Web検索


Twitter

ネットで読める松浦の記事

My Photo

« June 2010 | Main | August 2010 »

2010.07.31

2002年7月26日のはやぶさ

 本日のJAXA相模原キャンパス一般公開は、1万7000人の人出だったとのこと。行かれた方、ご苦労様でした。

 以下に掲載するのは8年前の2002年7月26日、相模原キャンパスにて組み立て真っ最中のはやぶさの写真だ。この日、私は組み立て中のはやぶさを取材した。もちろんこの時点でははやぶさという名前は付いていない。MUSES-Cである。

Dscn1706
 探査機本体を横方向から見たところ。右側にイオンエンジンがついているこの時点では、はやぶさはなじみ深い金色でもないし、太陽電池パドルもハイゲインアンテナも付いていない。一見するとただの箱である。

Dscn1708
 イオンエンジンは、ダストカバーで覆われていた。カバーの素材は、パソコン部品を梱包する静電気がたまらないタイプのシートのようだった。隅には化学推進スラスターが付いている。はやぶさの化学推進スラスターは、日本初のヒドラジンと四酸化二窒素を使う二液式だった。それまで、日本の衛星・探査機はヒドラジンを触媒で分解する一液式を使用してきた。二液式は複雑になるが性能が向上する。二液式スラスターの開発は、はやぶさの地味ではあるが大変重要な成果である。

Dscn1709
 反対側、再突入カプセルが付く側。下部にサンプラーホーンが見える。まだカプセルは付いていない。外壁に搭載機器が装着されているのに注意。はやぶさは搭載スペース節約のため、壁面内部だけではなく外側にも機器を搭載した。

Dscn1716
 ハイゲインアンテナ。アンテナ面の設計は火星探査機「のぞみ」に使ったハイゲインアンテナと同じ、3軸織りの高弾性CFRP製。

Dscn1702
 ダミーの治具に搭載されたタンク。通常、衛星・探査機は、力のかかる軌道変更用エンジンを中心に、円筒形の力を受ける部材(スラストチューブ)を持つスラストチューブ構造を採用することが多い。しかし、はやぶさは、強力な推力を発生するエンジンを持たない代わりに、微小推力のイオンエンジンを搭載している。このため、本体は壁面パネルで力を受けるモノコック構造を採用している。タンク類は内部の仕切り(バルクヘッド)に装着される。

Dscn1698
 ダミーの本体に取り付けてある、左右の太陽電池パドル。畳んだ状態である。

Dscn1737
 この日、組立の現場では、サンプラーホーンの展開試験を行っていた。「3、2、1」という秒読みと共にサンプラーホーンのラッチがはずれ、ホーンが延びる。無重力の宇宙空間での展開を前提に設計されているので、重力のある地上でそのまま展開すると、すとんと下に一気に伸びて、場合によっては壊れる恐れがある。この日の試験では、作業者がサンプラーホーンの下を手で支えて、そろそろと伸ばしていった。

 この時点で開発スケジュールは非常にタイトなものになっていた。「綱渡りどころか、ひも渡り状態が、糸渡りになっている」という説明が、今も耳に残っている。
 この8ヶ月半後、MUSES-Cは内之浦からM-Vロケット5号機で打ち上げられ、「はやぶさ」と命名されたのだった。


2010.07.30

来たぞ見学者が5万人(ではなくて1万3000人)

 今日、相模原の一般公開は、なんと1万3000人は来場したとのこと。午前中は雨、ウィークデイということを考えると驚異的な数字だ。帰ってきたはやぶさの帰還カプセルの公開は、昼頃には行列で待ち時間が3時間というなかなかとんでもないことになったそうだ。

 明日は現地は晴れ、土曜日ということでもっとすさまじい人出になることが予想される。アクセスは公共交通機関を使うことと、そして帽子と飲み物の熱中症対策を忘れないことが必須となるだろう。場合によっては日焼け対策も。

 現地はJR淵野辺駅から徒歩20分。とはいえ、大人の足なら15分程度である。午前10時から10〜15分間隔で無料送迎バスを運行するとのこと。

 もともと大人数をさばくためのアミューズメント施設ではない。研究機関だ。見学する側も,迷惑をかけないような準備をしておこう。

 私も行きたいのだが、ここしばらく取材と締め切りの日々が続いていて、行けない。ひとめカプセルを見たいのだけれど。

 明日、相模原に行こうと思っている方、十分な準備をして、楽しい一般公開を過ごしてきて下さい。

 以下は、今日の Twitterまとめ。

 開発始まり14年
 今日はカプセル晴れ姿
 押すな押すなの相模原
 やってきた見学者が5万人
 (サバいうなこのヤロ〜)

2010.07.29

30、31日はJAXA相模原の一般公開です

 明日から2日間、JAXA宇宙科学研究所・相模原キャンパスの一般公開だ。

 はやぶさの帰還で、宇宙研を知って、今回初めて見学に行こうという人も多いだろう。
v初心者のために、Twitterに集う宇宙開発愛好家が、注意事項をまとめている。また、この手の見学の強者である、しきしま・ふげんさん(「現代萌衛星図鑑」著者)も、見学の注意をまとめている。
 初めて行こうという人は読んでおいたほうがいいだろう。


 特に今年ははやぶさ人気でかなりの人手が予想される。十分な準備(天候にもよるが日除けとボトル飲料と、スニッカーのようなちょっとした食べ物は必要)と、行き帰り(楽をしようと思わずに、JR横浜線・淵野辺駅から歩くのがベストだと思う)の算段をきちんとして赴こう。

 注意事項はいろいろあれど、実際にプロジェクトを動かしている人たちが説明に立つ、得難いイベントだ。節度ある態度で臨めば、一日楽しく有意義な体験ができると思う。

 そして大切なこと。宇宙開発も、宇宙科学も、太陽系探査も、どれも今年だけで終わるものではありません。私たちの知的好奇心が続く限り、ずっと進展していくものです。もしも今年、はやぶさに興味を持って一般公開に行き、「ああ、面白かった」と思えたならば、ずっと興味を持って見ていきましょう。来年の、再来年の一般公開にも足を運びましょう、
 宇宙への道のりに終わりはないのですから。

 楽しんできて下さい。

月探査に関する懇談会から最終的な報告書が出る

 今日は月探査に関する懇談会の第9回会合を傍聴に行く予定だったのだが、ついにダウンしてしまった。5月からこっち一日も休みなしになにかしらをやっていた結果である。身体も精神も2〜3日の休養を要求しているが、その時間がとれない。貧乏暇なし。

 今日の会合の様子は、有人ロケット研究会事務局長の大貫剛さんがTwitterに書いており、すでに月懇談会会場なうというまとめも出来ている。大塚実さんも傍聴に行っているので、すぐにまとめが掲載されるだろう。

追記:大塚さんによる速報版報告が出た。月探査に関する懇談会 第9回会合(速報版):大塚実の取材日記

 すでに宇宙開発戦略本部のページには月探査に関する懇談会 第9回会合 議事次第として、本日配布された資料が掲載されている。報道機関は以下のようにこの件を伝えている。

 分析を書きたいが、時間がとれない。

 ざっとみた印象では、みんなでわーいと諸手を挙げて、月探査という破局に突き進むのはぎりぎり回避できたかなという印象だ。相変わらず「日本の月探査はアメリカに触発されたものではない」というような自己欺瞞だとか、「2020年に南極に無人基地」というような「サイエンスとしてほんとうにそれでいいのか、もっと議論すべきではないか」といった記述も残っている。それでも、若干正気に戻ったかというように読める。若干ではあるが。
 資金規模については、「2015年頃までに約600〜700億円程度」「2020年頃までに累計約2000億円程度」、月探査に必要な研究開発について、「2020年頃までの資金規模としては、900億円程度と試算。(なお、その後の実機規模の研究開発のための第2ステップには、数千億円規模を要する見通し)」と書いている。2400億円と書いていた前の案からするといくらか少なくなった。
 この数字を予算獲得の武器として一人歩きさせずに、アメリカの有人月計画なき今、全体計画の中にどうやって月探査を位置付けるかが、今後の宇宙開発戦略本部の仕事となる。

 以上、取り急ぎアップする。


 アマゾンでも買えることに気がついたので掲載する。この週刊ダイヤモンド6/12号に、現在の日本宇宙開発が抱える問題点についての記事を書いた。月探査に関する問題点も指摘している。



 JAXAが出した日本宇宙産業を総括したムックだが、実は記事のかなりの部分を、無記名ながら大塚実さんと私が書いている。現状を知らなければ問題点の把握もないわけで、今の日本の宇宙産業がどうなっているかを見通すことができる一冊である。


2010.07.28

はやぶさのテーマ

 そうか、はやぶさ帰還ではやぶさを知った人は、このCDを知らない可能性があるのかと気がついたので。また紹介する。また、というのは2005年のイトカワタッチダウンの時にも紹介しているからだ。

 甲斐恵美子さんの「Lullaby of Muses」である。


 前に書いた記事とはジャケットが替わっているが、現在の手に入る版は2007年に一曲を追加して再発売されたものである。

 5年前に書いた通り、このアルバムは打ち上げ前の2002年に発売された。

 2002年、打ち上げ前に制作されたジャズ組曲。はやぶさの行程を全11曲の組曲(現在のCDではプラス1曲で、全12曲)で表現した大作だ。

 この曲はJAXA/ISASの矢野創さんが、ちょっとした機会に天文学者にしてジャスCDのlyraレーベルの主宰者である尾久土正己さんと知り合ったところから始まったのだそうだ。「探査機のテーマ音楽が欲しい」という矢野さんのアイデアに、音楽家が応えた結果である。アルバムには矢野さんが力のこもった長文の解説を書いている。

 音楽は即興中心のハードなジャズではなく、メロディを主体とした美しいものだ。自由自在に跳ね回る中谷泰子さんのヴォーカルが素晴らしい。

 前に書いた上記の紹介に付け加えることは何もない。ニコニコ動画で様々なはやぶさ関連の音楽がアップされるずっと以前に、はやぶさは「テーマ音楽を持つ史上初の探査機」だったのである。
 ちなみにはやぶさ 関係者からのメッセージには、「はやぶさ〜Well come Back to Home!〜」という題の甲斐恵美子さんのメッセージが掲載されている。


2010.07.27

はやぶさ本、2冊


 本日、はやぶさ関連書籍2冊を入手して読んだ。

 29日の正式発売日前にうまく買えたのがこちらの「小惑星探査機はやぶさの大冒険」だ。山根さんらしいストレートな題名だが、内容もまたストレート。週刊ポストの名物連載であった「メタルカラーの時代」で行ったインタビューを挟みつつ、はやぶさの打ち上げから帰還までを、分かりやすい言葉でまとめている。今回の帰還で、はやぶさのことを始めて知ったという方や、宇宙に興味のある中高生などにもお薦めできる一冊だ。


 こちらは科学雑誌ニュートン編集部が総力を挙げた写真満載のムックだ。はやぶさ本体と同時に、イトカワの科学観測の成果についてもかなりの紙幅を割いてまとめており、「はやぶさ本体の経緯と、はやぶさがやったこと」の両方を知ることができる。関係者8名のインタビューも掲載されており内容は濃い。はやぶさ2、さらには金星探査機あかつき、ソーラーセイル試験機イカロスについても記事を掲載している。

 こういう本をきちんとタイミング良く出すことは、ジャーナリズムの使命と言って良い。「お前はどうした」と言われそうだが、これらを踏まえた上で自分なりに頑張っていくしかないのだろう。さあ、どうしよう。

2010.07.26

推進部会第2回会合・野口飛行士の菅首相表敬訪問

 本日、宇宙開発委員会・推進部会第2回会合が開催された。私は傍聴に行けなかったので詳細はまだ把握していないが、大塚実さんが傍聴に行って、一部資料を自分の日記に掲載している。大塚さんは部会の雰囲気を一部Twitterに流している。

 追記:推進部会を傍聴した@nikoさんと、がじゅまるんさんが、コメント欄に会合の様子を投稿してくれている。どうもご苦労様です。配布資料はネットにアップして大丈夫です。あの場で配った時点で公開資料となっています。


 推進部会第1回の資料も宇宙開発委員会のページに掲載された。


 かなりの量の資料が公開された。はやぶさ2、イプシロンロケットともに興味があるなら必読。次回の推進部会は8月5日(木)の10:00〜12:00に開催される。議論の集約が行われる模様。

 オンライン報道は今のところ、日経のみ。


 ただ、これは今日の推進部会の内容というよりも、今日宇宙開発委員会のページに掲載された前回の資料を読んで書いた記事のように思える。日経はオンライン有料化を進めており、無料版に出ている情報を絞ってはいるのだけれど。

 本日は、野口聡一宇宙飛行士が、菅直人首相を表敬訪問した。その場でもはやぶさの話題がでた模様。


首相表敬訪問が終了。はやぶさから日本の有人ロケットの話題まで、いろいろお話しさせて頂きました。

 報道によれば菅首相は宇宙予算について、特に積極的な発言はしなかったらしい。

 同席した宇宙航空研究開発機構の関係者が宇宙関連予算が減っていると指摘すると、首相は「財政は厳しいが、子どもに夢を与えられるプロジェクトはいい」と述べるにとどめた。 (日経新聞より)

 まあなあ、宇宙関係に無駄がないかといえば全然そんなことはないからなあ。

 ただし、首相として、「政治が宇宙関係のやることばかりを増やす(ISSに情報収集衛星、両方とも自民党政権の置き土産ではあるが)一方で、予算を増やしていないどころか削っている」という、これまでの経緯は把握しておいて欲しいところ。この問題の解決は政治にしかできない。

追記:NHKは日経と同じ語句を全く逆に解釈して報道している。

「私も小さいころは、ロケットを造ったりロケットに乗ったりしたいと思っていた」と述べ、宇宙への憧れを語りました。そのうえで菅総理大臣は「国の財政事情が厳しいという問題はあるが、宇宙プロジェクトは子どもたちや、将来に夢を与えることができる」と述べ、厳しい財政事情の中でも政府として宇宙開発に最大限の支援を行う考えを示しました。(NHKニュースより)

 さて、どちらが正しい解釈なのか。

2010.07.25

盆踊りに演歌、替え歌

 日本において、ある事物がブームになったと判断しうる3つのポイントがある。

1)盆踊りの音頭になる。
2)演歌になる。
3)替え歌が流布する。

 ありました、はやぶさ音頭。


 ファンキーだなあ。ちなみに、飛び出したのは種子島ではなく内之浦。これは重要。

 実はイラストレーターの小林伸光さんが作った歌詞もあるので、以下に掲載する。

はやぶさ音頭 作詞:小林伸光

速い 速いよ イオンの流れ
やっと 来た 来た 小惑星
ブワッと 着陸 サンプル取って
さっと 帰ろう 故郷に

はっと しました ホイール故障
やった 置いたよ マーカーを
ふわっと 着陸 したいけど
さすがに 姿勢が 崩れたよ

入っているのか サンプルは
ヤバイ 漏れたよ ヒドラジン
普通の 帰還は あきらめた
三年 待ってよ 皆の衆

入ってきました ビーコンが
やってみました キセノン噴射
2つの イオンエンジンを
最後の手段で つなげたよ

はるばる 60億キロを
やっとの思いで たどりつく
ブルーに輝く 故郷の
砂漠の上で 流れ星

 もう一つ、小林さん作詞の演歌。

はやぶさ迎え酒 作詞:小林伸光

おまえ思って 飲む酒は  
空を見上げる 迎え酒  
その身は遠く 離れていても  
健気な姿が 目に浮かぶ
涙こらえて ほほえみを 
帰っておいでよ 愛の星 
みんな待ってる 青い星
 
