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2010.06.18

探査、JSPEC、宇宙理学委員会、日本惑星科学会、そして探査、探査、探査!

 最初に。
 和歌山大学の特任教授で、はやぶさサイエンスチームの一員でもあった秋山演亮さんが、コメントしてくれている。

とか書いていたら(有人宇宙港を巡る冒険)

 松浦さんのところのコメントに「こういった怪文章が流れるのは何処の業界も云々」というのがありましたが、問題はこれが全然怪文章じゃなくて、まぁある意味理学のトップクラスから実名で各方面に流れてる所なんですよね。そういう意味では松浦さんは別に釣られてる訳じゃないです。(丁度、和歌山大の ustreamに寄せられた文章のチェックをしているのですが、そこにもこの話が出てきてたりしててびっくりですが(^_^;)

 さて、前回からの続き。宇宙研の宇宙理学委員会の話だ。

 あのメールが宇宙理学委員会関係者が書いたものだとしての話だが。

 ごく簡単に書くと、JAXAに月・惑星探査プログラムグループ(JSPEC)ができたことによる、「ISASは太陽系探査ができなくなるのではないか」というあせりが、宇宙理学委員会にあるのだろう。それがあのメールになったのではないかと思う。

 文部省・宇宙科学研究所時代は、基本的に5年サイクルで物事が回っていた。Mロケットは年に1機ずつ打ち上げ、ほぼ5年ごとに改良を加えた新型に更新する。更新されたロケットの1号機には工学試験衛星を搭載する。その後に年1機ずつ理学衛星が4機続き、次のサイクルに入る、というように。
 5年のサイクルは次世代育成という意味もあった。修士課程2年博士課程3年のうちに、かならず自分の分野の新型衛星なり新型ロケットの打ち上げを経験できるわけである。

 宇宙研の黄金時代は、基本的にこのサイクルに乗った上での教授たちによる良い意味での談合によって回っていた。狭い駒場キャンパスで教授たちは理学工学関係なくしょっちゅう顔を合わせて議論を繰り返し、将来をどうするかを決めていった。予算は右肩あがりないしは前年と同程度は確保できていた。年1機の打ち上げが確定していたから、「今回は俺の分野の衛星は譲るから、あんたの衛星を先に開発してくれ」といった譲り合いも可能だった。
 その中で、科学衛星の質を確保するのに大きな役割を果たしていたのが5年に4機の理学系衛星を集中的に審議する宇宙理学委員会だった。「世界一線級のミッションを選定する」という方針で審議を行い、実際にそのようなミッションを輩出した。それは日本の宇宙科学を世界一線級に押し出す役割を果たした。

 ところが、宇宙三機関統合後は、予算削減で年1機の衛星打ち上げが不可能になってしまった。Mロケットは廃止されてしまったし、宇宙理学委員会そのものも、自らの責任で開発開始を決定した電波望遠鏡衛星ASTRO-Gが大トラブルを出してしまった。ASTRO-Gは電波望遠鏡の生命線といえるアンテナ鏡面が予定の精度を達成できないことが判明。また、地上の電波望遠鏡との観測網構築も不調なことから、JAXAは2009年に予算執行を停止し、2010年度の予算をゼロにした。
 今、宇宙理学委員会は「本当に、実現可能かつ世界一線級のミッションをセレクトする能力があるのか」と疑問に思われてもしかたない状況にある。

 その中で、JSPECに移管された「はやぶさ」——「もっとも宇宙研らしいミッション」と評価された探査機——が絶望的状況を切り抜けて見事な帰還を果たした。JSPECに宇宙研の良き部分が受け継がれるならば、旧ISASを代表した宇宙理学委員会の存在意義が問われることになる。三機関は統合されており、経営の実権はJAXAのトップにある。JAXA経営陣が「では探査はJSPECでやろう」と判断すると、宇宙理学委員会は探査機計画をセレクトできなくなってしまう。

