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2011.12.05

はやぶさ2、予算の危機について

 日曜日の毎日新聞一面トップに、はやぶさ2:ピンチ 予算削減、打ち上げに暗雲という記事がでた。

 生命の起源とされる有機物を含んだ試料採取を目指す小惑星探査機「はやぶさ2」計画が、延期の危機に直面していることが分かった。来年度予算編成では、東日本大震災の復興経費を捻出するため、宇宙関係予算は大幅な減額が避けられない上、国家戦略に基づく実用衛星が優先される可能性が高い。予算次第では、はやぶさ2の打ち上げが目標(14〜15年)に間に合わず、計画が形骸化する恐れもある。

 この件、私も聞き込んでいて色々取材していたところだった。細かい部分では差異はあるが、大筋私の聴いていた話と一致する。

 計画が形骸化は、正しくは「計画は事実上の中止」だ。


 はやぶさ2は、昨年帰還したはやぶさの後継探査機だ。

JAXAはやぶさ2プロジェクト

 C型という、初代はやぶさが探査したイトカワとは組成が異なる小惑星「1999JU3」を探査する。目標の1999JU3の軌道と特性から打ち上げ機会は非常に限られており、人の世の事情と噛み合わせると事実上2014年〜2015年のワンチャンスしかない。
 小惑星サンプルリターンの検討が始まったのは1985年、初代はやぶさ開発開始が1996年、打ち上げが2003年。検討開始から26年、開発開始から15年、打ち上げから8年——当初はやぶさ2は2010年打ち上げを目指していた。当初予定からすでに4年遅れとなり、開発・運用体制の維持はメーカーも研究者も限界近い。
 来年度予算要求は、73億円。2014年打ち上げまであと3年しかないので、これが基本的に満額付かないと実機の製造は進まない。2014-2015打ち上げは不可能になり、結果、計画は事実上の中止となる。

 はやぶさ2の予算は、通常のJAXAの予算枠からは出ていない。今年度の30億円は、政治が決定する政治枠の「日本再生重点化措置」から支出され、来年度も同じ枠で要求が出ている。年度ごとに政治の支持を得ていかないと、はやぶさ2は打ち上げに至ることができない。

 当blogの読者なら、はやぶさ2の意義はすでに知っているだろう。工学面では、世界初であったはやぶさの成果を引き継ぎ、繰り返すことで信頼性を高める。理学面では岩石主体のS型小惑星であるイトカワに引き続き、炭素を含むC型小惑星を探査し、小惑星の成因、太陽系始原の調査、さらには生命発生のプロセスなどを探る。この流れの次には、次には炭素も水もある枯渇彗星核やD型小惑星の探査が控えている。続けざまにタイプの異なる小惑星に探査を行うことで、太陽系全体への理解を深める。

 はやぶさは端緒であり、次には「こうするとこれがわかる」というルートマップが見えている。ルートに最初に気がつき、たどりだしたのは日本だが、はやぶさの成功でルートの存在に気がついたアメリカが追ってきている。

 「日本再生重点化措置」という予算枠は、省庁を横断する予算枠。一般的な予算とは別に、日本の成長戦略に必要な経費などを支出する。今年度は東日本大氏震災からの復興もこの枠からの支出を行う。このような投資は、将来への価値創造に投資するべきだろう。この価値とは、金銭的価値のみではない。人類の持つ知識に新たな知見を加えること、人類の知覚の到達領域を拡げること、

11月21日 提言型政策仕分けにおいて、はやぶさ計画を指揮した川口淳一郎JAXA/ISAS教授は以下のように発言した。

【11月21日】「提言型政策仕分け」 AWG 生中継(主催:行政刷新会議):冒頭から5時間03分付近から約5分間

「科学技術はロングレンジな投資であり、(社会に利益を生み出すイノベーションという)出口が見えないとよく言われるが、出口が必ずしも近くにあるとは限らない。堅実な投資もさることながら、規模とバランスを考えつつロングレンジの投資は不可欠である。現在の日本の経済情況は悪いが、経済状況が逼迫すればこそ、耐え忍んでしのぐのではなく、長期的に見てイノベーションを産むように先行した投資を行うべきである。経済状況の結果としての科学投資があるのではなく、科学投資の結果としての経済成長があるのではないだだろうか。
 現在すでに意外なところに大きな経済効果を生んでいる成果が存在する。たとえば日本が開発・生産に参加しているボーイングの新旅客機「787ドリームライナー」に使われる炭素系複合材は日本発信の新技術であり科学技術の成果である。科学技術が産業を引っ張っているわけだ。宇宙に関しては、例えば地上デジタル放送などに使う符号化技術は、アメリカが宇宙探査機の遠距離通信に使うために開発した技術が回り回って我々の身近で使われるようになったものだ。
 仕分けの議論の一つの論拠となっている論文の引用数の低下だが、論文の引用数は一つの指標である。政府政策担当者は研究者が論文を書くために予算を付けているわけではないと良く言う。指標ではなく実質で、我が国の科学技術が産業や経済に貢献してきたところを評価していただきたい」

