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2010.06.22

惑星協会フリードマン博士の文章を翻訳しました

 惑星協会(Planetary Society)の創設者のひとりであり、エクゼクティブ・ディレクターのルイス・フリードマン博士が、6月15日付けで、The Hayabusa Adventureという文章を発表している。ここでは、博士の許可を得て日本語翻訳版を掲載する。

 惑星協会は、1980年に、カール・セーガン、ブルース・マーレイ、ルイス・フリードマンという錚々たる科学者3名によって創設された、太陽系惑星と地球外知的生命の探査(SETI)の推進を目指す非営利・非政府団体。フリードマン博士は、1970年代にジェット推進研究所でボイジャー計画、金星探査、水星探査などに携わり、後のマゼラン金星探査機や火星探査などの検討にも参加した経歴の持ち主である。

 博士との連絡の労は、惑星協会ブログライターのEmily Lakdawallaさん経由で、Twitterの@5thstarさんが取ってくれた。翻訳は、@thgraceさんが、Twitter上でまさに一気呵成の勢いで行ってくれた。@satodainuさんがWikiを提供してくれたので、その上で日本語表現を調整し、主に@satodainuさんと、私が日本語としての流れや見栄えを整理している。誤りがあるとすれば、最後に手を入れた私に責任がある。Twitter上でコメント・協力してくれた、すべての皆さんに感謝するものです。



はやぶさの冒険

2010年6月15日

 私が初めて、MUSES-Cミッションの提案(MUSES-Cは、はやぶさの計画初期の名称だ)を知った時には実現不可能な夢のように感じたものだ。他の星から試料を持ち帰るサンプル・リターンはとても難しい。無人では、かつてソビエト連邦が実施したのが唯一の成功例である。

 サンプル・リターンを成功させるためには、多くの難関をくぐり抜けねばならない。すなわち対象となる天体とのランデブー、科学調査、着地、サンプリング、試料の回収、地球に向けての再出発、そして最後の大気圏再突入と着陸である。どの課題も、日本の宇宙機関にとって初めてのことだ(それまで日本唯一の惑星探査は、火星に向かったものの火星を回る軌道への投入に失敗した「のぞみ」だけだった)。
 それらの課題に加えて、MUSES-Cでは新しい推進技術も採用していた。太陽電池で作動する、宇宙での連続運用を想定した低推力(イオン)エンジンである。

 はやぶさの行程そのものが、これらがいかに大変なものか示している。しかし、私(だけでなく他の科学者らも)は、日本の技術者らがこの宇宙機に対して回復力と頑健性とを上手に組み込んでいたかを理解していなかった。彼らは、はやぶさを単に正しく動作するだけのものとして作ったのではなかった——はやぶさを様々な困難にその都度対応できるように作り上げたのだ。

 私たちはこのような宇宙機を作った技術者たちを拍手とともに称賛したい——カプセル容器の中がどうであったとしても、だ。愛すべき日本の大衆は技術者に絶大な信頼を寄せ、はやぶさは新聞、雑誌、テレビ、映画でポピュラーなキャラクターとなった(アメリカの宇宙機擬人化の伝統とは異なり、はやぶさは“彼”である)。はやぶさのストーリーはCGの映画ともなって、プラネタリウムで放映されている。まもなくDVDも出ることだろう。

 何千ものはやぶさへの祈りがJAXAのホームページに集まった。JAXAと私たち惑星協会が世界中から集めた数十万もの名前が、はやぶさに搭載された。

 はやぶさは2003年5月、今は退役してしまったM-Vロケットで打ち上げられた。本来なら数年前に打ち上げる予定だったのだが、M-Vの問題によって打ち上げは遅れてしまった。太陽電池で動く推進系は良く能力を発揮し、はやぶさは2005年9月、小惑星イトカワとランデブーするに至った(計画当初の目標は小惑星Nereusだった、アメリカでは親しみを込めてNear-Us[近くにいるよ]として知られる星である)。イトカワは、小惑星でも比較的地球近くまで来る軌道——実際に地球軌道を横切っているのだが——を持つ地球近傍小惑星である。しかし、はやぶさが到着した時、イトカワは地球から約3億kmのかなたにあった。この距離だと、地球からの通信は往復で30分ほどかかってしまう。

