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2010.07.10

小惑星事始め

 毎日更新を開始してからの反応を見ていると、意外に「帰還のニュースではじめてはやぶさを知った」という方がかなりの数、このブログを読んでおられるらしい。昨日の性能計算書の話は、もう周知のことかと思っていたら、初めて知ったという反応がかなりあった。

 そうか、では基礎の基礎から書いていったほうがいいのかと思って、今日は、そもそも小惑星とは? という話。

 はやぶさが小惑星イトカワを探査し、そのサンプルを持ち帰ったと聞いたとき、「小惑星」という言葉にどんな印象を持ったろうか。小さな惑星だから、小さな丸い玉に木が二三本生えているとか。サン・テクジュペリの「星の王子さま」で描かれる小惑星はまさにそんなものだった。

 小惑星とはなにか。こういう疑問を持った時は、歴史を追っていくと意外に簡単に理解することができる。

 有史以来、夜空には季節によって位置を変えていく星、惑星が5つ見えることが分かっていた。太陽に近い方から数えて、水星、金星、地球を挟んで火星、木星、土星だ。近代に入ってそれらの惑星が太陽からいかほどの距離に位置するかが測定できるようになった。
 そこで18世紀、ティティウス・ボーデの法則というものが登場する。ヨハン・ティティウスとハンス・ボーデという2人の天文学者が発見したのでこの名前がある。法則の発見には、実はけっこう入り組んだいかにも人間くさい経緯があるのだが、そのあたりはWikipediaの該当項目でも参考にしてほしい。

 地球と太陽の平均距離、およそ1億5000万kmのことを1天文単位(AU)という。すると、各惑星の太陽からの距離は以下の数式で綺麗に表すことができる——これがティティウス・ボーデの法則である。

  惑星と太陽の距離(AU)= 0.4+0.3×2^n

 計算してみよう。水星の場合は、ちょっとインチキっぽいのだが、nとしてマイナス無限大をとる。すると0.4天文単位となる。実際の平均距離は0.39天文単位だからこれは悪くない精度だ。
 金星はn=0で、0.4+0.3×1で0.7、実際は0.72天文単位なので、これまた悪くない。
 地球はn=1で、0.4+0.3×2で1天文単位。ぴったりだ。
 火星はn=2で、0.4+0.3×4で1.6。実際は1.52天文単位で、少々ずれは大きくなったが、まあまあ一致しているといえる。
 木星はn=4で、5.2。実際が5.2天文単位。おお、ぴったりだ。
 土星はn=5で、10。実際は9.54天文単位。

 さて、こうなるとn=6以降になにか新しい星があるんじゃないかということで、新惑星探索の動きが活発になってくる。結果、1781年にドイツからイギリスに渡った天文学者ウィリアム・ハーシェルによって天王星が発見された。

 n=6はといえば、19.6。天王星と太陽の平均距離は19.19天文単位で、これまたなかなか良い一致だ。かくしてますます新惑星発見は熱を帯び、やがて1846年にヨハン・ガレが海王星を発見することになる。
 n=7だと、ティティウス・ボーデの法則に従えば38.8天文単位のところに惑星があることになる。しかし海王星と太陽の平均距離は実際には30.06天文単位だ。
 おや、おかしいじゃないかということで、その後すったもんだがあった末に、現在ではティティウス・ボーデの法則は単なる偶然ということになっている。

 が、18世紀から19世紀にかけて、ティティウス・ボーデの法則は天文学のかなり大きなテーマであったのだ。そして、当然のことながら、新惑星探索の目は、もう一つの空白にも向けられることになった。
 そう、n=3の場所だ。太陽からの距離は2.8天文単位ということになる。

 n=3の場所に、新惑星を発見したのは、地中海に浮かぶシチリア島にあるパレルモ天文台の台長、ジュゼッペ・ピアッツィだった。1801年1月1日、すなわち19世紀最初の日、いつもの通り天体観測をしていたピアッツィは、周囲の恒星とは異なる動きをする天体を発見した。最初彼は、自分が見つけた星は彗星だろうと考えていたが、やがてそれはn=3に位置する惑星であることが分かった。新惑星はローマ神話の女神にちなんで、ケレスと命名された。
 が、それは始まりだった。n=3付近に、次から次へと新しい惑星が発見されはじめたのである。1802年、ドイツのハインリッヒ・オルバースが2番目の小惑星パラスを発見した。1804年には、同じくドイツのカール・ハーディングが3番目の小惑星ジュノーを発見した。1807年にはオルバースが4番目のベスタを発見。
 ここでちょっと時代が空いて、1845年にカール・ヘンケが5番目のアストラエアを発見。1847年には同じくヘンケが、6番目のヘーベを発見。ここから後は次から次へと、新しい小惑星が見つかるようになった。

 私が小学生低学年だった1960年代後半、子供向けの科学マンガには、小惑星の数は約1500個と書いてあった。高校生になって地学を履修した時は、2000個弱と習った記憶がある。
 21世紀初頭、ほんの10年ほど前の段階で、見つかった小惑星の数は2万個ほどであった。

 それが近年、特にデジタル技術を駆使して小惑星を自動的に検出する望遠鏡システムが稼働するようになってから、見つかる小惑星の数は急速に増えた。2010年現在、小惑星は大きいもの小さいもの取り混ぜて、およそ23万個も見つかっている。これは軌道がはっきり分かっているものだけでであって、「とりあえず見たよ」という観測記録があるものがこの他に25万個ちかく存在する。現在では、これら「とりあえず存在が分かっている小惑星」の他に、未発見の小惑星が数十万のオーダーで存在すると推定されている。


 小惑星の多くは、差し渡し1km以下のとても小さな星である。最初に見つかったケレスでも直径960kmほど。月が3474kmであることを考えれば、本当に小さな星であることがわかるだろう。ちなみに地球の直径は、およそ1万2800kmほどである。

 はやぶさが赴いた、小惑星イトカワは、その数十万もの小惑星のなかの一つだったわけだ。

 ただし、イトカワはティティウス・ボーデの法則の示すn=3の軌道にいるわけではない。このあたりは、別途続きを書くことにしよう。

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Comments

ティティウス・ボーデの法則は一時期、新天体発見/探索の理論的?裏づけのひとつとされていました。科学史/天文学史の経緯を説明する松浦さんに敬意を表します。

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