月で公共工事をしたいのか
事態が急速に動いている。秋山演亮さん(和歌山大学)が、「「反対意見は丸め込んででも、2020年までに月探査に2400億円を付ける」方向に強引に乗り切る方針が本日中に決定しそうです。」と書いた。
前原宇宙担当大臣の有識者会合で委員を務めた秋山さんは、かなり太いパイプを宇宙開発戦略本部周辺に持っているのだろう。そして、秋山さんが書いていることは、まったく別のルートから私にも断片的に聞こえてきている(あまりにあまりな内容なので「裏を取るまで書けない」と判断していたのだ)。この動きがあることは間違いない。
もはや呆れたような状況になりつつあります。月探査懇談会の提案に関するパブコメ、今のタイミングで月をやる事に関する疑義がかなり出ていたようですが、「反対意見は丸め込んででも、2020年までに月探査に2400億円を付ける」方向に強引に乗り切る方針が本日中に決定しそうです。 何度も繰り返しますが、僕は別に月探査そのものに反対している訳じゃ無い。月の着陸探査はやるべきでしょう。それはいつかのタイミングでね。しかし他の物を全てかなぐり捨てて今のタイミングでやる話しでも無いし、ましてや2020年まで引っ張って2400億円という巨費を投じて、月南極に無人月面基地とか今、決めちゃうことの意味が全くわからない。
このあたり、週刊ダイヤモンド6月12日号の宇宙特集で書いた。手元にある方は再読してもらいたい。
まず「なぜ日本が月探査を行うのか」。
当初の答えは、2004年1月のブッシュ米前大統領による新宇宙政策だった。スペースシャトルを2010年に引退させ、国際宇宙ステーション(ISS)も2015年度いっぱいで打ち切り。その代わり有人月探査計画を立ち上げるというものだ。
これはJAXAからすると、ISS日本モジュールの開発に従事していたセクションの雇用問題である。だから、アメリカの次の計画である有人月探査計画に参加し、国内で予算を取る体制を整えようとした。
ところが、ブッシュ有人月探査計画は、ハードウエア、なかでも有人用ロケット「アレスI」の開発が難航し(これも技術的には2006年の段階で予想できたことだった)、遅延と予算超過を引き起こした。
2010年2月、オバマ米大統領は新しい宇宙政策で、有人月探査計画の中止を発表した。正式決定は米2011年度予算決定と同時ということになるが、すでに米国内では計画中止に必要な作業が進みつつある。
「日本の大規模月探査に『アメリカについていくことで予算を取る』以上のモチベーションがない」——これは重要なポイントだ。もちろん研究者、科学者の間では月探査への欲求が、過去四半世紀以上にわたってずっと存在しているが、それは2400億円もかけて実施する内容ではない。
秋山さんが提示した資料。
・日本惑星科学会将来計画委員会報告書(1996年6月):古い資料だが、最近の私の取材でもこの内容は古びていない。今でも現役の研究者たちは「世界一線級の月探査のためにはLUNAR-Aで狙った地震計と熱流量計のネットワークを月に設置したい」と考えている。
オバマ新政策で日本の月探査構想は、2階に上がって梯子をはずされた格好となった。
私は、これで月探査に関しては宇宙開発戦略本部もJAXAも考え直すと思った。存在しない米計画についていくことはできない。そこを突っ切るということは、米がやるはずだった計画を自分の技術と自分の資金で行うということだ。そのためには「他のどれかの政策を差し止めてでも宇宙分野に大規模投資をする」という政治判断を必要とする。
それを、参議院選挙のために、政治の側が動けないこの時期に決めることはないだろうと思ったのである。
やるとすれば、それは政治の空白を狙った官の越権行為に他ならない。
またオバマ政策は、ISSの運用を2020年まで延ばした。参加各国宇宙機関による宇宙機関長会議(HOA)は、2027年までの運用延長の可能性を議論することで合意した。つまり、JAXAの有人関連雇用は少なくとも2020年、場合によっては2027年まで確保される見通しとなった。
だから月探査に関する懇談会については、一度考え直すだろうと、常識的に考えていたのだが…まさか中央突破を目指してくるとは。