夜空旅して ただ一人  
流れ流れて 遠い星  
今は傷つき くたびれ果てて
涙の雫も 枯れたけど
貴方の声が 聞けたから 
守ってきました 愛の花 
きっと見せます 流れ星  

ひとり偲んで 飲む酒は  
夜空見上げる 迎え酒  
今はその身は 消えようと 
涙の向こうに 明日を見る  
おまえの姿が そこにある 
帰ってきたんだ 流れ星  

 2005年のタッチダウン時に、漫画家のあさりよしとおさんが作った替え歌もあるので再掲載する。これら、誰かボーカロイドに歌わせて、ニコ動にアップしてくださいな。

蒲田行進曲のメロディで 替え歌:あさりよしとお

アステロイド 光の港
未踏の天地

星の姿 星間物質
凍るるところ

カメラの目に映る
モノクロの像にさへ

青春燃ゆる 生命は躍る
未踏の天地


 替え歌はすでにこういうのもある。


トロ、グッジョブ! あるいは、ネコでも分かる小惑星探査

 トロが、そこらへんの地上波ニュースよりもわかりやすいはやぶさの解説がしている。

 いや、トロが解説しているわけではないか。

 こんなところで森本さんを見ることになるとは。
 森本睦子さんは、はやぶさ運用のスーパーバイザーの一員。スーパーバイザーというのは、その週のはやぶさ運用チームを率いるリーダーののことで、はやぶさ運用の7年間に、20数人がスーパーバイザーを務めた。
 そのリーダー達を束ねるのが探査機運用班長の西山和孝准教授である。はやぶさ最後のスーパーバイザーは(ご本人曰く「役得」の部分もあるようだが)、西山准教授が務めたが、実は最後から2番目のスーパーバイザーが森本さんだった。

 ちなみに探査機運用班長という職名は、最近になって作ったもので、最初は「お前が往きのはやぶさ運用の面倒を見るように」という教授からのお達しがあっただけだったそうだ(もちろん職名などなし。ISASではこれが普通だった)。

2010.07.24

探査機はやぶささん

 今日も暑かった。炎天下の東京を歩いていたら、足の裏が火傷しそうに熱い。融けたアスファルトに足をとられて行き倒れにならなかっただけまし、と考えることにする。

 色々あって連日外出しており、疲れが溜まっている。8月末まで連日更新と宣言したものの、息切れは否めない。

 今日は連作4コママンガを紹介する。

 はやぶさの擬人化というと、「萌衛星図鑑」(三才ブックス)のしきしま・ふげんさんが先鞭をつけて、その後あちこちに拡がっていったが、このはやぶささんは線のシャープさと、バックグラウンド知識の正確さでなかなか良い雰囲気だ。このまんま「まんがタイム」あたりの四コマ誌に掲載してあってもおかしくない。

 個人的にはミネルバさんのデザインが気に入った。

 オリジナルは4コママンガだが、動画にもなっている。見せ方の融通無碍さは、ネット時代の必然だろうが、フットワーク軽くメディアの違いを飛び越えていくのは、見ていて爽快である。

2010.07.23

便利なJAXAリポジトリ

 今日は、はやぶさについて詳しく調べる場合の、スタート地点となるページを紹介する。 

 JAXA発行文献や、学術誌に掲載された論文などを検索するシステムだ。基本的に書誌情報が掲載されているだけなのだが、一部についてはpdfファイルも掲載されているものがある。

 はやぶさだけではなく、日本の宇宙技術について広報のホームページ以上に突っ込んで調べたいときに、ます一番最初に見るページである。

 pdfファイルが掲載されていなければ、相模原の宇宙研図書室へと出かけていくわけだ。

2010.07.22

木曜日は月探査に関する懇談会

 7月29日木曜日に、宇宙開発戦略本部・月探査に関する懇談会の第9回会合が開催される。

月探査に関する懇談会 第9回会合の開催について

標記会議を下記のとおり開催しますので、お知らせいたします。 なお、本会議は一般に公開して行います。

記 日 時 平成22年7月29日(木) 16:00~18:00
場 所 中央合同庁舎第4号館4階 共用第4特別会議室

議 事(予定)
(1)報告書(案)について

※ 傍聴について傍聴をご希望の方は、7 月 27 日(火)17:00までに、傍聴者の氏名、職業、連絡先を明記の上、下
記問い合わせ先(i.space@cas.go.jp)まで電子メールにてご登録ください。件名は「【傍聴希望】月探査に関する懇談会第9回会合」としてください。希望者多数の場合は抽選により、傍聴できない方のみ 7 月 28 日(水)12:00 までに連絡いたします。傍聴される方は、開始時間までにご来場ください。なお、入居ビルのルールに従い、入館時にセキュリティチェックが行われますので、身分証明書等本人の確認ができるものを御持参いただきますようお願いします。

 宇宙開発委員会・推進部会同様、ウィークデイの午後に2時間も霞が関まで出てきて傍聴できる人は多くないかも知れない。が、興味のある方は傍聴してほしい。

 報告書(案)とあるが、ここで「日本は月にどかんと金を突っ込むか否か」が見えてくるはずだ。

 
 この件、当blogでも月で公共工事をしたいのかで詳しく書いた山川新宇宙開発戦略本部事務局長の今後を見る上でも重要だし、何よりも今後の日本の方向性を妙なことで決められてしまうかどうかという大きな分かれ道である。


 月探査に関する懇談会とは、要はいつもの霞が関のやり方で、「日本はアメリカの有人月探査計画に追従します。そのための予算が必要です。ほら、日本中の関係者もこう言っています」というお墨付きを作るための会合だった。「みんなが、そうしよう、そうしようと言っています」という形を報告書という公文書にして、政治の側に「ん?そうか、そうなのか、それじゃしかたないな」と予算を出させる仕掛けというわけだ。
 反対する者に対しては、「しかしかくかくしかじかと、もう文書が正式のものとしてまとまっていますから」「国として決まったことですから」と反論を封じる道具になるわけである。

 国として決まったことであっても、間違った前提で間違った方向に進めば悲惨なことになる。当たり前の話だが、その当たり前がなかなか霞が関界隈では通用しない。

 月探査に関しては、今年年初のオバマ新政策でアメリカの有人月探査計画がキャンセルされ、そもそもの「アメリカに追従して予算を取る」前提が崩壊してしまった。

 普通に考えるならば、前提が崩壊した以上は月探査に関する懇談会は積み上げた議論を破棄してゼロから仕切り直すべきだ。ところがそうはならず、月で公共工事をしたいのかを書いた6月末の時点では、「日本は月探査をやる。2020年までに月探査に2400億円をかける」という方向で報告書を出して決着しようとしていたのだった。

 実際かなり危ないところまで行ったようで、私が聞き及んだ限りでは、宇宙開発戦略本部事務局上層部で、1人だけが「アメリカが有人月探査を中止した現状でこの話を進めるのはいかがなものか」と承伏しかねる態度をとっていただけで、残るところは事務局からJAXAに至るまで、「月で決定にしろ」と主張していたらしい。

 彼らは「2020年までに2400億円」という具体的な数字を、公文書に書き込みたかったのである。月探査に関する懇談会は、宇宙開発戦略本部の正式の会合だ。宇宙開発戦略本部は内閣総理大臣を長とする、権限の強い組織である(実際問題としては官僚中心の事務局が仕切っているわけで、そこに山川新事務局長が就任した大きな意味もある)。

 だから月探査に関する懇談会の報告書に「2020年までに2400億円」と書き込めれば予算獲得という点では非常に有利になる。

 ここで重要なのは、官僚側が欲していたのは「2020年までに2400億円」であって、「月」はどうでもよかったということだ。月に対する何のモチベーションも、月探査の意義への理解もなしに、とにかく予算だけを取ろうという発想なのである。月に2400億円を付けることで、その他の宇宙開発でどんな歪みが出るかといった視点は皆無で、「予算の大枠確保ができる」ことが最優先ということだ。

 もしも、アメリカが月をすっとばして有人火星探査計画を立てていたら、火星探査に関する懇談会が組織されて、「日本は重点的に火星探査を行うべきであり、火星探査のために2020年までに●●億円」という報告書が出ていたであろう——そういう話なのである。

 そこには国家戦略も、宇宙探査のロードマップも、宇宙科学発展のためのサイエンスへの理解も、なにもない。組織維持のために予算を取るという観点しかない。

 月探査に関する懇談会は、第8回会合で、我が国の月探査戦略(案)(pdfファイル)という、事実上の報告書案を出して、パブリックコメントを募集した。相当数のパブコメがあつまったそうである。

 パブリックコメントには、通常は事務局から回答が出てくるものだが、それすらなしに、今回もう一度「報告書(案)」が出てくるあたり、何らかの仕切り直しが行われたという希望を抱かせる。

 実際、どのような内容の報告書(案)が出てくるのかを注視したい。

2010.07.21

月曜日は推進部会

 はやぶさ2とイプシロンロケットを審議する、宇宙開発委員会・推進部会第2回の案内が出た。来週月曜日の午後に霞が関ビルの会議室で開催される。

1.日時 平成22年7月26日(月曜日)13時〜16時

2.場所
科学技術政策研究所会議室(霞が関ビル 30階 3026号室)

3.議題
1. 小型固体ロケット(イプシロンロケット)プロジェクトの事前評価について
2. はやぶさ2プロジェクトの事前評価について
3. その他

4.傍聴・取材
 宇宙開発委員会推進部会は、原則として一般に公開する形で開催いたします。なお、特段の事情のある場合には、理由を公表した上で非公開とすることがあります。
(1)一般傍聴者の受付
・傍聴を希望される方は、7月23日(金曜日)18時までに、文部科学省研究開発局参事官(宇宙航空政策担当)付まで、氏名と連絡先を御登録下さい(原則として1団体につき1名)。
・受付は基本的に申し込み順としますが、多数の傍聴者が予想される場合には、抽選となる場合もございます。
・庁舎管理等の観点から、入場等に身分証明書等の提示を求められますので、社員証、運転免許証その他本人の確認ができるものを持参して下さい。

 月曜日の午後1時から午後4時まで、3時間という長丁場だ。第3回は議論のまとめを行うはずなので、この第2回が正念場となるだろう。

 残念ながら私は先約があって行けない。

 上記の通り、宇宙開発委員会は一般の方でも傍聴可能である。月曜日の午後いっぱいを傍聴に使える人はそう多くないかもしれないが、どなたが行って、そしてネットにどんな議論があったかを書き込んでほしい。
 多くの人が興味を持っているというサインを、宇宙開発委員会の送るのは重要なことだ。

2010.07.20

山川宏京大教授、宇宙開発戦略本部事務局長に就任

 今日のはやぶさの回収したサンプルに関する記者会見は、大した話は出てこなかった模様。この件はライターの大塚実さんが、適宜Twitterで伝えている。次回以降の記者レクチャーは不定期になる模様。

 今日は驚きの人事があった。宇宙開発戦略本部の、有識者会議委員である山川宏京都大学教授が、宇宙戦略本部事務局長に就任した。

内閣官房(20日)宇宙開発戦略本部事務局長、山川宏▽内閣参事官、志村仁

 山川事務局長は、宇宙研の出身。打ち上げられなかった月探査機LUNAR-Aや、苦闘の末に探査を断念した火星探査機「のぞみ」の軌道計画、小惑星探査機「はやぶさ」の計画検討などに携わり、日欧共同の水星探査機「ベピ・コロンボ」のプロジェクト・マネージャーを務めた。その後、京都大学に移り、有識者会議では、中須賀真一・東京大学教授や秋山演亮・和歌山大学教授と共に、今後の宇宙政策の在り方に関する有識者会議 提言書をまとめる原動力になった。

 卓抜した頭脳と行動力とで、いずれは日本の宇宙科学を背負って立つと嘱望されていた人物である。

 宇宙開発戦略本部事務局長は、従来の霞が関パターンでは、文部科学省出身者が占めるべき職であった。しかし宇宙基本法制定の立役者であった、戦略本部設立時の河村健夫官房長官が文科省離れの強い意向を示したことから、経済産業省出身の豊田前事務局長が就任したのだった。
 私は各方面から、「豊田さんの次は文科省が狙っている」とか「次は文科省ということで経産省と文科省の間で手打ちができているのではないか」というような話を聞いていた。いずれのソースも「次の事務局長は文科省出身者の可能性が高い」という点は一致していた。

 それが、有識者会議の山川教授就任となったのにはどういう意味があるのか。当然官僚側は反発するだろう(事務局は各省庁からの出向者で構成されており、事務局長も各省庁の勢力を象徴する椅子の一つである)から、そこには前原大臣や泉政務官の強い意向が働いたのだろう。通常、この時期の官僚人事は7月1日発令だ。20日発令ということから、相当な議論があったのだろうということが伺える。

 政治の側からすれば、山川事務局長就任は、「有識者会議の提言に沿って宇宙政策を進める」という意志を示したことになる。官僚の側からすれば、落下傘降下でトップが降ってきたということになる。降ってきたトップがぶつかる事態は常に一つ。面従腹背だ。
 山川事務局長を周囲がどうサポートし、伸び伸び仕事ができる環境を作るかが、今後を決めることになる。

 これから、日本の宇宙政策に大きな変化が起きる予感がする。
否、起こさねばならないのだろう。

 もう一人の人事、志村仁参事官については、私は詳しい情報を持っていない。志村氏は財務省出身のようだが、これが財務主導を意味するのか、政治側の任用で財務出身者が来たのか。今後の動きに注目する必要がある。

2010.07.19

M-Vの打ち上げ能力向上策

 もう一つ、M-Vの話を書こう。

 前回の記事で、M-Vは衛星と組み合わせた一体で、はじめて打ち上げシーケンスが完結するという話を書いた。実はこのような打ち上げはごく一般的に行われている。静止軌道への打ち上げだ。

 標準的な静止軌道への打ち上げでは、最初にロケットが近地点高度250km程度、遠地点高度3万6000kmの静止トランスファー軌道に衛星を投入する。ついで、遠地点で衛星に装着したアポジモーターを噴射して、高度3万6000kmの静止軌道に入る。ロケットが行うのは静止トランスファー軌道投入まで。衛星に装着したエンジンで静止軌道に入る。これは、M-Vの「最終的な軌道投入精度は、衛星側スラスターで補正する」というのと基本的に同じである。

 つまりM-Vでは、衛星側スラスターにより大きな仕事をさせて、最終軌道への投入を担わせるという打ち上げ手法も可能ということだ。実際、M-Vではそのような打ち上げも実施された。

 というよりも、衛星側スラスターで最終軌道に投入、というのがM-Vの標準的な打ち上げシーケンスだったのである。

 JAXAの資料(pdfファイル)を見ると、M-Vロケットの打ち上げ能力として、1800kg(1〜4号機)とか1850kg(5号機以降)と書いてある。この数値は、3段式で、内之浦からまっすぐ打ち上げられる軌道傾斜角31度、高度250kmの円軌道に打ち上げた場合の数値だ。実際にはこのような打ち上げが行われたことは一度もない。