 そのあせりが、JSPECマターへのはやぶさ2への反対となった。
 あのメールもまた、はあせりの反映だろうと私は判断している。
 しかし、JSPECも宇宙理学委員会も、同じ旧宇宙研というルーツを持つ組織で、同じ相模原キャンパスに位置している。人員のかなりの部分は併任だ。どこに足を引っ張り合う合理的理由があるというのだろうか。

 この問題は、国民視点で解決しなくてはならないだろう。国民からすれば、「はやぶさ」も「はやぶさ2」も「あかつき」も「イカロス」も、日本の探査機であって、それ以外の何物でもない。もっともうまくその探査をやれる者が、探査機を企画し、打ち上げればいいだけの話だ。そして、探査機を上げたい者が協力し合えば、大きな力になる。JSPECと宇宙理学委員会は協力してほしい、両者が協力し得手に帆掛けてさらなる日本の探査を行って欲しいというのが、はやぶさファンのみならず国民一般の願いではないだろうか。

 宇宙理学委員会の態度にも理解できる部分はある。すべては、宇宙科学の予算が削減されたことから始まっているのだから。民主党政権に言うべきことがあるとすれば、「きちんと予算をつけよう」ということだろう。2位で構わない分野があることは否定しないが、科学はそうではない。1位のみが意味を持つ過酷な世界をサポートしていくように、私たちは政治を監視していかなくてはならない。

 ここまで、民主党ははやぶさ2に関する責任はなかった。これからはある。

 そしてもう一つ、はやぶさが、今回のメールが指し示すことがある。

 「はやぶさ」の帰還によって、JAXAは否が応でもパブリックにことを進めねばならない立場に引っぱりだされた。内向きの論理では外部を納得させることはできない。いつも外部の目を意識して正々堂々とした態度を貫かなければならない立場となったのだ。

 それは今までの内向きの論理だけで生きてきた向きにはつらいかもしれない。「学問の自治」への侵害に思えるかも知れない。「組織内部の事情に外部から口を挟むな」と感じるかも知れない。
 しかし大きなチャンスでもある。国民一般に広く自分の必要性を訴えることが可能になったのだから。今ならば、多くの人々——それは多くの納税者であり多くの有権者でもある——が、宇宙開発について耳を傾けてくれるのである。そのような状況を「はやぶさ」が作り出したのだ。

 「はやぶさ」がもたらしたもっとも大きな意義は、この「みんなが見ているよ、みんなが期待しているよ」という状況だと私は思う。内輪のいがみあいで「はやぶさ2」がスタートできないとしたら、期待は失望に変わるだろう。

 「つまらない足の引っ張り合いはやめて、正々堂々胸を張って思うところをすべての人々に向けて語ろうよ、それだけのことをしたんだから」と私は思うのだ。


 ちなみに、ここまで「はやぶさ2」支援声明を出していなかった日本惑星科学会が、「はやぶさ」帰還を受けて声明を出した。

「はやぶさ」の地球帰還に関する声明

 私は取材の過程で、宇宙理学委員会の働きかけを受けた学会上層部が、はやぶさ2支援声明をしぶり、その一方で若手研究者が支援声明を出すべく努力していると聞いていた。

 文面に「はやぶさ2」とは一言も書いていないあたりに、内部の軋轢をうかがい知ることができる。それでも「今後とも、日本惑星科学会は、理論・実験・観測・数値シミュレーション・分析といった広範な手法の統合の場として、惑星探査を通した太陽系と地球の起源と進化の解明に向けて、一層貢献していく所存です。 」と結んでいるのは進歩だ。

 「惑星探査を通した太陽系と地球の起源と進化の解明」——太陽系起源の調査には始原天体、すなわち小惑星探査が必須だ。そして今現在実現ぎりぎりのところにきている小惑星探査は「はやぶさ2」以外に存在しないのだから。

 内輪のポリティクスよりも探査を。胸踊る、希望と絶望と、高揚と失望と、知的興奮と原初の血のたぎりと、意志と知恵と体力の限りの探査を。私たちはそれを待っている。

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Comments

意味のある良い助言はありません、ただ感想を書かせて下さい。

私の専門分野でもこの手の話には事欠きませんが、
それにしても、分野外の私が見ても分かるような穴だらけの文章を
自分の欲望に負けて多くの関係者に送るような人物が優れた仕事をしているとは思えません。