動機は何だろうか。「ここまで積み上げてきた議論を無にすることはできない」ということだろうか。状況がオバマ新政策で劇的に変化したのだから、ここは「君子豹変する」べきところだろう。
前提がひっくり返った以上、積み上げてきた議論はすでに無になっているのだ。
「2020年までに月探査に2400億円を付ける」計画がスタートすると何が起こるか。まず他の計画がすべて圧迫される。参議院選挙直前の政治不在の状況で決定することになるから、予算全体を増額するという政治的決断は望みがたい。
勢い、JAXA経営企画が「これは減らせない」と判断するものから予算を確保していって、最後に残ったものにすべてのしわ寄せが行くことになる。まず間違いなく宇宙科学全般だろう。
「はやぶさ2」がなくなるどころではなく(当然、より大きな予算を必要とする「はやぶさマーク2」もあり得ない)、X線、赤外線といった宇宙望遠鏡も、プラズマ・磁気圏観測もソーラー電力セイルのような新たな技術試験も——その他すべてが圧迫されるだろう。一方で「宇宙科学には月探査で十分な予算を付けているではないか」という言い方をされることになることになるだろう。
情報収集衛星がスタートした時と全く同じだ(ちなみにこの構図は1980年代、ISS日本モジュールがスタートした時にもあったそうである。当時は予算が右肩上がりだったので、破滅的事態は回避された)。
「アメリカに代わってアメリカがやるはずだった計画を実施する」という覚悟も合意もなしに、「2400億円という巨費を投じた月南極に無人月面基地」は、2020年代前半には、「これをいったいこの先どうするのだ」というお荷物になるだろう。科学的価値を考え抜いて決定した計画ではないから、真の成果は限られる。成果の乏しさは「月面を走行する日の丸ローバーの勇姿をハイビジョン画像で」といった画像でごまかされることになるだろう。
混乱の中で、「せっかく作った月拠点を生かすためには、さらなる計画を進めねばなりません」と焼け太りを狙った動きがでてくるだろう。関連産業にお金は落ちるだろうが、肝心の「それでどうなるの」という目的はまったく省みられなくなるはずである。
結果、危機的財政状況の下、月に誰も通らない道路を建設するような、公共工事が続くことになるだろう。
今回の件、私のところにもぼつらぼつら聞こえてきていたのだが、その中に「一般国民は、はやぶさの小惑星探査も月探査も区別が付いていないから、『はやぶさの経験を生かして月からサンプルリターン』というシナリオを書けば、はやぶさ帰還に湧く国民は納得する」という声が入っていた。まさかそこまで国民を低く見ているとは思えず、この話は誇張か情報伝達につきもののノイズかと判断していたが、秋山さんがここまで書く以上、事実である可能性は高いと思わねばならない。
いいかげん国民をバカにするなと言いたいが、実際はやぶさ関係者に「業務命令だ」と強制して、「はやぶさのサンプリング技術を活かして、月からのサンプルリターンをやります」というプレゼンテーション・シートを書かせるぐらいのことはあってもおかしくないだろう。
たとえはやぶさ関係者がプレゼンしたとしてもだまされまい。小惑星からのサンプル採取と、月のような高重力天体からのサンプル採取の技術は根本から異なる。共用可能な技術はごく少ない。
この件に関しては、秋山さんの文章に全面的に同意する。
幸い、このblogにはそれこそJAXAからも内閣府からも文科省からも毎日、幾度となくアクセスを戴いています。であるなら、是非、読んでください。考えてください。今一度、胸に手を当ててよく考えてみてください。日本の宇宙開発は、日本の科学は、日本の国際プレゼンスは、日本の未来は、あなた方の舵取りによって為されているのではないですか?本当に、誇りを持って、今、貴方は最善の決断をしていますか?今、あなた方がする決断が、まさに日本の子ども達の将来を決めてるんですよ?それはホントに日本の為の決断ですか?組織維持のための決断ではありませんか?そのことに今一度、想いを馳せて戴きたいと心から思います。
私に出来ることは何だろう。将来に禍根を残す決断は、きちんと経緯を取材して後世に記録を残さねばならないだろう。