 その探査は実際大したものだった。最初の接近画像は、今や有名になったじゃがいも状の小惑星を高分解能で捉えていた。JAXA月・惑星探査プログラムグループ(JSPEC)のはやぶさ運用チームは、まずイトカワ表面で動作する小型ロボットを発射したが、これはイトカワにはたどり着かなかった。当初イトカワへの着地の試みはうまくいかなかった。その後試みは成功した。はやぶさは30分ほどもイトカワ上にとどまっていたらしい。しかしサンプルは得られただろうか? サンプル採取装置は弾丸を撃ち込む機構を持つが、これは完全には動作しなかった。それでも小さな粒か、すくなくともダストはとらえることができた可能性はある。着地を試みる前にはやぶさはイトカワに向けてターゲットマーカー——それにはみんなの名前が書きこまれている——を放出した。それは今もイトカワの上にある。
 一連の着陸の試みは2005年も押し迫った時期に行われた。地球への帰還作業はそのあとすぐ始まったのだが、リアクションホイールは壊れ、推進薬の漏洩も起きた。地球への帰還可能性は潰えたかに思えたが、それはJSPEC運用チームがすばらしいアイデアを思いつくまでのことだった: つまり時を待つことだ。計画通りに2006年初頭にイトカワを出発するのではなく、次に地球が良い位置に来る2007年4月まで待つこととしたのである。はやぶさはエンジン四つのうち二つしか正常動作しなくなっていた。この状態ではやぶさは帰れるのだろうか? 

 二つのエンジンは動いた——地球への軌道がとれるようになるまでの間は。2009年末、さらにエンジン一つが壊れ再び状況は絶望的になった。しかしJSPECの賢い友人たちは、壊れかけた2基のエンジンを組み合わせて正常に作動するエンジン1基として使えるようにした。はやぶさを見つめて揺れ動く私たちの心境は、Emily Lakdawalla が我が惑星協会のブログに画像入りで記述している。
 今、“はやぶさ君”は地球に帰ってきた。彼がこれまでに経験した、イトカワへの、イトカワでの、イトカワからの冒険とは対照的に、地球への再突入と着地はほぼパーフェクトだった。カプセルも無事に回収されている。

 そのカプセルはこの長い旅路が始まった場所——JSPECがあるJAXA相模原キャンパスへとまもなく戻る。カプセルはそこで開けられることだろう。(直接、またはネット越しに)中身の証人となるべく集まるであろう大勢の人々に囲まれて。

 私はシェイクスピアの「俺のハヤブサは空腹でいらいらしていやがる( My falcon now is sharp and passing empty.)」というセリフのようにはなっていないことを願う。

 カプセルになにものかがはいっているならば、それはすなわち地球に届いた初めての小惑星のサンプルとなる。万が一なにもなかったとしても、このすばらしいミッション達成の意義が損なわれることはないし、将来のサンプル・リターン・ミッション——とても大切な火星からのそれも含む——につながる大きな経験が私たちには残るのである。

ルイス・D・フリードマン

 惑星協会のEmily Lakdawallaさんはこんなグラフも作成している

 シェークスピアの引用は、「じゃじゃ馬ならし」第4幕第1場の最後ペトルーキオのせりふ。
 坪内逍遥訳は「おれの鷹め、おそろしく空腹(はらぺこ)なので、焦々(いらいら)してゐやがる。」
 小田島雄志訳では、「おれの鷹はいまのところすっかり腹を減らしている、こちらの言いなりに餌に飛びつくまでほうっておこう。」
 ここでは坪内訳を基本に、はやぶさの状況に対応するように独自訳を試みた。ちなみに鷹狩りの鷹として、ハヤブサも使用されることがある。
 なお、ハヤブサは長らくタカ目ハヤブサ科ハヤブサ属の鷹の一種という分類だったが、近年は遺伝子解析で鷹との近縁が否定され、ハヤブサ目ハヤブサ科ハヤブサ属に分類されるようになっているとのこと。
 翻訳調査と独自訳検討は@moko_uiroさん、@mosschさん、@albireobさんなどによる。感謝。

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Comments

家出る前に見てれば!
じゃじゃ馬ならしが本棚にあったのに。

翻訳作業おつかれさまです。
読んでて全然違和感なくてよみやすかったです。
ありがとうございました。>松浦さん、@thgraceさん、@satodainuさん
ただ、「低推力(イオン)エンジン」のくだりとか読んでて、
原文の注釈カッコ書きと訳注のカッコ書きを区別できると嬉しいかなとおもいました。

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