電気科学。現在はシャープの研究開発本部を束ねている。産業界への技術の波及は狙ってやるものと、結果として貢献するものとがあるだろう。
税金を使う以上、国民への説明と還元が必須。例えば映像による臨場感。一般の人々の知的興味に応えることも必要。それが技術立国の人材を育てることにもつながる。
毛利:宇宙基本計画は、どうしても色々な解釈が可能になる。実際のプロジェクトを進めるにあたってあいまいさは許されない。3つの同意ポイントを挙げたい。
- 多様な人材が集まっているが、共通言語が必要である。
「国際協力」と「日本独自」のところで共通言語をきちんとしなければならない。
- 専門家を信頼する。しかし日本全体ということを忘れず、狭い専門分野の視点からの意見の突出を避けねばならない。
- 日本国民に夢を与えるということ。
山根:今回の委員の中には10人の大学関係者がいる。自分も今、大学で講義をしているが、宇宙の話をすると若者は食いついてくる。しかし国は、若者の熱に応えていない。
今、「若田さんが帰ってきて、さあ次は月だ」という報道をされている。
久保田先生が言った、2002年の総合科学技術会議・宇宙専門調査会での有人の議論について補足する。あの時の議論では委員の65%が有人に賛成だったが、最後に文書にはなぜか「向こう10年有人はやらない」と書かれた。文部科学省の策略に引っかかったか。今回はそのようなことがないようにしたい。
今回、有人か月か、ロボットかということが不明確。自分なりの提案だが、月探査は本来わくわくすることである。ところが、今回話を聞いていてあまりわくわくしない。かつてアメリカ大使館のレセプションで、子どもらから「月に遊園地を作る」という話がでたことがある。それぐらいのことは言ってもいいんじゃないか。例えばロボットだけを月に送り込んで月にオリンピックをやる、ということもありではないか。月で自動車レースをやるというのもありだろう。世界中のローバーが集まってレースをするわけだ。
日本としては、国威発揚ではなく、人類発揚ということを考えるべき。
皆さん、2020年に自分が何歳になっているか考えて欲しい。今回の宇宙基本計画に、有人の実現年代は書いていないが、まずはいつ頃有人宇宙活動ができるようになるかを考え、その時自分が何歳になっているか考えて欲しい。あまり遅いと自分たちは寿命が間に合わない。
もっともっと若い人たちを今回の議論に参加させてほしい。文部科学省も、定年前には計画が実現するという年代の若い人を(事務局として)出して欲しい。
今回の傍聴を通じての、私の印象と感想。
- 二足歩行ロボットの積極推進は毛利委員のみという印象。二足歩行ロボットを支持するかのような井上委員の発言だが、最後に「ただし、月で実現するよりも茶の間のほうではやく実現するだろう。」とまとめたのはかなり強烈なパンチだと思った。
- 実践的なロボットを多数研究してきた広瀬委員の「日本の技術はすごいとは言うが、こと宇宙ロボットに関しては大したことはない。」というのも重みある発言ではないか。
- 各委員の間に、文科省への不信感がかなり増幅しているように思える。2002年の総合科学技術会議で「今後10年、有人計画を持たない」としたことの影響が、今になって表面化しつつあるのではないか。
- 懇談会席上で、事務局が資料にある「月に関する基礎知識」をかなりの時間をかけて読み上げたが、これは全くの無駄。事前に委員に資料を配付するか、基礎知識のある委員のみを選べば済むこと。もっと本筋の議論に時間をかけるべき。事務局は事務が仕事であり、議論の時間を浪費するべきではない。
懇談会終了後、2002年の総合科学技術会議での議論について山根さんから聞いた。
2002年6月、内閣府・総合科学技術会議は「今後の宇宙開発利用に関する取組みの基本について(pdfファイル)」という文書を出したが、その中で、「有人宇宙活動について、我が国は、今後10年程度を見通して独自の計画を持たない」(同文書p.11)と明記してしまった。この文言は、有人宇宙活動に関する基礎検討までもが(文書全体としては検討は行うべきということになっていたにも関わらず)事実上抑圧されるという結果を招いた。
山根「あの時は、委員の65%、いや70%ぐらいが、有人やるべしの意見を持っていた。結局文面については会長預かりになったが、そうしたらあの『やらない』という文書が出てきた。有人宇宙活動に反対していたのは会長の桑原洋・元日立製作所副会長と山之内秀一郎NASDA理事長ぐらいだった」
ここで的川先生が口を挟む。「でも山之内さんは、JR関連で書いたエッセイには『自分も宇宙に行ってみたい』、って書いていたんだよね。見つかるとは思っていなかったみたいだけれど、私が見つけちゃった(笑)」
山根「文科省としては、『やらない』という方向に議論をまとめるために、反対派の桑原さんを会長に据えたのかも知れない。そうやって議論を誘導したわけだ。で、宇宙開発利用専門調査会で有人宇宙活動の推進を主張した私と久保田先生は、次の任期から委員からはずされた。お払い箱になったというわけ」