 では、実際にはどんな打ち上げ手法が採用されたのか。ここでは、X線観測衛星ASTRO-EII「すざく」の打ち上げ(2005年7月10日打ち上げ)を例にとって見てみよう。M-Vはキックモーターを使わない3段式。すざくは軌道傾斜角31.4度、高度570kmの円軌道に投入された。
 しかし、すざくはM-Vロケットによってこの軌道に直接運ばれたわけではない。1700kgもあるすざくを、直接この軌道に投入する能力をM-Vは持っていない。
 M-Vは第3段までの燃焼ですざくを軌道傾斜角31.4度、遠地点高度570km、近地点高度247kmの楕円軌道に投入したのである。ついで、すざく搭載のスラスターが遠地点で噴射を行い、遠地点高度を560kmまで引き上げて、円軌道に入ったのだ。遠地点はちょうど内之浦から見て地球の裏側に相当するので、遠地点噴射は衛星に仕込んだ自動シーケンスで実施した。

 なぜ、このような方式を採用したかというと、トータルで見た打ち上げ能力を向上させるためである。ロケットの3段までで目標軌道に投入するとなると、第3段のドンガラまでが軌道に入ることになる。それだけデッドウエイトを抱えているということになり打ち上げられる衛星の重量は減る。
 それを目標軌道一歩手前の楕円軌道に入れておいて、最終的な軌道投入を衛星側スラスターで実施すると、第3段ドンガラを加速しないで済む分、目標軌道に投入できる衛星の重量が増える。どうせ、軌道投入精度を確保するために、衛星側にはそれなりのスラスターを搭載しなければならないのだから、そのスラスターに最後の一押しをやらせれば、打ち上げ能力が向上する道理である。

 ちなみに、当初の計画では、楕円軌道投入後、衛星の機能チェックを行ってから、遠地点噴射を行って、衛星を予定軌道に投入することになっていた。ところが、2000年2月の、M-V4号機/ASTRO-Eの打ち上げ失敗では、第1段ノズルスロート部が破損したことで第1段の獲得高度が足りなくなり、衛星を近地点高度100km以下の楕円軌道に投入してしまった。100kmあたりに残存する高層大気が抵抗となって、ASTRO-Eは落下してしまったのである。

 この時、もしも最初の遠地点で衛星スラスターを噴射できれば、近地点高度を引き上げて衛星を救うことができた、という反省が残った。そこでASTRO-EIIでは、第3段燃焼終了後に、第3段の姿勢制御スラスターで姿勢を180度反転させて、衛星スラスターを噴射する方向に向けてから第3段を分離、打ち上げ直後の最初の遠地点で、衛星搭載スラスターを噴射して遠地点を引き上げるというシーケンスが採用された。

 M-Vは、衛星側にスラスターを搭載することが前提という設計を生かして、打ち上げシーケンスを設計することで、ロケット/衛星というトータルのシステムでみた打ち上げ能力を向上させていたのである。

 ちなみに、最近の静止軌道への打ち上げは、複数回再着火可能な上段を使用して、静止トランスファー軌道の近地点を5000kmあたりまで引き上げたり、あるいはロシアの場合は上段で直接静止軌道に投入するということが行われている。
 上段のドンガラまでもが近地点高度の高いトランスファー軌道、あるいは静止軌道に入ってしまうので、ロケットの打ち上げ能力に余裕があることが前提となる。が、静止衛星側は推進剤を節約できるという利点がある。

 静止衛星の寿命は、静止軌道位置制御に使うスラスターの推進剤残量で決まるので、衛星側スラスターの推進剤を節約することは、即衛星寿命が延びるということを意味する。これは、商業静止衛星にしてみれば、より長期にわたって利潤を生み出すことが可能になるということだ。

 H-IIAが商業打ち上げ市場で苦戦している理由のひとつ(あくまで一つだが)には、H-IIAがこのような、衛星側推進剤を節約する打ち上げシーケンスに対応していないということがある。

2010.07.18

イプシロンの小型液体推進系が意味すること

 宇宙開発委員会にイプシロンロケットの概要も提出されたので、またM-Vの話を。

 M-Vは全段固体の3段式ロケットで、第4段としてキックモータも搭載できる設計になっている。キックモーターも固体ロケットだ。一方イプシロンは、標準は全段固体の3段式だが、資料にあるように第3段の上に小型液体推進系を装備することができる。

 小型液体推進系の意味は、軌道投入精度を上げるということである。
 固体ロケットは、一度点火したらすべての推進剤を使い切るまで止めることはできない。そして固体推進剤は、混合の比率の誤差やら混合する物質に粒状やら混じり具合などで、どうしても発生するエネルギーにばらつきがでる。
 つまり固体推進剤を使う限り、投入軌道にはある程度の誤差がどうしても発生するのだ。

 だから全段固体のロケットでは、どこかに液体の段を挟んで、誤差を補正可能にするという設計が行われる。欧州が開発中のヴェガロケットでは、第4段がヒドラジン系の液体推進剤を使用する。1960年代に科学技術庁が開発しようとしていたNロケット(後のN-I、N-IIと区別するために旧Nロケットと呼ばれたりもする)では、東大の固体ロケットを直径1.6mまで大型化する一方で、第3段に液体ロケットを使用するという構想だった。

 では、M-Vはどうだったのかといえば、実は固体ロケットによって発生した速度の誤差は、搭載した衛星のスラスターで吸収するという考え方だった。つまり、あまり軌道投入精度を気にしないタイプの衛星以外は、すべて衛星がそれなりの軌道変更可能なスラスターを搭載しているということが前提条件だったのである。

 このような設計が可能になったのは、M-Vが宇宙研の衛星専用のロケットだったからだ。「M-Vで打ち上げる、軌道投入精度が要求される衛星は、どれもそれなりの速度変更を可能にするスラスターを装備するものとする」として全く問題がなかったのだった。

 このあたりH-IIAとM-Vの違いがはっきり出ている。H-IIAは非常に高い軌道投入精度を誇っている。これは「どんな衛星であっても狙った軌道に入れます」というコンセプトだ。一方M-Vはロケットだけでは完結していない。専用の衛星と組み合わせて、初めてミッションが完結するという設計だったのである。

 イプシロンは、専用の衛星だけではなく、幅広い衛星を打ち上げることを狙っている。その現れが、オプションとしての小型液体推進系というわけなのである。

2010.07.17

惑星協会の素晴らしい画像、そして訂正です

 アメリカの惑星協会から、素晴らしい画像が公開された。これまでに人類が探査機を送り込んで観測した小惑星・彗星を同縮尺で1枚の画像にまとめたものだ。同協会のブログライター、 Emily Lakdawallaさんの手によるものである。

Asteroidscomets



All asteroids and comets visited by spacecraft as of June 2010

Credits: Montage by Emily Lakdawalla. Ida, Dactyl, Braille, Annefrank, Gaspra, Borrelly: NASA / JPL / Ted Stryk. Steins: ESA / OSIRIS team. Eros: NASA / JHUAPL. Itokawa: ISAS / JAXA / Emily Lakdawalla. Mathilde: NASA / JHUAPL / Ted Stryk. Lutetia: ESA / OSIRIS team / Emily Lakdawalla. Halley:: Russian Academy of Sciences / Ted Stryk. Tempel 1: NASA / JPL / UMD. Wild 2: NASA / JPL.



 おお、ルテティアはでかいなあ。イトカワは小さいぞ、などと見ていてえらいことに気がついた。
「しまった、ディープスペース1と、スターダストを忘れていた!」

 ロゼッタのルテティア観測成功、探査機による小惑星観測の歴史でまとめた、小惑星観測記録に、アメリカのディープスペース1スターダストの両探査機による観測を入れるのを失念していたのである。

 ディープスペース1は、1999年7月29日に小惑星ブライユに接近観測を行っている。最接近距離26kmという近接通過だったが、機器のトラブルで十分な観測は出来なかった。

 スターダストは、2002年11月2日には小惑星アンネフランクに3079kmまで接近し、観測を行っている。

 とりいそぎ、リストの部分の訂正を以下に掲載する。当該記事も今日明日中に修整版をアップすることにする。
 どうも申し訳ありませんでした。

  1. ガスプラ(ガリレオによるフライバイ観測:1991年)
  2. イダ/ダクティル(ガリレオによるフライバイ観測:1993年)
  3. マティルド(NEARシューメーカーによるフライバイ観測:1997年)
  4. ブライユ(ディープスペース1によるフライバイ観測:1999年)
  5. マサースキー(カッシーニによる遠距離フライバイ観測:2000年)
  6. エロス(NEARシューメーカーによるランデブー観測:2000〜2001年)
  7. アンネフランク(スターダストによるフライバイ観測:2002年)
  8. イトカワ(はやぶさによるランデブー観測:2005年)
  9. APL(ニュー・ホライズンズによる遠距離フライバイ観測:2006年)
  10. シュテインス(ロゼッタによるフライバイ観測:2008年)
  11. ルテティア(ロゼッタによるフライバイ観測:2010年)

 というわけで、「ここまでで9個。接近観測に限ると7個(イダの衛星ダクティルを数に入れると8個)。」という記述は「ここまでで11個。接近観測に限ると9個(イダの衛星ダクティルを数に入れると10個)。」ということになる。ランデブー観測が、エロスとイトカワだけというのは変わらない。

 しかし…スターダストの観測は覚えていたはずなのだが、どうして入れなかったのだろう。ディープスペース1の観測はすっかり忘れていた。

2010.07.16

推進部会が開催される

 本日7月16日午前中に、はやぶさ2開発研究入りと、イプシロンロケット開発入りを審議する、宇宙開発委員会・推進部会が開催された。
 残念ながら私は傍聴に行けなかった。先回りして書いておくと、来週火曜日のはやぶさ再突入カプセル・キュレーションの定例記者会見も別途用事があって出席できない。可能な限りはやぶさ関連の会見は追っていくつもりではあるが、身は一つしかないので致し方ない。

 報道によれば、今日の推進部会では、はやぶさ2の詳細が提出されたようだ。報道は主にコストについて伝えている。

 どの報道も基本は同じ内容。はやぶさ2予算として、本体148億円に運用などで16億円、合計164億円という数字が出てきたという内容だ。一部ではH-IIAロケットを使った打ち上げ費用100億円という数字も出ている。昨日の毎日新聞報道が打ち上げも含めて約270億円いう数字は大枠で正しかったようだ。ついでに三菱重工業が公開していないH-IIA打ち上げ経費も、本体製造と打ち上げ運用経費込みでおよそ100億円ということも見えた。

 推進部会はあと2回、この議題で開催されるとのこと。

 昨日も書いたが、はやぶさの127億円に対して21億円増というのは妥当なところだ。同型機とは言え、開発開始からは13年が経っており、もはや製造していない部品も多い。欠品の出る部位は今の部品を使ってもう一度組み直すしかない。そもそも、2003年の打ち上げ時点でも、あのすべてが初物づくしだった機体を127億で作れたことのほうが奇跡に近い。
 打ち上げ経費はM-Vを使えば64億円だったわけだが、このあたりは廃止した文科省はどう考えているのだろうか。また、打ち上げ能力はかなり余るはずなので、実現した場合はどんな相乗りになるかも興味深い。

 報道の中では朝日だけが政治側の動きについて報じている。

 川端達夫文科相は同日、はやぶさ2の開発について「政府全体の宇宙方針にかかわること」として、仙谷由人官房長官と前原誠司宇宙開発担当相(国交相)に宇宙開発戦略本部での検討を要請したことを明らかにした。


 現在、霞が関では宇宙庁設立を巡り、内閣府と文部科学省が宇宙関連の管轄がどちらが取るかで綱引きを繰り広げている。文部科学省が、宇宙開発の権限を根こそぎ内閣府に持って行かれる事に対して抵抗しているわけだが、実は宇宙庁設立となった場合の妥協案として「学術の性格が強い宇宙科学は文科省に残す」というプランが浮かんでは消えを繰り返している。
 ここで問題なのは「太陽系探査は学術なのか」ということ。X線や赤外線、太陽観測、磁気圏観測などの衛星は、そのまま国立天文台と合併できるだろうが、では探査はどうか。

 はやぶさやはやぶさ2は、JAXA月・惑星探査プログラムグループ(JSPEC)の管轄だ。JSPECが発足した理由は、アメリカが有人月探査計画を言い出したために、探査が単なる宇宙科学というよりも、国際宇宙ステーション(ISS)のような巨額の予算を使う大規模プロジェクトになる可能性が出てきたためだった。その後、今年念頭のオバマ新宇宙政策により、有人月探査は中止ということになったが、現在米議会で行われている議論では、オバマ新政策への不満と反発が、議会側から吹き出している。アメリカの状況が落ち着くにはもう少しかかりそうだ。

 文科省としては、まだわずかながら巨大公共投資に化ける可能性を残している探査も自分の懐に残したいところだろう。もっと言えば、国民的反響が続いているはやぶさ関係を、自分の管轄で押さえておきたいところだろう。

 川端文科大臣のオリジナル発言を聞く限り、はやぶさ2について前原宇宙担当大臣と仙谷官房長官に、はやぶさ2についてそちらでも考えてくれと話した、ということだけである。とはいえ、それぞれ政治家の間の会話にはやぶさ2が出てきたということは大きな意味を持つ(なにしろ今までそんなことはなかったのだ)。そして、そこには官僚側の思惑も被さっているのだろう。


 ナチスを利用してV-2を作ったフォン・ブラウン以来、宇宙開発を引っ張ってきたのは政治に利用されるふりをして政治を利用したパイオニアたちだった。
 なにがあっても恐れる必要はないと、私は思っている。新たな計画が実施できれば、そのことにこそ意味がある。

「……研究に必要なら、悪魔からだって金をふんだくって突進する。“悪魔に負けなきゃいい”という信念だ。」(小松左京「日本沈没」より。幸長助教授による田所博士評。小学館文庫版上巻p.168)

2010.07.15

昨日の宇宙開発委員会について、補足3点

 昨日の宇宙開発委員会の件で。3つほど補足しておく。

その1

 昨日の宇宙開発委員会では、イプシロンロケットとはやぶさ2について、委員会事務局が作成した、今後の審議のやりかたについての資料が配付された。内容はイプシロンが「開発入りについて」、はやぶさ2が「開発研究入りについて」という語句の違いだけなので、ここでははやぶさ2に関する資料をスキャンして掲載する。

 それぞれフェーズを進めることが妥当かどうかの審議は、宇宙開発委員会の下に設置されている推進部会という会合で審議される。審議は8月中に結論を出すということになっている。
 その後、結論を宇宙開発委員会本会合に提出して承認を受け、予算要求となるので、推進部会は相当な速度で、イプシロンとはやぶさ2という2つのアイテムの審議を行う必要がある。

 高速の審議ができるかどうかは、事務方の文科省がどの程度やる気を出すかにかかっているだろう。推進部会長の青江茂委員(昨日書いたように、科技庁官僚出身だ)が、どのような采配を振るうかに注目したい。


その2

 毎日新聞で、はやぶさ2の予算がおよそ270億円になるという報道がされている。はやぶさは本体126億円に、打ち上げが64億円ほど。7年間の運用経費が乗って全体で200億円ちょいのプロジェクトだった。
 およそ70億円のコスト上昇は、多分にかつての宇宙研が採用してこなかった書類による品質管理が入ってきたことによる事務経費、ロケットが大型化(打ち上げはH-IIAということになっている)したことによる経費増加、そして——これを公言したものかどうか、だが——メーカー利潤を適正に積み上げた結果だろう。