 結果が目の前に見えるものだけが、良い投資ではないというのは、民生品の分野では常識だ。ヘンリー・フォードは「人々は自動車を欲しいとは言わない。なぜなら自動車というものを知らないから。皆は速く走る馬車が欲しいというだろう」と言った。iPhone以前に、iPhoneを欲しいと言った人はいなかった。iPhoneが世に出たとき、人々は初めて「自分の欲しかったものはこれだ」と気付いた。

 今回の毎日の記事が議論になった昨日の日曜日、野田司令こと野田篤司さんがツイッターで見事な例を引いていた。

ファラデーの逸話(野田篤司 (@madnoda) on Twitter)

ファラデーの逸話『「磁石を使ってほんの一瞬電気を流してみたところで、それがいったい何の役に立つのか」と問いかけた政治家に対し、「20年もたてば、あなたがたは電気に税金をかけるようになるでしょう」とファラデーは答えたという』出典元:電気史偉人辞典

 「日本再生重点化措置」は、政治の専決事項というなら、何か言うなら政治家にむけて素直な声を届けるべきなのだろう。和歌山大学の秋山演亮さん(宇宙開発戦略本部の有識者会議で活躍した。はやぶさ観測チームの一員でもあった)も、はやぶさ2予算の件(2011年12月4日付け)で以下のように書いている。

一つの抜け道は、今回の予算が日本再生特別枠要望分で出ている点にあるかも知れません。すなわち、この予算の性格上、各省庁の意見よりも与党・政府がどう考えるかが重要になります。官僚と言うよりは政治家が対象って事です。
実際、与党・政府間でも「日本再生のために何を重点項目とすべきか?」との摺り合わせが、今週中に行われるとの話しを聞いています。それを受け、来週には宇宙以外の他の分野も全部ひっくるめて重点項目が決められ、それを受けて財務省が最終判断をすることになるでしょう。

 幸いなことに野田佳彦首相の事務所は、メールアドレスとファクシミリ番号を公開している。
 すべてのページの一番下には、「ご意見・ご質問を大歓迎いたします。E-mail post@nodayoshi.gr.jp」と書いてあり、未来クラブの案内というページには事務所の連絡先が公開されている。

 今回、本blogで「これをしよう」などという動員はかけない(昨今更新をサボっていたから、読者もぐっと減っているだろうし)。読んだ方ひとりひとりが、自分は何をすべきかを考え、行動するか否かを決めて、その判断のとおりに振る舞ってもらえればと思う。

 結果は、現政権の政治家が科学技術に対してどのような見識を持っているか、いないかを示すものとなるだろう。

 以下に、いかにはやぶさ2の打ち上げチャンスが限られているかを説明しておく。

 基本的にはやぶさと同じ性能のはやぶさ2が行くことができる軌道にある小惑星は今のところこの1999JU3だけだ。地球近傍小惑星の探査は進んでおり、はやぶさ2が行ける範囲内に新たなC型小惑星が発見される可能性は低い。また見つかっても、帰還時の再突入速度など探査可能な条件を満たすとは限らない。つまり遅れたから目標を変えるということができない。

 惑星探査は、出発時に地球と相手の星が最適な位置になければ出発できない。打ち上げ可能な期間のことをローンチ・ウインドウ(打ち上げの窓)という。通称ウインドウ。
 1999JU3へのウインドウは2014年が最良、バックアップとして2015年。その次のウインドウは2019年だが、この時は到着時の1999JU3から見た、地球と太陽の成す角度が大きく、着陸のための探査機誘導時のリスクがぐっと大きくなる。また、アメリカが開発を開始した小惑星サンプルリターン探査機「オシリス・レックス」と、探査を競ることになり、はやぶさで得た日本のアドバンテージの維持が微妙になる(オシリス・レックスは2016年打ち上げ、2023年帰還を予定)。
 さらにその次のウインドウは2024年。ここまで遅れると、1)はやぶさで組み上がった研究者のコミュニティが崩壊してしまいゼロからやり直しになる、2)初代はやぶさに若手として参加した技術者、研究者が定年を迎える時期となり技術継承が不可能になる。

 このあたりの情況は、宇宙開発委員会資料で公開されている。

「推進1-1-3 はやぶさ2プロジェクトについて(pdfファイル)」

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Comments

はじめまして。大学受験生ですが(宇宙工学志望)とりあえず昨日のうちに野田総理の事務所へはメールを送りました。自分にも(もしかすると)直接影響するかもしれないので…

まぁしかし、実際問題、この時期からひっくり返すのは至難の業なんですよ<予算

今回の問題は、国全体を見渡して予算を組めなかったことにあると思います。blogにも書きましたが、「○○が通ったから○○が落ちた」とか言う議論ではなくて、何が重要で何が重要でないか、それをどうやったらきちんと同じ俎上で議論が出来て、推していけるのか?を考えるべきだと思います。

でもその民主党政権を、みんな喜んで選んだんだよね。
「ちぇんじ! ちぇんじ!」言ってましたが、良い方向に変わりましたか?

