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2009.10.19

宇宙活動法にパブリックコメントを——WG報告書案の分析

 欲しい未来があるなら、まず声を上げよう。方法は用意されている。

 宇宙活動法についてのパブリックコメント募集(締め切りは10月23日金曜日)。公開された資料の読み方について解説する。

 パブコメ概要はこちら。

 資料はこちら。

 最初に言い訳を——宇宙活動法に関する議論には、特に国際法規との整合性を取る必要から、かなり法律的な知識が必要となる。技術を中心に宇宙開発をウォッチングしてきた私には荷の重い部分があるかも知れない。以下の分析には、特に法学的な面からの誤りが入り込んでいる可能性を否定できない。もしも事実誤認や認識不足の面を発見した方がおられたら、コメント欄でもメールでも構わないのでご一報頂きたい。

 永田町と霞が関に「国民は見ているぞ」というシグナルを送るために、ひとりでも多い方に、パブリックコメントを投稿してもらえればと思う。


 結論を先に書く。私の分析の概要は以下の通り。

 宇宙活動法には、1)宇宙活動に従って生じる危険を回避するという側面と、2)特に民間の宇宙開発・宇宙利用を促進する——という2つの役割がある。

 WG報告書(案)では、1)が前面に出すぎている感がある。この方針で宇宙活動法を制定すれば、国際的・国内的なトラブルは回避できるかもしれない。もっと言えば、官は「法律ではこのようになっています」と、責任を回避できるだろう。また、官は民間に対する政策的影響力を行使し続けることができるだろう。
 しかし、日本における宇宙開発への民間資本・宇宙ベンチャーの参入、新規参入事業者の育成は果たし得ず、かえって海外における宇宙の民間利用に、日本が後れを取ってしまうことになる可能性が高い。

 法律制定に向けた視点を、「いかにトラブルを回避するか」「いかに既存事業者(独立行政法人を含む)を保護するか」「いかに監督権限を維持拡大するか」ではなく、「どのようにして、新規事業者を巻き込んで、日本社会全体として、あるいは世界市場の中で宇宙開発・宇宙利用を拡大していくか」に切り替える必要がある。

 「官がコントロールできる民間宇宙開発」ではたかが知れている。官が想定すらしていなかった技術、サービスが出現し、世間から支持されることではじめて、産業は官の育成を離れて自立する。「官の想定外」が出現した時に、抑圧するのではなく、助け、成功に導く態度と仕組みが必要だ。

 WG報告書案では、民間事業者の責任が先行されて記述してあるが、これは逆ではないか。法律の制定の趣旨からすれば、宇宙活動法には、国策として国が追うべき義務についての記述がなくてはならないはずである。
 そして国が追うべき義務は、産業育成と国力増進の観点から導き出すべきものである。責任回避と権限拡大の観点からではない。


 以下、具体的に見ていくことにする。長くなるので、読みたい方はもうひとクリックの手間をお願いする。


 WG報告書では、宇宙活動法を整備する意義を4点にまとめている。


  1. 宇宙民間活動の時代に対応した国際約束の誠実な履行
  2. 公共の安全と被害者の保護の確保
  3. 民間事業者の宇宙活動への参入促進等を通じた我が国宇宙産業の健全な発達の促進
  4. 国際社会における我が国の利益と整合した宇宙活動の推進

 これらに従い、報告書は以下の筆を進めている。

  1. 国の許可と監督
  2. 損害賠償
  3. 宇宙物体の登録・救助返還、宇宙環境の保全
  4. その他(宇宙産業振興、大学・中小企業の支援、行政機関)
 この順番が、WG事務局の思考を反映したものだとすると、この時点ですでに順番が逆だ。法律の趣旨からすれば「宇宙産業振興、大学・中小企業の支援のために、国と許可と監督や損害賠償はどうあるべきか」と考えていかなければならないはずである。「宇宙産業振興、大学・中小企業の支援」は「その他」に押し込めるべきものではない。

 「国の許可と監督」では、1)打ち上げ、2)海外への打ち上げ委託、3)大気圏外からの帰還、4)衛星の管理、5)射場・帰還施設の管理——を国の許可と監督を必要としている。