 東大生産技術研から宇宙航空研究所を経て宇宙研に至る時代には、「科学の発展のためだ。伏して頼むからこの金額でやってくれ」的な、メーカー泣かせの仕事があったと聞いている。もちろんメーカーも、好意と意気込みだけで引き受けていたわけではなく、そこで入手した技術で宇宙開発事業団(NASDA)の仕事を受注して帳尻を合わせていたのである。NASDAの仕事は、積み上げコストプラス一定割合の利潤で算定されるから、一般公共事業と同じで単体で損をすることはない。


その3

 昨日の傍聴で、「一気に退出するマスコミ」に加えてもうひとつ驚いたことがあった。はやぶさに興味を持った一般の方が傍聴に来ていたのだ。「松浦さんですか」と声をかけられてびっくり。話を聞いて二度びっくりである。
 はやぶさはついに宇宙開発委員会を傍聴に、宇宙を仕事にしているわけでもない一般の人が来るまでの動きを産み出したわけだ。
 まったくもって前代未聞の探査機だ。

2010.07.14

開発研究(フェーズB)と開発(フェーズC)

 本日の宇宙開発委員会を傍聴してきた。話題の中心は、M-Vロケットの実質的後継ロケットのイプシロンの開発入りと、はやぶさ2の開発研究入り。委員会の冒頭では、イカロスのこれまでの成果の報告もあった。

 使用された資料はJAXAのホームページで公開されている。

 はやぶさ2は一歩前進だが、まだまだ崖っぷちの状況が続いている。来年4月から開発を始めないととてもではないが打ち上げが間に合わないが、今回は「開発研究段階への移行できる状況になったので、宇宙開発委員会で審議してもらいたい」ということなのだ。一方、イプシロンロケットは「開発段階へ移行できる状況になったので、審議してもらいたい」である。

 開発研究とか開発といった紛らわしい用語は、計画の各段階を示すもの。遡れば米航空宇宙局(NASA)が計画管理に使っていた「フェーズA〜D」という用語を日本語化したものだ。

  • フェーズA「研究(あるいは概念検討)」:新しい宇宙機やロケットをどんなものにするかのコンセプトの検討を行う
  • フェースB「開発研究」:コンセプトから一歩踏み込んで、設計作業を実施してより現実的に実現可能性を探る。一部新期技術は先行開発を行ったりもする。
  • フェーズC「開発」:実機の設計と製造
  • フェーズD「運用」:実機の運用

 今回はイプシロンが、「実物の開発に入るよ」という段階に来た。いっぽう、はやぶさ2は、まだ「開発」段階にまで至っていない。その一歩手前のステップアップである。

 今回の審議の中で明らかになったが、目標とする小惑星1999JU3に対するはやぶさ2の打ち上げウインドウは2014年7月。ロケットの打ち上げ能力が十分にある場合は、地球スイングバイを省略可能で、この場合は2015年(おそらくは7月)に打ち上げることができる。

 だいたい探査機は実機組み立てに1年、その後の試験に1年、射場作業にまあ4〜6ヶ月はみておくのが普通だ。これだけで2年半。2014年7月打ち上げとなると。2011年度初頭から開発を開始したとしても、3年半しかない。設計や製造、試験でトラブルが出ると、簡単に数ヶ月の時間が吹っ飛ぶ。本当にぎりぎりだ。
 それでいて、今日の議題は、「開発への移行」ではなく、「開発研究への移行」なのである。

 今年度内にもう一回ネジを巻いて、「開発開始」への手順を踏むことができるかどうか。今回の説明に出席していたJSPECの長谷川義幸統括リーダは、記者に対して何度も「ぎりぎりです」と繰り返していた。

 今日の委員会審議でもっとも興味深かった点は、青江茂委員が、はやぶさ2は理学ミッションで押すのではなく、技術開発要素のある工学的技術開発の部分も前に出すべきでは、と示唆していたことだろう。以下、その場で取った審議内容のメモより。説明に立ったのは吉川真准教授と長谷川統括リーダ。



井上委員
 海外の動向は?

吉川
 アメリカ、ニューフロンティアという枠でオシリスという探査機が提案されている。打ち上げは2018ぐらい。

井上委員
 技術基盤を作るのは大事。深宇宙港構想(資料中に関連が記述してあった)とはやぶさ2との関係は何か。

吉川
 地球帰還後に、探査機の本体を地球スイングバイをしてラグランジュ点を狙う。

青江委員
 整理の仕方、説明の仕方の問題だが、「期待できる成果」で、科学の成果が資料の4.5.7ページに書いてあるが、すべて方法論だ。方法論で区分けしてある。そういう整理がいいのか、サイエンスとして「生命の起源に迫る」「太陽系の生成に迫る」というような区分けで整理をするのがいいのか、何を狙うかで整理するのとどっちが分かりやすいか考えてもらいたい。普通の人に分かりやすいような整理方法を検討してもらいたい。

池上委員
 水について。C型小惑星に水が存在するのか。

吉川
 含水鉱物である。飲めるものではないない。

青江委員
 月の水も同じなのかな。

長谷川
 月の場合は水酸基があるということで、じゃばじゃばあるわけではない。

池上委員
 打ち上げウインドウはどうなっているか。

吉川
 2014年7月。ロケット能力があればスイングバイなしで2015年打ち上げ。次は2019年だが到着後の条件が良くない。同じ条件を狙うならさらにその次ということになる。

池上委員
 はやぶさ1から、必要な技術は修得できたと言えるのか。

吉川
 うまくいったところを確実性を高め、うまくいかなったところはうまく行くように設計を見直す。

長谷川
 はやぶさ1はロバスト性が完全ではない。太陽系往復飛行の技術として現状確立したかというと、まだ完全ではない。まだもう一息成熟させる必要がある。はやぶさ2は、まだ技術を確立する過程。

青江委員
 吉川さんの説明だと、サイエンスを強調していたけれども、そんなにサイエンスを強調しないでも、もっとはやぶさ1の技術をよりちゃんとしたものにするとういうことなのか。

長谷川
 だから、プレゼン試料は方法論で分けて書いている。

青江委員
 サイエンスのほうをかなり全面に出した説明をしているけれど、サンプルを持って帰ってくるテクノロジーをきちんとしたものにする、ということを完全にパラレルに説明してもいいかなと思う。そちら方向でも検討してもらえればと思う。

吉川
 我々もそのように考えている。

池上委員
 大きな探査という流れの中の位置付けもできるといいな、と思う。サイエンスだけではなくエクスポラレーションで位置づけるということ。サイエンスだけで押していくと、サイエンスの側はやりたいことがいっぱいあるのでフラストレーションを感じてしまうかもしれない。

松尾浩道研究開発局参事官
 今回は開発ではなく、開発研究への移行である。ただし開発フェーズ移行で審議すべきことも可能な限り審査する。

 実は、はやぶさ2に関して科学者の側から、「理学ミッションとして実施するには、危険性が大きい。もっと確実な構成にすべき」という声が出ている。青江委員の発言は、「では、より工学ミッションの要素を押し出して開発フェーズ入りすべきでは」という、霞が関の中での筋の通し方を示唆したものだといえる。同委員は、1970年代から科技庁で宇宙行政に携わってきた筋金入りの官僚出身者だ。その示唆は、現状と照らし合わせると興味深い。

 今回驚いたこと。

 はやぶさ2の審議の後も、宇宙開発委員会は別の議題の審議が続いたのだが、終わって、吉川准教授と長谷川リーダが退席した途端、傍聴していた記者達が我先に退席して後を追い、文科省の廊下で臨時のぶら下がり取材となった。
 今まで傍聴していて、委員会途中で一気に記者が退席するのを見たことがない。現在の一般の興味がどこにあるかが、こんなにはっきりと形になるのを初めて見た。

2010.07.13

宇宙開発委員会、毒饅頭、一の太刀

 明日7月14日の宇宙開発委員会で、はやぶさ2が議題に取り上げられることになった。

    3.議題
    1. 小型ソーラー電力セイル実証機「イカロス」の運用状況について
    2. 宇宙開発に関する重要な研究開発の評価 小型固体ロケット(イプシロンロケット)プロジェクトの事前評価について
    3. 宇宙開発に関する重要な研究開発の評価 はやぶさ2プロジェクトの事前評価について
    4. その他

 明日の宇宙開発委員会では、何がでてくるのか。

 はやぶさ2は、JAXA内で7月中にシステム定義審査(SDR)という審査を通過しなければならない。審査自体は開催される運びのようだが、SDRは予算化前提だから、「SDR相当の審査」にすべきだとか、色々外部からは良く理解できない話が聞こえてきている。はやぶさの劇的な帰還と世間の前代未聞の盛り上がりにも関わらず、はやぶさ2の前途は多難なようである。

 取材の過程で、「毒饅頭」という言葉を聞いた。「巨大な予算を使う科学計画は、科学のコミュニティにとって毒饅頭の側面を持つ」というように使用する。
 予算がもたらすのは予算なくしては実現不可能な研究、予算が奪い去るのは研究の自律性と研究者の自由だ。これらを天秤にかけた時、「毒饅頭」という言葉が出てくる。

 科学が本質的に自由と自律を必要とするのは間違いない。だが、科学が社会と関わっていくとなると、「科学の自由や自律などまったく重要だとも思っていない政治や官僚」や、「そもそもそんな言葉を知らない一般」に臨むことになる。

 毒饅頭を自分が食べれば悶絶する。しかし、それを使って罠を作れば鹿だろうが熊だろうが倒すことができる。要は使いようと意志だ。ましてや、はやぶさは、長年米ソ欧の後塵を拝してきた日本がやっと、世界に対して、そしてなによりもこの太陽系に対して浴びせた一の太刀なのだ。
 月以外の他天体への往復飛行を達成したのは、はやぶさが世界初なのである。今、私たちの前に道はない。後に道はできる。高村光太郎が畏怖と希望と共に書いた詩句と同じ状況が、眼前に拡がっている。

 私は、「これを生かさずして、なにを生かすというのか」と思っている。

2010.07.12

ヘラに付着した微粒子の回収方法を検討中

 本日午後3時半から、JAXA東京事務所ではやぶさサンプルの回収状況についてブリーフィングがあった。
 本日から、8月一杯まで原則として月曜日の午後に定期的なブリーフィングを開催するとのこと。どうやら、新聞・テレビ局が、「まだか、まだか」と相当な頻度で電話取材をかけたらしい。
 しかし、このサンプルについては、やいのやいのとメディアがせっつくよりも、もっとゆったりと科学者の分析を待つほうがいいように思う。何か新発見があったなら、当事者たちが感激に浸る余裕ぐらいはあっても良い。

2010年7月12日午後3時半からのブリーフィング 東京事務所

出席者

上野宗孝 ミッション機器系グループ 副グループ長
向井利典技術参与

向井
 ブリーフィングは特になにもなくても開催ということで、今日は実はあまりネタがない。
 先週、テフロンのヘラでサンプルキャッチャー壁面をなでたところ、ヘラに数十の粒子が付着してきた。これは問い合わせにお答えした通りだ、現在、それを効率よく回収する方法を検討している。微粒子の回収が予想外に大変な事が分かってきた。現状、ヘラに付着した粒子にに集中していて、新しい粒子は見つかっていない。

上野
 特に補足事項はないです。

読売新聞
 何が困難なのか。

向井
 微粒子は静電気でヘラに付着している。それを除電といって、紫外線を当てたりアルファ線をあてたりして電荷を除去して、マニピュレーターで取り出す。これがかなり大変な作業で、しかも見つかっている微粒子の大半は地球由来ではないかと予想される。そこでもっと効率的な方法はないかと検討している。

毎日新聞
 とすると、まだヘラでなでた部位は、サンプルキャッチャー内の平らな部分だけということか。

向井
 そうだ。


朝日新聞
 大半が地球由来らしいということだが、中には違うものも入っていたりするのか。

向井
 今のところ全く分からない。ただしコスミックダストを見慣れた人たちが作業をしていて、感じとしては、大半が地球由来かな、というところ。私個人は何かあるだろうと思っているが、まだ確認できていない。

日経新聞
 作業に時間がかかるので別の方法を考えているということだが、どんな手法を考えているのか。

向井
 一個一個、石英の針で確認する手法で微粒子2つ見つけたが、ヘラでこそげると数十個出てきた。基本的にこの方法しかないように思うが……ともあれ検討中である。

共同通信
 電子顕微鏡を使わない方法で、イトカワ由来の微粒子をより分けることは出来るのか。

向井
 電子顕微鏡が一番よく見える。電子顕微鏡自身が電子ビームで試料を汚染するので、使い方はよくよく考えねばならない。

東京新聞
 放射線や紫外線は、まとめて当てるのか。それとも一個一個の微粒子に宛てるのか。

上野
まとめて当てる。

向井
 その後の微粒子の回収が大変なのです。また、光学顕微鏡の分解能以下の数ミクロンの粒子も管理できないかとか、とにかくどんどこどんどこ進めていって取り返しのつかないことにならないようにしないといけない。

東京新聞
 個数は数十個とというのはどれぐらいか。八十個とか。

向井
 二三十個です。八十個ということはないです。

毎日新聞
 どの微粒子を選んで解析するのか。その基準は。

向井
 いくつか考えているが、まだ確定はしていない。

日経新聞
 今のところの作業状況はテフロンのヘラに付着した微粒子を回収している状況といえばいいのか。

向井
 その通り。回収方法について検討しており、具体的な手法を試験しているところである。

朝日新聞
 数十個見つかった微粒子は、サンプルキャッチャー内壁のどれほどの面積をこそげて得たのか。

向井
 ごく一部です。

上野
 ヘラでなでた場合も、すべてヘラに付着するわけではないということに気を付けてください。

向井
 イトカワ由来の物質があるともないとも確認できていないということです。

毎日新聞
サンプルキャッチャーのB室を開けるのはいつ頃になるでしょうか。

向井
 まだなんとも言えません。回収方法を再検討しているところなので、しばらくお待ちください。

NHK
 予想外に大変だというのは、何が予想外だったのか。

向井
 一個一個マニピュレーターで拾い上げるのが大変だし、ヘラについたすべての微粒子を拾い上げるのも大変だ。当初は石英の皿に番号を振って一個ずつ微粒子をおいていく準備をしていたが、それはあまりに大変なので別の方法を検討している。

NHK
 全部を回収するのではなく、めぼしいものを回収するということか。

向井
 いや、全部を回収する必要がある。

NHK
 ということは、全部を早く回収することを検討するのか。

向井
 なんかもう少しいい方法がないかなあ、ということです。まだ具体的な事を言える状況ではないので説明できないです。

東京新聞
 回収と並行している作業はあるか。ガス分析とか。

向井
 ガス分析や初期分析の一環として行うので、まだだ。コンテナのほうは内部を顕微鏡で細かく見ている。より細かい物質が見えているが、見えているものと同じようなものだ。優先順位は低いので、微粒子がどこに付着しているかマッピングを行っている。

フリーランス青木
 全部を初期分析にかけるわけではないということだが、たとえイトカワ由来の物質が見つからなくても保存している資料中にイトカワ由来のより小さな粒子が付着している可能性はどれほどあるのか。

