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2010.07.18

イプシロンの小型液体推進系が意味すること

 宇宙開発委員会にイプシロンロケットの概要も提出されたので、またM-Vの話を。

 M-Vは全段固体の3段式ロケットで、第4段としてキックモータも搭載できる設計になっている。キックモーターも固体ロケットだ。一方イプシロンは、標準は全段固体の3段式だが、資料にあるように第3段の上に小型液体推進系を装備することができる。

 小型液体推進系の意味は、軌道投入精度を上げるということである。
 固体ロケットは、一度点火したらすべての推進剤を使い切るまで止めることはできない。そして固体推進剤は、混合の比率の誤差やら混合する物質に粒状やら混じり具合などで、どうしても発生するエネルギーにばらつきがでる。
 つまり固体推進剤を使う限り、投入軌道にはある程度の誤差がどうしても発生するのだ。

 だから全段固体のロケットでは、どこかに液体の段を挟んで、誤差を補正可能にするという設計が行われる。欧州が開発中のヴェガロケットでは、第4段がヒドラジン系の液体推進剤を使用する。1960年代に科学技術庁が開発しようとしていたNロケット(後のN-I、N-IIと区別するために旧Nロケットと呼ばれたりもする)では、東大の固体ロケットを直径1.6mまで大型化する一方で、第3段に液体ロケットを使用するという構想だった。

 では、M-Vはどうだったのかといえば、実は固体ロケットによって発生した速度の誤差は、搭載した衛星のスラスターで吸収するという考え方だった。つまり、あまり軌道投入精度を気にしないタイプの衛星以外は、すべて衛星がそれなりの軌道変更可能なスラスターを搭載しているということが前提条件だったのである。

 このような設計が可能になったのは、M-Vが宇宙研の衛星専用のロケットだったからだ。「M-Vで打ち上げる、軌道投入精度が要求される衛星は、どれもそれなりの速度変更を可能にするスラスターを装備するものとする」として全く問題がなかったのだった。

 このあたりH-IIAとM-Vの違いがはっきり出ている。H-IIAは非常に高い軌道投入精度を誇っている。これは「どんな衛星であっても狙った軌道に入れます」というコンセプトだ。一方M-Vはロケットだけでは完結していない。専用の衛星と組み合わせて、初めてミッションが完結するという設計だったのである。

 イプシロンは、専用の衛星だけではなく、幅広い衛星を打ち上げることを狙っている。その現れが、オプションとしての小型液体推進系というわけなのである。

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Comments

 イプシロンの図解に、ペイロードの例として『はやぶさ』が描かれているのが面白いですね。
 もっとも、イプシロン開発の目的は小型科学衛星の打上げにあるわけで、『はやぶさ』後継機の打上げに使われるわけではないのですよね(1号機は宇宙望遠鏡のSPRINT-A)。

 その開発目的やどのような運用をするのかについては、直接森田先生に伺ったこともあります。
 例えば、M-Vでは機能点検をするために作業員が命がけでコネクタを差しに行き、点検終了後にはまたそのコネクタをはずしに行く、こうした作業が1日がかりな為に作業に大きな人手と日数がかかる、ということで、イプシロンではその機能点検もロケット側に自動的にやらせる自律点検を採用する、と説明されていました。

 資料に掲載されている打上げまでの準備期間も、他国のものよりはるかに短くなっており、「モバイル管制」の実力が期待できそうです。

 イプシロンの開発が成功すれば、その次あたりにはM-V級の固体ロケットの開発に移行するという話も出ています(ただ、イプシロンの開発が遅れているので、そちらも遅れる可能性はありますが…)。

イプシロンロケットの打ち上げ予定を見ていると2015年以降の計画が
非常に楽しみです。
重力波とかダークバリオンとかマグセイルとかはどれも素人目に見ても
魅力的です。1年に1機といわず、費用の安さと即応性を活かして3回ぐらい
最低でも打ち上げて欲しいものです。
ああ、予算か・・・

イプシロンロケットの図に描いてある衛星は、はやぶさですね。能力からして、こういう組み合わせは実現しないでしょうが、ちょっと和みました。

液体ロケットの長所は搭載機器やロケット本体の質量誤差を吸収してエンジン燃焼カットをできることにあります。固体ロケットは推進剤の品質管理を厳密にできたとしても、機体自身やペイロードの誤差分を調整できません。

ISASのロケットは全段固体ロケットでしたから最初は科学ミッションだから軌道精度は要求されないということでした。それが科学ミッションでも軌道精度が要求されるようになってきて、必然的に衛星自体の推進性能に対する要求が高まったということでしょう。

NASDAのロケットとISASのロケットで、衛星に対するコンセプトの違いというものではないでしょう。むしろ、必然的なものです。

>Hara Norikazuさん。
>液体ロケットの長所は搭載機器やロケット本体の質量誤差を吸収して
>エンジン燃焼カットをできることにあります。
>固体ロケットは推進剤の品質管理を厳密にできたとしても、
>機体自身やペイロードの誤差分を調整できません。

一般的に言われている「固体ロケットは燃焼中断が出来ないため精度が悪い」ですが、
これはウソです。

ISASの方法だと、出来るんですよ。もっとも原始的な例が↓です。
http://ci.nii.ac.jp/els/110000197279.pdf?id=ART0000565506&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1279939901&cp=

簡単に言うと、各段の運動エネルギーをやや過剰に設定しておいて
前段で発生した推力誤差の分を、後段が「回り道」することにより補正する方式です。
だから、第3段まで制御出来るM-Vは凄かったんです。
最後は自分の回り道によって第3段自身の推力誤差を吸収します。

イプシロンでのPBSの付加は「固体の限界の突破」と言うより、
「第3段をスピン安定方式にしたことの代償」なんです。
基本設計は「精度を代償としてペイロードを稼ぐために第3段をスピン安定」として、
精度が必要なミッションの場合、PBSを付けることでペイロードを代償に精度を確保します。

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