 が、この許可基準が厳しい。ベンチャー企業ではクリアできないかもしれない用件が列挙されている。

 例えば打ち上げに関してはこんなものだ。引用の後ろに太字で私の意見を書いておく。

1 打上げ事業者が、宇宙物体の打上げを適正かつ確実に行うに足る技術的能力(注)を有すること (注)宇宙物体の打上げを適確に実施できる人的(専門技術者等)、物的(施設・設備)手段を確保できること
 これは発想が逆だろう。新たな打ち上げ希望者が現れた場合、少なくとも施設・設備は国が積極的に提供すべきではないだろうか。国としては逆に、設備を積極提供することで、野放図な参入をコントロールすることができる。  そもそもベンチャーが、「宇宙物体の打上げを適確に実施できる」ことを証明できるはずもない。これからの実績で証明していかなければならないのだから。  この項目は、「宇宙ベンチャーなど不要」と言うのに等しいように思われる。
2 打上げ事業者が、当該宇宙物体の打上げにより生じるおそれのある第三者損害の賠償資力(宇宙損害責任条約に基づき国が損害賠償を行った場合の国からの求償に対応する資力を含む。)を確保できること ※ 下記2)1の措置を講じることを許可条件とする。

(松浦注:下記2)1とは以下の項目である)


2)打上げ事業者の講ずべき措置
1 損害賠償措置
 打上げ事業者は、宇宙物体の打上げによって生じるおそれのある地表(水面を含む。)における又は飛行中の航空機に対する第三者の生命、身体、財産の損害を賠償するための措置(損害賠償措置)を講じていなければ、宇宙物体の打上げを行ってはならない。
 当該損害賠償措置は、国の定める賠償措置額について第三者に対する損害賠償責任を担保するための保険(Third Party Legal Liability Insurance Policy)(以下、「TPL」という。)の契約を締結することを原則とし、その保険額等の損害賠償措置の具体的内容について国の定める基準に適合するものでなければならない。なお、当該TPLは、宇宙条約、宇宙損害責任条約等に基づき国が損害賠償を行った場合の国からの打上げ事業者に対する求償にも対応できるものでなければならない。



 これも発想が逆に思える。「身体、財産の損害を賠償するための措置(損害賠償措置)を講じれば、宇宙物体の打上げを行うことができる。保険の具体的内容について、国は支援を行う。」というのが正しいありかたではないだろうか。
 「行ってはならない」という禁止から入るあたりに、後ろ向きの発想が見えるような気がする。



3 宇宙物体の構造及び性能並びに打上げ射場の位置、構造及び設備、打上げの方法が当該宇宙物体の打上げによって生ずるおそれのある事故から人の生命、身体及び第三者の財産の損害を防止する上で支障のないこと並びにスペースデブリ発生の抑制が確保されていること
 打ち上げるロケットについては、あらかじめ、その設計について安全適合性に係る国の承認を受け、当該設計のとおりに製造されたものであること
 なお、同一型式のロケットが複数機製造されるときは、型式の設計を証明すること(型式証明制度)により、型式証明を受けたロケットについて、個々のロケットに対する設計に関して国の承認を受けずに打上げを行うことができる。
 打ち上げるロケットのペイロード(payload)については、ロケットの打上げの安全確保に支障を生じないものであること
  国内の打上げ射場において宇宙物体の打上げを行おうとするときは、打上げ射場が、国の許可する打上げ射場の管理を行う者の運用するものであって、ロケットの打上げ施設設備と当該設備により打ち上げるロケットとの適合性について、ロケットの打上げの安全確保に支障を生じないものであること
※ 空中発射、海上発射については、国が当該許可を行うためには、あらかじめ、航空法制等との関係の整理も含め、別途十分な検討を行った上で、その結果に基づき、国が新たな許可基準等を整備することが必要となる。

 これは、まず許認可ありきで運用されてきた運輸・交通行政と同じ構図だ。「安全適合性に係る国の承認」というが、国に承認する能力があるのか、誰がどうやって承認するのか、承認したら責任も持つべきではないか——いろいろ疑問が湧いてくる。
 現代の技術では、まだ自動車や航空機ほどの安全性を実現し得ない。ましてや、新規参入者の設計・製造ならば、ある程度のリスクは許容しなければ、先には進めない。高いハードルを提示して、「これをクリアしなければ打ち上げを認めない」というのではなく、「ここまで頑張ったから、ある程度開発が進むまではこれ以降の安全確保の責任は国が引き受ける」という方向でなくては、新しい産業は育たないのではないだろうか。