更に、納税者としては多額の費用が使われているミッションの総指揮者に
感情に負け論理的思考ができなくなるタイプの人物を就任させるべきではないと思います。

昔から、あらゆる集合体には栄枯盛衰が有るもので、
最も栄えた時には相当数の或る意味「あまり優秀で無い人物」が集まって来ます。
国内の幾つかの大企業でもその様な状況を目の当たりにしたことが有ります。
ISASも丁度その様なフェーズに入ったのでしょう。

真摯な知識欲が有るのなら、無理して自分がイニシアチブをとる必要なんてないと思います。
お金のある処に行って、仲間に入れてもらって自分のアイデアを語り受け入れてもらえば
得られるものは同じ。それで十分ではないかと。
名声欲が邪魔をするのだとしたら実に悲しいことです。

まあ、人間ですから理想論に従えないのは十分承知していますけどね。
でも、論理性を旨とする理学者ですから筋の通ったことをしてもらいたいものだと思います。
ヘボですが、同じ理学者として切に願います。

 はやぶさ映画BACK TO THE EARTH は、感情的に偏り過ぎで、科学的説明が甚だしく省略され、日本の教育の現実が不安になります。
 理科離れの現実を表しているとも、理科離れに拍手をかけているとも思えます。
 はやぶさに関して関心が集まるのはいいが、みんな感情的、センチメンタルにばかり偏り過ぎです。
 せっかくのはやぶさブーム、科学の目、考え方をちゃんと育てなくては。

 予算仕分けよりも、これはもっと深刻な問題だと思います。
 予算があればいいってもんじゃないです。
 専門の技術者だけが研究を継続できればいいわけでもない。

 理科離れの日本の弱点、問題をさらけ出しています。
 科学的思考を広く育てないと、人気だけではやぶさ2をあげても何も残らないです。
 国の予算と、科学教育と、日本の未来を担う政策として考えてほしいです。

ブログ本文の趣旨とあまり関係のないコメント部分に対して突っ込みを入れるのは気がひけますが、看過出来ないので書かせてもらいます。
 読者9255さんへ
はやぶさ映画BACK TO THE EARTH をご覧になられて、科学的説明の少なさに不満をお持ちのようですが、私はそうは思いません。
 あの映画は天文や宇宙工学についてあまり知らない一般の人や、まだ物理の知識の少ない子供などを対象にプラネタリウムの上映用に作成されたものです。
従ってそういう人たちが理解しうるレベルで、そして見ていて退屈しないものを40分の時間で表現しなければなりません。
 だからどうしても難しい科学の部分は省略されたかもしれませんが、それでも「何故小惑星25143に岩石を取りに行くのか?」というはやぶさミッションの一番大事な部分の説明は丁寧に描かれていました。また、はやぶさが地球とイトカワがどういう位置関係をもった上で目的地へ行くのか、探査機の姿勢制御はどのように動く事を指すのかといった、言葉では説明が難しい事柄を映像によって直感的に理解できるようになっています。
 逆に説明されなかった部分、たとえば、なぜ地球スイングバイによって探査機が加速されるのか?といった部分は力の向きと合成という高校の物理の内容を理解している人でないとどうしても説明が難しくなるので簡単に「地球に背中を押される」としたのでしょう。
 このように限られた時間の中で「これだけは今日知って帰ってほしい」と作成者側が思ったものが、映画の中に詰め込まれてます。
 あなたが「より多くの人に科学を知ってもらいたい」と思うのならば『すべての人が自分(あなた)と同じように物事を知っているわけではない』という事を肝に銘じてください。
 そのうえで、あの映画をみて「あれはなんでだろう?」「もっと知りたい」という人がいたら教えて差し上げてください。それが科学を世に広める一つの手であると私は思います。