向井
 あくまで一般論として言うが、可能性はゼロではない。仮定の話はなかなか難しいんですがね。私の個人的意見をいうと、必ずあると思っている。ちなみに試料中の半分ほどは将来のために残す予定になっている。カタログ化の過程で、明らかに地球由来物質と分かったものはどんどん除去していく。どれだけ残るか…残った分の中から10-15%を初期分析に回す。

青木
 今の予定は遅れ気味なのか予定通りなのか。

向井
 予定通りです。いくらリハーサルをしていても初期は試行錯誤があるものです。

青木
 リハーサルと違った点はどんなものがあるか。

向井
 例えばリハーサルではもっと大きな粒子を扱っていた。今後の状況次第では9月からもっと遅れるかも知れない。予定としては半年をめどとしているが、あくまで予定である。

青木
 海外の研究者は今も分析に参加しているのか。勤務時間はどうなっているのか。

向井
 今は帰国している。現在は8人体制で、通常の勤務時間で行っている。あわててやって間違いがあるといけないので、定時で動いている。土日は休みだ。これは長丁場です。

青木
 回収物質はどんな環境で保管しているのか。

向井
高純度窒素雰囲気で、温度は室温。25℃ぐらい。湿度はゼロ。将来的には得られた試料を石英に封入する。

不明
 今週の作業スケジュールを教えて欲しい。

向井
 回収手順を検討中ということ。多分今週は次のステップに進めないのではないかと思う。今週いっぱいは検討にかける予定だが、何かいい方法が見つかれば先に進むことはありうる。

共同通信
 試料の変質などでいつまでに作業を終わらせねばならないというリミットはあるのか。。
向井
 それはない。あまり延びることはないと思うが。

宇宙作家クラブ松浦
 100倍の実体光学顕微鏡がキュレーション設備に装備しているが、より高倍率のものに入れ替えることは考えているのか。

向井
 顕微鏡は清浄雰囲気で使えるように各部を洗浄し、潤滑油が汚染源にならないように特別な蒸気圧の低い潤滑物質で可動部を潤滑した特注品。入れ替えるということはない。

上野
 倍率の高い顕微鏡だと視野が狭くなるので、より小さな粒子を見つけることはできても、微粒子の捜索が大変になる。

向井
 まあ、倍率を求めてもきりないですよ。

上野
 何十倍も効率が高い回収方法は無理かも知れないが、数倍早く進められる方法はないかなと考えているところです。  

以上

2010.07.11

ロゼッタのルテティア観測成功、探査機による小惑星観測の歴史

 一夜開けると、ロゼッタによる小惑星ルテティアの接近観測は成功しており、鮮明な画像がESAのホームページで公開された。

4_closest_approach1

Photo by ESA

 素人ならば「へえっ」で終わってしまうような画像から、科学者は呆れるほど大量の情報を読み取る。これからが楽しみである。
 すでに、ここにも時折コメントを書いている会津大学の平田成さんによるTwitterのつぶやきが 小惑星ルテティアについてという形で、まとまっている。SF作家の野尻抱介さん、林譲治さん、サイエンスライターの鹿野司さんなどが、画像を見ながら、平田さんと意見を交換している。

 データ公開の素早さは、今後日本も見習わねばならないところだろう。2005年11月のはやぶさによるイトカワへのタッチダウンの時は、初めてのこと故ではあったのだが、データ公開ポリシーが混乱し、一般が見たいと思う画像がなかなか公開されないということもあった(このあたりの過去記事を参照のこと)。現在金星に向かっている探査機「あかつき」では、手際よく、一般をうならせるようが画像が出てくることを期待している。

 今回のロゼッタのような、小惑星の近傍を通過するフライバイ観測は、過去にも何回か行われている。昨日書いたティティウス・ボーデの法則のn=3の位置、太陽から2.8天文単位の近辺には多数の小惑星が存在して、小惑星帯、メインベルトと呼ばれる密集領域を形成している。密集といっても、広大な太陽系の中に小さな小惑星が浮かんでいるだけだから、実際にはすかすかだ。スターウォーズ「帝国の逆襲」に見るような、ごんごん岩の塊が飛んでくるようなイメージは間違いである。

 メインベルトは火星と木星の軌道の中間にある。だから、火星を超えて木星の向こうまで向かう探査機は、軌道をうまく調整することができれば、小惑星の近くを通過し、観測を実施できる。

 外惑星方向を目指した最初の4機の探査機。アメリカの、パイオニア10号/11号、そしてヴォイジャー1号/2号は、小惑星フライバイ観測を行わなかった。その事情を私は知らないが、おそらくは最初の外惑星観測ミッションだったので、惑星観測を最優先にして失敗にもつながりかねない余計なことをしなかったのだろう。

 というわけで、最初の小惑星フライバイ観測の栄誉は、アメリカが木星に向けて打ち上げた探査機ガリレオのものとなった。


 2機のボイジャー探査機が、木星やら土星やらの惑星にフライバイ観測を行った。ならば次は惑星を回って長期間観測を実施する探査機だ——というわけで、ガリレオは木星を周回しつつ、木星本体と周囲の衛星を観測する探査機として開発された。最初の打ち上げ予定は1986年で、1989年に木星に着く予定だった。
 ところが1986年1月28日にシャトル「チャレンジャー」爆発事故が起きて、打ち上げにシャトルを使うはずだったガリレオは事故に思いきり振りまわされてしまう。そのあたりの経緯は、拙著「スペースシャトルの落日」に書いたので興味のある方はどうぞ(と、宣伝)。

 ともあれ、1989年10月18日にスペースシャトル「アトランティス」で打ち上げられたガリレオは、1991年10月29日、小惑星ガスプラから1600kmのところを通過し、史上初の小惑星へのフライバイ観測を行った。

 さらにガリレオは、1993年8月28日には小惑星イダから1万500kmのところを通過して観測。イダは差し渡し60kmほどのでこぼこのじゃがいも形状をしていたが、なんと差し渡し約1.6kmの衛星を持っていることを発見した。小惑星を回る衛星が見つかったのはこれが初めてで、見つかった衛星はダクティルと命名された。
 なお、ガリレオは1995年に木星に到達し、8年間、木星の周囲を回って木星本体及びその衛星を観測した。2003年に軌道制御用推進剤が尽きたので、木星本体に落下させ、運用を終了している。

 次が、同じくアメリカの小惑星探査機NEARシューメーカー(1996年打ち上げ)だった。この探査機、当初は「NEAR (Near Earth Asteroid Rendezvous」という名前だったのだが、打ち上げ後の1997年に計画の中心人物だったユージン・シューメーカー博士が交通事故死したことを受けて、計画終了後に「NEARシューメーカー」と改名された。
 NEARシューメーカーの目的地は小惑星エロスだったが、それに先だって、1997年6月27日に小惑星マティルドから2400kmの距離を通過し、フライバイ観測を行った。
 同探査機は2000年2月14日、小惑星エロスの周回軌道に入ることに成功し、小惑星とランデブーした史上初の探査機となった。その後1年間の観測の後、2001年2月28日にエロスへ着陸し、ミッションを締めくくった。

 次に外惑星方向に向かった探査機は、アメリカの土星探査機カッシーニ(1997年打ち上げ)だ。しかしカッシーニは大規模な小惑星フライバイは行わなかった。2000年1月23日に小惑星マサースキーを160万kmの距離から撮影しただけである。

 冥王星に向かったアメリカの探査機ニュー・ホライズンズ(2006年打ち上げ)も小惑星を観測している。同探査機は2015年に冥王星をフライバイ観測する予定で、2010年7月現在、天王星軌道のやや内側を、太陽系外に向けて飛行している。ニュー・ホライズンズはまず、2006年6月13日に、小惑星APLに10万1867kmまで接近してフライバイ観測した。APLというのは奇妙な名前だが。ニューホライズンスの開発と運用を担当するジョンズ・ホプキンス大学・応用物理研究所(Applied Physics Laboratory:APL)の名前にちなんだものだ。

 カッシーニとニュー・ホライズンズの間に、我らがはやぶさのイトカワ探査が挟まる。2005年9月12日に小惑星イトカワから20kmのポジションに到達、約2ヶ月探査を行い、11月にイトカワに降下してサンプル採取に挑んだ。11月20日の第1回のサンプル採取で、はやぶさはイトカワに着陸後、また上昇し、月以外の天体に着陸し、また上昇した世界初の探査機となった。その後今年6月13日の地球帰還までの旅路については皆さんも知っての通りである。

 そして、ロゼッタだ。ロゼッタは、2008年9月5日に小惑星シュテインスに1700kmまで接近してフライバイ観測を実施した。2番目の、そして最後のフライバイ観測が、今回のルテティアである。

 まとめよう。これまでに人類が接近観測した小惑星は以下の通りである(観測順)。小惑星名にはWikipediaへのリンクをつけた。

  1. ガスプラ(ガリレオによるフライバイ観測:1991年)
  2. イダ/ダクティル(ガリレオによるフライバイ観測:1993年)
  3. マティルド(NEARシューメーカーによるフライバイ観測:1997年)
  4. マサースキー(カッシーニによる遠距離フライバイ観測:2000年)
  5. エロス(NEARシューメーカーによるランデブー観測:2000〜2001年)
  6. イトカワ(はやぶさによるランデブー観測:2005年)
  7. APL(ニュー・ホライズンズによる遠距離フライバイ観測:2006年)
  8. シュテインス(ロゼッタによるフライバイ観測:2008年)
  9. ルテティア(ロゼッタによるフライバイ観測:2010年)

 ここまでで9個。接近観測に限ると7個(イダの衛星ダクティルを数に入れると8個)。ランデブーによる詳細観測を行ったのはエロスとイトカワのみだ。数十万個もの小惑星があることを考えると、ごくごく一部である。

 今後の予定だが、現在アメリカの小惑星探査機ドーン(2007年打ち上げ)が、小惑星ベスタを目指して飛行を続けている。ドーンは、はやぶさ同様イオンエンジンを使って飛行している。はやぶさが往復飛行のために“高効率”のイオンエンジンを使ったのに対して、ドーンは、小惑星帯のベスタとケレスという軌道の異なる大型の小惑星2つに連続してランデブー観測をかけるために、イオンエンジンを採用した。
 ドーンは来年、2011年8月11日にベスタとランデブーし、翌12年5月まで観測を行う。12年5月にベスタを出発して、2015年2月にセレスにランデブー、同年7月まで詳細観測を実施する。その後、推進剤や機材の寿命に余裕があれば、ドーンをさらなる観測対象に向かわせることが検討されている。


2010.07.10

もうすぐ、欧州の探査機ロゼッタが小惑星ルテティアに接近観測

 さて、ここでイベントのお知らせ。
 欧州宇宙機関(ESA)が打ち上げた彗星探査機ロゼッタが、もうすぐ小惑星ルテティアから3162kmのところをフライバイする。最接近時刻は中央欧州時刻CESTで7月10日の午後6時10分。CEST(要するにパリ時間だ)は、現在サマータイム中なので時差7時間で、 7月11日午前1時10分である。
 最接近後1時間ほどで、画像がダウンロードできるようだ。明朝には小惑星ルテティアの史上初の画像が、ネットで公開されていることだろう。

 昨今は、ストリーミングという便利なものを誰でも使えるようになり、ハンドル名Semyorka さんが、ニコ生で日本語による解説をつけつつ、最接近の中継を行っている。


 ロゼッタは、2004年に打ち上げられた彗星探査機で、2014年にチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星彗星にランデブーし、着陸機を降ろして観測を行う予定だ。今回はその往路の途中で、小惑星ルテティアの近傍を通り過ぎつつ観測を行うというもの。ロゼッタは2008年9月にも小惑星シュテインスの近傍を通り過ぎて接近観測を行っている。

 ルテティアは1851年にドイツのゴルトシュミットによって発見された小惑星。21番目というかなり早い時期に見つかった小惑星で、120×100×80kmのジャガイモ型をしていると推定されている。地上からの観測では、金属主体のM型小惑星らしいことが分かっているが、これには「実は炭素があるC型小惑星じゃないのか」という異論もあるようだ。M型ならば、史上初のM型小惑星への近接観測ということになる。

小惑星事始め

 毎日更新を開始してからの反応を見ていると、意外に「帰還のニュースではじめてはやぶさを知った」という方がかなりの数、このブログを読んでおられるらしい。昨日の性能計算書の話は、もう周知のことかと思っていたら、初めて知ったという反応がかなりあった。

 そうか、では基礎の基礎から書いていったほうがいいのかと思って、今日は、そもそも小惑星とは? という話。

 はやぶさが小惑星イトカワを探査し、そのサンプルを持ち帰ったと聞いたとき、「小惑星」という言葉にどんな印象を持ったろうか。小さな惑星だから、小さな丸い玉に木が二三本生えているとか。サン・テクジュペリの「星の王子さま」で描かれる小惑星はまさにそんなものだった。

 小惑星とはなにか。こういう疑問を持った時は、歴史を追っていくと意外に簡単に理解することができる。

 有史以来、夜空には季節によって位置を変えていく星、惑星が5つ見えることが分かっていた。太陽に近い方から数えて、水星、金星、地球を挟んで火星、木星、土星だ。近代に入ってそれらの惑星が太陽からいかほどの距離に位置するかが測定できるようになった。
 そこで18世紀、ティティウス・ボーデの法則というものが登場する。ヨハン・ティティウスとハンス・ボーデという2人の天文学者が発見したのでこの名前がある。法則の発見には、実はけっこう入り組んだいかにも人間くさい経緯があるのだが、そのあたりはWikipediaの該当項目でも参考にしてほしい。

 地球と太陽の平均距離、およそ1億5000万kmのことを1天文単位(AU)という。すると、各惑星の太陽からの距離は以下の数式で綺麗に表すことができる——これがティティウス・ボーデの法則である。

  惑星と太陽の距離(AU)= 0.4+0.3×2^n

 計算してみよう。水星の場合は、ちょっとインチキっぽいのだが、nとしてマイナス無限大をとる。すると0.4天文単位となる。実際の平均距離は0.39天文単位だからこれは悪くない精度だ。
 金星はn=0で、0.4+0.3×1で0.7、実際は0.72天文単位なので、これまた悪くない。
 地球はn=1で、0.4+0.3×2で1天文単位。ぴったりだ。
 火星はn=2で、0.4+0.3×4で1.6。実際は1.52天文単位で、少々ずれは大きくなったが、まあまあ一致しているといえる。
 木星はn=4で、5.2。実際が5.2天文単位。おお、ぴったりだ。
 土星はn=5で、10。実際は9.54天文単位。

 さて、こうなるとn=6以降になにか新しい星があるんじゃないかということで、新惑星探索の動きが活発になってくる。結果、1781年にドイツからイギリスに渡った天文学者ウィリアム・ハーシェルによって天王星が発見された。

 n=6はといえば、19.6。天王星と太陽の平均距離は19.19天文単位で、これまたなかなか良い一致だ。かくしてますます新惑星発見は熱を帯び、やがて1846年にヨハン・ガレが海王星を発見することになる。
 n=7だと、ティティウス・ボーデの法則に従えば38.8天文単位のところに惑星があることになる。しかし海王星と太陽の平均距離は実際には30.06天文単位だ。
 おや、おかしいじゃないかということで、その後すったもんだがあった末に、現在ではティティウス・ボーデの法則は単なる偶然ということになっている。