「おれたちで良く変えるんだよ!」でしたっけ? 松浦先生。

【21世紀現在の技術水準で実現可能な恒星間宇宙船】(誤字修正)

【スーパーオライオン級有人恒星間航行用宇宙船『スーパー・ノヴァ(超新星)』】
重量:800万t
全長:1385m
全幅:532m
全高:383m
乗員:1305人(最少435人)

推進システム:核分裂パルス推進ロケット駆動(ドライブ)
(1)比推力:6000 - 10万秒
(2)推力:1GN (ギガニュートン)《10万1970トン》 - 1TN(テラニュートン)《1億197万トン》
(3)最終到達速度:秒速1万km
※『オライオン計画』について(英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Project_Orion_(nuclear_propulsion)
※『オライオン:ギャラリー』(英語)
http://bisbos.com/space_n_orion_gall.html

機体主材料:耐熱新素材「TMC(チタニウム・マトリックス・コンポジット)」(新タイプのチタン合金の中に高張力の炭化ケイ素を埋め込んだもの。チタン合金は急速結晶化プロセスという方法で作られる。回転盤の上に溶融したチタンをしたたらすと、滴となって飛び散る。これを不活性ガスの中で急冷させると、きわめて純粋なチタン粉末ができる。これを圧縮して高密度の板状あるいは棒状にする、鋳型を作る、直接パーツに成型するなどの方法で使用する。TMCは既存のいかなる構造材に比べても耐熱性がはるかに高い。機体の表面もTMCのスキンパネルで覆われている。TMCはアメリカの『NASP計画(National AeroSpace Plane Program)』で実際に開発された耐熱新素材。)

代替機体表面素材:CCコンポジット(炭素または黒鉛に炭素繊維を埋め込んだ複合材料。アメリカのスペースシャトルの機体先端部と翼前端だけはこれで被覆している。アメリカのスペースシャトルの表面にびっしりと張っている耐熱用のケイ素タイルのような、消耗品ではない。TMCが再開発できなかった場合の代替素材。)

備考:磁気プラズマ・セイル(MPS:Magnetic Plasma Sail)搭載

※この技術はマグセイル (magsail) とも呼ばれ、磁気帆や磁気セイルと訳されることもある。宇宙船は磁場を生成するため超電導ワイヤの大きな輪と、操舵または荷電粒子からの放射線の危険を下げるための補助の輪を展開する。また、マグネティックセイルで、加速と同規模のエネルギーを必要とする"減速"のため、巨大な磁場を展開して、星間物質の抵抗を宇宙船のブレーキとして利用する事もできる。これにより、恒星間旅行の半分を占める減速のために推進剤を積む必要がなくなり、旅にとって大きな利益となる。

余談:アメリカ合衆国の理論物理学者、宇宙物理学者であるフリーマン・ダイソン(Freeman John Dyson)は、オライオン型惑星間宇宙船のアイデアを恒星間宇宙船に適用している。ペイロードが2万トン(数百人から成る小さな町を充分に維持できる)ほどになるので、宇宙船は必然的に大きくなる。全質量は1個約1トンの核爆弾30万個の燃料込みで、40万トンほどになる。爆弾は3秒ごとに爆発させられ、宇宙船を1Gで10日間加速し、光速の30分の1(秒速1万km)に到達する。この速度でオライオン型恒星間宇宙船はアルファ・ケンタウリに140年で到着する。ただ、この宇宙船に目標星での減速能力を与えるには、磁気プラズマ・セイル(MPS:Magnetic Plasma Sail)を搭載しなければならない。オライオン型恒星間宇宙船は宇宙船としては最小限の能力しか持っていないが、現在の科学技術で建造し、送り出すことのできる恒星間輸送の形態の1つではある。

※追伸・・・自分は、人口に占める同和(=特殊部落)の比率が極めて高い地域に在住しています。そのため、名前は伏せて欲しいです。公共の場で自分の名前を発表する場合は、「日本のSF小説家・小松左京(こまつ さきょう)のファンのK.N」でお願いしたいです。

被災地、東北、福島の人達にしてみたら

完全な 道楽 にしか見えなかったりするかも

しれませんね。

お金持ちのスポンサーがポンと1億円ずつ出してくれたら
いいのですが

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