全くの門外漢が発言するのは場違いなのかもしれませんが、黙っていられません。
昔読んだ松本零士の戦場マンガシリーズのある作品を思い出しました。それは、日本とアメリカの重機関銃について描いたものでした。太平洋戦争に使われた日本軍の重機関銃は、陸軍と海軍で口径が違い、弾丸が共有できなかったのだそうです。また、陸軍、海軍の中でも、飛行機用と地上戦用の機関銃は口径が異なるため、何種類もの銃弾が必要で、飛行機はあるし燃料もあるのに、弾がないので飛べない、なんてことがしょっちゅうあったのだそうです。
ところが、アメリカ軍は陸軍も海軍も、飛行機も地上戦も全部ブローニング12.7ミリ砲で統一されていて、重機関銃の弾と言えばブローニングの弾、と決まっていたのだそうです。
物資に乏しい日本軍が何種類もの弾を使い分け、物量豊富なアメリカ軍が弾を統一していた。日本が負けたのはこのせいだった、とそのマンガでは結論づけていました。
陸軍と海軍の小競り合い、縄張り争い、足の引っ張り合いが、意味もなく色々なバージョンの飛行機を生み出し、生産現場を疲弊させていた、と言う話しも読んだ事があります。
これらはひとえにリーダーシップの欠如がもたらした結果でしょう。当時の日本では、天皇陛下のように中身がよくわかっていない、権威だけある人間をトップに祭り上げ、下の人間が勝手な事をやる、と言うやり方が、上から下まで蔓延していたのではないでしょうか。日本が戦争に突入し、敗れたのは、この、リーダーシップの欠如が一番の原因だったのでないか、と私は思っています。
そして今回の件を見る限り、これは実は、今もあまり変わっていないように思います。せっかくの高い技術、モチベーションの高い優れた人材も、これでは活かす事ができません。日本は先の戦争の経験を活かす事なく、また同じ様な事を繰り返そうとしてるのはないでしょうか?
ピント外れな意見、KYな発言で、皆様にご迷惑をおかけしてしまいました。申し訳ありませんでした。

>>へぼ理学者さん
同意です。この文章が本物だと判明して、ISASの一部の方の
レベルの低さにがっくり来ました。
これはISASを取り巻く環境の変化ではなく、元々のISASのレベルが
(無論、ピンキリのキリの方でしょうが)現れてしまった結果だと思います。

>>kamiyaさん
松本零士のブローニングの話には、漫画で触れた以上の「底の話」があります。

それは、当時の陸海軍の機関銃は大半が外国の技術ベースであることです。
自国の根底技術が無いゆえに、
フランス(ホッチキス)・イギリス(ビッカース・ルイス)・スイス(エリコン)・
チェコ(ブレダ)・アメリカ(ブローニング)と、
あらゆる「各国の優れた技術のつまみ食い」を行った結果が、あのバラバラな規格です。
現時点で多少、劣っていたとしても、自国で根底の技術を持っていたとしたら、
あんな事にはならなかったと思います。
(海軍の五式30ミリ機銃でやっと技術が確立しましたが、遅すぎました)。

これは「はやぶさ2」に繋がる大事な話だと思います。

追記です。
例えば、陸軍のホ103/12.7ミリ機銃と海軍の三式13ミリ機銃は同じブローニングの
コピーですが、元の弾薬がホ103=ブレダ、三式=ホチキスのコピーなので
互換性がありません。
(そしてブレダを弾薬にすると機銃は軽くて小破壊力、
ホチキスを弾薬にすると機銃は重くて大破壊力になるなので甲乙つけ難い所です)
おまけに海軍には二式13ミリ機銃まであって、こっちはブローニングでは無く、ドイツのラインメタルのコピーです(これは、軽量大破壊力の機銃ですが、生産性が悪かったそうです)。
無論、二式13ミリと三式13ミリの間に互換性はありません。

根本的な技術を持っておらず、「技術のつまみ食い」をすると、こうなる。という
具体的な結果がここにあります。
J-1ロケットやGXロケットの事も遭わせて考えると面白いかも知れません。

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