 が、18世紀から19世紀にかけて、ティティウス・ボーデの法則は天文学のかなり大きなテーマであったのだ。そして、当然のことながら、新惑星探索の目は、もう一つの空白にも向けられることになった。
 そう、n=3の場所だ。太陽からの距離は2.8天文単位ということになる。

 n=3の場所に、新惑星を発見したのは、地中海に浮かぶシチリア島にあるパレルモ天文台の台長、ジュゼッペ・ピアッツィだった。1801年1月1日、すなわち19世紀最初の日、いつもの通り天体観測をしていたピアッツィは、周囲の恒星とは異なる動きをする天体を発見した。最初彼は、自分が見つけた星は彗星だろうと考えていたが、やがてそれはn=3に位置する惑星であることが分かった。新惑星はローマ神話の女神にちなんで、ケレスと命名された。
 が、それは始まりだった。n=3付近に、次から次へと新しい惑星が発見されはじめたのである。1802年、ドイツのハインリッヒ・オルバースが2番目の小惑星パラスを発見した。1804年には、同じくドイツのカール・ハーディングが3番目の小惑星ジュノーを発見した。1807年にはオルバースが4番目のベスタを発見。
 ここでちょっと時代が空いて、1845年にカール・ヘンケが5番目のアストラエアを発見。1847年には同じくヘンケが、6番目のヘーベを発見。ここから後は次から次へと、新しい小惑星が見つかるようになった。

 私が小学生低学年だった1960年代後半、子供向けの科学マンガには、小惑星の数は約1500個と書いてあった。高校生になって地学を履修した時は、2000個弱と習った記憶がある。
 21世紀初頭、ほんの10年ほど前の段階で、見つかった小惑星の数は2万個ほどであった。

 それが近年、特にデジタル技術を駆使して小惑星を自動的に検出する望遠鏡システムが稼働するようになってから、見つかる小惑星の数は急速に増えた。2010年現在、小惑星は大きいもの小さいもの取り混ぜて、およそ23万個も見つかっている。これは軌道がはっきり分かっているものだけでであって、「とりあえず見たよ」という観測記録があるものがこの他に25万個ちかく存在する。現在では、これら「とりあえず存在が分かっている小惑星」の他に、未発見の小惑星が数十万のオーダーで存在すると推定されている。


 小惑星の多くは、差し渡し1km以下のとても小さな星である。最初に見つかったケレスでも直径960kmほど。月が3474kmであることを考えれば、本当に小さな星であることがわかるだろう。ちなみに地球の直径は、およそ1万2800kmほどである。

 はやぶさが赴いた、小惑星イトカワは、その数十万もの小惑星のなかの一つだったわけだ。

 ただし、イトカワはティティウス・ボーデの法則の示すn=3の軌道にいるわけではない。このあたりは、別途続きを書くことにしよう。

2010.07.09

此機宇宙翔千里

 今日はあまり時間がないので写真を2枚ほど。

Mv


 この写真は、はやぶさを打ち上げたM-V5号機。打ち上げ取材時に、確か関係者の誰だったから「宇宙作家クラブニュース掲示板で使って」とデータをもらってそのまま未使用だったもの。時間も経っているし、まあいいか、で掲載する。
 見ての通り、M-Vの上半分だが、注目点は、ランチャーから探査機を覆うフェアリングの横につきだした昆虫の触角のような部品だ。
 これは実は打ち上げ時のフェアリング周辺の振動・音響を計測するセンサーである。この写真では見えないが、反対側にも同じセンサーが付きだしている。M-Vロケットの振動で、打ち上げ時に探査機にかかる衝撃波のことを書いたが、まさにそれを計測しているわけだ。

P1010531
 ご存知、性能計算書の表紙。毎回酒やらタバコやらのパロディになっていて、M-V5号機/はやぶさ打ち上げの際は、清酒「虎之児」(井手酒造、佐賀県)のラベルをもじったものになっていた。
 性能計算書とは何か、どのようにしてこの遊びが成立したか、そして歴代の性能計算書表紙などはISASニュース2007年1月号(pdf)で紹介されている。

 こんなページもある。

 リングに上るボクシングの選手のように、打上げを前にした科学衛星は、発射場の内之浦に着いてから最後の計量を済ませる。できるだけ新しい重量データを使いたいために、ロケットと衛星の軌道計算(性能計算書)は、他のシステムの『実験計画書』よりも一足遅れて独立の小冊子として編集される。

 毎回の仕掛け人は的川泰宣対外協力室長で、きちんと蔵元の了解まで取ってアイデアを出すと、オペレーション班の周東三和子さんがフォトショップの技術の限りを尽くして表紙を作成するという協力体制が成立していた。今はお二人とも定年となり、はたして今後この伝統が続くかは分からない。

 が、周東さんは帰還に合わせて、新しいラベルを用意したのであった。

 宇宙研元OP(オペレーション)班の周東さんが、はやぶさの帰還にあわせて、あの性能計算書(※1)をバージョンアップしてくれました。  以下、周東さんの弁

『私たちが送り出した「虎之児」が7年ぶりの寅年に戻ってきます。
そこで性能計算書の表紙のニューバージョンを作りました。
お酒はもう予約しました。送り出した時と同様、このラベルに貼り替えて出迎えたい。』

 そして、なんとも素晴らしいことに、今回、はやぶさの帰還を祝って、蔵元の井手酒造が、特製ラベルの虎之児を販売している。

材料名キセノン、此機宇宙翔千里、回収は4年経ってから、開栓には十分注意して下さい、川口酒造有限会社

 宇宙関係の広報で、「どこまで行ったら成功といえるのか」という議論があるが、一つの判断基準として実際の経済活動として回るというのはあるだろう。宇宙開発へのサポートとして成立し、なおかつお金もまた回っていくという形になれば最高だ。

 まだ、特製ラベル「虎之児」は在庫があるようだ。次の祝杯があるなら、カプセル内から回収された微粒子中に、イトカワ由来のものが見つかった時だろうか。

 
注(7/10 0:05):初出で井手酒造が、井出酒造になっていました。お詫びし、訂正いたします。

2010.07.08

自分の意志で未踏の世界に挑む

 昨夜、秋葉原・3331 Arts Chiyodaにおけるイベント「宇宙酒場」に参加してきた。ご来場の皆さま、どうもありがとうございました。
 しかし、自作曲からコスプレ、フリーソフトにだだ漏れ中継にTwitter、いかに多くの人がはやぶさに興味を関心を持っていることか——「宇宙酒場」というイベントで、私は昨今の盛り上がりを再確認した。

 あの場でも話したが、昨今のはやぶさを巡る状況は、まさに前代未聞の規模だと思う。これを超える宇宙ブームがあったとするならば、アポロ11号の月着陸の時ぐらいではないだろうか。はやぶさは無人の探査機だが、日本人宇宙飛行士が飛んだ時も、これほどの盛り上がりはなかった。

 1990年に秋山豊寛さんが飛んだ時は、メディア企業であるTBSが社を挙げて盛り上げようとしたが、今回ほどではなかった。1992年の毛利衛さんのスペースシャトル搭乗時は、科学技術庁と宇宙開発事業団がずいぶんと広報に努めたが、それでもはやぶさほどではなかった。
 今まで、宇宙開発の世界では、宇宙飛行士こそが人々の最大の関心を集める広告塔であるという認識があった。だが、どうやら間違っていたらしい。

 はやぶさが、宇宙飛行士が宇宙に行く以上の興味と感心を集めている理由はいったい何なのか——はやぶさのミッションの強烈な物語性もあるだろうし、擬人化ブームもあるだろう。
 でも、私としては、「自分の意志で未踏の世界に挑んだこと」を挙げたい。誰かに連れていってもらうのではなく、自分の意志で困難な課題に挑戦し、未踏の世界に赴いて、成果を出したこと——この事実が、多くの人々の心を鼓舞しているのだと思う。


 短いですが、所用があるのでここまでで一度アップします。今晩遅くに追加するかも知れません。

2010.07.07

理学と工学

 はやぶさは巷間「小惑星探査機」と呼ばれているが、開発時のコード名は工学試験衛星MUSES-Cである。小惑星を調べて太陽系の起源を探るのは天文学であり、理学だ。一方、小惑星探査を可能にする新しい技術を開発するのは工学である。理学と工学(サイエンスとエンジニアリング)は、はやぶさ、ひいてははやぶさを生み出した宇宙科学研究所を理解するための重要なキーワードである。

 宇宙研のルーツが糸川英夫博士が1955年に発射実験を行ったペンシルロケットにあるのは有名な話だ。ロケットは「何かをするための道具」である。「より高く打ち上げたい」とか「より遠くへ飛ばしたい」といった、自己目的的な使い方を除けば、ロケットはそれのみでは成立せず、常にユーザーを必要とすることになる。
 糸川ロケットのユーザーとなったのは、「宇宙空間を調べたい」と思った科学者たちだった。最初は東京大学の永田武が電離層観測の為にユーザーとなり、やがて京都大学の前田憲一が同じく電離層観測でユーザーに加わり、そのうちにアメリカ帰りの小田稔がX線天文学を持ち込み、とユーザーが広がっていって、宇宙科学研究所の基礎が形成された。宇宙研の工学関係者は時に「俺たちは“駕篭かき”だから」と言ったりする。これは「ユーザーとしてのサイエンスがあってのロケット」として発展してきたことを意味している。

 ところが面白いことに、これまでの宇宙研の歴史で活動範囲を広げるようなミッションを実施してきたのは基本的に工学の側なのである。これには理学と工学の「何が論文になるか」の違いが関係してくる。理学は自分たちが調べたい対象があって、そこに衛星を送り込む。論文となる対象がはっきりしているから、衛星は観測機器が先鋭化し、一方で失敗したら元も子もないから衛星本体やミッションの構成は比較的保守的になる。
 それに対して、工学は新しい技術そのものが論文になる。だから、衛星そのものが斬新なものになるし、斬新な技術が威力を発揮する舞台として「より遠くへの、より難しいミッション」を指向することになる。

 宇宙研最初の惑星間ミッションであるハレー彗星探査は、ハレー彗星を調べたい天文学者が望んだものではなく、より大きくて高性能のロケットを作りたい工学者が言い出したのだった。的川先生によれば「おい、こんど帰ってくるハレー彗星に行こうぜ」と言い出したのは糸川直系のロケット工学者の秋葉鐐二郎教授(後に所長、現名誉教授)だったという。

 次に宇宙研の活動範囲を広げたのは、工学試験衛星MUSESシリーズの初号機であるMUSES-A「ひてん」だった。ひてんは、月スイングバイによる軌道制御を目的としており、これにより宇宙研はその後のお家芸になるスイングバイ技術を習得した。ひてんで試されたスイングバイ技術は、その後理学目的の磁気圏観測衛星「ジオテイル」で使用された。工学の開発した技術が新たな理学を支えたわけだ。

 次のMUSES衛星であるMUSS-B「はるか」は、軌道上で大直径高精度のパラボラアンテナを展開する技術を試す衛星だった。アンテナを展開した以上観測しないのはもったいないので、はるかは展開試験後は電波望遠鏡衛星として運用された。

 ここで理学側が企画した観測を目的とした探査機としてPLANET-B「のぞみ」が火星に向けて打ち上げられる。理学目的とはいえ、のぞみの実現にはスイングバイを駆使した軌道計画など工学系の成果が不可欠だった。不幸なことにのぞみは5年もの苦闘の末に火星到達に失敗してしまった。

 3番目の工学試験衛星が、はやぶさだ。はやぶさの大冒険については説明の必要はないだろう。

 そして今、理学側が企画した2機目の探査機PLANET-C「あかつき」が金星に向けて順調に飛行している。あかつきの設計には、のぞみとはやぶさの成果が取り入れられ、さらにその上に工学試験要素としてセラミック製スラスターや平面高利得アンテナなどが搭載されている。

 ここまでサンプル数が少ないので断定はできないが、大まかに言って「工学が切り開いた道を理学が利用して成果を上げていく」というパターンが存在することがわかる。この循環をうまくまわすことが、日本の宇宙科学を世界最先端に押し上げていくための重要な条件ではないだろうか。

 その意味でもはやぶさ2がどうなるかは、要注目なのである。

2010.07.06

M-Vロケットの振動

 M-Vというロケットには色々な誤解がまとわりついている。その一部には私が本に書いたことが拡散してしまったものもある。きちんと訂正していかなくてはと思う次第だ。

 それらの誤解の一つに、「M-Vは振動が大きくて、衛星にとって“乗り心地”が悪いロケットだ」というものがある。

 実は私も、「恐るべき旅路」でそのようなことを書いてしまっている。
「しかし、PLANET-B程度の程度の探査機を火星に送れるか送れないかぎりぎりの打ち上げ能力、そして繊細な探査機に影響を与えかねない打ち上げ時の大きな加速と振動と音響がM-Vの実際だった。」(「恐るべき旅路」朝日ソノラマ版p.190より)。

 あながちそうでもないよ、ということを教えてくれたのはISAS関係者ではなく、角田の研究者の方だった。

「松浦さん、H-IIAにもSRB-Aが2本ついているよね。それぞれM-Vの第1段と同じぐらいの大きさがある。これが振動を発生しないと思う?M-Vと同じようなものだよ」
「しかし、M-Vの第1段のほうが高速燃焼をするから、振動も大きいのでは?」
「それは絶対的な差ではないよ。M-VとH-IIAの振動環境の差は、ランチャーにあるんだよ」

P1010051

P1010085
 この写真がM-Vのランチャーの根元だ。通常ロケットの発射台の下は、煙道という噴射煙が抜けるトンネルが掘ってあるが、このランチャーにはない。その代わりフレームデフレクターと呼ばれる、噴射の炎を受け止める斜面が作ってある。

Dsc00282
 こちらは、わかりづらいと思うが、種子島宇宙センターのH-IIA用吉信射点の下にある煙道を、上からのぞき込んだところ。LE-7Aエンジンと固体ロケットブースターSRB-Aの噴射ガスは斜面を下って海側に抜けていく。

 煙道の役割は、単に噴射ガスを逃がすというだけではない。エンジン始動時には一気にガスが噴射するので衝撃波が発生する。煙道は、衝撃波が反射でロケット側に戻るのを防いでいる。ガスが抜ける側に大きく広い空間が確保されていれば、衝撃波は反射せずに拡散していく。

 ところで、M-Vのランチャーには煙道がない。ということは第1段点火時の衝撃波はもろにフレームデフレクターで反射し、ロケット側に戻っていって搭載した衛星を思いきり揺さぶることになる。打ち上げの間に衛星が受けるショックの中で、この衝撃波が一番強烈なので、衛星はこれに耐えるように設計製作しなくてはならない。

 「M-Vの強烈な振動」とは、第1段点火時に反射で戻ってくる衝撃波だったのである。つまり、ロケットの問題ではなく、発射設備の問題だったのだ。M-V開発時には、M-3SIIのランチャーとM-Vランチャーを並べ2機種を並行運用することも検討されたが、ランチャー設備をゼロから揃える予算がないという理由から、M-3SIIを退役させてランチャーをM-V用に改修することとなった。当然、煙道を掘って、衝撃波の反射を防ぐだけの予算も確保できなかったとのことである。