 自動車の許認可行政の歴史を見ても、さまざまな不合理、不条理が存在したことは言うまでもない(ひどい例では、「許認可の申請書類を机の上に放置された」という官による民への“いじめ”すら事例が存在したという)。
 それを、産業としての足腰もままならない宇宙分野で繰り返すつもりだろうか。


 以下、長くなるので省くが、WG報告書は「いかに国が管理し、コントロールするか」に主眼を置きすぎているように思える。しかも、その際の責任はすべて「事業者」にあり、国にはないという部分が非常に多い。

 思考実験として、「例えばアメリカのスペースXのようなベンチャー企業が日本に存在したとして、WG報告書案にあるような宇宙活動法の存在する環境下で、はたして衛星打ち上げまで実施できるか」を考えてみればいいだろう。


 宇宙活動法の目的が、


  1. 宇宙民間活動の時代に対応した国際約束の誠実な履行
  2. 公共の安全と被害者の保護の確保
  3. 民間事業者の宇宙活動への参入促進等を通じた我が国宇宙産業の健全な発達の促進
  4. 国際社会における我が国の利益と整合した宇宙活動の推進

にあるというならば、事業者の責任のみならず、国の義務についても記述すべきである。むしろ国の行うべきことについての記述を先行させ、民間事業者が追うべき責任については、後に制定されるであろう周辺法に任せるべきではないだろうか。


 以下は余談。
 現在の宇宙開発戦略本部事務局は、河村前官房長官の意向もあり、経済産業省の出身者が中核を占めている。経済産業省としては、文部科学省が握っている宇宙行政を自分たちのものにしたいという意識があるようで、今回のWG報告書にも、「宇宙活動法を所管する行政機関について」という一項目があって「これまで文部科学省宇宙開発委員会が宇宙航空研究開発機構に関して行ってきた打上げ等の安全確保に関する事項を移管する必要がある。」と、ちゃっかり文科省の権限を削る記述が入っていたりする。

 しかし、経済産業省の関係者は、過去の通産省/経産省の産業政策がいかに多くの失敗を生み出してきたかを、きちんと省みたほうがいいのではないだろうか(皆、優秀な人たちだから、分かっているはずだと思うのだけれど。)。

 古くは、ホンダに反旗を翻された自動車産業保護政策。ホンダは今やトヨタとならぶ“民像資本”メーカーとなった。あるいはオールジャパンで開発体制を組んだYS-11は、船頭多くして船は山に登り、赤字が残り、日本航空機製造は解体という結果に終わった。第五世代コンピューター。シグマ計画、後が続かなかったサンシャイン計画。反省材料はいくらでもある。
 宇宙分野では、結局補助金が続かなくて閉鎖してしまった砂川の落下塔設備もあった(建設当時、予算の取り合いで張り合っていた科技庁系列の土岐の落下塔が、運用コストの低さ故に存続しているのは皮肉だ)。

 結局のところ、官の想像力の及ぶ範囲内に留まる産業は、そもそも産業として自立し得ないということではないだろうか。とするなら、官にできる真に実効的な政策は「官が思いもしない発想が出てくるための土壌を整備する」ことしかあり得ない。産業政策では、官は主役ではなく脇役、ただし重要な役回りを持つ脇役として振る舞うことが期待されている。

 このWG報告書の通りの宇宙活動法が制定されたら、土壌整備どころか、かちこちの土壌で草すら生えないということになるような気がする。

 以上が、私の分析であり、意見だ。上記の内容をまとめ、整理した上で、パブリックコメントに投稿しようと思っている。
 もちろん、これを読んだからといって、私の意見に同調してたパブコメを投稿する必要はない(冒頭に述べた通り、私の能力で、きちんと読み切れているかどうかも分からない)。きちんと資料を読んで、自分なりの意見をまとめることができれば、それが一番いい。

 最後にもう一回繰り返す。
 永田町と霞が関に「国民は見ているぞ」というシグナルを送るために、ひとりでも多い方に、パブリックコメントを投稿してもらえればと願う。

 望ましい未来が欲しいなら、まず声を上げるところからはじめよう。

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Comments

今回は松浦さんの分析をあえて読まずに、先入観なしで書いてみたのですが、書きあげたコメントの質や量はともかく、報告書案に違和感を感じた点はほぼ同じでした。

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