 気は心の対策として、M-Vのフレームデフレクターはいくぶんえぐってある。M-3SIIロケットまでは、このえぐりすらなかった。

 この件に関して、とあるISAS衛星の開発に携わった技術者から聞いた話。
「あの反射波に耐える設計のために、どれだけ衛星開発に苦労したことか。衛星にかける追加の試験費用を考えると、実は煙道を掘り抜いたほうがトータルでは安く付いたのではないですか」

 ちなみに、ロケット発射時の衝撃波の研究が一番進んでいるのは、ご多分に漏れずロシアなのだそうだ。ロシアの発射設備をどれもかなり大きく余裕を取った煙道を持っているとのこと。


2010.07.05

微粒子など持ち帰った物質を確認、イトカワ由来かどうかはまだ不明

 本日朝、朝日新聞やNHKなどで「はやぶさの持ち帰った物質が確認された」というニュースが流れた。これはスクープだったようだ。本日午後の記者会見で、JAXAははやぶさが何かの物質を持ち帰っていたことが正式に公表した。
 はやぶさのサンプルは、A室・B室の2つのサンプル室を持つサンプル・キャッチャーの中に格納されているはずだ。サンプル・キャッチャーはサンプル・コンテナという容器に密閉格納され、さらにサンプル・コンテナごと再突入カプセルに収められて帰還した。
 7月5日時点の現状は、サンプルコンテナは、内部を真空に保ったキュレーション設備に収められ、コンテナの蓋を開け、サンプル・キャッチャーを取り出し、A室の蓋を開けたところ。

 現状で見つかっているのは、A室内から、10μmほどの大きさの微粒子が2つ。そして、サンプルコンテナ内に、なんらかの目視できる物質が10個ほどだ。
 サンプル・キャッチャーは、サンプラーホーンを通って入ってきたサンプルを、A室とB室に導くための回転筒の切り替え機構を持つ。切り替え機構は、万が一にもサンプルが噛み込まないようにゆるくつくってあり、そこからサンプルがサンプルコンテナ内にこぼれることはあり得る。
 しかし、向井参与は記者会見で、サンプルコンテナ内の物質について「おそらく地球由来の物質ではないか」とコメントした。


Img_0311
 記者に対して説明を行う向井技術参与(左)と、川口プロマネ(右)


2010年7月5日午後3時からの記者会見 JAXA東京事務所にて

出席者

上野宗孝 ミッション機器系グループ 副グループ長
川口淳一郎プロジェクト・マネージャー
向井利典技術参与

 一足先に正面に出てきた向井参与「資料はまだ配っとらんの?」広報「3時になったら公開の予定ですので…」この時、午後2時58分…

 3時ちょうど、川口プロマネ到着。同時に資料配付。

川口
 私、資料持ってないんですが…(笑)。6/24からコンテナ開封作業を始め、内部の本格的点検を開始した。6/24の記者会見で、何が見つかってもまだどこ起源だったかは分からないと申し上げた。現在キャッチャーのA室を開けているところで、B室はまだ開けていない。
 今日の発表は、コンテナ内にサンプルと思われるものが確認されたということである。

向井
 配布写真の説明。上の写真。マニピュレーター先端に黒い点が見える。下の写真はコンテナ内を撮影したもので肉眼で見て分かる粒が入っている。まあ、これは地球由来のダストではないかと自分は思っている(笑)。

上野
 今現在、サンプルキャッチャーのA室の中をのぞき込める状態になっている。下の写真はサンプルコンテナの底の部分。

Img0705_002
 微粒子をマニピュレーター先端、石英の針で確認しているところ。背景の筋模様は、サンプルキャッチャー壁面の金属加工跡。キュレーション設備附属の100倍光学顕微鏡で撮影。写真提供:JAXA


Img0705_001
 サンプルコンテナ内部を、キュレーション設備の窓からのぞき込んだところ。内部になにか目に見えるサイズの物質が落ちていることが分かる。写真提供:JAXA


ここから質疑応答

毎日新聞
 複数のサンプルらしきものが確認されたということだが、肉眼で見えるものがいくつ、顕微鏡サイズがいくつといえる段階だろうか。

向井
 まあ見え方、数え方によりますが、肉眼で見えるのは下の写真の通りで10個ぐらいでしょうか。キュレーション設備は100倍の光学顕微鏡を備えている。顕微鏡サイズのものは今のところ2つ見つかっている。帯電させた石英の針を近づけていって、静電気で動くのが粒子、動かないのはキャッチャー壁面の傷という判別方法で、微粒子を探している。

日経新聞
 顕微鏡写真に写った微粒子はどの程度の大きさか。肉眼で見えているのはどの程度の大きさか。サンプルは、サンプル・キャッチャーのみ入るのではなかったのか。

向井
 顕微鏡写真のほうはまあ10μm程度です。サンプルコンテナ内の目に見えるものは同じ写真に写っているM3のボルトと比較するとほぼ1mmぐらいだろうか。

川口
 サンプルキャッチャーからサンプラーホーンを引き抜いた時に、こぼれてサンプルがコンテナの中に入りうる。サンプルキャッチャー以外のところに入る可能性はゼロではないです。

日本放送
 粒子の形状はまだわかっていないのか。

向井
 今出している写真が最高の倍率で撮影したもので、これ以上の情報はまだない。

東京新聞
 微粒子2つということだが、事前にはもう少し入っていると予想していたのか。微粒子サイズとの比較のために、マニピュレーターの針先端の丸みを知りたい。

向井
 数の予想は難しい。きちんと予想を立てたわけではないし、まだ見つかるかも知れない。現在見つかっているのがすべてではないのは明らか。数からすれば、私がある仮定ををおいて試算した結果では、地球由来のものが最低でも100個はあるという結果になる。

上野
 先端のまるみは1μm以下。写真には写っていません。

共同通信
 A室というのは1回目のタッチダウンか2回目か。

川口
 2回目です。

共同通信 
 A室を精査してからB室に移るのか。

上野
 そうだ。

共同通信
 微粒子を採取したといっていいか。

向井
 カタログ化したという意味ではまだ「採取した」とは言えない。丸い曲率を持つサンプルキャッチャーの壁面に光学顕微鏡のピントを合わせるのはとても大変。このため、調べる方法も試行錯誤する必要があるだろう。

朝日新聞 
 サンプルキャッチャー内のどの程度の範囲を調べて微粒子2個だったのか。また肉眼で見える「地上由来と思われる粒子」は実際には何の可能性があるのか。

向井
 まだサンプルキャッチャー内のごく一部を見ただけである。

朝日新聞 
 当初刷毛で掻き出すということも言っていたが。

向井 
 ざっくざっく入っておったらね。そうするつもりでした。今後は(刷毛を使った操作を)やるかも知れない。衛星組み立てクリーンルームの清浄度はクラス10万。1立方インチに微粒子10万個というもの。打ち上げ直前のロケット衛星フェアリング内は清浄空気を循環させるがこの空気もクラス10万。一方、打ち上げ時に衛星を覆っていたフェアリングはクリーンルームではない通常の環境で組み立てているので内面になにかがついていた可能性はある。

朝日新聞 
 写真を見ると、肉眼で見える物質はかなり大きいが、そんな大きなものがクリーンルーム内に存在しうるのか。

向井
 フェアリングが宇宙で開く時、ぱっとダストが飛び散る。それなりの大きさのものがあるかもしれない。

毎日新聞
 なにか地球由来とする積極的理由でもあるのか。

向井
 コスミックダストの研究者が、高空で航空機を使って採集したコスミックダストとはちょっとちがうね、と言っている。

上野
 可能性があるとはいえ、キャッチャーからコンテナ内にこぼれる可能性は低い

日本テレビ 
 今は地球由来・イトカワ由来どちらともいえないということなのだろうか。

向井
 今は断定できない。ただ、「ちょっとコスミックダストとは違うね」という…まあ感触ですね…それがあります。

読売新聞 
 今後の予定は。

向井
 最終的には回収できたサンプルはすべて分析にかけられる。
 打ち上げ前の想定では、まず代表的なサンプルの初期分析を行う。使う量はサンプルの10%ほど。次にNASAに10%を渡す。40%は国際的に公募して分析する。残りは将来の技術進歩のために保管する。…とまあこのように考えていた。
 しかし実際にはB室の中も見て、全体の量にもよるが、そのうちのいくぶんかを初期分析に回す。全体でどれだけの量が採取できるかによるな。これは世界中の科学者の分析意欲をそそるサンプルであることを証明するため。

読売新聞
 まだ分からない部分がたくさんあるとは思うが、微粒子が見つかったことで現状をどう受け止めているか。思いをきかせてもらいたい。

川口
 何はともあれからっぽでなかったことは大変重要。空っぽでなかったということはイトカワ由来の物質である可能性を残したということで素直に喜びたい。一喜一憂する事じゃないです。予断を持っては行けないし、過剰な期待もしてはいけない。きちんと分析していかねばと思う。

毎日新聞
 今見えているものから地球由来のものを排除するスクリーニングにはどれぐらいの期間がかかるのか。

向井 
 先ほど申し上げたように、なかなか数字を出すのは難しいですが、皆待っているので何年も時間をかけることはできないだろう。しかし一ヶ月そこらで結果がさっとでるかというと…まあ二、三ヶ月でしょうか。もしも宇宙物質があれば大変大きな意味があるので、慎重にやらなくてはいけない。


フリーランス青木
 前回発表があった採取ガスの分析は進んでいるのか。今回見つかった物質について、イトカワではなく宇宙空間を航行中に物質が入り込んだ可能性はないか。はやぶさは途中推進剤漏れを起こしているが、推進剤由来の物質である可能性はないか。また、比較用の内之浦の標本の分析は進んでいるのか。

向井 
 ガス分析はまだだ。惑星間空間のダストは排除できないが確率は非常に低い。推進剤漏れ由来の物質という可能性はまずないと思う。内之浦のダスト標本は分析している。

青木
 今日写真の出てきたサンプルは、まだ地上のダストとの比較はしていないのか。

向井
 していない。

青木
 内之浦のダスト標本は何種類ぐらい分析しているのか。

向井
 手元に資料はないけれども、確か10種類ぐらい。はやぶさは5月打ち上げで、風向からして内之浦に桜島の火山灰が到達している可能性は低いのだが、念のため分析している。

NHK
 初期分析に回ったサンプルは、イトカワ由来の確度の高いものを選び出すのか。

向井
 そうしたいところだが、初期分析とはすなわちイトカワ由来かどうかを調べる作業でもあるわけです。事前の電子顕微鏡観察で、ある程度イトカワ由来かどうかの確度を上げることはできるだろう。しかし電子顕微鏡は電子でスキャンするので、サンプルを変質させる恐れがある。今、サンプルに影響を及ぼさない電子顕微鏡観察のパラメーターを模索している。
 まあ初期分析には80%ぐらいはイトカワからかなあというサンプルを選びたい。この80%というのは私の感触で、数字が一人歩きするとまずい。明らかに地球由来だと分かるものは初期分析には回さないということです。

日本放送
 これまでの作業ペースから見て、作業は順調なのか。サンプルのパターンは何種類ぐらいなのか。今の作業を登山にたとえると何合目ぐらいか。

向井
 作業はおおむね予定通り。粒子か壁面の傷かということの区別はかなり大変。地上のサンプルパターンは手元に資料がないので…だいたい10種類ぐらいでしたか。走査電子顕微鏡にかけることは1日10個ぐらいのサンプルを調べることはできるとは思う。山でたとえればまだまだふもとです。

川口
 人によって感触の数字は違うと思うが、顕微鏡で微粒子を探すのは非常に大変な作業です。この10日間に2個しか見つかったわけですから、例えば40個のサンプルが見つかるとして、かかる時間は200日ということになる。それらを全部分析するとなるとさらに大変だ。
 最初に見つかったサンプルがイトカワ由来のものの可能性が高いかどうかは全く分からない。だから最初にサンプルを可能な限り沢山カタログ化してイトカワ由来の物を選ぶ確率を高めるわけだ。

産経
サンプルキャッチャー内で見つかった微粒子が2個ということか。

向井
そうだ。

青木
 カプセルと閉じるまで大分時間が経っていたがその間になにかが入った可能性がないか。

川口
 ずっと後で閉じたのは再突入カプセル。サンプルキャッチャーはサンプル採取後1日程度で閉めている。サンプルキャッチャーの回転筒はきっちり気密がとれているわけではない、大量にサンプルが採取できた場合、サンプルがかみこまないようにわざと回転筒はゆるく作ってある。

不明
初期分析に移れるのは8月以降ということだが、その通りか。

向井 
 A室がこんな現状で、まだまだ調べねばならないので、8月に初期分析開始というのは自分としては考えられない。9月末か10月の頭に初期分析に入れないとさすがに具合が悪いかと思っている。一部採取できたものを先行分析するかも知れない。重要なことは地球由来の物質であろうと宇宙由来であろうと、なくさないこと。それを一番気にしている。

毎日新聞
 もしもイトカワ由来のものが入っているとしたら、どこに入っている可能性が高いのか。

川口
 難しいですねえ。お答えできません。どこでも入っていて欲しいです。

朝日新聞
 B室を空けるのはいつごろになるか。

向井
 見通しはありません。

東京新聞
 確認ができるのは初期分析の後なのか。

向井
 電子顕微鏡観察で、多少はイトカワ由来の可能性が高いものを選ぶことができるだろうけれども、完全な確認には同位体分析までやらねばわからないので…もし確認できたら論文を出さねばならないので、論文掲載と同時にJAXA/NASA同時発表ということになると思う。早ければ、今年の後半といったところかな。

以上です。

2010.07.04

CGMに見るはやぶさ

 pixivはやぶさ検索結果が1000件を超えた。7月4日現在、1014件。中には新幹線やブルートレインも入っているのですべてが探査機はやぶさ関連というわけではないが、それにしても大した件数だ。


 pixivにはユーザーが絵を評価し合うブックマークという仕組みがあるが、おそらく一番高く評価されているはやぶさ関連のイラストがこれ。7月4日現在、4327usersという評価を集めている。


 このイラストは関係者の特徴をけっこううまくとらえると思うのだが…

 pixivのようなイラストを集めるサイトとしてもうひとつ、ピアプロというのもある。こちらは初音ミク関連で、ユーザーが作成したデジタルデータを相互利用しやすくするために初音ミク発売元のクリプトン・フューチャーメディアが立ち上げたもの。pixivが「イラストを見せるところ」とすれば、ピアプロは「お互いに自分の作成したデータを利用し合うための場所」である。

 ここではやぶさのイラストを検索すると21件見つかる。やはりというか初音ミクとひっかけたものがほとんどだ。
 なんだ、大分少ないなと思うかも知れないが、驚いたことにはやぶさの音楽が24件もアップされている。うち1件は明らかにブルートレインのはやぶさ関連なので、探査機はやぶさ関連は23件。その多くは帰還を歌ったものだ。
 フォーク風、バラード風、色々あるが、私としてはこのおかえりなさい 〜はやぶさへ捧ぐ〜ぐらいシンプルなものがいいなと思う。

 ニコニコ動画では探査機「はやぶさ」というタグが使われている。アップされている動画は、7月4日現在、817件。これまた大変な数だ。


 一番再生数が多いのが宇宙戦艦ヤマトに引っかけたこの動画。なんと115万再生。すごい。


 意外と合っているなと思えたのがこれ。ゲーム「サクラ大戦3」の主題歌「御旗のもとに」の替え歌がぴったりはまっている。


 はやぶさを歌った、ユーザーの手によるオリジナル曲で一番人気なのはこの曲。これまた7月4日現在、41万再生と、なかなかとんでもないヒット曲になっている。

 はやぶさは、ネットユーザーがそれぞれの能力を持ち寄ってコンテンツを生成するCGM(Consumer Generated Media)のテストケースとして、地上においても技術試験機の役割を果たした。このような形で人々に受け入れられた宇宙機は今までになかったといっていいだろう。

 この場でも時折、これらCGMを紹介することにする(いや、決してネタに詰まったとか更新の時間がないというのではなく…)。

 ところで、アオシマからはやぶさのプラモデルが出ているのだけれど、はやぶさ2に改造した人、まだいませんか?

2010.07.03

2003年5月9日・内之浦

 2003年5月8日の打ち上げ前日は、穏やかな晴れだった。打ち上げ前日の休養日で、内之浦の街のそこここで打ち上げ関係者がリラックスしていた。私は、街で出会ったISASの矢野さんや、はやぶさタッチダウン時の姿勢変化の解析を担当した東北大の吉田さんなどと、街の裏手の叶岳に登った。山頂で内之浦に長逗留している矢野さんから、付近の地名の由来を色々解説してもらい、叶岳のコテージのほうに下ってくると、宿泊していた関係者がバーベキューをしていた。「どうぞどうぞ」という言葉に甘えて、そのまま混ざり、昼からビールを飲んだ。

 後で聞いた話だが、はやぶさの打ち上げ準備はぎりぎりのスケジュールで進んでいた。最後に問題になったのは、搭載する科学観測機器の視野だった。観測機器ははやぶさの表面に固定されており、首を振ることはできない。一度固定したら動かすことはできない。

7/7注:実際にぎりぎりの調整をしていたのは、レーザー測距機 (LIDAR)と近赤外線分光計 (NIRS)だったとのこと(コメント欄、ひらたさんの投稿による)。この2つの視野をあわすことの意味は、私にもまだ分かっていないので、後日この項目は書き直すことにします。

 問題は可視分光撮像カメラ(AMICA)と近赤外線分光計 (NIRS)だった。この2つの視野が重なっていれば、AMICAで撮影した特定の岩石がなにでできているかをNIRSで分析することができる。


 しかしぎりぎりまで調整しても、なかなか視野が一致しない。
 最後に、メーカーの技術者がシム(調整用の薄板)一枚を挟み込み、NIRSを取り付けるボルトを締めると、視野はぴったり一致した。

 5月8日夕刻から、打ち上げ作業が始まった。


P1010574
 姿を現したM-Vロケット5号機。プレスサイトからの撮影。第2段がカーボン複合材のモーターケースになり、白色塗装となっているのが、5号機以降の特徴。


P1010577
 肉眼で見るとこのような感じ。ただし、これでも望遠レンズでかなり遠近感を圧縮されている。


P1010585
 2003年5月9日13時29分25秒、M-Vロケット5号機は打ち上げられた。


P1010588
 第1段分離直後、噴煙が拡がっているところで、第2段が点火されている。M-Vは第1段分離と同時に第2段を点火する、ファイア・イン・ザ・ホールという方式を採用している。常に噴射していないと未来位置を予測されて迎撃を受ける恐れがある大陸間弾道ミサイルに主に使われる点火方式だが、M-Vの場合は慣性飛行による重力損失を最小にして、打ち上げ能力を少しでも稼ぐために採用された。
 はやぶさは、M-Vの3段プラス特製のキックモーター「KM-V2」による第4段とで、地球周回軌道に入ることなく、惑星間軌道に直接投入された。


P1010590_2
 打ち上げ後に残る噴射煙。ロケットの余韻。


P1010592
 同じく噴射煙。高度によって風向が異なるので、噴射煙はこのようにうねる。


P1010598_2
 打ち上げ後のランチャー。Mロケットの特徴である斜め打ち上げは、初期の無誘導の打ち上げにおいて、少しでも早く射点からロケットを離して海上に出すために採用され、そのままM-Vまで引き継がれた。


P1010607
 内之浦の射点の横は断崖、転落防止用フェンスは打ち上げのショックと噴射煙で外れてしまうことがあるので、打ち上げ前に外してある。この写真は、フェンスをつけなおしているところ。


P1010618
 打ち上げ成功後の記者会見にて。左から藤原顕教授(はやぶさ計画理学のトップ、プロジェクト・サイエンティスト)、川口淳一郎教授(プロジェクト・マネージャー)、小野田淳次郎教授(打ち上げ・実験主任)、稲谷芳文教授(打ち上げ・保安主任)、鶴田浩一郎所長、的川泰宣教授(対外協力室長)。この時、鶴田所長は就任直後だった。
 小野田教授の「実験主任」という肩書きに注目。M-Vの打ち上げは毎回「実験」であった。それは、1960年代の文部省対科学技術庁の権限争いの結果、半ば強制されたものだった。

 
  はやぶさ打ち上げは、文部科学省・宇宙科学研究所として最後の打ち上げとなった。2003年10月1日、宇宙三機関統合の結果、独立行政法人・宇宙航空研究開発機構(JAXA)が発足し、宇宙研は、JAXAの宇宙科学研究本部となった。

 その後、内之浦に起きたことは、痛みを感じずに思い出すことは不可能だ。1960年代初頭、糸川英夫博士がこの地に打ち上げ基地を作ろうと決心して以来、地元とロケット基地は独特の協調する雰囲気を作り上げてきた。それは、あたかも植物が生えるかのようにして醸成された協力関係であり、人工的に作ろうとしても作れるものではなかった。
 その意味では、内之浦は最初からロケット発射の適地ではなかった。地元と研究者の関係の中で、ロケット発射の適地となっていったのである。

 統合とそれに続くM-V廃止は、何十年もかけて醸成された、作ろうとしても二度と作れない関係・環境を無造作かつ無遠慮に破壊した。

2010.07.02

2003年5月7日・内之浦

 はやぶさが打ち上げられた日、私は、宇宙作家クラブの取材メンバーと共に内之浦にいた。今回は5月7日に行われたプレス・ツアーの写真を中心に掲載する。

Imga0309
 5月7日早朝に行われた打ち上げリハーサルの様子。電波テストという。この写真は私が撮影したものではなく、関係者として一足先に内之浦入りしていた秋山演亮さんから提供を受けて、宇宙作家クラブニュース掲示板にアップしたもの。

P1010471
 記者らに向かって説明を行う的川泰宣教授。ホワイトボードにはM-Vロケット第1段のノズルの絵が描いてある。前回2000年の打ち上げは第1段ノズルが破損したために失敗した。はやぶさを打ち上げたM-V5号機は、第1段ノズルの一番狭くなる部分(スロート[のど]という)をグラファイトからカーボン・カーボンに変更した他、第2段を大幅に改良した、事実上M-V Mark2というべきものだった。4〜5機打ち上げたところで改良を加えるというのは、宇宙研ロケットの常道である。

P1010475
 プレスツアー、ブロックハウス内の様子。Mロケットのブロックハウスは射点のすぐ横の地下に設置されている。昔々、後の大先生、当時は大学院生2人が「爆発したらぱっと隠れればいいんだよな」といって、、ここの出入り口屋根から飛んでいくロケットを見送った——というのは知る人ぞ知るエピソード。

P1010488
 これも有名な、アナログの針が走るスケジュール表。1960年代から使われていた。はやぶさ打ち上げ時はさすがに針は走らなくなっていたが、現役だった。的川先生によれば、「職人仕事で作られておりもう作れない逸品」ということだった。

P1010512
 スケジュール表の部分拡大。こんな感じに良い具合によれて風格を放っていた。

P1010501
 当時はまだかなりの数のPC-98が打ち上げ設備で使われていた。

P1010500
 ピンぼけで申し訳ないが、打ち上げ後のシーケンス。ドットインパクトプリンター用の連続用紙に手書きで壁に貼ってあった。

P1010514
 当時やっと新設なったばかりだった34mアンテナ。内之浦は、壊れたパラボラアンテナの取り壊し予算が出なくて台風のたびに崩壊に怯えたとか、歩く度にきしむ通称「うぐいす張り廊下」とか、入ると必ず風邪を引くすきま風いっぱいの風呂だとか、電子機器関連の部屋には雨漏りに備えるビニールシートが常備されているとか——とにかく貧乏ネタには事欠かなかった。来日して内之浦を訪れたフォン・ブラウン曰く「マリリン・モンローが襤褸を着ているようだ」。

P1010526
 まあ、建物の壁面からしてこれだ。多くは1970年代の鉄板波板構造プレハブで、手入れが行き届かずにかなり痛んでいた。

P1010515
 構内の自動販売機も、微妙に時代遅れのものが…

 いくらボロでも、この時の内之浦では精神が生きていた。「自分たちの探査機を自分たちで打ち上げる」という精神が。

続く


2010.07.01

はやぶさ2予算を削ったのは民主党か?

 まずは様々な話。

 秋山さんが連日日記を更新している。

月探査は実施されるべきである(有人宇宙港をめぐる冒険 2010年7月1日)

 月探査に反対なのではなく、「現時点で2020年までに2400億円といった規模の月計画を決定するのはあまりに時期尚早」ということだという話。私も賛成である。

 面白いソフトウエアが、フリーウエアで出現した。

あのラストショット画像をお手軽に作成「はやぶさ地球光」

 要するにどんな画像でも、はやぶさが最後に撮影した地球のような画像に加工してしまうというソフト。リンク先では、信楽焼のたぬきの画像が、はやぶさラストショット風に加工されている。対応OSは、Windows 98/Me/2000/XP/Vista/7。けっこう面白そうだ。

 pixivでは、はやぶさだけではなく、IKAROSとあかつきも人気となっている。特にIKAROSは、Twitterのイカロス君がかわいいということで好評だ。

検索:あかつき:あかつきという名前のマンガのキャラクターが混ざってしまうのは、仕方ないところだ。
検索:イカロス君:こちらは間違いようがない。


こんな感じの絵が他にも多数アップされている。


非公認?ミッションパッチだ。イカロス君が涙目なのは、はやぶささんの帰還を見届けたから?

 イカロス君は誰がデザインしたか知らないが、素晴らしい広報素材となっている。イカロス君の生みの親は自らのセンスを誇ってよいと思う。

 ちなみに本日時点で、はやぶさ関連画像のアップ数は999件となっている。

 さて、今日の本題。
 「民主党政権がJAXA予算を仕分けしたので、はやぶさ2の開発予算が付かなかった」という話について。

 昨年の第一次仕分けにおけるJAXA予算の審議内容は、以下の資料で読むことができる。

行政刷新会議ワーキングチーム 「事業仕分け」第3WG(内閣府ホームページより:pdfファイル)

 この中では、「はやぶさ2」について一切触れていない。そもそも民主党政権ははやぶさ2について何一つ問題にしていなかった。
 明らかに仕分けの俎上に乗っているのは、問題を起こしている電波望遠鏡衛星ASTRO-Gである。しかも俎上に載せたのは仕分け人側ではない。
 この議論の中で、ASTRO-Gという名前は3回出てくるが、すべて説明者側からである。

 まず4ページ目に説明する文科省側から名前が出てくる。

○説明者(文部科学省)(前略)一点だけ申し上げさせていただきます。電波天文衛星「ASTRO-G」と いうものが宇宙科学衛星の中にございました。これにつきましては、技術的な課題が判明してきた ということを踏まえまして、その課題の検討を行うということで来年度の概算要求はゼロというこ とで、要求させていただいていないことになっておりますので、ここに掲げさせていただいており ますけれども、要求としてはないということでございます。

 次いで財務省が触れる(5ページ目)。

○説明者(財務省) 主計局から御説明いたします。(中略)…注でございますが、先ほどお話がありましたように、既に宇宙基本計画に位置付けられておりま した「ASTRO-G」というものが今回、開発を中止してございます。このように一旦決まった計画 でも変更があり得るということも踏まえて御議論いただければと思います。

 財務省は議論が進んだ段階でも、またASTRO-Gについて触れている(13ページ目)。

○説明者(財務省) 先ほど海外との共同のものは動かせないのかというお話がございましたが、 例えば今回、文科省さんで開発を中止・凍結した ASTRO-G という衛星は多国間共同という位置付けでございます。その辺どの程度、科学技術の分野で他国との共同でスケジュールが動かし得るのか等々も御議論いただければと思います。

 この議論の中で、科学衛星の順位付けに関する質問が出ている。

○中村評価者 衛星の方でよろしいですか。先ほどから衛星の側は国民生活に直接ではなくても非 常に大事だということで、私もそう思っているんですが、1、2、3、4と4つ種類があって、1、 2は既にある意味では実用性で動いていますけれども、4は新しい宇宙開発ですよね。これも随分これまでの成果と精査してあると思うんですが、この中で例えば、優先順位みたいなものはJAXAの中でおありなんでしょうか。これはすべて同等に今必要と見ていらっしゃるのか、何かの優先順位が中でおありなのか教えてください。
○説明者(文部科学省) 1、2、3については、特に1、2については環境利用という観点もあ って。
○中村評価者 伺っているのは4です。

 ここで4といっているのは、説明資料に記載された衛星区分の4番目のこと。科学衛星である。

 これに対する文部科学省の説明は以下の通りだ(18ページ目)。


○説明者(文部科学省) 4は、大学の研究者が共同で宇宙科学研究本部というところの機械を使って競争的にミッションをつくっていくということで、ここは従来から、ある種別な考え方で動いてきたものがJAXAの中に一緒に入っている形になっています。全体としては1つのJAXAの予算の中で考えられますけれども、そこは後ろに別の研究者の大きな母体があるということが考慮されて、ある種別枠で動いています。

 「科学衛星の順位付けは、研究者が決めていて文科省の裁量の別枠だ」と言っているわけだ。同時にASTRO-Gについて何度も触れているということは、文科省としては、仕分け人の意識をトラブルを出したASTRO-G及び、そんなASTRO-Gを選定したJAXA/ISASの体制に向けさせたかったのだろう。

 実際、週刊ダイヤモンドに書いた通り、この件は、LUNAR-Aの残りであるペネトレーターと共に、JAXA/ISASがきちんと片を付けなくてはならない問題である。この時点で、「きちんと実現可能なトップサイエンスの計画を選定する能力」が疑問視されているわけで、仕分けではその部分を文科省に利用されてしまったといってもいいかもしれない。

 結果として衛星全体がどうなったかといえば——

 後段の衛星の打ち上げでございますが、縮減が11名、うち半減1名、3分の1程度が3名、2割が1名、1~2割が2名、1割が4名、予算要求どおりというのが2名でございます。こちらも国際約束の問題もありますし、また、まさに科学という意味で意義があるということで要求どおりという声がある一方で、優先順位やコスト削減についても努力していただきたいという視点がございますので、こちらは1割は確実に縮減するようにしていただきたいということで、どちらも1割の縮減ということでございますが、若干ニュアンスの違いをつけて1割の予算要求の縮減というこ とで、それぞれ結論させていただきたいと思います。

 仕分け人は、衛星計画全体で一割を確実に削れ、という結論を出した。が、「どこを削れ」ということは言っていない。どこを削るかは、JAXAの経営判断に任されたわけだ。

 これを「民主党が予算を削ったから、はやぶさ2に予算が付かなかった」と解釈するのは無理があると考える。


« June 2010 | Main | August 2010 »